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真・恋姫†無双 〜羅刹戦記〜  作者: エアリアル
第肆章 鬼の日常
27/37

鬼とすれ違い

日常編第2段です。


文量ダイエット計画が早くもリバウンドしました……

風邪から完全回復した劉焔は、病み上がりという事で今日は非番になった。なので、久々に街に繰り出していた。


と言っても、店を覗きながら歩く訳ではない。ルートはいつも通り、家の屋根を渡って行く猫みたいな行き方だ。


そんな行き方と彼の無音にも近い歩き方もあり、人の目に着かない事がほとんどなのだが。


(また見られてる)


今日はやけに視線が自分に集まっている。


(最近寝込んでたから、鈍ったかな)


そう思いながら足を止めて、通りを見下ろす。こちらを見ている民に目をわざと合わせてやると、彼らは慌てて目を反らした。


またか、とそれに劉焔は嘆息し、また歩を進める。


人の視線が集まってくるのは、不快だ。


戦場で敵意の篭った視線を向けられるのは慣れている。


けれど、奇異と畏怖の混じった視線は別だ。


劉焔翔刃という存在に興味はある。しかし、鬼という人の律から外れた存在でもある事から、民は彼に近寄れない。関われないのだ。


それを理解しているから、こちらからも近付かない。


彼らが劉焔を恐れるように、劉焔も自身を恐れているからだ。


化け物と揶揄されたのなら、それを肯定出来る。


やろうとすれば、この街の住人全てを葬る事が出来るだろう。戦闘訓練を受けた事の無い民なら尚更。


「……何考えてるんだろ」


不毛だと考えを投げ捨て、馴染みのメシ屋に入る。


そこでは戦前と変わらず、女性店主が仕込みを行っていた。


「おばちゃ〜ん、久しぶり」


「おや、翔刃ちゃん。いらっしゃい」


店主は劉焔に快活な笑みを向ける。


「寝込んでたって聞いたけど、良くなったみたいだねぇ」


「でなきゃ、ここに来れないよ」


「何にしろ、街で寄るとこなんてウチだけなんだろ?」


「まあ、その通りだね」


痛いところを突かれ、劉焔は苦い顔をする。


劉焔が街でまともに話すのは、未だにこの店主だけだ。


民を自分から受け入れてほしい、という一刀の願いもあるが、現状ではそれは難しい。


受け入れようとした相手が一定の距離を取ろうとしているのだ。それを無理に縮めようとすれば、不和しか生まれないだろう。


だから、今のところ現状維持といった状態だった。


「そういや、街の人達がやたらと僕を見てくるんだよね。僕、何かしたかな?」


ふと思い立ち、劉焔が聞いてみると、店主は意外そうな顔をしていた。


まるで、知らないの? と言っているようだ。


「ありゃま、知らないのかい?」


正解だったらしい。


「翔刃ちゃん。何でも、天下の飛将軍と引き分けたそうじゃないかい?」


「そうなってるみたいだね。……? 何で知ってるのさ?」


「この前の戦争の時に洛陽近くにいた商人の一団が来てね、その時の噂を流して言ったのさ」


「……まさか……ああもう、そういう事か」


「他にも、羅刹のような格好をした将が千もの敵兵を単騎で殲滅したとか、シ水関を飛び越えたとかも聞いたね。

 あたしらはすぐ解ったよ。翔刃ちゃんだってね」


「…………」


「でもまあ、半分くらいは嘘だろうけどねぇ」


そう言い、店主はまた快活に笑う。それに劉焔も愛想笑いを合わせた。


すみません。ほとんど本当です。


心中でそう呟きながら。


「じゃあ、街の人達が見てくるのは、それが原因なんだ」


「それもあるねぇ」


「まだあるんだ……」


