めがみ
新居で一人、決意を新たにしていたセシリア。鏡に向かって微笑むと、その鏡の中の自分が意図しない動きをしたように見えた。そんな鏡の中の異変にめざとく気づいたセシリアは怪訝な顔で鏡を覗き込む。
「んー?」
(んー?)
もちろん鏡の中のセシリアも怪訝な顔でセシリアを覗き込んでくる。鏡である以上当然のことである。
「気のせいかしら?」
念には念を入れて確認するようにセシリアは鏡に手をついた。鏡の世界にするりと入り込んでしまうような事故は起こらない。冷たい。硬質な感覚が手を押し返してくる。
(キノセイカシラ?)
もちろんセシリアが鏡に手をついているのだから、鏡の中のセシリアも鏡に手をつくことになる。
鏡ごしに手があわされた。
その瞬間。
『握手によりファン人数が増加しました』
「え?」
(は?)
現実のセシリアと鏡の中のセシリアが異なった声を上げながら、同時に鏡から距離を取った。
「あなただれ?」
(アナタダレ?)
真剣な顔のセシリアとは異なり、鏡の中のセシリアはすっとぼけた表情をしている。自分の表情を何万回と見ているセシリアは今の表情筋の状態で鏡の中の表情になっているはずがない事は知っている。
これは鏡の中に何かいる。
セシリアは一瞬で部屋の中を見回して武器になる物を探した。
テーブル。無理。椅子。いける。花瓶。いける。
鏡を椅子で割って、そこに花瓶を投げつける、そこに生まれた隙に割れた鏡で刺す。
一瞬で戦闘の準備が整う。
椅子を手にできる距離まで後退りしながら鏡から遠ざかり、手が椅子の背もたれに触れた所で止まる。
ヨシ。
準備ができたセシリアはゆっくりと鏡に語りかける。
「貴女がただの鏡じゃない事はもうわかってるの。これ以上誤魔化すなら……」
(貴女がただの鏡じゃない事はもうわかってるの。これ以上誤魔化すなら……?)
語尾のニュアンスが異なっている段階で馬脚をあらわしている。この段階で鏡の中のナニモノかがこの世ならざるモノである事を認識したセシリアは手に触れている椅子を持ち上げて構える。
「割るわ!」
(割るわ?)
思い切り振りかぶる。アイドルに必要な筋肉は、木の椅子程度なら簡単に振り回せる程度の力を与えてくれる。
「いい? いくわよ!」
(よくない! 待って!)
木の椅子を振りかぶり、今にも鏡を破らんとするセシリア。鏡の中のセシリアはそれを止めるように必死で手を振っている。明らかに鏡の外と中で異なるセシリアがいる。
とは言え、鏡の中のセシリアはとても情けない顔で泣きそうになっており、敵意のようなモノは感じられない。
それを見て現実のセシリアは一息つきながらも、警戒は解かず、鏡の中のナニモノかに問う事にした。
「貴女はだれ?」
「んー」
言い渋るナニモノへとセシリアは無言で椅子を構える。質問に答えない敵に用はないと言わんばかりに。
「待って! 待って! 答えない訳じゃないのよ! 説明が難しいの! どんだけ短気なのよ」
「それならそうと言ってよね。ちょっと位なら待てるくらいの気の長さは持ってるわ」
椅子を鏡の前におろし、セシリアはそれに腰掛ける。鏡の中のナニモノも同じ動作で椅子に腰掛けた。
ナニモノかがため息と共に言葉を吐き出す。
「ワタシが女神だって言ったら信じる?」
「信じないわね。自分を神だって名乗るモノはなんであれ他人を騙すモノだもの。神は勝手に祭られるモノよ」
あっさりと言葉を否定し、神に対する持論を展開する。子供であるセシリアは親に売られた。その親は神(自称)に捧げる供物の対価として娘をクルーズ・タウンに売っている。あの日。セシリアは戻る場所を失った。だからどんな状況であれ耐える事しかできなかった。
「でしょう? だから難しいのよ」
「お化けとかなの? それとも鏡の中に入れるアイドルウェポンを持った人間?」
人間だったらいつでも対処できるな。とセシリアは考えている。物理攻撃が効かないお化けなどであればそれなりの準備が必要であるため面倒である。とは言え対処方法がない訳ではない。この世界ではバルサンを炊く感覚で対処可能である。
そんなセシリアの目算をよそに、自称神は話を続ける。
「ワタシ、さっきので貴女のファンになっちゃったみたいなの?」
「関係ない話ね。確かに女神のアナウンスが流れたけど」
ジョージ・Pの時と同様に女神のアナウンスが流れた。あの声の主が目の前の自分と同じ顔をした女だと言うのだろうか?
