表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
11/73

ろーぶろーど

 女神との邂逅からすでに一月ほど経過していた。


 それは同時にオーディンに所属してからも一月ほど経過した計算になる。


 あの夜の厳しかった寒さは少し和らぎ、少しずつ春へと向かう季節を実感する日々。


 目指すクルーズ・クルーズへの出演へと向けての厳しいレッスンにも体が慣れてきた。

 レッスン。睡眠。ライブ。睡眠。

 とても充実したアイドル生活である。


 そんなある日。


 セシリアはスラリと伸びた長い脚で大股にクルーズタウンを一人で歩いていた。

 そうして歩きながら、あの日の女神の邂逅を思い出す。


「夢、だったのかしらね?」


 やっと気心がしれて、楽しくなってきたと思っていた鏡越しの神との邂逅は突如終わりを告げた。


「あ! 時間切れだ! セシリア! 神殿に……ブッ」


 女神の言葉は最後まで言い切られる事なく、鏡はただの鏡に戻った。それからいくら鏡を触っても、鏡に語りかけても、鏡の中のセシリアはただのセシリアの虚像だった。思い出せば思い出すほどに夢であったとしか考えられない。最後の言葉はセシリアを神殿へ誘う言葉だったのだろうかと考える。

 今回の夢で神を嫌うセシリアの心に少しばかりの変化があった。


「神殿か。今回の新しい仕事に慣れたら言ってみようかな?」


 こんな呟きが漏れるほどに。

 あんな女神だったら信仰まではしないものの親しみを持って接してもいいかもしれないと、クルーズタウンを象徴するように街の中心部に聳える神殿を見ながら、セシリアは考えた。


 とは言え、目下セシリアの最優先事項はアイドル稼業であり、ジョージ・Pのごまかしの果てに、一年後に目標設定されたクルーズ・クルーズへの出演である。


 よくわからない神にかまけているほどセシリアは夢見がちではない。むしろバリバリのリアリストである。


 今日はジョージ・Pからの紹介でとある飲食店で店員をする事となっている。飲食店で接客などおおよそアイドルのやる仕事ではない。ルージュ・エメリーなら火が点いたように怒るであろうし、どんなに売れないアイドルだって顔を顰めるだろう。

 しかしそこはセシリア。自己肯定感底辺アイドルである。言ったジョージ・Pが嫌なら無理しなくてもいいんですよ。なんて言い出すほどの快諾であった。


 それが先ほど呟いた、今回の新しい仕事である。


 そんなわけで今セシリアは絶賛迷子中である。

 ここはクルーズ・タウン有数の繁華街。

 ローブロード。

 実に雑多である。

 全体的には煉瓦造りのヨーロッパ的な街並みである。しかしその建物に対して下品なネオン看板や大型液晶ディスプレイやら手書きの看板やらが所狭しと並んでいる。


「前世の記憶が戻ってきた今だからわかるけど、ここって大分変な世界よね」


 このローブロードが特別に下品ではあるが、このクルーズタウンは概ねどこも似たような感じである。


「せっかくヨーロッパみたいな綺麗な街並みなのに付属品がやけに近未来的というかなんというか」


 実際この世界の技術レベルはセシリアの前世と比べても遜色ないというかそれを凌ぐくらいの状態にある。アイドルに関する街であるから、音響技術、映像技術、放送インフラ、特殊効果、舞台装置、などは特化して優れている。しかしそれだけではなく、普通に空を飛行機が飛び、普通に海を船が走り、普通に宇宙へロケットが飛ぶ。


「前世の記憶がない時は全く違和感がなかったけど、今はとってもチグハグな感じがするわ。タブレットで読んだ漫画にあった近未来江戸侍ギャグ漫画のヨーロッパ版みたいな感じよね」


 改めてキョロキョロと街並みを見渡した。

 立ち並ぶ煉瓦造りのビル。

 なんともセシリアにとって不自然に感じる建物からせり出している、品のない看板の中から目当ての店名を探していく。昼間からビカビカと光っているネオン文字、文字が下から上へと流れていく電光掲示板、水着の女性だけが描かれている看板。

 その中に一つだけあるちょっと可愛らしい看板。

 書かれている店名はコーンカフェ。


「あ、ここかな?」


 ジョージ・Pからもらった紙に書かれた住所とそのビルにはられている住所とを見比べてセシリアはつぶやいた。そして自分が正しかった事を認識すると、そのままビルのエントランスへと歩を進めていった。

 ビル内のテナントはほぼほぼ夜からの営業らしく、薄暗い感じのエントランスは人気がなく薄暗い。


「ええっと、コーンカフェは何階でしょうか?」


 しかしセシリアはそんな事にかまわず、ビルのエントランスとも言えないエントランスに記載されているテナント一覧を確認する。


「あったわ! 九階ね。見晴らしが良さそうだわ! あ、奥にエレベーターもある! 助かる!」


 目当ての店の場所を見つけ、さらにエレベーターを見つけたセシリアは、意気揚々と上階行きのボタンを押す。

 するとタイミング良く一階に待機していたのかエレベーターの扉はセシリアを歓迎した。それにささっと乗り込んで⑨のボタンを押すと、ガガっと不穏な音と不安な揺れを伴ってエレベーターは上昇を始めた。怪しさ満点のエレベーター、怪しさ満点の雑居ビル、怪しさ満点の店名。全てに怪しさしかない状況でセシリアの疑い深さは発揮されない。


 致命的な事にセシリアの疑い深さは一度信じた人間には発揮されないのだった。


 チーン。


 セシリアの弔いの鐘の音のように、エレベーターが目的地についた事を告げる。


 不穏な揺れと不穏な音をともないエレベーターは扉を開く。


「ここがコーンカフェね。おはようございまーす」


 元気な声で挨拶をしながらコーンカフェの扉を開く。


「いらっしゃいませー!」


 これまた元気な声がセシリアを迎え入れた。

お読みいただきありがとうございます。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