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真・恋姫†無双 〜羅刹戦記〜  作者: エアリアル
第伍章 鬼と戦 徐州防衛編
31/37

鬼と新天地  

今回から、新章です。


けれど、あまり話が進んでません。

反董卓連合での戦が終わり、一ヶ月が経とうという頃。(きら)びやかな服を着た使者が劉備のいる平原の城へ訪れてきた。


最初、どこの人だ?と訝しむ一刀達だったが、正体を知ると誰もが顔を引き攣らせた。


服が煌びやかなのも当然。彼は朝廷より使わされた使者だったのだ。


思い切り怪しんでしまい、不興を買ってしまったのではないかと皆に緊張が走る。しかし、使者は表情を変える事無く役目を淡々と終わらせ、不満を零さずに帰っていった。


そんな彼の役目とは、一編の書簡を提示することだった。そして、その内容とは――



――平原の牧、劉備。前の董卓討伐において多大なる功績をあげたことを認め、徐州州牧を命じる。



つまりは、刺史や牧などよりも権限の大きい州牧着任の辞令。太守へと出世したのだった。


しかし、劉備としてはその実感が湧かず、他の者にしろ決して短くない時を過ごした平原の街を離れることになり、それぞれに感慨深い気持ちを抱いていた。


「引っ越しねぇ……出来ればしたくないかな」


「そうも言ってられないのだぞ、朔よ。我らの大望を果たす為にも、これは大きな前進となるのだから」


若干不満気な劉焔が愚痴るように言うと、関羽に窘められた。


確かに関羽の言う通りなのだ。大きな前進なのは確かだ。それでも、劉焔にとって平原という街は、初めて自分()という存在を受け入れてくれた大切な場所なのだ。過ごした時間は劉備や一刀には及ばないが、彼女らに負けないくらい大切だと思っている。


そんな街を離れるとなると、哀しいやら寂しいやらで劉焔の心には少しばかり不満が出てしまったのだった。


そんな気持ちを察したか、関羽も慰めるように彼の頭をくしゃりと撫でた。


「朔の気持も解るよ。けど、この街は皆の頑張りがあったからこそ、安心して暮らせる街になった。この街で学んだ事を活かしてさ、段々とでもこの街みたいに安心して暮らせる街を増やしていこう」


「うん……。じゃあ、皆で引っ越しの準備しましょ」


「引っ越~し~、引っ越~し~♪ さっさと引っ越~し~♪ 新しい街はどんな所になるのかな?」


一刀の言葉に続くように劉備が促すと、よほど楽しみなのか張飛が歌いながら聞いてきた。


「……徐州は東は黄海に連なり、西は中原と隣接する……と、古くから五省に通ずる地として知られている所ですね」


「高祖劉邦様の故郷でもあります。……桃香様にとって、ある意味お里帰りに近いかもしれませんね」


張飛の問いに答えたのは鳳統と孔明。すらすらと答えられたのは、しっかりと頭の中に知識が叩き込まれているからだろう。逆に、聞く側だった張飛もらしいと言えばらしいのだが。


「なんでお里帰りなのさ?」


今度質問したのは、劉焔だった。


「中山靖王劉勝の末裔らしいよ? 私。嘘か本当か解んないけど」


「自分で言っちゃうんだ」


「だって、昔の事なんて知らないし。唯一、それっぽいって言ったら、この剣だけだし」


そう言って劉備が劉焔に見せたのは、一振りの剣。かなりの年月を経ている為か所々刃毀(はこぼ)れしているが、シンプルな意匠ながらも王と共にいた事を示すように強い威光を放っている。


