鬼と御役目
これは改稿前の第壱章の話になります。その為、現在改稿中の第壱章が完成次第削除したいと思います。ご容赦ください。
自然と眼が覚める。
「誰だよ……」
誰かがこの部屋に近づいて来るのを察知し、劉焔は頭を掻きながら起きた。
まともな寝台で寝たことがなかった為に、眠りは深くなるどころか浅くなってしまい、睡眠不足特有の鈍い頭痛がした。
気分は良いとは言えない。
コンコン、と扉をノックする音が聞こえ、
「朔、起きているか?」
関羽が入って来た。
「愛紗? おはよう」
「おはよう、朔。では、出かけるぞ。準備しろ」
入って来るなりそんなことを言う関羽に、劉焔は怪訝な眼を向けた。
「なんの?」
「お前の日用品を買いにだ」
「……愛紗にお任せする。おやすみ〜」
興味が無いとばかりに再び眠ろうとする劉焔。それを関羽が見逃す筈もなく、
「寝るな」
素早く抱き上げた。
彼くらいの年頃なら、これを恥ずかしがり、嫌がるだろうと関羽は考えたのだ。
「愛紗、暖か〜い……」
だが、劉焔の方が一枚上手だった。
抱き着き、犬猫のようにすりすりする劉焔に関羽は呆れた溜息をついた。
「……このまま連れていくか」
仕方ない、と関羽は劉焔を抱き上げたまま部屋を出て行った。
「なんで顔が赤いの?」
「うるさい」
劉焔が訊くと、関羽はぷいっと顔を背けた。
劉焔は寝ていたから知らないが、彼を抱き上げたまま街を歩いた関羽は街の民に何度も話し掛けられた。
「関将軍、お子さんがいたんですか!?」
「お相手は誰で!? やっぱり御遣い様ですかい!?」
などと大声で話されたせいで、子持ち疑惑はすぐに街中に広がり、行く先々で親子発言をされたのだ。
「……いや、嫌ではないのだ。寧ろ嬉しいというか、だが恥ずかしいというか」
「愛紗?」
「……いや、待て。もしや私は他人から見て、子がいてもおかしくないように見えるのだろうか?」
「愛紗」
「いたっ」
中々自分の世界から戻ってこない関羽に劉焔は痺れをきらし、彼女のポニーテールを引っ張った。
「何をする!? 首がグキッとなったではないか!」
「それは謝る。けど僕、何処に行くか聞いてないんだけど」
「ああ、そうだったな。まずは服屋だな」
「なら、僕は外で待ってるよ」
「何を言ってる。今日はお前の物を買うと言っただろ。いつまでもそのようなボロを着られては、他の者達の士気に関わる」
「えーー……」
「あと、その伸び放題の髪も切るぞ」
思わず劉焔はその足を止めた。
「どうしてさ?」
「戸惑うのも無理はないか。これはご主人様の御意向だ。
その眼をいつまでも隠し続けるのは無理だ。ならば、その鬼眼を持つ少年をこの街の民に早く認めてもらいたいのだ」
「こんな気持ち悪い眼を持つ奴、認めてくれる筈ないよ……」
「最初から諦めてはダメだ。現にご主人様を初めとして、私達はお前を受け入れている」
関羽は劉焔の頭を撫で、
「だから、まずお前が民を受け入れるのだ。そして、急がなくていいから、徐々に受け入れてもらっていこう」
母か、姉のように慈愛に満ちた笑みを浮かべた。
だが、劉焔は迷っていた。
人とは異なる眼は、確実に疎まれる原因だった。だから、劉焔は人とは極力触れ合わないようにした。
それでも、人は彼を疎み、鬼と呼び殺そうとした。
その過去が彼を縛り付けている。
だが、もし本当に受け入れてくれたのなら……、一瞬、そんなことを考えてしまう。
(……甘い考えだ)
頭を振り、そんな考えを振り払う。
「愛紗、僕は主上の意向には従わない」
関羽はその言葉を黙って聞き、その続きを待った。
「他人と触れ合うのは、必要最低限でいい。受け入れるのも」
「最低限というのは、私達のことか?」
「他に誰がいるのさ」
「だとしても、ここはお前が住んでいた森ではない。多くの民が暮らし、生きているのだ。係わり合わずにいられることなど出来る筈もないだろう」
「“鬼は隠”だよ?」
「言い訳するな」
関羽は、はぁ、と小さく溜息をつき、困ったような表情を浮かべた。
さすがにそんな表情をされては、劉焔とて心苦しい。
