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真・恋姫†無双 〜羅刹戦記〜  作者: エアリアル
第肆章 鬼の日常
29/37

鬼と……にゃんこ?

今回、私なりにふざけました。


この一言に尽きます。

街の活気はなりを潜め、夜のとばりが世界を包む。


誰もが寝静まる刻限。そんな時間に、平原のとある店を尋ねる青年の姿があった。


青年は周囲に視線を走らせ、自身の目撃者がいない事を入念に確かめると、その店の中に静かに入っていった。


店の中には、一人の男がいた。彼は青年の姿を認めると、ニヤリと怪しげな笑みを浮かべた。


「例の物は出来てるか?」


「へい。ばっちりでさぁ」


青年の問いに男は自信満々に答える。男の手にはいつの間にか長方形の大きめな箱があった。


「それが……見せてもらおうか?」


「どうぞ。あっしの腕に縒りをかけて作った作品でさ」


「ほぅ……中々のものだ。これなら、あと5年はいけるな」


男の作品を手に取った青年は、満足げにそう呟いたのだった。








突然だが、劉焔翔刃は逃げていた。


背後から迫る脅威の気配は、諦めを見せる事なく彼を追い立てる。


力強く地を蹴り、どんどん加速していく。それに合わせ、脅威も加速した。


何故、自分が逃げねばならない?


そんな自問自答を繰り返そうとも、答えが出る筈もない。


その答えは彼の内には無いが、原因は劉焔自身なのだ。


「何だってのさ……!?」


苛立ちながら、毒づく。そして、自身の後方を見遣る。


そこには自身を捕らえんとする脅威――――信頼している仲間の姿があった。








「若様の目、にゃんこに似てるね」


そんな事を言われたのは、劉焔が二人の|お人好し(主)の警邏恒例『お姉ちゃんといっしょ』(命名、旭)が必然的に発生し、仕方なく混じってちびっ子達と遊んでいた時だ。


その内の女の子の一人が、突然劉焔の鬼眼をそう評した。


(にゃんこって……猫だよね? )