「靖王伝家。それが桃香様の剣の名でしたな」


趙雲が劉備の剣の名を口にすると、劉備は首肯した。


「だけどね、これを持ってれば中山靖王劉勝の末裔って誰でも名乗れるんだから、あまり意味はないと思う」


「それはそれ、って事でいいと思うよ。百聞は一見に如かずって言うし、桃香様がやってきた善政は桃香様の功績だ。それは僕達が、街の皆が証明してくれるよ」


「朔くん……」


「そうですぞ、桃香様。鬼にも、愛らしい猫になる此奴が言うのです。要は誰が何を為し、何を残すか、ではありませんか?」


「はは。そうだね、朔くんの言う通りかも」


「星の言がかなり引っかかるけど、納得してくれたならいいや」


劉焔は半眼でそう言うが、趙雲に抗議の視線を向けていた。しかし、趙雲はどこ吹く風と彼の視線を受け流している。


そんな二人に苦笑を浮かべつつ、一刀は今までの事を思い出していた。


黄巾の乱を治め、その功績で平原に赴任してきた。理想の第一歩とも言えるこの街で、初めての内政で頭を悩ませたり、皆が笑顔でいられるように治安を維持したりと頑張ってきた。


そして、趙雲が仲間になり、劉焔とは家族になった。


反董卓連合では利用された面もあったが、周倉や華雄を仲間なり、戦の贄とされた月と詠を助けられた。


いつも忙しいながらも城の皆や街の人達と過ごしてきた日々は楽しく、一刀達にとって確かな原動力となっていた。


この思い出があれば、自分達は前に向かっていける。理想へとまっすぐに進んでいけると確信している。


「じゃ、みんな! お引っ越し作業かっいし~~♪」


劉備の掛け声と共に、皆それぞれの持ち場に向かっていく。


その歩みは、確かな未来へと踏み出されている。








「ねえ、直葉。気付いてる?」


「ああ、師匠。気付いている」


徐州に移ってきた劉焔と華雄は警邏のついでに街の地理を覚えようとしていた。


まだこの街に来て日が浅いのだが、それでもおかしいと気付いた。


「まあ、気付かない方がどうかしてるよね」


「確かに。あそこまで下手な間諜は初めて見た」


半眼の劉焔と華雄はちらと視線を向ける。その瞬間にビタッと足を止める人が6人はいた。物影に隠れている者も含めれば、9人といったところか。


「いくらなんでも一カ所に集まり過ぎじゃない?」


「それくらい師匠を警戒してるのだな。案外、頭の良い奴が黒幕か?」


「なんで自分も警戒されてるって思わないかな」


呆れ混じりに劉焔が言うと、私は未熟者だからな、と華雄に返された。


連合戦時の自信満々な華雄は見る影も無い。アンタ誰だ?と聞きたくなってしまう。


「にしても、何処の勢力からだろうか?」


「袁家のどっちかでしょ。それか、桃香様を見下してる弱小諸侯の莫迦共。

 孫策も曹操もあんな間諜を使う筈ないし。白蓮は桃香様と友好的だから、探り入れるのは考えにくい」


「成る程。袁家などの配下なら有り得るだろうな」


華雄は納得しながら、またちらと視線を向けた。その瞬間、また間諜達はビタッと足を止めた。


華雄は猛烈に間諜達を狩り――もとい、捕らえたい衝動に駆られるが劉焔に止められた。


劉焔は、今は泳がせておく考えだった。


間諜はいずれ一応集めた情報を主の下に届けに行くだろう。


それを追跡し、敵勢力を暴こうという狙いらしい。


「それ、誰がやるんだ?」


「僕らしいよ」


「ほう、師匠が…………はあああっ!?」


華雄の驚きに、近くにいた人達が何事かと振り向き出す。劉焔も彼女の大声に耳がキーンとしたが、なんとか何でもないと周りをごまかした。


「いきなり大声出さないでよ」


「う、うむ。ではなく! 何故、師匠がそんな役目を!?」


「気配察知に長けているから。それに森暮らしの経験でね、隠密行動が得意なんだよ」


「森と街では違うだろう?」


「同じだよ。鬼はおぬ。いつだって、どこでだって、それは変わらないさ」


口角の片端を吊り上げ、劉焔は言うと歩みの速さを上げ、華雄より数歩速く角を曲がった。


後を追うように華雄も続くと、彼女は呆れたように溜息を吐いた。


「成る程。納得だ……」


劉焔の姿は何処にも無かった。








一刀は管輅に師事して以来、毎夜毎晩彼女に痛め付けられている。


それは徐州に移っても変わらない。


昼間に劉焔から教わった基礎を、管輅は復習させるように使わせる。


まるで劉焔が基礎の骨組みをつくり、管輅がまたそれを肉付けして頑強にするようなやり方だ。


違うのは、扱う物くらいか。


劉焔の時には木剣を。管輅の時には、袋竹刀を使っている。


袋竹刀は柳生新陰流の鍛練で使われる物だ。構造は名の示すように、剣道で使われる真直ぐな破竹に分厚い牛革を被せて筒状に縫い合せ、保護している。


管輅がこれを用意した理由は、安全性にある。


袋竹刀は牛革などで刀身にあたる部分が保護されている為、本気で打ち込んでも怪我をする確率を大幅に下げられる。ただ、確率を下げるだけの為、当たれば痛むのは当然であり、怪我をする事もある。


それに加え、管路は改良を行って重さを調節出来るようにした。それこそ竹刀から真剣の重さにまで変えられるように。


そして、今一刀が振るう袋竹刀は真剣の重さになっている。それはひとえに重心の取り方を体に染み込ませる為だ。


木剣と真剣。木と鋼では、当然の事ながら重さが圧倒的に違う。従って、重心の位置も変わってくる。


木剣を使ったままでは、いざ真剣に変わった時に体の使い方がおかしくなる可能性が高いだろう。鍛練の時ならいい。しかし、街中等での突発的ないざこざに巻き込まれた時にそんな事になれば、言い訳も出来ない。