さすがにうんざりしてきた劉焔はガクリと肩を落とした。そして、次の原因を聞いた瞬間、彼は頭を抱えた。








馴染みのメシ屋を後にした劉焔はある場所へと真っすぐ向かっていた。


目的の部屋を目視した瞬間、途中で会った兵から借りた槍を振りかぶる。


そこまでやったら後は決まっている。この槍を、


「ちぇいさーっ!」


ふざけた掛け声と共に投擲した。


槍は一直線に飛んでいき、ドズンと音を立てて目的の部屋の壁を深々と貫いた。


『うわあああっ!?』


『きゃあああっ!?』


当然の如く、中にいたであろう男と女の悲鳴が響く。しかし、劉焔は気にした様子もなく目的の部屋へと入った。


「さ、朔?」


「さ、朔くぅーん……」


そこでは中にいた男女――正確には忠義を尽くすべき二人の主が腰を抜かしていた。


「なに、みっともない姿曝してんのさ」


「い、いや、だって、朔。槍、槍だぞ?」


「そ、そうだよ。槍が、槍がバビュンで壁をズギャンなんだよっ!?」


「そう。じゃあ、これが敵勢力の刺客からの攻撃だったとしたら? それでもそんな言い訳するつもりなのさ?」


それを言われては何も言い返せない。劉焔の指摘に一刀も劉備も閉口した。


「まあ、今のは僕の嫌がらせ兼仕返しだけど」


「「やり方が酷いっ!!」」


しれっとカミングアウトする劉焔に主二人は、半ば本気で嘆いた。


しかし、劉焔は知らんとばかりに突き刺さっている槍を抜いていた。


「で、僕が寝込んでる間に、とんだ噂を流してくれたようで」


「何事も無かったように話を切り出そうとするな」


「で、僕が寝込んでる間に、とんだ噂を流してくれたようで」


「息子が話を聞いてくれない……」


「あはは……」


目の前で繰り広げられる親子のやり取りに、劉備は苦く笑うしかない。


ただ、このままでは一刀が更に精神的に傷つきそうなので、劉備が代わりに先を促した。


「洛陽近くにいたっていう商人の一団に僕の噂を流させたでしょ?

 提案、実行したのは朱里だろうけど」


「もう、バレてるんだ……」


「しかも、ほとんど事実で。普通はもう少し脚色するもんじゃないのさ?」


「あ、それは満場一致って感じで必要ないって」


「なんでさ?」


「もう十分デタラメだからって」


「…………」


反論どころか否定さえできなかった。


「じゃあ、あれは?」


「あれ?」


「僕が――――賊狩りの戦鬼が天の御遣いの息子だって大々的に発表したでしょ」


「うん」


えらくあっさりと頷かれ、逆に聞いた劉焔が面食らった。


劉備はいつものふにゃっと笑みを浮かべ、


「今まではちゃんと公表してなかったけど、しなくていいって思ってた訳じゃないよ。

 だから、朔くんは怖い鬼じゃなくて、お父さんが大好きな男の子でもあるんだって街の皆に知ってもらいたかったの」


考えを一息で述べた。


公表が彼女と義父の――――いや、仲間全員の善意から決まったのだと、劉焔にも想像がつく。


理解も出来る。嬉しくも思う。


だとしても、


「僕が鬼だって事実は変わらない。本当なら忌避すべき奴なんだよ」


自分という存在が招くマイナスは看過出来ない。


「親子と主従じゃ、それぞれの距離とか身分が違い過ぎるよ。

 今はいいよ。賊狩りの戦鬼は天の御遣いの臣。忠義を尽くし、賊を討ってきた。その結果から民は僕を信用してるんだろうし」


今回の公表で民の認識は変わった。


鬼である臣下をいきなり息子にしては距離が近過ぎる。


いくら民を守るという善行と思われる行為をしようと、根底は変わらない。


天の御遣いは鬼の術にかかり、我を失っているのではないか?