言われた瞬間、劉焔の頭はフリーズした。


異形の双眸――縦に開かれた瞳孔の細さは、時に猫に近いものに見えない事もないかもしれない。


しかし、鬼と猫では話が違い過ぎるだろう。


「若様、にゃー」


「え?」


「にゃーあっ!」


「ニャアーっ!」


「ニャニャッ!」


「増えたっ!?」


連鎖するように子供達が猫の鳴きマネをしだした。しかも、何か期待するように劉焔を見ている。


一人、また一人と増えだす度に外堀を埋められていく奇妙な感覚さえする。


「あ、あはは……」


「「「「にゃーっ!!」」」」


「にゃ……にゃー」


「「「「若様、かわいいー!」」」」


幼い自分より幼い子供達に遠回しに脅迫された気分を味合わされ、あまつさえ可愛いと言われるという、何とも言えない体験をした劉焔だった。


そして、そんな彼を見ていた保護者は、


「やばい……子供と戯れる朔……可愛い過ぎるっ!」


「見て見て愛紗ちゃん! 朔くん達、にゃーにゃー合唱してるよ!」


「はい……はい……はあぁぁ」


困っている当人を差し置き、和み続け、


「猫……か」


一刀が小さく呟いていた。






「ああ、あれが発端か……」


半眼で独り言ち、少し前の記憶を消去したくなった。まあ、したとしても今の事実は消えないのだが。


「朔よ、大人しく縛に()け!」


劉焔を追いかけているのは、趙雲だ。


劉焔の取るルートは家々の屋根の上を通る為、普通に追うには難しい。よって、鬼の二人を除けば身軽さで一番であろう彼女は確かに適任だろう。


「縛に就け、って僕が何したってのさ!?」


「ふっ……確かにお主は何もしていない。

 だが、これは上意だ。それに逆らえる筈なかろう」


クッ、と喉で笑う趙雲の言葉に耳を疑った。


上意。


主君・支配者の意見、または命令。彼女より上位の者からの命令だとすると、もう容疑者は二人しかいない。


「何考えてんのさ、あの主は!?」


私利私欲全開の命令を下す主へ文句を叫びながら、劉焔は路地へと着地した。


しかし、そこには蛇矛を構えた張飛が待ち構えていた。


「うっわ……先読みされてたか」


「そういう事なのだ。いくら朔の足が速くても、朔がくる所で待ってれば関係ないのだ」


「これ……朱里が読んだのさ?」


「朱里と雛里だけど、雛里の方がやる気出してたのだ」


予想が外れ、劉焔は目を丸くした。あの二人なら一刀の頼みを断り切れず仕方なく、という流れなら解るが、やる気まで出してるとは思わなかった。


「意外だ……」


「なんだかお兄ちゃんから耳打ちされたら、いつもの雛里じゃなくなったのだ」


「ああ、買収されたのね……」


「因みに鈴々はね、朔を捕まえたら、お兄ちゃんがご飯たくさん食べさせてくれるって」


えへー、と楽しみだと笑みを零す張飛。


世の世知辛さをこんな事で再確認したくなかった、と劉焔は本気で思った。


「星は……いいや」


「いや、そこは聞くべきではないか?」


追いついた趙雲が半眼で言ってくるが、聞く気も起きなかった。


酒とメンマ。


これ以外に何があるのだろうか。いや、無い。(反語)


「何だか急に微妙な心持ちになってきたな」


「気にしなくていいよ。気のせいだから」


いつもの雰囲気になりかけているが、張飛は蛇矛を、趙雲は龍牙を構えている。


そして、劉焔は腰に双剣を()いている。


一触即発の状態とも言えるこの状況で、彼は取る行動を決めた。


「仕方ない。その命、喰らってやる」


というか、殺る事にした。


「なっ!? 正気かっ!?」


「正気だよ。あんな辱めを受けるくらいなら、“角”でも何でも使ってやるさ」


「にゃー。こんな事で本気なるなんて、朔は大人げないのだ」


「欲に目が眩んだ輩に言われたくないね」


拳を軽く握り、劉焔は油断なく構えた。


彼から放たれる覇気に、張飛と趙雲は震えた。


武人としての心が。


強者と矛を交え、より高い境地へと至りたいという感情に火が着いた瞬間だった。


「ふふ……参った。これでは己を御しきれるものか」


「鈴々も思いっきり戦いたくなってきたのだ」


将が二人、獰猛な光を目に燈す。


刹那、我先にと張飛が飛び出す。振るわれた蛇矛が劉焔に迫るも、彼は半身反らす事でそれを躱し、反撃に出ようとした。


「そうはさせぬよ」


流麗に趙雲は呟き、高速の連続突きが放たれた。


完全に反撃のタイミングを潰され、劉焔は舌打ちする。突きの回避を強いられたそこに、張飛の剛速の薙ぎが重なった。


速さと力強い一撃が次々と連なり、劉焔は防御しか出来ない。


反撃の糸口が掴めず、劉焔の顔が強張る。


さすがは劉焔加入前からの、劉備軍三本槍と言ったところか。


防戦一方だが、一撃一撃を冷静に対処する余裕はまだある。


それでも劉焔は、ジリ貧は御免だった。


「うりゃーーっ!」


「疾っ!」


張飛の上段からの斬撃を払い落とし、足で踏み付ける。


間髪入れず来た趙雲の突きを裏拳で打ち上げ、劉焔は趙雲へと一気に接近。


「うに゛ゃっ!?」


その際に張飛の襟首を掴んだ。くぐもった声が聞こえた気もするが、気にしている余裕は無い。


張飛の襟首を掴んだ手に更に力を込めた。振り上げるように腕を動かせば、連動して張飛も浮き上がる。


その一瞬で劉焔は意地悪く口角を吊り上げ、


「反撃、ってね」


張飛を趙雲へと投げ付けた。


「ぐわあああ!?」


「にゃーーっ!?」


絡まり合うように倒れ込んだ二人は、目を回したのか動かなくなった。


「因果応報、ってやつさ。他人ぼくの不幸で蜜を得ようとするからだよ」


劉焔は半眼で言い残し、また駆け出すのであった。








「しまった……まだこいつがいた」


そうぼやく劉焔の前には、自称姉の周倉がいた。


人の少ない裏路地で身を隠そうとしたのも先読みされたらしい。なんて軍師の才能の無駄遣いだろうか。


「あはー。もう逃げられないっすよ」


告げる周倉の手には、やはり羲和が握られている。


この軍の上層部、案外暇なのだろうか?


