こーんかふぇ
いらっしゃいませ。
女性の明るい声でセシリアは迎え入れられた。
その言葉からお客と勘違いされたと考え、その事に戸惑い、セシリアは入り口で止まってしまった。
前世、今世通してもアルバイト経験はなく、バイトの面接にきた時になんと言ったらいいのかがわからなかったからである。
そんな感じで入り口で立ち尽くしていると、シャキッとした雰囲気の若い女性店員がキビキビとした動きでセシリアの方に向かってきた。
「おひとりさまですか?」
「いえ。私はあの、お客でなくて。あの、ジョージ・Pからの紹介できましたセシリアと申します!」
言葉を選びながらなんとか元気に自己紹介を終えたセシリアに、目の前の女性は肩の力を抜いた感じで応えた。
「ああ、新人さん?」
その言葉遣いに少し緊張がほぐれ、普段の調子を取り戻したセシリアはちょっと声を張る。
「はい! よろしくお願いします!」
「じゃあちょっとこっちきてね。ママに紹介するから。ママー、新人さーん」
女性はセシリアの元気のいい声に少し驚いたように顔を顰めてから後ろを振り向いてキッチンに呼びかける。
「サクラ、大きな声を出すんじゃないよ。お客さんが驚くだろう」
キッチンの中から恰幅のいい女性が前掛けで手を拭きながら現れた。全体的にふくよかで、加齢が見てとれるが、目はくりくりとまん丸で、唇はぽってりと、なんとも可愛らしい女性である。
サクラと呼ばれた女性店員と似た顔つきであり、いかにも親子であると見てとれる。
「ママ。お客さんなんていつもの三人組しかいないから大丈夫よ」
「そいつらだって一応客なんだよ」
親指で指し示す程度のぞんざいな扱いでサクラが指し示した場所には存在を小さくしながらクリームソーダを啜る三人の男性客がいる。
「こぽお」
「どぅふふ」
「……ゥン」
急に話題の俎上に上がったことに驚き、三者三様の驚きを示した。
ママと呼ばれた女性はいかにもそんなことどうでも良いとばかりにそちらに一瞥もくれることなく、ゆったりとセシリアの前まで進んでくると、上から下までセシリアを眺めた後に言う。
「んで、あんたがジョージが言ってた新人かい?」
「はい! セシリア・ローズと申します! とあるアイドルグループをクビになったその日にジョージ・Pに拾っていただき、今日ここに行くようにと言われてきました。心機一転頑張ります!」
ピシリと姿勢を正し、直立不動での挨拶。
表情はアイドル笑顔を振りまいている。
反して言っている事は実に重い。
ママはどう反応していいか迷うように口元をピクリとさせてから言った。
「……あんた、初対面でそんな重い話をされても、こっちはどんな顔したらいいのかわからないからおやめ」
「はい!」
アイドル笑顔である。実はセシリア、初めてのバイト面接に緊張している。精一杯のアイドル笑顔を浮かべながら、緊張で少しずつ目が潤んできている。
「アイドルをクビになってここって事はあんたアイドルはやめたのかい? まだまだいけそうなのに勿体無いねえ」
「いえ! やめてません! 一年後にはクルーズ・クルーズの舞台に立つつもりです!」
「は?」「んえ?」「ごぽお」「どっふ」「……ぉぉン」
その言葉に店内にいる全員が奇声をあげてセシリアに注目した。
ジョージ・Pが異常なだけで、実際セシリアの野望はこれくらいの反応が来る程度には素っ頓狂である。
ママ、サクラ、変な客三人組はマジマジとセシリアを見る。その中で三人組だけはセシリアを見て何かに気づいたようで一斉にお互いの顔を見合わせて何事か話し始めた。
ママは空咳をひとつ鳴らしてから話し始める。
「聞き間違いかい? 一年後にクルーズ・クルーズに立つって聞こえたんだけど?」
「いえ! そう言いました!」
「じゃああんたここにきてる場合じゃないよ。もっとあんたには別にやる事があるよ」
「でも、ジョージ・Pからここに行くように言われましたので! 頑張ります!」
ため息ひとつ。オーバーな呆れ顔。
クルーズ・クルーズに一年後に立つという夢は百歩譲って良いがこの場所に来るのは違う。
ママはそれを確信している。
「あんたね、ここがどんな場所かわかってるのかい?」
セシリアは店内を見回した。
清掃が行き届いた清潔な店内。無垢の木のテーブルとそれにあった雰囲気の椅子が数脚合わせられた席が八席。そこの一席に座ってクリームソーダを飲んでいる三人組の男性客。奥にはキッチンらしき設備が見える。入り口にはレジスター。
それらから推測するに。
「カフェ、ですかね?」
「正解だよ。わかったら帰んな」
「正解したら帰らされるクイズ! 斬新ですが、帰りません!」
前世でも聞いた事がない正解したら出演時間が減るクイズにセシリアは驚きを隠せないが、それでも帰らない、ここで働き、自分の糧にするという意思は変わらない。
それに対してクルーズ・クルーズ出演を目指すアイドルがこんな場所で働いている場合ではないというママの意見も変わらない。
「アイドルがカフェで給仕なんてするわけないだろうよ。あんたは来年クルーズ・クルーズに立つんだろう?」
「はい!」
「じゃああんたが来る場所はここじゃないよ! 帰んな!」
「でもジョージ・Pが言うにはここでの経験はきっと私の武器になるって言うんです」
今日初めてあった人間の言葉よりも信じたジョージ・Pの言葉の方がセシリアには重い。
一度信じた人間へのセシリアの深い信頼は他人が引くほどに深い。トワイライトに所属していた時、どんな扱いでもずっとそこでやっていけると盲目的に信用していたのは、元事務所を一度信じてしまったが故である。その信頼は縁切りの最終通告を与え、冬の寒空に素寒貧で蹴り出して、冷たくなった道路に額を強かに打ちつけさせなければ壊れる事はない。重い。
「ここにはドルオタとアイドルからこぼれ落ちた店員しかいないんだよ。なんの経験になるってんだい? 全くジョージも急にアイドル事務所活動を再開したと思ったら、こんなわけわからん娘をよこしてきてなんだってんだい? 早く帰んな!」
「帰りません!」
平行線の主張を重ねる二人は睨み合ったまま状況はこう着した。
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