そんな考えが浮かんでくる可能性はゼロではないのだ。


それは違うのだと声高に叫べば解ってもらえるような問題ではない。それに火が着き、一刀と劉備達の悪評が増大して流れ出す可能性だってある。


そんな状況など、劉焔は許せる筈もない。


「取り返しのつく内に早く取り消そう」


「うん、しないよ」


劉焔の進言を劉備は一蹴する。


「な、なんでさ?」


「だって、必要無いもん」


「どうしてそう言い切れるのさ!?」


「朔。その疑問は、軽く街の人達を莫迦にしてるぞ」


「そんなつもりないよ」


「でも、俺達にはそうとも取れるんだ」


若干語気が強くなってきた一刀に劉焔は顔を少し強張らせるが、彼も退いていられない。


「そういう風に聞こえたなら、それでいい。

 でも、お父さんの息子である前に、僕は将で天の御遣いの専任護衛なんだ。自分より主の事を優先して何が悪いのさ!」


「なら、その考えは止めろ。俺は民を大事にしてほしい」


「守ろうとしてる相手に嫌悪されてもいいっての!?」


「それはその人の勝手だからだ」


「――っ」


ぴしゃりと言い切る一刀に、劉焔は絶句。言い合いしていた内に苛立ちが互いに溜まってきていたのか、段々と睨み合うようになる。


「待って! 二人とも、一回やめよ?」


不穏になり始めた空気を切り替えるように、劉備が二人の間に入った。


動かし易い劉焔を抱き上げるようにして、劉備は劉焔を一刀から少し離した。


「桃香様、離して!!」


「ケンカはダメ。それに私もご主人様に賛成だよ」


「何で解ってくれないのさ!?」


「解ってるつもりだよ。だから、今度は朔くんが私達の考えを解ってね」


そう言うと、劉備は劉焔を抱き上げたまま執務室から出て行ってしまった。


残された一刀は溜息を一つ吐き、ぼーっと天井を見上げた。


「おやおや、何やら顔色が優れませんな、主」


気付けば、いつの間にか趙雲が窓枠に座っていた。


取り敢えず、一刀は一つ言う事にした。


「不法侵入」


「お気になさるな」


飄々と流し、趙雲は劉備と劉焔が出て行った扉と一刀を交互に見る。


そして、頷く。


「成る程。痴情のもつれですかな」


「何処からその答えが出たのか教えてくれ」


「違いましたか。てっきり、主が桃香様と愛紗という母親候補のどちらを選ぶか中々はっきりしない為に、朔も我慢の限界が来ての口論かと思いまして」


「一寸足りとも合ってない推理だ」


「そして、私が参戦。ドロドロもドロドロの女の戦いの火蓋が切って落とされる」


「確実に導火線に火をつけたの、星だろ」


しかも喜々としてやりそうだ、と一刀は思った。


「で、そんなとこから入って来たって事は、今の話聞いてたんだよな?」


「ええ、楽しませて頂きました。主と朔の親子ケンカなど、そうそう見れるものでも聞けるものでもありませんからな」


たち悪いぞ、それ」


「気に障ったのでしたら申し訳ない。これも趙子竜の性分ですので」


口では謝るものの、一刀はしたり顔の趙雲はこの状況を楽しんでいる気がした。


けれど、良いタイミングで来てくれた。


「星、俺の判断は間違ってるのかな?」


「親子であるという公表の件ですかな?」


「そう……。正直、取り消せなんて言われるとは思わなかったよ」


一刀としても朔に相談しなかったのは悪かったと思っている。


けれど、したとしても彼は断固として反対しただろう。先のように自分よりも仲間を優先する面がそうさせているのだ。


だから、勝手で卑怯だが相談も無しに公表した。事後承諾になるが、説明すれば解ってくれると思っていたから。


「でも、ダメだった。やっば、自分の都合を押し付け過ぎたかな」


「仕方ありませぬ。あ奴は他人の好意に疎い上に鈍い。

 その上、あれの生い立ちが生い立ち故、容易にそれを信じる事が出来ぬのでしょう」


それも人間らしくもありますが、と趙雲は言う。


「良い頃合いだと思ったんだけど、まだ早過ぎたって事か」


城の兵士と侍女の面々とは以前よりもまた打ち解けて来ているらしいと聞いていた。


反董卓連合の時など、自分から孫呉の面々に会いに行ったりもしていた。


会ったばかりで生きる気力を無くした董卓に、言葉は乱暴でも生きろと訴えた。


劉焔も変わってきたのだ。あと一押しすれば、民とも打ち解けられるんじゃないか?


