鬼と家族
これは改稿前の第壱章の話になります。その為、現在改稿中の第壱章が完成次第削除したいと思います。ご容赦ください。
「朔、俺と家族にならないか?」
その一言に劉焔は理解が少し、いや、かなり遅れた。
「えっと……家族?」
「本当の、にはなれないけど、愛紗と鈴々みたいな義姉妹みたいにはなれる。だから、親とか兄貴になれたらいいなって思ったんだ」
そう言って照れ臭そうに、一刀は笑った。
――――――家族。
森に住んでいた頃、実は家族に近い存在はいた。だが、それは家族とも仲間とも呼ぶには程遠いものだと劉焔は感じていた。
事実、その人達は劉焔の前から突然消えた。
元より、一緒に居る理由もなかったのかもしれない。劉焔はただその人達が消えた事を何とも思わなかった。
だが、今は自分と近しい者達が出来た。その者達が更に近しい存在になる。
「家族……」
もう一度、呟く。
心に温かいものが広がると同時に、冷え冷えとしたものが流れ、それさえも凍り付けようとする。
――――もし、また去られたら……
そんな考えが脳裏を過ぎり、心が凍えた。
「…………鬼の僕を家族にしてどうするのさ。一の家臣として扱えばいいじゃないか。それしか利用価値がないんだから」
劉焔は言葉を紬ながら、拳を強く握り締めた。まるで痛みに耐えるかのように。
「本当にそう思ってるのか?」
「そう……だよ……」
「そうか。それなら、俺の答えは――――」
一刀は一度言葉を切ると、言った。
「――――そんなの絶対にごめんだ!!」
一刀の突然張り上げた声に劉焔は驚き、劉備達でさえ一瞬たじろいだ。
「しゅ、主上……?」
「俺は家臣が欲しくて、お前を登用したんじゃない。仲間になってほしいから、一緒に頑張って桃香の理想を実現していきたいと思ったから、仲間に誘ったんだ。
利用し、利用される関係なんて求めちゃいない」
「え……あ……」
「“利用”なんて言葉は、仲間に対して使う言葉でも行為でもない。
だから、俺は――――俺達はこう言うんだ。力を貸してほしい、協力しようってね」
一刀の言葉に、劉焔は関羽に仲間に誘われた時を思い出した。
――――――我らには大望がある。皆が笑って平和に暮らせる世の中をつくりたいのだ。それにお前の力を貸してほしい。
確かに言っていた。
関羽は自分の力を貸してほしいと願った。
その時の彼女に自分を利用しようなどという考えがあっただろうか?
(……ない。ある筈がない)
己の主を守ろうと人一倍頑張る頑固者そうな彼女。そんな彼女のまっすぐな性根は、利用の2文字になど結び付かないだろう。
「それにさ、お前の事、なんだか放っておけないんだ。だから、あんな森で独りになんてしたくなかった。家族として朔の居場所にもなってやりたかったんだ」
何故、この人はここまで人に優しくなれるのだろうか。
何故、この人はこんなにも他人の事を想えるのだろうか。
劉焔は不思議で堪らない。
「さ、朔……?」
一刀が突然うろたえだした。気が付けば、劉備達も驚いていた。
「朔くん……泣いてるの?」
「え?」
劉備に言われ、初めて気付いた。
頬を濡らす、一筋の涙に。
「あれ? なんでだろ?」
拭っても拭っても、涙は止まらない。
「ダメだね、僕。悲しくもないのに……泣いちゃってる。男…なのにさ」
声までも震えてきた。
「泣いていいんだよ、それはきっと嬉し涙だから」
「嬉し……涙?」
劉備は優しく劉焔を抱きしめる。
「朔くんは長い間独りでいたんだよね。それはきっと辛くて、とても寂しいものだったと思うの。私だったら耐えられなくて、すっごく泣いちゃうかも」
「寂しいなんて……思った事ないよ」
「朔くんは、ね。でも、朔くんの心はそうじゃなかったんだよ。
私達とで出会って、仲間になって、人の温かさに触れられて、それが嬉しくて、寂しさが涙に溶けて流れていってるんだよ。
朔くん、今悲しくないんだよね?」
「悲しくなんて、絶対ない」