劉焔はそう思わずにいられなかった。


「旭も主上に買収された口なのさ?」


「まさか。そんな事無いっす」


首を横に振り、周倉は否定する。前例がいた為、劉焔はその点に見直した。


「初めからカズ兄に協力してるっす!!」


そして、見損なった。


「お前も敵なんだね……」


「あれ? なんかお姉ちゃんへの好感度がアップして大幅ダウンした感じが……。そして、朔ちゃんの雰囲気がなんか怖いっす!?」


俯きぼそりと呟く劉焔の姿に、周倉は頭の中で警鐘が鳴り響くのを感じた。


負のオーラが出るんじゃないかと思うくらい暗鬱とし劉焔は、ゆっくりと無手で構える。


次の瞬間、地が爆ぜた。


爆ぜる轟音に続き、鋼を打つ硬質な音が響いた。


それは羲和と劉焔の拳が衝突した音だった。


「いきなり強烈!? そんなのくらったら、お姉ちゃん死んじゃう!!」


「…………死ねばいい」


「うっわー、冷たい一言っすねー……」


劉焔が拳を打ち込む度に、周倉は羲和で防ぎ続ける。


鋼を打つ音は一撃毎に大きくなる。それは衝撃の凄まじさを物語っていた。


「手が痺れる〜〜!」


「大丈夫。死ねば、何もワカラナクナルヨ」


「全然大丈夫くないっ!?」


妙な威圧感を放ってくる劉焔に周倉は悲鳴をあげる。


しかし、劉焔は彼女が悲鳴をあげようが構う事なく拳を打ち付ける。その度に羲和も悲鳴をあげるように硬質な金属音を響かせた。


「イイカゲン、クタバレ」


「口調が戻ってない!? 怒ってる? カナ文字で喋っちゃうくらい怒ってるんすね!?」


「シンジャウ? シンジャエ」


「会話にならないっ!?」


話が一方通行になってしまい、話し合いが出来ない。元より、言い聞かせたとて、劉焔が嫌がるのは明白だと周倉も解っている。


(でも、私は私の癒しをゲットする為にも打ち負かしてみせる!)