そう思っていた。


しかし、その結果が親子ケンカ(これ)だ。


「主よ。主に主なりの考えがあるように、朔にも朔なりの考えがあった。そういう事です」


「でも、落ち込むよ……」


「ふっ。あ奴は元々なのか、それとも誰に似たのかは知りませぬが、頑固ですからな。理解をさせるのに時間がかかるでしょう」


「本当、似たんだとしたら誰に似たんだろ」


「……敢えて言いますまい」


首を傾げる一刀に、趙雲はやれやれと肩を竦めた。


その時、彼女の脳裏に黒髪ポニテ少女が過ぎっていたのは言うまでもないだろう。


「ともかく、今言える事は桃香様にお任せする事ですな」


「? 俺じゃダメなのか?」


「ダメとは言いませぬ。が、貴方は親……バカ……ですからな。主としてさとそうとしても、どうしても親……バカ……としての情が混じる事でしょう。

 故に、親ではない者の目線や言葉が必要なのですよ」


「そっか。ところで、親って言った後に小さくバカって付け足すな」


「主は“親バカ”ですから」


「強調された!?」


「主は“子煩悩”ですから」


「それ、言い換えただけだろ!」


「事実を述べたまでですよ」


「くっ……」


否定できない事に一刀は悔しげに歯噛みする。それに趙雲は愉快そうに口角を吊り上げた。


「主イジりはここまでにして」


「主従って言葉の意味が解らなくなってきたよ……」


「朔との口ゲンカ、有意義な時間だったと思っては如何か?」


「…………」


朔のスルースキルは彼女の影響ではないか、と思いながら一刀は返すように問う。


「ケンカしたのに、有意義?」


「ええ。ケンカしたという事は、ただの仲良し小良しではない。ぶつかり合えたのなら、また一歩親と子として進歩したのですよ」


窘めるように言った彼女の言葉に、一刀は返答出来ず、また天井を見上げた。








劉焔が劉備に連れ出された場所は、またも城下街だった。


ただ、今回は遊びに来たのではなく、これも劉備の仕事であった。


恒例と言ってもいい、太守自ら行う警邏。劉焔はこれの護衛を頼まれたのだ。


「僕、今日は非番なんですけど」


「いいからいいから」


苛立ちがまだ燻っているのか、劉焔の声色にも若干それが出ていた。


しかし、劉備は気にする様子も無く彼の手を引いてどんどん歩いていく。


その為に、いつものように屋根を渡ってもいけず、劉備と手を繋いでいる事もあってか、また視線が彼らに集まっていった。


それに辟易しながら、劉焔の心中では公表を取り消さないという一刀への不満が、中々静まる様子を見せてくれなかった。


自分よりも誰か優先するのは、一刀だって同じだと言いたかった。


一刀が劉焔を大事に思ってるように、劉焔も一刀を大事に思っているのだ。


その大事に思っている人をけなされて、良い気分はしない。


「朔くん、そんな不機嫌そうな顔して警邏しちゃダメだよ。ほら、笑顔笑顔」


「じゃあ、天然主に無理矢理付き合わされて不機嫌な顔をするよ」


「むぅ。なんだか言葉にトゲを感じる」


「その内、槍になるかもね」


「槍投げはやめてね」


先の仕返しを思い出したか、劉備は苦い顔をする。それに劉焔は知らん顔で返答もしなかった。


そうこうしている内に、劉備と劉焔は街の賑やかな通りに着いた。


太守自らの警邏が恒例ならば、それによって起こるこれも恒例なのだろう。


「劉備様、見回りかい? いつも大変だねぇ」


「全っ然大変じゃないですよ。私もみなさんに負けないように頑張んなきゃ、だから」


「お、劉備様。どうだい? 良い桃が入ったんだけど、買ってかないかい?」


「ごめんない! 今、警邏中だから、また後で。ちゃんと私の分、取って置いてくださいよ?」


「これはこれは、劉備様。今日もお元気で」


「うん! おじいちゃんも元気みたいで、嬉しいよ」


街の誰もが劉備に笑顔で声をかけていく。それに劉備もひとつひとつ応えていくので、街を回るスピードは否が応でも遅くなる。


こうなると解っていた劉焔は一層不機嫌の色を深めた。


早く終わらせてしまいたい。


皆、劉備に注目しているものの、その何割かはどうしても劉焔に向いてしまう。


そして目が合えば、またギクシャクとした動きで目を逸らすのだ。


ああ、不愉快だ。


心はそんな感情で満たされる。劉備の手を握る力が緩んだ一瞬を突き、劉焔は屋根の上へと跳び移った。


「あっ、朔くん! もう……」


劉備が呼んでいるが、今は気にかける気も無い。あくまで自分は護衛だ。やり方はどうあれ、彼女を守れればいいのだ。


それにあの輪の中に自分がいては、劉備と民の触れ合いの邪魔になるだけだ。


劉焔はそう思った。


「あー! お姉ちゃんなのだ!」


その時、不機嫌な劉焔とは対称的な明るい声が聞こえた。


見なくとも解るその声の主――――張飛は嬉しそうに劉備に駆け寄る。彼女の後ろには、どこか疲れたような表情をした華雄がいた。


「鈴々ちゃん! 鈴々ちゃんと直葉(すぐは)ちゃんも街の見回り?」


「そうなのだ!」


「実際は、そうだと胸を張って言えんがな」


えへん、とばかりに張飛は胸を張るが、華雄は反対に釈然としない様子を見せる。


張飛の姉として、劉備は妹が迷惑をかけたのではないかと不安になった。


「警邏を始めてそれ程経たない内に子供達に捕まり、鈴々が仕事を放って鬼ごっこをしだすわ、犬を見つけて鈴々が先頭を切って追いかけ、腹が減ったと鈴々が勝手にメシ屋に突撃して食いだすわ……」


「あの、それ、まだ続く?」


「ああ、まだまだある」


「ホントにごめんなさい!」


妹に代わって劉備が頭を下げた。主従云々の前に、一人の姉として謝罪した。


しかし、その妹は知らぬとばかりに姉を前にしてニコニコ顔だった。


(鈴々ちゃ〜〜ん……)