「解った、解ったから。……主上の意向はきっかけにするよ。
この街の人達に受け入れてもらうには、僕自身の意志で行動を起こさなきゃダメだと思うから」
不承不承ながら劉焔は言った。
それでも関羽にとっては満足な答えだったらしく、
「そうか。それならば、私は何も言わない。頑張るんだぞ」
「うん」
「では予定を変更して、まず髪を切ろう」
「心の準備時間をください!!」
数刻後、玉座の間には一刀に劉備、張飛や孔明といった将が集まっていた。
「本当にいいんですか?」
そう一刀に訊くのは、孔明だ。いまひとつ納得していない、そんな顔をしている。
「もう決めたことだろ? 桃香も星だって賛成してくれたし、朱里も賛成してくれたじゃないか」
「はい。このことで更にご主人様の勇名は上がり、多くの人達の耳に届くことでしょう。
ですが、反面、今以上に躍起になって天の御遣いを狙う輩も増えることになるんですよ」
「その為の朔だろ」
一刀は孔明の頭に手を置き、
「大丈夫だ。朔はきっと役目をきちんと果たしてくれる。それにさ、しばらくはあいつの事を近くで見守りたいんだ」
子供を諭すように言った。
「…………なんだか丸め込まれた気がします」
「え?」
何でもありません、と孔明はぷいっとそっぽを向いた。
そんな孔明の態度に一刀が首を傾げていると、劉備と鳳統が飛び込んできた。
「ご主人様、朔くんの用意が終わったよ!」
「……愛紗さんと朔くんは、外で控えてます」
「じゃあ、呼んでくれるかな」
鳳統は一刀の言葉に頷くと、すぐに関羽達を呼んだ。
「失礼します」
「劉焔翔刃、来ました」
凛とした声が玉座に響き、関羽と軍服を着た劉焔が入って来た。
伸び放題だった緋色の髪はバッサリと切られ、前髪で隠していた鬼眼も今ではしっかりと出ていた。
服も黒で統一し、動きの邪魔にならないように体格に合わせた比較的ピッタリとした物。黒白の双剣は交差するように後ろ腰に提げていた。
かなり軽装なその姿から、一刀は忍者チックだなと思った。
「で、どんな用で呼ばれたか教えてほしいんだけどさ?」
玉座の間にいる面々を見て、劉焔は訝しみながら訊いた。
それもそうだ、劉備に仕える主要人物が全て集まっているのだから。
「簡単にだけど、朔の叙任式をと思ってね」
一刀が答えるが、劉焔は更に訝しげな顔をした。
「叙任? 何のさ?」
「お前のに決まっているだろう」
関羽が呆れたばかりに言った。
「もしや、一兵卒として戦場に赴くと思っていたのか?」
「違うの?」
「違う。お前には武将として戦ってもらう。でなければ、軍資金を使ってまで朔の装備をこんなにも整えたりしない」
「随分な期待だね。精神的圧迫で死んじゃうかも」
「どの口がそんな戯言をほざく」
などと飄々と軽口を叩く劉焔に、関羽は軽く頭を抱えた。
「朔くん」
孔明に呼ばれ振り向くと、彼女は真剣な表情していた。
「朔くんに任せる役目は、私達のこれからを左右するものです」
「うわーい、一言目からかなり重〜い……」
「今日これから、劉焔翔刃くんにはご主人様の専任護衛役を務めてもらいます」
「護衛? 僕が? 新参者の僕が?」
「ああ、朔にお願いしたいんだ」
「主上、ダメだよ。それじゃ愛紗や鈴々の立場がない」
劉焔は首を頑なに横に振った。
森で一合とはいえ、関羽と張飛とは刃を交え、趙雲とは模擬試合をしているのだ。
彼女らの強さなら、自分が護衛役である必要性はない筈だ。
「朔、一つ誤解しているぞ」
関羽は劉焔の両肩に手を置き、優しく微笑んだ。
「鈴々も星も、もちろん私もお前なら護衛役を任せてもいいと思っている」
「そんな簡単に決めていいの?」
「簡単に決めてなどいない。私達だって短い時間だが、悩みに悩み抜いた結果出した答えだ」
「朔は、なんだかお兄ちゃんとお姉ちゃんに似てるとこがあるのだ」
「僕はお人好しじゃないよ」
「ほう。ある少女の願いを叶える為に、盗賊を討った奴がお人好しでないとでも?」
「なっ―――――」
ニヤリッと笑う趙雲の言葉に、劉焔は言葉を失った。
――――――何故、それを?
