ぎゃくてんの
テーブルの上は食事の済んだ皿で埋め尽くされていた。
オムライス、オムライス、ピザ、オムライス、クリームソーダ。
わんぱく小学生の集いかと思うような内容であるが、歴とした社会人の集い。その食事後の風景である。
テーブルの主人である三銃士は満腹になった腹を労わるようにさすりながら、少しのけぞり、椅子の背もたれに体を預けている。
「いやあ、セシリア氏があんな恐ろしい娘だったとは。ステージ上だけではわからぬでござるなあ」
「いっつもステージ上ではツンっとしてましたからね。あのギャップにはやられましたこぽぉ」
すっかりとセシリアのハートパワーにやられた二人がのけぞっているのは満腹感からだけではないようだった。
しかしこの二人はまだ軽症で、一番の重症者は最初の被害者、てん氏である。
「……卵とケチャップにハートパワーが渾然一体となり、口の中で世界が作り出されていった。ああ! あれが生命の海。卵が先か鶏が先か。いや! そうか、生命の起源はオムライスだったのだ! ビッグバン!」
なんだか意識が宇宙の彼方に飛んでいっている。
「チョ、てん氏! 三点リーダーで喋ってくだされ! キャラが崩壊してるでござる! こぽ氏、どうにかしないとまずいでござるよ!」
「とは言ってもあのハートパワーを免疫もなく正面から喰らってしまってはそうもなるこぽお」
「それは同意でござるが、でもこれを見てくださいよ、こぽ氏ぃ!」
「……まさか僕の口中で生命が誕生するとは……はっ! そうか。この世界は誰かの口中にある。マルチヴァースとはこういう仕組みで成り立っているのか。となるとここは平行世界! カミニアラガエ!」
電波受信中である。
その様子に完全にひいてしまった両氏は話題を転換する事にした。
「こ、こぽお。てん氏の帰還はまだ先になりそうですなあ。時間が解決してくれるのを待ちましょうござる氏」
「そ、そうですな。旅立ったてん氏は置いておくとして、この事態はママに提案をする必要があるとは思わぬでござるか?」
「同意! 同意ですよ! ござる氏」
無言のアイコンタクトからニヤリと笑うと、テーブルにバンっと両手をついて立ち上がった。
食後の皿がガチャンと音を立てる。
「という事で!」
「ここの責任者をだせえ!」
某美食親子を彷彿とさせる表情であるが、小太りとやせぎすでは全く締まらない。
しかもここの責任者といえば。
「あ? あんたら誰にもの言ってんだい?」
そう。ママである。
水に濡れた鉄のオタマを手に、厨房からのっそりと姿を現した。
今宵のオタマは血に飢えておる。
「ごめんなさい。調子に乗りましたこぽお」
その迫力に立ち上がっていたこぽ氏は一瞬で着席。
「一回言ってみたいセリフナンバーワンなのでござる。ふざけただけで……」
「あん?」
「なんでもないでござる」
ござる氏の言い訳も一睨みで霧散、モグラ叩きのモグラのように一瞬で席に引っ込んだ。
その様子にいつもの悪ふざけであると判断したママは鬱陶しそうにこぽ氏に問いかける。
「んで、何の用だい? 暇な店だけど、あんたらに関わってる時間よりは有効に時間を使いたいんだよ」
「ママのいう通り、この店は暇なのですよ」
そう言うこぽ氏の視線はママを真っ直ぐ見つめている。
さっきの悪ふざけから一転して、実に真剣である。
その眼差しにママは対応に迷う。
「……ふざけて言ってるなら出禁にするよ」
「ふざけてはいないでござる。出禁も困るでござるが、この店が経営難で無くなるのはもっと困るでござる」
横からござる氏。
こぽ氏同様、真剣な眼差しである。
「……モノの言い方には気をつけな」
「でも事実ですよね?」
今度はこぽ氏。
左右から切り込んでくる言葉にママは普段の力強さを失う。
力が抜け垂れ下がった手の先に伸びる鉄のオタマからは水滴がポタポタと床を濡らしていた。
「だとしたってあんたらが口を挟む話じゃないよ」
実際、コーンカフェは経営難である。
元アイドルに給仕してもらえるカフェ。
カフェにつけた付加価値であるが、このローブロードにはもっと直接的に欲望を刺激する店舗がいくらでもある。そのためこのカフェは売上が上がらない。そうすると給料も安くなる。元アイドルにも生活はあるから稼げる方に行く。たとえそれが苦界であろうとも。そうすると店からは付加価値がなくなる。さらに売上が下がる。
ジリ貧である。
ママは悩んでいた。
「それが解決できるとしたら? どうでござる?」
「あん? んなもんないよ。あんたらも結局ここを喰い物にしようとする輩と一緒かい?」
そんな甘い言葉は何度も聞いてきた。
どれもこれも全部死体に群がる蝿のような連中だった。
それは三銃士だってうっすらとだが知っている。
あえてござる氏はそれには触れずにママの質問にも答えない。
「我らもこの店の理念に感銘してるでござる」
「アイドルランキングからこぼれ落ちた元アイドルの救済。それはママにしかできない事なのですよ」
コーンカフェはこぼれ落ちたアイドルが次の道を探すための宿木として、ジョージ・Pとママが共同で始めた事業だった。はじめのうちは物珍しさに客が入っていたが、今や完全に死に体である。
「……うるさいよ。そんな立派なもんじゃない。あたしゃあ昔の自分にしてもらった事を返してるだけだ」
「それでも」
「それでも我らはここが好きでござる」
普段の三銃士の姿からは想像もつかない真剣な眼差し。
大人としての覚悟の中に、宝物を守りたいという少年の心を秘めている。
「……わかった。続きをはなしな」
その姿にママはふうと一息こぼして肩から力を抜いた。
こぽ氏とござる氏は小さくガッツポーズをとってから、テーブル越しにお互いの拳を軽くタッチさせた。
そして同時にママに視線を向けて言った。
「「鍵はこのオムライスなのですよ」ござるよ」
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