「でしょ? あれワタシの声を使ったシステム音声よ。ファンになったワタシは貴女に嘘はつけないのよ?」
「それがなに? 鏡の中で私の姿をしている時点で本当の姿を偽っていると思うのだけど?」
セシリアの正論に自称女神はグッと息を詰まらせる。
悪役アイドルの面目躍如たる実に堂々とした詰問である。
自称女神もそれに負けずに応戦する。
「これはしょうがないじゃない。今のワタシは本体じゃなくて鏡の中にいる分霊みたいなモノなのよ。それでもワタシはこの街の女神なの! 今度神殿にきなさいよ、本体を見せたげるから!」
「証拠もなくそんな与太話信じるわけないでしょう? 私もクルーズ・タウン歴結構長いのよ? そんな信じやすかったら今頃女衒に売られているわ。今だってそうやって神殿に誘って洗脳する気でしょう?」
「えー。どこまで疑り深いのよ。ていうかこの街ってそんなに餓鬼地獄みたいになってるの!?」
余りの疑い深さに自称女神はゲンナリとした顔をしている。それを見てセシリアはそれ見なさいと言った様子でフンと鼻を鳴らす。
「いいから証拠を出しなさいよ」
「うーん。ワタシは貴女が転生者だって知ってるってのは証拠になる?」
「は?」
余裕綽々な態度から一転。転生者という言葉にセシリアはポカンと口を開いた。それを見た自称女神はしてやったりと言葉を続ける。
「相良芽依。享年十三歳。アイドルに憧れるあまり、このアイドル修羅世界に転生してきた。正確には芸能修羅世界なんだけどねえ」
「待って! さらっと衝撃の事実を明かさないでくれる?」
椅子から立ち上がり、鏡に駆け寄る。
黒髪は後ろに靡き、その加速度を物語る。鏡の中の自称女神は勢いよく迫る美しい顔に少々怯えながらも、態度にはあらわさず、やっと得た優位にしがみついている。
「信じた? 信じたならもっと教えてあげるけどぉ?」
「ある程度!」
自分の顔で調子に乗った表情を浮かべている自称女神に対して少しイラッとしながら、セシリアは鏡に向けて少し強めに両手をついた。自称女神はその時の音に少し驚いた様子である。
「んっ! ここまで言ってある程度なんだ。生粋のクルーズっ子だってそこまで疑い深くないよ」
「江戸っ子みたいに言われても困る! 貴女ほんとに女神なの?」
ある程度とは言ってみたものの、セシリアはほぼ目の間のナニモノかが本当に女神だと信じている。それほどにセシリアの中で前世の記憶というのは大きい割合を占めている。
「そう言ったじゃないの? 女神兼貴女のファンよ。まさか自分の権能に囚われるとはね。長生きしてみるものねえ。ふーむ……自縄自縛ってちょっとエロくない?」
「……気が抜けるわね」
そう言いながらセシリアは地面にペタンと腰を落とした。同時に鏡についた手がスルスルと下に滑り落ちて、そのまま自分の膝におさまる。白く美しい手がスルスルと下がっていくその様子を見た女神は揶揄うように笑って言う。
「神と会話してるんだからちょっとは気張りなさいよ」
「でも私のファンなんでしょう?」
セシリアもまた女神を揶揄うようにそう言うと、鏡の中では神が人と同じ顔をして笑っていた。
お読みいただきありがとうございます。
下にある星を黒に変えていただければセシリアが成長致しますので何卒よろしくお願いいたします。