直ぐさま、一刀を見るが話してないと首を横に振った。
「風の噂で少しな」
(まさか、盗み聞き!?)
劉焔が気恥ずかしさに震えていると、劉備は屈んで目線を合わせてきた。
「朔くんは違うって言うかもしれないけど、君はとっても優しい子だよ。誰かの為に戦えるんだから」
「そんなお前だからこそ、この役を任せようと思ったのだ」
「水を差すようですみませんが、朔くんには辛い役目を負ってもらう事になるのに変わりありません」
申し訳なさそうに言う孔明の言葉を鳳統が引き継ぐ。
「……朔くんには、護衛役となると同時に鬼を自称してもらいます」
「鬼を?」
「……天の御遣いの傍には、彼の徳に打たれ、守護する戦鬼がいると噂を流します。
鬼とは本来忌避すべき存在。それに守られているご主人様を敵は恐れるでしょう」
「つまり、鬼さえ従えてみせる主上は凄いだろ、って思わせると」
「……はい、そうです。だから、朔くんには」
「人である事を辞めてもらうのだ」
今度は鳳統の言葉を遮るように、趙雲が言った。
「主を守るのが鬼だという噂には、まだ根も葉も無い。ならば、その種を植え、芽を出さねばならん」
「その芽を出す手初めは、僕が人であることを辞める、ね。…………今更だよ」
劉焔はそんな事とばかりに言う。
「鬼を自称するなんてこと、前からやってる。それが一地域から国中に広まろうと、僕にとって大差ないよ」
「だが、今以上に人々に疎まれるかもしれないのだぞ」
「それこそ今更だよ、星。僕は自分を受け入れてくれる人がいる事を嬉しく思うけど、無理に受け入れてもらおうとは思わない」
「ほぅ」
「所詮、僕らは他者の犠牲の上に立っているんだ。民に向けられる感情は羨望や信頼とは限らない。憎悪や怨嗟かもしれない。
星だって自分を憎む相手に己を受け入れろ、なんて言わないでしょ」
疎まれる事も憎まれる事も同じと考える劉焔の答えを聞き、趙雲は更に訊いた。
「ならば、お前はこの先どうするのだ?」
―――――決まってる。
劉焔はそう呟き、
「僕は主上に頂いた名の通り、誰もが笑って暮らせる世への道を切り開くだけだ」
断言した。
「……これは参った」
趙雲はくすりと小さく笑い、一刀を見た。
「主の言う通りでしたな」
「言ったろ? 朔は簡単に揺るがないって」
どうだ、と一刀は勝ち誇った顔をし、にかっと笑った。それを劉焔は訝しんだ。
「主上?」
「朔、実はな、星と勝負してたんだ。お前が人の温かさに触れて、日和るかどうか」
「朔が鬼となる決断を一瞬でも躊躇えば、私の勝ちという有利な条件での勝負だったのだが。お前は一瞬も迷わず決断した。
完全に私の負けだ」
「これで2つ目の条件も解決だ」
「……まだ何か企んでるの?」
「企み、というより希望だな。俺個人の」
「護衛役も十分に主上の希望じゃん」
「まあね。けど、こっちは断ってもいいぞ」
未だ怪訝な目で見てくる劉焔に対し、一刀は一度咳払いをすると、衝撃的な一言を口にした。
「朔、俺と家族にならないか?」