しかし、私利私欲全開な周倉に劉焔の事情など知った事ではなかった。


「はーー…………」


呼気を深く吐き、周倉は精神を落ち着けると同時に、集中力を更に高める。


それに呼応するように、彼女の四肢に着けているリングが淡く輝き出した。


リングの輝きを目にした劉焔は苦い顔をすると、周倉から距離を取って干将と莫耶を構えた。


「……本気だね?」


幾分か冷静さを取り戻したのか、劉焔は目を細めて周倉を見遣る。


「勝負っすよ。朔ちゃんが負けたら、言うこと聞いてもらうっすよ」


「じゃあ、旭が負けたら、今度の休みは一日――」


「一日?」


「――千里のお手伝い」


「死んでも勝つ!!」


一日お手伝いの一言に、周倉は覇気を一段と高めて羲和を構えた。


一日中徐庶のお手伝いという事は、とどのつまり城の中を(くま)なく掃除するという事だ。それを前に経験した劉焔と周倉にとって、あれは拷問だと共通の認識をしている。


「んじゃ、やりますか」


「そうっすね」


劉焔が飄々と言い、周倉が淡々と答える。



「「()くもメンドい殺し合いを」」



そして、姉と弟――二匹の戦鬼はくだらない理由で刃を激突させた。








「ここか……」


今日も今日とて街の巡回をしていた華雄は、街の人達から何やら爆音に近い騒音が聞こえると通報があり、その場所まで駆け付けてきたのだ。


見渡せば、地面には至る所に小さな(ひび)割れ、廃屋は壁や柱が壊れ、炭化した木片まである。


「…………」


「どうしました? 華雄様」


共に巡回していた兵に聞かれ、華雄は苦い顔を浮かべると、


「いや、一瞬だが見なかった事にしたくなってな」


彼女にしては珍しく怠慢な発言をした。


「そういう訳にもいかないのでは……」


「ああ、解っているとも」


そう呟くと華雄は進み出す。


そう、解っているのだ。


見なかった事にしてはいけない事も。


「…………はぁ」


やっぱりだ、と華雄は頭を抱えて溜息を吐いた。


ついてきた兵士も目を丸くして唖然としている。


華雄達の目の前には、目を回して倒れている周倉の姿があった。


「またやらかしたか……この莫迦が」


華雄は毒づき、親友の肩を叩く。


そう解っていたのだ。


この鬼娘が騒動を巻き起こした一人なのだと。








体を引きずるようにして劉焔は城へと帰ってきた。


さすがに行く先々を読まれ続けられては、逃げ隠れるのは難しいと考えた。


だったらこの際、城で暴れてやろうと劉焔は決めた。


しかも周倉と戦った際には、裏路地の廃屋を何棟か潰してしまった。あんな戦闘を繰り返していては、恐ろしいお説教が十八番の目付役が火を噴くかもしれない。


(いや、確実に噴くよね……)