だから、早めに真剣での重心の取り方を覚えさせたいと管輅は、改良袋竹刀を用意したのだ。


「デカイ隙あり」


「っだああ!?」


管輅の袋竹刀が一刀の側頭部を(したた)かに打ち、一刀は呻いた。


だからといって管輅は手を止めない。直ぐさま柄で水月を打ち、蹴りを喰らわし、最後に袈裟に斬り伏せた。


流れるように打ち込まれ、一刀は地面に転がされた。


「これで何回目の死亡かしらね。今のくらい反応出来なきゃ、戦場じゃ邪魔な自殺志願者よ?」


「今のくらいって……どれくらいのレベルで打ち込んだんだよ?」


倒れている一刀を、袋竹刀でツンツンと突きながら管輅は言った。


痛みに顔を顰める一刀からすれば、反応するには明らかに無理な速さに思えた。彼の眼には管輅の残像しか見えていない。


「そうね……大体、趙雲くらいの速さかしら」


「簡単に言うようなレベルじゃないだろ!」


起き上がって一刀が叫ぶも、管輅は気にせず笑みを見せるだけ。


「そうかしら? 出来ない、なんて決め付けるのは早計よ」


管輅は一刀を立たせると、彼の正面で袋竹刀を正眼で構える。


相変わらずの妙な威圧感が襲ってくるが、一刀も負けじと袋竹刀を構えた。


「まだ構えただけよ。心を乱さない」


「……っ」


「水急不流月。

 今の貴方は川に映る月。どんな流れだろうと、川面の月は流される事なく輝き続ける。心をその月となさい」


静かに告げる管輅の言葉に耳を傾け、一刀は一度深呼吸をする。


まずはイメージだ。


彼女の言葉通り、心を月にしていく。


緩やかだろうと、激しかろうと、その存在は不変。


恐れるな。


惑うな。


気負うな。


「……よろしい。それじゃ、次は視界を広く使いなさい。そうすれば、敵の攻撃の機微も、新たな敵の存在にも気付ける。

 それに戦場で一騎打ちなんて滅多に無い。敵は複数、多対一が常と心得なさい」


「……どうすればいいんだ?」


「俯瞰に徹して、視界の端をゆっくりと広げていく感じでやってみなさい。そうして一点を見つめないで、全体を捉えていくの」


「簡単に言うなぁ……」


「ふふん。私は『しなさい』と言ったわよ」


有無を言わさぬ管輅の言葉に、一刀は半眼で呆れた。


言われた通り、視界を広く捉える努力をしていく。


見えているような見えてないような微妙な心持ちになる。視点が集中しきっていないからだと解るのだが、慣れない視界に一刀は少し顔を顰めた。


そして、視界の端に何かが迫っているのに気付いた。


すぐに管輅の打ち込みだと理解する。


避けられないとも理解した。


(――――あれ?)


けれど、驚愕がない。


勝手に体が動いた。


一刀の手に強い衝撃が伝わってきた。


管輅の袋竹刀の切っ先は彼に届いていない。一刀の体はその切っ先を自身の袋竹刀の柄で防いでいた。


「ふふん、一回目で出来たわね」


「自分でも驚きだよ」