「だったら、それはきっと嬉し涙だよ。だから、泣いていいんだよ、寂しさを流しきらなきゃ」
「――――うっ……うわあああああああ」
劉焔は泣いた。
涙は関を切ったように流れ出し、声も抑える事などできなかった。
今、凍り付いた心の中でひしめく気持ちを劉焔は言葉に出来ない。
ただ、劉備に抱きしめて欲しかった。
誰かと一緒にいるのだと、もう独りではないと実感したいから。
(…………桃香様の言った通りだったんだ)
自分は寂しかったのだと劉焔は理解すると、心の冷たさとひしめきが少しだけ治まった気がした。
(もう独りはヤダよ……)
劉焔が落ち着くまで、少し時間がかかった。
「落ち着いた?」
「……うん」
劉備の問いに、劉焔は小さく頷いた。
劉焔は赤くなった眼で一刀を見る。
「……主上は」
「うん?」
「…………主上はどこにも行かないよね?」
「――――え」
劉焔の問いは、強く一刀の心を揺さぶった。
「主上はいなくなったりしないよね?」
「朔……」
「主上は僕を見捨てないよね?」
三度目の問いは、ストレートに言った。
一刀は劉焔が家族に近しい者たちに突然去られたことを知らない。
「俺は、朔の前からいなくなったりも見捨てたりもしない」
だが、それを知っていようと彼の答えは変わらないだろう。
「俺は朔を独りにしない。絶対に」
力強く断言すると、一刀は劉焔を抱き上げ、
「それにさ、朔はもう独りになりたくてもなれないぞ」
「?」
「だってさ、朔には仲間が出来た。家族も望めばできる。加えて、その仲間は中々のお節介焼きだからな」
「そのお節介焼きの筆頭は、ご主人様ではないですか」
「その上、大変なお人好しの筆頭でもあるな」
ニカッと笑う一刀に関羽が半眼でツッコみ、趙雲が重ねてきた。
「うぐっ……まあ、改めてなんだけど、そんな奴を家族になんてどうかな?」
「欲しい。お節介焼きでお人好しな家族が、欲しい」
劉焔は一刀の真似をするように、ニカッと笑って言った。
「よしっ。じゃあ、今から北郷一刀と劉焔翔刃は家族だ」
「うん、家族。でも、家族としての主上は、僕の何に当たるの?」
「あー……どうしようか」
「普通なら義兄でしょうが。主は朔の名付け親。義父で如何か?」
趙雲の一言に、一刀は悩む。
「父親かぁ。でも、俺の歳で子持ちって変じゃない?」
「そうですかな。主くらいの年頃で子を持つ夫婦は少なくはありませんぞ」
「そっか。この時代ってそういう時代だったな」
時代を遡れば遡る程、人の寿命は短い。医療技術が進歩してるかどうかの問題だけではなく、命を奪い合うような理不尽な終わりも多いのだ。
その短いかもしれない人生で、愛する人と添い遂げたいと思うのは当然の事だろう。
「んじゃ、朔。父親になるって事とでいいかな?」
「主上は、父親?」
「そうだよ、朔くん。さ、お父さんって呼んでみよう!」
劉備が元気に勧めてくるが、劉焔は口をもごもごするだけで中々口にしない。
やがて、意を決したように口を開いた。
「お……お……おと……」
「ん?」
「……お、おとう……おと、おと」
「もうちょい、もうちょい」
「お! お…………お父さん」
「……! 応」
劉焔は最後尻窄みしたものの、一刀の事を父と呼べた。一刀もそれに応えた。
だが、二人はすぐに互いに顔を反らした。
「…………」
「…………」
それもそうだ。恥ずかしさの余り、顔が見事に真っ赤に染まっていたのだから。
当然、その場にいた少女達はその様をニヤニヤ――もとい、微笑ましく見ていた。
「にゃはは♪ 朔もお兄ちゃんも真っ赤なのだ」
「あぅ。恥ずかしいものは恥ずかしいんだよ」
「さて、親子の契りを交わしたところで、朔にはやるべき事が増えましたな」
「なんでさ? 護衛だけが仕事じゃないの?」
「朔くん。養子とはいえご主人様の息子になったという事は、朔くんはご主人様の後継者になったという事なんですよ」
「つまり?」
「……政の勉強もしなくちゃいけません」