勝手に兵を雇った時は事情が事情だった為、お説教というより注意。それにお人好しとなじられながら罰掃除をさせられた。


しかし、今回はそういかないのは確実。民に実害が無い事だけが救いだ。


「それにしても、今日の皆は意地悪だ……」


独り言ちながら廊下を歩いていると、新人メイドを見付けた。


「あ、朔くん」


「え? ホントだ、おチビじゃない」


「月、ツンツンツン子」


「自然に人の名前を変えるな!」


こちらに気付いた月に続き、詠も劉焔に気付いた。


「で、珍しくボロボロじゃない。何したのよ?」


「……我が軍の武将に次々と襲われた」


「強く生きなさい……」


「その言葉で泣きたくなるよ……」


詠の励ましで心に会心の一撃をもらい、劉焔はさめざめと泣きたくなった。


それに月は苦く笑い、


「朔くん、このままだとダメだから、傷の消毒しよ」


「大丈夫だよ、このくらい」


「このくらい、なんて軽く考えちゃダメだよ。傷を放っておいて大変な想いをした人、いっぱいいるんだから」


「いや、僕、鬼……」


「屁理屈こねない。ほら、さっさと行くわよ」


「ちょ――えぇ!?」


月に右腕を、詠に左腕を掴まれ劉焔はズルズルと引きずられていく。


メイドに小鬼が連行されるという、何とも妙な光景の完成だった。


それをたまたま見掛けた兵曰(いわ)く、微笑ましかったらしい。








「おかしい……」


「何がよ?」


「さっきの流れなら、手当してくれるのは月の筈なのに」


しかし、消毒セットを持って目の前にいるのは詠だ。


何故だろう。若干寒気を感じる。


「文句あるの?」


「詠せんせーにしてもらえるなんて光栄でありますなー」


ドスの効いた声で言われては、そう答えるしかなかった。


「というか、手当出来るの?」


「……ていっ」


「に゛ゃあああああっ!? しみ、しみるーー!!」


「まだ莫迦にするか、このおチビは」


「うにゅぅ……ただ聞いただけじゃんか」


「ふん。ボクは名軍師と呼ばれた賈文和よ? これくらい出来るわよ」


「…………元でしょが」


「どりゃっ」


「に゛ゃあああああっ!? その掛け声は治療向きじゃないーー!!」


戦場で傷が痛くとも悲鳴をあげない小鬼が、簡単な傷の手当で悲鳴をあげるとは誰が思おうか。


しかし、彼は歴とした将の一であり、賊狩りの戦鬼と恐れられている。


のだが、


「ごめんなさいでした」


そんな彼は消毒薬を持つメイドに敗北した。


「ったく、子供は子供らしく大人しく治療されなさいってのよ」


「優しい治療が受けられるなら、誰もが大人しくなるよ」


「……」


「詠さん、ごめんなさい。お願いだから、包帯で腕を絞り上げないでください」


包帯のきつい締め付けで腕の血が止まり、指先からチリチリと痺れていく。


ギチギチと音を鳴らす包帯を解かれ、劉焔は絞り上げられた腕を(さす)りながら詠を半眼で見た。


「乱暴」


「それが治療してくれた相手に言う言葉?」


「雑菌を殺すという名目で消毒という名の拷問を行い、包帯で束縛なんてやり方で苦しませてくれやがりまして、ありがとう」


「ごめん。僕が悪かったから、今の取り消して」


「?」


詠の言葉に劉焔は小首を傾げる。彼は気付いていない。


今の言葉は聞きようによっては、変態さんの台詞なのだ。


そんなもの誰か――()いては、あの目付役と侍女長に聞かれでもすれば、どうなるかなど考えたくもない。


(しかも、ボクが言わせてるようにしか見えないだろうし……)