「本当は、ある程度は出来てたのよ。けど、心が乱れてたせいで体の動きを邪魔してたの」


心と体は密接に繋がってるから、と管輅は何て事のないように言った。


それから管輅は連続して一刀に打ち込む。速さは先と同じ趙雲と同等。


袈裟、胴打ち、突きと瞬く間に放つ。


これに対し、一刀は袈裟を後退して避け、胴打ちを払い、突きを受け流した。


「あ、あれ?」


「出来たのに疑問持たない。褒めようかと思ったのに、それじゃ出来ないじゃないの」


「なんか実感湧かなくてさ」


「実感、ね。大丈夫よ、今からすぐに嫌でも感じさせてあげる」


にこやかな管輅の笑みと言葉に、一刀は物凄く嫌な予感がした。


そんな彼女の後ろから、左慈が現れる。そして、何も持たずに無言で構えた。


「荒行だけど、左慈と軽く殺り合ってもらうから」


「なんでいきなり物騒な事になるんだよ!?」


「大丈夫大丈夫。死ぬ一歩手前で抑えてあげるから」


「嘘だっ!? 左慈の眼、思い切り殺気が篭ってるし!」


「……ふん、ごちゃごちゃと――」


ぎゃあぎゃあと喚く一刀を、左慈は鼻で笑う。


そして、


「――吠えるな、莫迦が」


怒りを露わにし、一刀に剛速の蹴りを見舞った。


一刀も袋竹刀を間に挟むようにして防ぐが、その衝撃は凄まじく、彼の顔をありありと歪めた。


「っ……テメエ」


「北郷一刀、貴様は何の為に剣を取った? 小鬼を守りたいと願ったからだろう。

 小鬼の立つ戦場は死線を幾つも越えた先にしかない。一つ間違えば命を落とす、そんな地獄にだ」


「……」


「今、貴様が立っている所はまだ安全圏だ。傷付いても、死にはしない。

 その程度のリスクでぎゃあぎゃあと喚くのなら、とっとと消えろ阿呆が」


辛辣な言葉が一刀に突き刺さる。


悔しいが、左慈の言葉は正論だった。


そう、彼は正しい。


だが――――


「…………黙って聞いてれば、好き勝手言いやがって!!」


一刀は怒りを込めて、左慈に切り掛かる。


「解ってる! 解ってんだよ! 俺は無力だって事も! 朔の足元に及ばないくらい才能が無いって事も!」


吠えるように叫ぶ度に、一刀は袋竹刀を叩きつけるように振るう。


八つ当たりように振るわれるそれは、メチャクチャな斬線を宙に刻み続けていた。


そんな荒い攻撃など、格上だろう左慈に届く訳も無かった。


横の一閃を避け、左慈は一刀の腹に痛烈な膝蹴りを打ち込んだ。


「――っがあ」


「ふん、無力に嘆くだけなら誰でも出来る。だが、今の(・・)貴様はそれすら許されん」


続く左慈の上段蹴りが、刈るように一刀の顔面を蹴り飛ばした。


蹴り飛ばされた一刀はゴロゴロと転がされ、意識が薄れかけていた。


白く濁っていく視界を見ながら、意識が消える瞬間。



「貴様の覚悟など、所詮その程度だ。“覚悟”とは言えぬ名ばかりのものだ」



再燃した怒りが、意識を一瞬で覚醒させた。


(……名ばかり、なんかじゃ無い)


