鬼と軍師と昇り竜
これは改稿前の第壱章の話になります。その為、現在改稿中の第壱章が完成次第削除したいと思います。ご容赦ください。
「これが城かぁ」
劉備の居城を見上げ、劉焔は感嘆の声を上げた。
記憶を無くしてからずっと森で暮らしていた為、彼の眼にはほとんどの物が新鮮に映った。
「朔くん、こっちこっち! 行くよ~」
「あっ、はい、桃香様」
劉備に真名で呼ばれ、劉焔は彼女の許に駆け寄った。
帰りの道中、一刀たちと劉焔は互いを真名で呼び合うことを認め合った。
劉備に連れられ、玉座の間に通されると、そこには帽子を被った小さな少女が2人いた。
「朱里ちゃん、雛里ちゃん。ただいま」
「桃香様!? いつお戻りになったんですか?」
「盗賊を討伐にしたには、帰ってくるのが早いような……」
困惑顔の少女たちは揃って劉備を見た。
「ついさっきだよ。ご主人様や愛紗ちゃんは、もう少ししたら来るから。私はこの子を先に紹介する為に早く来たんだ」
劉備は劉焔の肩を掴むと自分の前に立たせ、
「この子はね、新しく仲間になった」
「劉焔翔刃。よろしく」
劉焔に自己紹介させた。
突然の告白に少女らは更に困惑の色が深まった。
突然の主の帰還に、新たな仲間の参入。どれも唐突過ぎる。
だが、彼女らは劉備軍の2大軍師。いつまでも「はわわ」とか「あわわ」などと慌て続けたりはしない…………多分。
「はわわ。えっと、私は諸葛亮でしゅ」
「あわわ。わ、私は……ほと、鳳統でし」
「あぅ。噛んじゃった……」
「うぅ。私も……」
「…………」
森暮らしで、あまり人と話したことがなかった劉焔だが、自己紹介で自分の名を噛んだ人は初めてだった。
ある意味凄いと思った。
「私たちが早く帰ってこれたのは、朔くんが私たちが退治する筈だった盗賊を一人で倒したからなんだよ」
「え? でも、報告で盗賊は300人はいたはずです」
「そう。軍隊崩れがね」
劉焔の言葉に、孔明と鳳統は大きく眼を見開いた。
「どうして、そこまで……」
「盗賊にしては動きに統率感があったし、戦闘技術高過ぎ。だから、用心して護衛に将を2人もつけたんじゃないの」
「……その通りです」
「すっごーい。教えてなかったのに、朔くんは気付いてたんだ」
ぱちぱち、と劉備は感心したように拍手した。
「劉焔くん」
「何? えっと、はわわさん」
「諸葛亮です!」
「ごめんごめん」
「もう……では、私たちの真名を貴方に預けます」
「いいの? 初対面の新参者なんかに」
「はい。劉焔くんは高い洞察力があるようですし。それにここでは、これが普通なんです」
さらっと言う孔明。
主のお人好し効果か、と劉焔は思う。そういう自分も嫌いではないのだが。
「私の真名は、朱里です」
「あの、私は、雛里……」
「朱里に、雛里ね。僕の真名は朔だよ」
改めてよろしく、と劉焔は孔明と鳳統に笑みを浮かべ、
「そっちの柱に隠れてる人は、名前を教えてくれないのかな」
彼女らの背にある柱に一瞥をくれた。
すると、柱の陰から青い髪の少女が現れた。
「気配を完全に消していたのだが、よく気付いた。久しいな、小鬼」
「自分を殺しに来た奴の気配を忘れるもんか、常山の昇り竜」
青い髪の少女が浮かべる不敵な笑みに、劉焔は目を細める。
自然と互いの得物に手が伸びる。
「また殺り合いたいの? 僕は遠慮するけど」
「また逃げる気か。だが、今度は逃がさん」
殺気だった二人の気配が玉座の間に満ちていく。
知謀に長けた孔明と鳳統には武の才は無い。劉備も全くといっていい程に無い為、武に長けた二人を簡単には止められない。
「星ちゃん、朔くんのこと知ってるの?」
――――筈なのだが、劉備の呑気な質問がその空気に皹を入れ、
「すっごい偶然だね」
と彼女の満面の笑みが見事に粉砕した。
「………やめる」
「そうだな」
劉焔と青い髪の少女は得物から手を離すと、同時に肩を竦めた。
「趙雲だったっけ?」