誰の為に謝ってるのか解らなくなり、劉備は泣きたくなった。そこに華雄に気にするなと優しく肩を叩かれ、更に泣きたくなった。


「それでお姉ちゃんも見回りなのか〜?」


「そうだよ」


「それはいかん。桃香殿は太守なのだぞ? 護衛を付けずに見回るなど、愛紗に大目玉を喰らうぞ」


「一応、独りじゃないんだよ?」


「でも、お姉ちゃんしかいないのだ」


「あそこ、あそこ」


首を傾げる二人に劉備は屋根の上を指を指す。指された方向を目で追い、


「…………」


「…………」


「…………」


不機嫌な劉焔を見て同時に頷く。


「お姉ちゃん、何やったのだ?」


「師匠が怒るなど余程の事をしたのだろ? 早めに謝る事をお勧めする」


「えぇっ!? 私のせい!?」


まるで犯人を前に哀愁を漂わせて自首を促す刑事のような目をして張飛と華雄は言った。


劉備も劉備で驚くが、それがあながち間違いでもない為に否定しにくかかった。


仕方ないと劉備は劉焔が不機嫌な理由を話す。原因が解った二人は気まずそうに腕を組んで唸った。


「それなら朔が不機嫌な理由も解るけど……困ったのだ」


「師匠と北郷がケンカ……想像しにくいが、あの様子では本当なのだろう」


「うん。初めての事だから、どうしようって焦っちゃった。それで、朔くんはそんな心配しなくていいんだよって証明したくて連れ出したんだけど……」


劉備ら三人が目を向けると、犬猫のおすわり態勢をしている劉焔は、ツンとそっぽを向いていた。


「どうしよ……」


彼の心配を無くそうにも、あの様子では簡単にいく筈もないのは明らかだ。


劉焔と街の人達の間には、まだ大きな溝があるのだろうか。


鬼を自称する小さな少年が、幾度となく賊からこの街を守ってくれているのを彼らは知っている筈だ。


反董卓連合での戦でも、あの小さな体で無茶な事をして、仲間の為に有利な状況を導いた。


三國無双と謳われる呂布と死闘を繰り広げ、見事生還してくれた。


これも噂を流したから、知ってくれた筈だ。


もっと知ってほしかった。


自分も含めて、皆あの鬼の少年に守られている。


今、笑顔でいられるのは、彼のお陰でもあるのだと。


誰かの為に必死になれる優しい少年なのだと。


けれど、現実はそうもいかず、ままならない。


単なる好意の押し付けになっている。


戦場で何もしてやれない劉備や一刀にとって、こういう機会でなければあの子の力になってやれないのだ。


それすら叶わず、劉備は自身の無力さを呪いたくなった。


そこに、



「きゃああああ!」



追い討ちをかけるように悲鳴が聞こえた。


「え? え!? どうしたのっ!?」


突然の悲鳴に劉備は慌てて周りを見渡すが、状況を把握出来ない。


武人である張飛と華雄は弾かれるように反応するも、声のした方向を見たまま動かない。


まるで行く必要がないかのように。


「鈴々ちゃん、直葉ちゃん、早く行かなきゃ!」


劉備は慌てて急かすが、二人は慌てて行く必要は無いと言う。


「朔が先に行っちゃったのだ」


「したがって、我らが桃香殿の護衛せねばならん」