「詠?」


「何でもないわよ。ほら、終わりよ、終わり」


詠は劉焔の頬をつんと優しく突くと、救急セットを片付け始める。


そこにお茶セットを持ってきた月が戻ってきた。


「朔くん、治療終わった?」


「うん。詠が(痛め付けながら)やってくれた」


「今、何か言葉を伏せなかった? おチビ」


「やだなぁ、解ってるくせに」


「ふふ、いいわ。その挑戦、受けて立ってやるわ」


「? 朔くんと詠ちゃん、すっかり仲良しさんだね」


いやに含み笑いを浮かべる小鬼と眼鏡メイドを他所に、月はほのぼのとズレた感想を口にした。


そのまま月は三人分のお茶を煎れると、それぞれの湯呑みを渡していく。


煎れたてのお茶の薫りを楽しみ、月と詠はゆっくりと飲む。口の中に広がる程よい苦みに、ほっと落ち着けた。


そこで、気付く。


劉焔はじっと湯呑み、正確には中のお茶を見ていた。一口も飲んでいないようだ。


「……月、これは誰のお茶?」


「え? 千里さんのだよ。今日はこれでお茶しようって、話してたんだ」


「ふーん……」


半眼になった劉焔は湯呑みを置くと、次は茶葉の入った茶筒を開けてその匂いを嗅いだ。


そして、ゆっくりと蓋を閉めると溜息を一つ吐いた。


「……どこまで本気かな」


「どうしたの? 朔くん」


「おチビの嫌いなお茶だったの?」


「何でもないよ。それに嫌いって訳じゃない」


劉焔は頬をぽりぽりと掻き、


「これ、眠り薬入ってる」


言いにくそうに二人に告げた。


その言葉に月と詠はフリーズ。湯呑みを上品に持ったまま、ほのぼのとした表情はビギリと固まってしまった。


動かない二人に劉焔は目をパチクリとすると、取り敢えず割らないように湯呑みを彼女らの手から取り、テーブルの離れた所に置いた。


そして、


「じゃ、逃走再開、と」


部屋を出ると扉をバタン、と閉めた。その時、部屋の中でガタッ、と物音が聞こえた気がしたが、聞かなかった事にして劉焔は歩き出した。






劉焔が月と詠の部屋を去った後、しばらくして徐庶がそこを訪れた。


「あらあら」


眠っている二人を見た徐庶は困ったように呟き、机の上に湯呑みが3つあるのに気付いた。


月と詠のだろう湯呑みには僅かに飲んだ形跡が見て取れたが、残りの1つには無かった。


そして、次に見たのは茶筒。それは徐庶が月に飲もうと約束したものだ。


用意しておいた茶筒に、口をつけていないお茶。


それらから、徐庶は予想を独り言ちる。


「失敗でございますね」


このお茶に眠り薬を混ぜたのは何を隠そう、徐庶自身だ。


狙いは言うまでもなく、劉焔。


劉備軍の名だたる武将達と矛を交え続けるのは、相当な疲労を(もたら)す。しかし、彼を捕らえられるかどうか別。彼女自身、それで捕まえられるとは思っていない。


そこで、搦手からめてをとる事にした。


予め眠り薬を混ぜた茶を用意し、月と詠に今日はこれを飲もうと約束する。


次に、いつもの仕事を彼女らと休憩時間がズレるようにこなし、休憩する月と詠が戻ってきた劉焔と遭遇するのを待った。


そして、気の利く月が徐庶と約束したお茶を用意する。そのお茶を飲んだ三人は眠りこける筈だったのだが。


「さすがは若でございますね。一口も飲まずに見抜くとは、見事な慧眼にございますよ」


ふふ、と優しい笑みを浮かべる徐庶。しかし、やった事はとてもじゃないが笑えなかった。


「若を捕らえられなかったのは残念でございますが、この小さ可愛いお二人がいるので良しとするのでございますよ」


そういった徐庶は楽しそうに月と詠の服に手を伸ばした。








「今日は何なんだろ……もうあれだよね、不幸だーー!」


とぼとぼと歩を進めながら、劉焔は取り敢えず叫んでみた。


叫んだところで状況が良くなる事は無いが、叫ばずにいられない事だって鬼にもあるのだ。


そんな事を考えていると、前に関羽が歩いているのに気付いた。


理由は解らないが、彼女の背中には怒気が立ち上っている気がする。


(……触らぬ愛紗に祟り無し。今、接触するのは危険だよね)


それに今日は武将が血気盛んみたいだし、と内心で独り言ち、劉焔は(きびす)を返した。


「ん? 朔ではないか」


「…………あっちから接触してくるとは」


しかし、そうは問屋が卸してくれないらしい。


ギギギッ、と苦く笑いながらゆっくり振り返ると、やはり関羽がいた。


「どうかしたの? 愛紗」


「どうしたもこうしたもない。我が軍の将が次々と職務放棄して脱走しおって。怠惰にも程がある!」


「それは大変だね」


「因みにお前もその一人だ」


「…………」


関羽に半眼で言われ、劉焔は顔を背けた。これはもう、自分は被害者だと言っても通じなさそうだ。


「まったく、今の時間は雛里に勉学を教えてもらう時間だろう? 政務に忙しい中、先生をしてくれてる雛里に迷惑をかけてはダメだ」


「………………その先生が、忙しい中僕に罠を仕掛けてくるんだけどね」


「何か言ったか?」


「何にも……」


「そうか。ならば、行くとしよう」


「…………どこへさ?」


「雛里の所だ。確か、今は玉座の間にいた筈だ」


理解が遅れた劉焔の疑問に答えると、関羽は劉焔の手を取り歩き出す。


しかし、劉焔にとって今そこは敵の本陣でしかない。単独で攻め入る場所ではないのだ。


しかも、暴れようにも守るべき主に怪我を負わす可能性もある。


(けど、嫌だっ! あんな辱め受けたくない!)