力の入らぬ四肢に無理やり立てと命令する。


ギシギシ、と軋む音が聞こえるが、今は無視だ。


「名ばかり、なんて……言わせない!」


親は子の為なら、何でも出来る。


憎たらしいが、左慈は格上だ。それでも、一太刀入れるくらい訳無い。


「見てろ。今からお前に吠え面かかせてやる」


一刀は右半開の構えをとり、はっきりと宣言した。


左慈はその宣言に表情は不敵に、内心楽しげに構える。


(そうだ……北郷一刀なら、屈する筈がない。貴様はあらゆる逆境を乗り越える存在だ)


この程度で屈してもらっては、北郷一刀足り得ない。


「なら、見せて見ろ、北郷一刀。貴様の覚悟を……!」








ぶつかり合う一刀と左慈に、管輅は半眼で呆れていた。


罵倒するように焚きつければ、当然のように立ち上がる。


どこの熱血物だ、と管輅は嘆息し、一度その場を離れた。


「青臭いわねぇ、ほんと……」


「いいじゃない、たまには」


管輅の呟きに、誰かが言を返した。


管輅は驚くどころか笑みを浮かべ、闇の中にいる声の主を探す。


そして、闇の中から切り裂くように現れたのは白銀の突撃槍だった。


管輅は白銀の刺突を避けもしない。


襲いくる突撃槍の穂先は、彼女の鼻先三寸のところで制止した。


「……お見事」


「下手な賛辞はいらないわ」


管輅の賛辞を声の主にして襲撃者――周倉は不機嫌そうにあしらった。


「久しぶりね。旭ちゃん」


「アンタも相変わらずみたいね。ムカつくけど」


「あら、化けの皮が剥がれてるわね。そんなに頭にきてるの?」


「うっさい。アンタに化けの皮被ってどうするのよ、腹黒女」


「腹黒女……ふふん、褒め言葉だわ。ありがと」


悪態をつく周倉に、管輅は飄々と返していく。余程頭にきているのか、周倉はこのまま羲和で貫こうかと思ったが、すぐに止めて下ろした。


彼女に当たる筈がないと知っているから。


「で、何でアンタがここにいるのか答えなさい」


「目的? 見ての通りよ。天の御遣いを武士サムライにするの。本人もそのつもり」


「……死地に行かせるのね」


「当然。そんなもの、遅いか早いかだけの違いよ」


男だもの、と管輅が言うと、周倉は顔を顰めた。


彼女が一刀をどうしようとしているか気付いたのだ。


周倉が慕っていた“おじ様”。彼も剣術を使っていた。この大陸にない“刀”という切断力に優れ、見る者を魅了する芸術美を兼ね備えた武器を手にして。


「“おじ様”に近付ける……いや、同じにする気ね」


「惜しい。彼を超える武士にしてみせるわ」


敵意にも似た感情を視線に載せ、周倉は管輅を睨む。それを受けても、管輅は飄々と答えた。


そんな管輅の態度にまた苛立つ周倉だが、今は我慢だと自身に言い聞かせる。


「だから、わざわざこんな複雑で面倒な結界を張ってる訳だ」


「あら、気付いたんだ。成長したのね」


「空間を限定しての時間干渉。……結界外での一時間は、中だと三日ってとこ?」


「はい、ハズレ。正解は一週間」


平然と告げられた管輅の答えに、周倉は驚きを隠せなかった。


空間を限定したとはいえ、それだけ干渉して時間を歪めるなど、狂気の沙汰ではないのだ。


一つ間違えば、この世界から世界の大元へと影響が及ぼす可能性がある。


「ま、綱渡りなのは確かだけど、成功してるじゃない。儲けもんねぇ」