鳳統に現実を突き付けられ、劉焔は肩を落とす。
「政なんて分かんないよ」
「それは学んでくしかなかろう。幸運な事に、我が軍にはそれに長けた人物が二人もいる」
関羽が言いながら視線を向ける先を劉焔は追う。その先には、えへんと胸を張る孔明が、恥ずかしそうに帽子を深く被る鳳統がいた。
「はい! お勉強なら、私と雛里ちゃんに任せてください」
「……微力ながら、じ、尽力させて頂きます」
「雛里? なんでいきなり畏まるような口調に?」
「……だって、朔くん。ご主人様の息子になったから」
全員があっ……、と気付いた。
自分達で言っておきながら忘れていた。
一の将が、まさかの後継者。長い目で見れば、将来の自分の主になるかもしれないのだ。
劉焔に対する接し方を改めるべきなのか劉備達が軽く頭を悩ます中、全く頭を悩ませていない者がいた。
「にゃ? どうしてみんな悩んでるのだ?」
「さぁ? 僕も知りたい」
「いや、朔は自分の事だろうが」
張飛、劉焔、一刀の三人だった。
一刀はともかく、劉焔と張飛は本気で何を悩んでるか分かっていない。
「朔が俺の息子になって、いきなり偉くなったから、これからどうやって接してこうか考えてるんだよ」
「にゃ? 朔、偉くなったのだ?」
「まさか。鈴々、僕が偉そうに見える?」
「ううん。朔はいつも通りの朔なのだ」
「だよね、僕は僕だし」
首を傾げる子供二人。一刀は劉焔と張飛が思っている事に感心した。
まあ、よく理解していないからかもしれないが。
「朔、桃香や愛紗に畏まった風に話してほしいか?」
一刀の問いに劉焔は首を横に振る。
「嫌だよ。そもそもこんなガキを敬ってどうすんのさ」
「だってさ。みんな、朔は普通に接してほしいと思ってるんだ。変に態度を変える必要は無いさ」
「そうですか。ならば、今まで通りに接しよう」
いち早く順応した趙雲は話を進める。
「それで主よ、朔には誰を付けるのです?」
「そうだなぁ……雛里、お願い出来るかな?」
「あわわ、私ですか!?」
「うん。朱里には悪いけど、俺と桃香の二人を面倒を頼むよ。雛里、何かあったら俺とかに頼ってもらっても構わないから」
「でも……」
「大丈夫、これもいい経験になると思うよ」
一刀に笑顔でこう言われては、鳳統は断れない。
鳳統は諦めたように、……はい、と応えた。
「んじゃ、次はお目付け役。全体的に朔の面倒を見る人は……」
「…………何故、私を見るのです?」
最初に一刀、次に劉備、趙雲と続き、皆の視線が関羽に集中する。
「じゃ、全会一致で愛紗に決定」
「何故です!?」
「いや、年頃の近い鈴々の面倒を見てきたんだし、勝手が一番分かってるかなってね」
「なに、朔は鈴々より大人しい――というよりも冷めてるところがある。幾分御し易かろう、母上殿?」
「星!? 貴様――――」
「風の噂よ。聞こえたものは仕様がなかろう」
「くうぅ……」
ニヤニヤ、と音が聞こえてきそうな笑みを浮かべる星を、関羽は唸りながら睨んだ。
だが、最終的には、分かりました……、と鳳統と同じように折れたのだった。
「朔くん。これ、あげる」
劉備は首飾りを取り出すと、劉焔の首にかけた。それには、鳥の羽を象った水晶が付いていた。
「桃香様、これ……」
「私からお祝いのお守り。朔くんが怪我をしないで、いつも元気でいられますようにって」
「ありがとう、桃香様。大事にする」
劉焔は飛び降りると、一刀達に向き合う。
「僕、劉焔翔刃は此処に再度誓うよ」
双剣を鞘ごと引き抜くと、献上するように掲げた。
「この身、我が双剣の如く戦場を翔ける刃となし、主上が望む世への道を切り開いてみせましょうぞ」
そして、と劉焔は続け、
「我らが主の護衛という大役、確かに拝命仕りました」
これでいい?、と眼で訊くと、皆が頷いた。
「よーし、今日は朔の歓迎会を開くぞ。宴だー!!」
「おーう!!」
この日、一刀達の夜は長く楽しいものになったのだった。