覚悟は決まった。あとは――――


「――って、うわっ!? 何で抱き上げるの!?」


「お前が自分で歩かないからだろう」


困ったように関羽は言うが、その顔は満更でもないようだ。


逃げなくてはならないのに、関羽に抱き上げられてはどうしようもない。


焦る劉焔は頭を何とか働かせようとする。


その時、彼は見た。


廊下の奥、そこで可愛いらしく微笑む、はわわ軍師の姿を。


そして、気付いた。


全て、彼女の掌の上で踊らされていたのだと。


「孔明、アンタって人はぁあああああ!」


叫ばずにはいられず、咆哮をあげるが、


「うるさいぞ、朔」


「うにゅぅ……」


関羽に黙らせられ、そのまま劉焔は連行されてしまうのだった。








「…………何さ?」


「いや、何と言うか……なあ?」


「う、うん。その、ね?」


「何さ何さっ!! 笑えばいいじゃんか!!」


はっきりと答えない一刀と劉備。そんな不機嫌な劉焔はふて腐れながら、息を荒げる。


そんな今の彼の姿は、



――――猫



である。


厳密に言えば、猫の着ぐるみパジャマである。


もふもふとした毛色は黒。全身を包むタイプで、フード部分にはもちろんネコミミ、手足にも忘れてはいけないぷにぷにな肉球が付けられている。


こんな格好では、さすがの鬼眼もにゃんこ眼と言われても仕方ないだろう。


一刀は前の「若様の目、にゃんこに似てるね」発言を聞いて、劉焔にこれを着せる画策していたのだ。


その為に、まず劉備に協力を取り付け、孔明と鳳統の二大軍師を味方に引き込む。次に、最初から協力を申し出た周倉に加え、交渉で張飛と趙雲の二人を巻き込んだ。


因みに関羽と華雄、それに月と詠は普段の動きをしてもらった方が都合が良かった為、話さなかった。


そして、実行の日がやって来たその日、まず劉焔に着ぐるみパジャマを作ったから来てくれと頼んでみる。


もちろん、劉焔が拒否するのは想定済み。案の定、彼は拒否して逃走した。


そこで武将達の出番だ。予め鳳統が予想していた劉焔の逃走ルート上に張飛を配置した上で趙雲を追わせる。そして、段々と体力を削り取り、矛を交える事で大幅に削る。


それに周倉と戦えば、劉焔に精神的疲労も与えられる事も折り込み済みだった。


武将を退けた劉焔は心身共に疲れているだろうから、月と詠に会えばお茶を断りはしないだろう。


そこで、眠り薬入りのお茶である。捕まえられればとも思ったが、彼を良く知る周倉から成功はしないだろうと指摘があった。


なら、それさえ布石にするのが軍師というものらしい。


作成決行時間を変更し、敢えて鳳統との勉強時間に遅れるよう仕組んだ。


そうする事により、眠り薬を回避しようと遅かれ早かれ、劉焔は真面目な関羽と会い、鳳統がいると伝えておいた玉座へと連行されるだろう、と孔明は予測していた。


こうして孔明の罠に嵌まっていた事に気づけなかった劉焔は、強制的にお着替えとなった。


のだが、


「……予想以上に似合い過ぎて何も言えなくなった」


「……せめて、笑い飛ばしてください」


羞恥心で泣きたくなる劉焔。しかし、そのぐずる感じさえ、劉備や関羽の母性を痛く刺激し、顔を物凄く蕩けさせた。


「愛紗ちゃん……朔くん、たまんないくらい可愛いね」


「私としては、何故こういった事をしてるのか謎ですが……もうどうでもいいです」


「そうでございますよ。気にしたら負け、でございます。しかし、若の可愛いさは気にせずにいられないのでございますよ……」


三者三様で同意見な劉備達は、どこか満足げに蕩けている。


「しかし、見事な作り。服屋の主人、中々の腕前だな。今度、私も注文してみるとしよう」


「確かに凄いのだ。あ、星! 肉球! 肉球! 本物みたいにぷにぷになのだ!」


「なんと。私にもぷにぷにさせろ! ……これはまた見事」


「ふふ……その肉球は何を隠そう、この旭ちゃんが南の方の友達の伝手(つて)で手に入れた一品。とある大王様も御愛用してるんすよ~」


「大王!? にゃー、凄いのだ!!」


「随分と肉球好きな大王がいたものだな。だが、悪くない」


肉球のぷにぷにを楽しむ張飛と趙雲。それに周倉が肉球グローブの素晴らしさを高説し始めた。


着けさせられた劉焔としては、だからなんだ、と言いたい気分だ。


「……えへ、朔くんとお揃い」


「良かったね、雛里ちゃん」


孔明と鳳統に至っては、劉焔と同じような着ぐるみパジャマを着て喜んでいる。


あれで買収されたか、と劉焔は半眼で二大軍師に冷たい視線を送った。


「でもさ、最後の愛紗が僕を連行って、会わない可能性だってあるのに策に組み込むのおかしくない?」