「アンタ、この外史せかいをメチャクチャにする気!?」


「莫迦言わないでよ。一刀に協力してるのに、彼のいる外史を破壊したりしないわ」


それに小鬼もいるし、と半眼で反論する管輅。だが、周倉はその言に薄ら寒いものを感じた。


裏を返せば、彼女は一刀や劉焔がいなければ。そして、協力してなければ破壊する考えを持っているという事だ。


「一刀に必要なのは時間よ。小鬼の力になれるように一刀が大成するには、どうしても時間がかかる。

 裏技使ってでも多少の無理や無茶はしないと、彼の願いは叶わないんだから」


「当然のリスクって事か……」


「旭ちゃん、死なせたくないのは私も一緒。だから、あんまり怖い顔しないでほしいかな」


「うっさい。まさか、朔にもちょっかい出す気じゃないでしょうね?」


周倉がそう問い質すと、管輅は悲しげに眼を伏せた。


「私は……まだあの子と顔を会わす事は出来ないわ。果たすべきけじめ(・・・)があるから」


「…………ごめん」


気にしないで、と管輅は首を横に振った。


それでも周倉の胸には罪悪感が溢れてくる。彼女の言うけじめ(・・・)は少なからず自分にも関係があるのだ。


己に使命を課したように。


「そうだ。旭ちゃん、お願いが2つあるんだけど」


「……2つ?」


「そ。これは小鬼と一刀に関係あるの」


管輅の言う2つのお願い。


その内、小鬼についてのお願いを聞いた瞬間、周倉は悔しさに歯を強く噛み締めた。








翌日、周倉は劉焔と一刀の鍛練に立ち寄っていた。


「やあやあ、今日も今日とて張り切ってるっすね」


「張り切ってるのは、主上だけだけどね」


周倉の言に軽く訂正するように劉焔は答えた。


そんな彼の後ろでは、疲労に息を弾ませている一刀が座り込んでいる。余程疲れているのか、言葉ではなく手を振って周倉に応えていた。


「お疲れみたいっすねぇ。そんなカズ兄に良いもの持って来たっすよ――って、なんで逃げるんすか!?」


周倉の叫びにスタートダッシュを切っていた親子はビタッと足を止めた。


彼らの眼は、明らかに不審そうだ。


「二人してひどいっすよ!」


「なんか嫌な予感がしてさ」


「だって、前にひどい目にあったし」


苦笑いを浮かべながら一刀は言い、劉焔は半眼で言ってきた。


一刀はまだしも、劉焔の言に周倉は顔を逸らさずにいられない。


「まあ、いいや。良いものって何を持って来たのさ?」


「まあ、いいや、ってお姉ちゃんが言いたいっすよ。

 さて、取り出しましたこれは鍛練に最適な一品」


じゃじゃーん、と周倉が取り出したのは、一刀が管輅との鍛練で使っている袋竹刀だった。


受け取った劉焔はそれを手にて神妙な顔をするが、実際に振ってどんな物が解ると、へぇと小さく感心した。


一刀は袋竹刀を驚くように手にしていた。まさか、彼女が持って来るとは思っていなかったからだ。


重さは自分が使っている物とまったく同じ真剣の重さ。さすがに新品なのか、汚れや傷みは無い。


「これ、旭が作ったのか?」


「あはー。そっすよ、旭ちゃんが作ったのだ!」


一刀の問いに、周倉は順調に成長中の胸を張るようにして答えた。


それに一刀は、彼女の師匠が教えたのだろうとあたりをつけた。水銀体温計を知ってるくらいだ、袋竹刀を知っていてもおかしくない。


(だとすると、管輅って何者なんだ?)