「む? 私の名を覚えていたのか。だが、あの時のお前は名が無いと言っていた。だというに、今は名がある。何故だ?」
「名を北郷一刀様に頂いて、仕えさせて貰ってる」
「なるほど」
「二人してひどいんだ…………」
劉備は質問を無視されたと思っているのか、少し不貞腐れていた。
「桃香様、私は放浪中にこ奴がいた森に訪れたことがあるのです」
「村人に僕を殺してくれって頼まれてね」
「え!? 星ちゃんって朔くんを殺そうとしたの!?」
「昔のことです。鬼退治を依頼された私はこ奴と対峙したのですが、刃を数合交えただけで逃げられました」
「だって、面倒だし」
忌ま忌ましそうに語る趙雲とは逆に、劉焔は半眼で本当に面倒くさそうだった。
「桃香様、こやつを登用するのでしたか?」
「そうだよ。星ちゃんは賛成してくれる?」
「はい。私は刃も交えておりますし、こ奴の武は認めています」
「認めてるなら、名前で呼んでよ」
「ほぅ。随分と新しき名を気に入ったようだな。私の真名は星だ。お主は……」
「朔」
「朔だな。では、決着をつけよう」
唐突な趙雲の物言いに、劉焔は眉を顰めた。
「何故?」
「あのような終わり方など、あっていい筈なかろう」
ニヤリッ、と口許を吊り上げ、趙雲は劉焔の首根っこを掴むと、意気揚々と歩き出す。
「僕の意志は!?」
「さてな。登用初日に趙子龍の鍛練を受けられるのだ、光栄に思え」
いやだー!と抵抗するも劉焔はズルズルと引きずられていく。
「ちょっと、桃香様も止めてよ!」
「ごめんね。私たち、お仕事があるから」
「ごめんなさい、朔くん」
「あの……頑張って」
「なっ……」
「万策尽きたか? 諦めろ、朔よ」
「……最悪だ」
ぼそりと呟くと、劉焔は肩を落とした。
趙雲との鍛練という名の死合もどきを終えてみれば、夕方どころか夜になっていた。そんなこんなで劉焔は肩を落としながら暗い廊下を歩いていた。
仕官早々殺されるかける自分の薄幸ぶりに苦笑いさえ浮かぶ。
とぼとぼと歩いていると、扉の向こうに人の気配がした。
「この部屋は……」
ゆっくりと扉を開くと、そこには真剣な表情で政務に励む一刀の姿があった。
彼の机の上には山のような書類が詰まれていた。
夜の闇も深くなる刻限だ。これだけの量をこなしていては、朝を迎えてしまうのではないだろうか。
「主上」
「ん? ああ、朔か」
「山の中歩き回っただけでも大変だったのに、こんな時間まで書類仕事だなんて。体、壊すよ」
「ん……でも、俺にはこんなことくらいしかできないんだ。だから、頑張らなきゃな」
「こんなこと? 山のような書類片付けてるのに、こんなことって程度じゃないと思うけど」
「朔、俺はさ、天の御遣いなんて呼ばれてるけど、実際はただの人なんだよ。
桃香や愛紗の理想に共感して、協力したくて神輿になった。だけど、神輿になって終わりだなんて嫌なんだ。
武も知略も無い俺は彼女たちの力になれない。それどころか重石になってるかもしれないけど、少しでも役に立ちたい」
「お人好し」
真摯に語る一刀に劉焔は言った。
「やっぱり、朔も甘い考えだと思うか?」
「甘いね」
「ガクッ。面と向かって言われるときついな」
「でも、いい甘さだよ。できないことを無理してやろうとするより、ずっといい。
自分が出来ないことで、主上が愛紗や朱里を頼るのは正しいと思う。だって、主上が信頼してくれてるんだって感じられる」
だから、次から僕にも頼ってよ。
そう言うと、劉焔は踵を返した。
「朔、一ついいかな?」
「何?」
「朔が住んでた森にいた盗賊、どうして倒そうと思ったんだ?」
「森を荒らされたくなかったから」
「本当に?」
「本当に」
そっか、と一刀は頷くと、
「朔には言ってなかったけど、実はさ、あの森の近くにいた邑の人から鬼を退治してほしいって言われたんだ」
その言葉に劉焔は特に驚きもしなかった。自分を殺しにきた奴など少なくはなかったのだ。