「おかしくないですよ」


半眼で疑問を浮かべる劉焔に、孔明は胸を張って答える。


「だって、朔くん、ご主人様の次に愛紗さんに懐いてますから」


「……いや、それは理由にならない」


「そうですか? 朔くん、一日に3回くらいは愛紗さんに必ず会いにいくじゃないですか」


「………………そうだっけ?」


とぼけるように劉焔は言うが、皆が一斉に首肯。逃げ場は無かった。


「おチビの疑問が解けたなら、こっちの質問に答えてくれる?」


そう口にしたのは詠だ。しかも、その声音はなんだか不機嫌だ。


それも当然。


「ボクと月まで着せ替えられるのよ!?」


彼女と月も被害者なのだから。


この二人が着ているのは、劉焔のような着ぐるみパジャマではない。


端的に言おう。


ナース服だ。


「ふふ。二人共、お似合いでございますよ」


「へぅ……あ、ありがとうございます」


「お礼言ってる場合じゃないよ、月! 巻き込まれて眠らされた上に、こんな変な服着せされて!!」


「でも、可愛いよ、詠ちゃん」


「月ぇ〜〜……」


怒るべきところなのだが、月は恥ずかしいながらも気に入っているらしく、詠は仲間を早々と失っていた。


「で、着替えさせたのは誰よ?」


「私でございますよ」


「千里!? なんでよ!?」


「私の趣味と、二人が可愛いらしかったからでございます」


彼女は何かおかしいだろうかと首を傾げ言うが、それはおかしいと断言出来るはずだ。


劉焔は二人に同情しつつ、徐庶が相手では仕方ないと呆れていた。


徐庶は小さいモノと可愛いらしいモノが好きだ、と劉焔は聞いた事があった。


“小さい”のカテゴリには子供は勿論、背の低い人も該当するらしい。それに加え、可愛いらしければ堪らないらしい。


そして、“小さい”上に“可愛い”二人が眠り薬で眠っている。じゃあ、若の代わりに着替えてもらおうと思ったらしい。


同じ理由で、前回の罰掃除の時に執事服を着せられた身としては、その何とも言えない妙な苦しみを十分に理解出来た。


「ガンバレー」


「アンタに言われたくないわ、チビにゃんこ。あと、棒読みすな」


互いに半眼で言う仔猫とメガネナース。見事に変な構図だ。


「あ、そうそう……皆さん、お楽しみのところ、なんですが……」


思い出したように仔猫な劉焔が一刀達に呼び掛ける。


何故だろうか。愛くるしい姿なのに、彼からは不安や嫌な予感しか感じない。しかもよく見れば、もふもふな毛が逆立っているではないか。


「あ、旭。あれってさ……」


「あー……あれはっすね、肉球と同じ特別製で、朔ちゃんの感情に反応して猫っぽい感じを全力全開で表現してくれてるんす。

 因みに、耳や尻尾も動くっす」


「って事は、つまり……」


「朔ちゃん、お怒りっすね……」


劉焔の怒りをしっかりと表現してくれている着ぐるみパジャマに、一刀と周倉は顔を引き攣らせた。


「覚悟、出来てる?」


そう呟きながら、劉焔は飛将軍を相手取った時と同等の覇気を放ち始めた。


可愛いのに、怖い。


そんな矛盾めいた存在になった仔猫に、誰もが冷や汗を流し始める。


劉焔がぷにっと一歩踏み出せば、一刀達はズザッと一歩下がる。こんなやり取りを何度か繰り返し、



「フカーーーーッ!!」



にゃんこな小鬼は遂に飛び掛かった。






後日、一刀は語る。


「あんなにぷにぷにでも、人の意識飛ばせるんだな」


大量の書類に忙殺されながら、しみじみと。








〜〜余談〜〜



「なんだ、こりゃ?」


仕事をこなしていると、一枚の報告書に目が留まった。読んでいる内に段々と眉を顰め、一刀は苦笑した。




夜な夜な城内で、子供くらいある大きな猫が二本の足で歩いているのが度々目撃されているらしい。




心当たりがありまくる一刀としては、まさかこんな報告書が回ってくるとは思わなかった。


「なんだ、しっかり気に入ってるんじゃないか」


素直じゃないなぁ、と独り言ちながら、一刀はこの案件を解消すべく部屋を出て行ったのだった。

やってしまったなぁ、と思った今回の話、いかがだったでしょうか?


千里さん、カッコいいとか言われてたのに自分の好きなモノを前に暴走。やってしまった……


前回の活報に書いた千里の子供好きは、小さいモノと可愛いモノ好きから来ています。納得して頂けると助かります、とても。



そろそろ次章に移ろうかな、と思いつつ、もうちょっとだけ日常編が続きます。でないと、恋も出せませんし。


またの感想、品評お待ちしています。



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