自分が悩んだり、思い詰めていると静かに現れる友達。


占い師だと言っていたが、ただの占い師にしては武術に精通している。素人に毛が生えたくらいの眼力で比較してはダメかもしれないが、時折彼女は関羽達よりも強いと感じた時があった。


「案外、朔と旭の師匠と知り合いだったりしてな」


ぽつりと独り言ち、一刀は鍛練を再開した。








劉焔と一刀に袋竹刀を渡した周倉は、すぐに立ち去りはしなかった。


彼らの鍛練を見ながら、昨夜の事を思い出していた。


『カズ兄と朔に関係するってどういう事?』


『まず、一つは袋竹刀を朔にも渡してあげて。便利だし、これ使わなかったら小鬼も実戦形式で相手しにくいでしょうし』


『叩きのめしにくい、の間違いじゃない?』


『ふふん、否定しないわ。

 二つ目だけど……あの子、洛陽で戦鬼の“角”を使わなかった?』


『……使った。導師みたいな格好をした白装束のおかしな集団相手に』


『……あいつらか。そして、狂鬼と化したのね』


それはもう思い出したくない弟の姿。


激しい憎悪と憤怒、殺意。負の感情が命じるままに命を奪っていた。


『それが何?』


『何故、小鬼が狂気に囚われたか……それが問題って事』


はっきりと答えてくれない管輅に周倉は段々と嫌な予感がしてきた。


『白装束の一団と朔にどんな関係があるってのよ?』


周倉は聞きながらも、管輅が口にするだろう答えが予想出来ていた。何故かなど自身に問いかけたりしない。否定したいからに決まっている。


それを聞けば、自分も狂鬼へと化すかもしれないと恐れたから。


『小鬼の“角”には、あの子本来(・・)の憎悪や殺意が詰まっているのよ。それが“角”から解き放たれる時、小鬼は狂鬼と化す』


『そのトリガーとなるのが……白装束の一団』


周倉の言葉に管路は首肯すると、その理由を口にした。




『白装束の一団は、小鬼の怨敵。私達の大切な友の命を奪った憎むべき仇よ』




その言葉を聞いた瞬間、周倉の思考は停止した。否、憎悪という暗い血の色をした感情一色に染め上げられた。


『そいつらが……“おじ様”達を殺したのね……』


『旭ちゃん……一度、落ち着きなさい』


『落ち着けって、アンタ! こんな事聞かされたら、落ち着いていられないでしょ!』


『なら、黙りなさい』


『……っ』


管路の静かな威圧に、周倉の憎悪は瞬く間に委縮していく。完全に消えないあたりは、彼女も引けない事柄だからだ。


『いい? 旭ちゃんまで狂鬼になったら、誰があの子を守るの?』


『そ、それは……』


『お姉ちゃんなんでしょ? しっかりしなさい』


管路に窘められ、今度こそ周倉の憎悪は完全に消える。それに管路は胸を撫で下ろし、話を続ける。


『仇の件はこっちでなるべく済ますわ。小鬼と白装束の一団が会わないように気を付けなさい。記憶の無いあの子がそれ程反応したのだから、次も狂鬼から戻れるか保障はないからね』


『……分かった』


『頑張んなさい、お姉ちゃん』







そこで周倉は思い出すのをやめた。


目を劉焔達に向けると、劉焔の連撃を一刀が必死に防いでいる。


管路の鍛錬で向上しているが、一刀の防御はまだまだ危なっかしいところが多々ある。


「“おじ様”を超えるには、まだまだかな……」


小さく呟くと、劉焔達の下へと歩いて行く。


失わない為に。


もう二度と、あの悲しみがあの子を苦しめないように。


「……やってやるわよ」


零した呟きは、誰に聞かれる事もなく風に溶けて消えた。

徐州へとお引っ越しした朔達。なのに、徐州について、まったく触れませんでした。あっれ~~?


今回はなんだか後半がメインなもので、どこまで書いたものかとました。ネタバレ覚悟ですよ、ホント。


鍛錬のシーンで出した袋竹刀については、私見と私の都合が入り混じっています。正規の袋竹刀については、ググってみてください。


感想、批評、お待ちしております。

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