「けど、一人だけ反対していた女の子がいたんだ。あの鬼は悪い鬼じゃないって、ずっと訴えてた」
気になった一刀は、その少女にどうして反対するのか聞いた。
すると、少女は首飾りを見せて答えた。
鬼が願いを叶えてくれたのだと。
少女の母親は盗賊に襲われて殺された。その時に母親が大切にしていた首飾りも奪われた。
それには、少女の母との思い出が詰まっていた。だから、どうしても取り返したかった。
その想いが頂点に達した時、彼女の足は鬼が住む森を目指していた。
着いた頃には日も落ち、辺りは暗闇がひしめき合っていた。
普段なら怖がるだろう暗闇は、逆に少女の精神を高ぶらせ、想いの丈を叫ばせる。
「私の命をあげるから、お母さんの首飾りを取り返して」
そう何度も叫ぶと突然、
「莫迦か、君は」
少女は罵倒された。
「こんな物騒な場所に子供一人でくるなんて」
何処からか聞こえてくる声は、思ったよりも幼く、そして呆れていた。
「鬼、さんですか?」
「ああ、鬼だよ。君は死にに来たの? 盗賊がこの近くにいるのに大声で叫んでさ」
「鬼さんにお願いがあるの」
「首飾りを取り返してほしい、ってやつ? それは自分の命を捨てるまでの事なの?」
少女はゆっくりと、確かに頷いた。
鬼はしばらく黙り込むと、一つ盛大な溜息をついた。
「いいよ。取り返してやる。明日の朝、ここに置いておくから取りにきなよ。ただし、君の命はいらないから今すぐ帰れ。それが条件だよ」
それきり、鬼は何も話さなくなり、少女も急いで邑に帰った。
そして、翌朝。小鬼と話した場所に来ると、母の首飾りが木の枝にかけてあり、書き置きがあった。
鬼に頼るな、莫迦。
少女はそれを抱きしめながら笑って、そして泣いて喜んだ。
だから、少女は反対した。
大切な首飾りを取り返してくれた鬼は、絶対悪い鬼なんかじゃないと信じていた。
「なんて事があったそうだから、きっと朔の仕業だと思ったんだけど」
一刀はやたらとにこやかに笑って劉焔を見た。その笑みに劉焔は眉を顰めた。
「僕じゃない鬼がやったんだよ」
「ふーん」
「本当だよ」
「そうかぁ?」
「そうだよ!」
「……」
「……」
「…………」
「…………」
「………………」
「………………はい。僕が取り返しました」
遂に劉焔は根負けし、白状した。
「最初は無視するつもりだった。でも、その子、本当に必死に叫んでた。だから、どれだけ大切か凄く伝わってきたんだ」
気付いたら、話しかけていた。
自分には3年以上前の記憶が無い。その失った記憶中には、いたであろう家族も含まれる筈だ。
だから、親の姿も知らず、思い出さえない。かといって、思い出したいと強く望んでいる訳でもない。
「羨ましいっていうのとは違うけど、自分には無いからなのかな、その思い出を大切にしてほしいって思ったんだ」
「朔……」
「僕もこれからあの子みたいに思い出をつくってくよ。主上や桃香様の許で」
「ご主人様、お茶貰ってきたよ」
お盆にお茶一式を乗せ、桃香は執務室に入って来たが、彼女はすぐに首を傾げた。
一刀が神妙な顔つきをしていたからだ。
「ご主人様?」
「……あ、桃香」
「考え事してたの?」
「考え事って程じゃないよ。今まで朔がいたんだ。俺達と一緒に大切な思い出をつくるんだってさ」
「朔くん、ここを気に入ってくれるかな」
「最初は難しいかも。あいつ、あの変わった眼のせいで人から疎まれてた。
あの森とは比べらないくらい人の多い所に連れてきたんだ、前よりもそういった眼で見られるかもしれない」
「なら、私達で朔くんを守らなきゃ」
うん、と劉備は意気込む。
その劉備らしい言葉に一刀は頬を緩ませ、頷いた。
「そうだな。朔が街の皆に認めてもらえるまで、俺達で守ろう」
「私、朔くんともっと仲良くなりたい。そして、もっとこの街を好きになってほしいな」
「きっと大丈夫だ。朔はきっと好きになってくれる」
一刀は手元にある書類に劉焔の名を書き、はっきりと断言した。