肩を竦めて言う二人の言葉に、劉備は劉焔の姿を探す。


当然ながら、影も形も無かった。








悲鳴が聞こえた瞬間、劉焔の体は動いていた。


意識して動いた訳ではない。自分は劉備の護衛だ。彼女を優先してしかるべきだ。


なのに、


(なんで走り出してのさ、僕は……!?)


心中で叫びながら、尚もその駆ける速さはどんどんと増していく。


苛立ちと戸惑いを抱えたまま、劉焔は現場に到着した。


場所は青果店の前。その店主だろう初老の女性が腰を押さえて蹲っていた。


「おばさん、何があったのさ?」


「! あ、あんたは……あたたた……」


劉焔が声をかけると、初老の女性店主はビクッと体を震わせた。それを見なかったことにして再度尋ねる。


「腰を痛めたなら下手に動かないように。で、何があったかさっさと話してよ」


「ど、泥棒だよ。うちの野菜やら果物を盗って逃げてったんだよ。そんで、気付いたあたしが捕まえようとしたら、あたたた……」


「突き飛ばされて腰痛めたと」


予想を口にしてみると、初老の女性店主はそうだと首肯した。


「ふーん。逃げた方向はあっちで、人数は3人?」


「た、たまげたねぇ。その通りだよ」


「そう。後から劉備様が来るから、おばさんは介護でもしてもらいなよ」


しれっと面倒事を主に押し付け、遠くで慌てたように離れていく気配――――もとい、逃げ続ける犯人達を見遣る。


「ついてないなぁ」


ボソリと呟き、劉焔は姿を消した。


初老の女性店主にはそう見えた事だろう。


彼にとっては何て事のない技法を用いたからだ。


縮地。


この歩方を用いたからには、もう誰も逃げられない。


人と人の間を刹那に駆け抜け、窃盗犯さえも追い抜いて彼らの正面取った。


「さて、泥棒さん方、覚悟は出来てる?」


苛立ちを前面に出して劉焔はいつものように聞く。


突然の劉焔の出現に、窃盗犯らは慌てふためき、滑るようにして足を一様に止めた。


「な、どっから現れやがった!?」


「何処からでもいいよ。何なら、地獄から、とでも言ってあげようか?」


飄々と彼らの問いを流し、劉焔は窃盗犯を注視した。


(でっかいデブと、ヒゲのオッサンと、チビの3人か)


劉焔は半眼で溜息を吐いた。


「僕が来るまでも無かったかな」


「何ぶつくさ喋ってやがる!」


「え? ああ。街の警備隊の仕事、盗っちゃったなって思って」


「テメェ、ふざけてんのか!?」


「正直、若干ふざけて気晴らししたい気分」


「もう十分ふざけてんだろうが!!」


「まさか。まだほんの序章だよ?」


「長編化すんのかよ!?」


「きっと、あと一章で終わる。うん……多分。いや、でもなぁ」


「短けぇくせに、自信無ぇのかよ!?」


チビがやたらツッコミを入れる中、ヒゲのオッサンが目を細めて劉焔を見ていた。


その相手を探るような視線に、劉焔は違和感を覚えた。ただ訝しむのなら分かる。


だが、彼の視線は相手の拍子――劉焔の動きに対応しようとするものだった。そこらの賊ではこうもいかない筈だ。


(武術の経験者か。それでも素人より少し腕が立つ程度)


相手になるような敵じゃない、と見切った劉焔は、後ろ腰の双剣の柄に手を伸ばしかけるが、掴みはしなかった。


今、彼がいるのは街の通りの一つだ。


血生臭いやり方は、好ましくないだろう。


「面倒だからさ、大人しく縛に就いてほしいんだけど」


「そうはいかねぇんだよ、ボウズ」


「? あんたら、もしかして最近この街に来たの?」


「だったらどうした」


劉焔の問いに、チビがぞんざいに答えた。


「いや、納得した」


自分を前に、まだ逃げられると思ってる様子を不思議に思っていた。


目の前にいるのが、劉焔翔刃という小鬼だと知らないのだから当然か。知っていたのならば、彼らは一様に抵抗もせずに諦めている筈だ。


「ついてないねぇ、あんたらも」


「何が言いてえんだよ!?」


「僕が近くにいたなんて、運が悪いって事」


淡々と言い終えた瞬間、劉焔は地を蹴る。一瞬で距離詰めチビの腹に片足の裏を当てた。


「はい、さよなら」


そして、足で押すように突き飛ばす。


痛みは無いのか、それとも痛覚の許容レベルを超えたのかは解らないが、悲鳴をあげる事なくチビは飛んでいった。


距離にして、優に10メートルも。


「ち、チビ!?」


「よくも!?」


チビが蹴飛ばされた事に驚きながらも、デブは劉焔に掴み掛かる。


文字通り乱暴に突き出される手。それを劉焔は平然と受け止めた。デブは更に力を込めるが、彼は顔色一つ変えず受け止め続ける。


デブの顔には驚愕の色が満遍なく見て取れた。それもそうだ、自身の半分以下の身長しかないような子供に、力負けしているのだから。


「ぬ……ううううぁああああ!」


「力の込め方がなってないよ。雑過ぎ」


まるで注意するような事を言う劉焔は、次の瞬間に赤子の手を捻るようにデブを投げ飛ばした。


「へっ……?」


真上(・・)を見ながら、ヒゲのオッサンが間の抜けた声を漏らした。


巨体が屋根の高さまで到達する。


世の中に万有引力の法則が働いているのならば、高く上がったものは落ちるのが自然の摂理だ。


したがって、投げ上げられたデブが落ちるのも当然。


ズゥウウンッ!!、と轟音が響く。音源であるデブはピクリとも動かない。


「さてと……最後だね。投降するなら今の内だよ?」


大の大人二人を地に沈めた劉焔は淡々と問い掛ける。


「…………」


しかし、ヒゲのオッサンは無言でナイフを構えた。


やれやれ、と劉焔は面倒そうに独り言ち、溜息を一つ吐く。諦めが悪いというより、執念じみたものを彼から感じたからだ。


こうなっては仕方ない。劉焔は正面からヒゲのオッサンと向かい合う。


「来なよ」


劉焔は言葉少なに挑発する。


その瞬間、凶刃が閃いた。


迫る凶刃を払い、劉焔はカウンターで肘をヒゲのオッサンに打ち込んだ。


肘打ちの威力は彼を飛ばすには十分の威力があった。地を滑るように落ちた衝撃もあってか、その勢いが死んだ後もヒゲのオッサンは苦しげに呻いた。


「まったく手間掛けさせないで――――へぇ」


劉焔は感心するように口角を吊り上げた。


ヒゲのオッサンがよろめきながらも立ち上がったのだ。


手加減したとはいえ、他の二人同様に一撃で終えるつもりでやった。それに耐えた事に素直に感心した。


「たいした根性だね。それとも執念? あんた、何がしたいのさ?」


「……やんねえと……いけねぇ、事が……あんだよ」


「それは何なのさ?」


「ボウズには……関係、ねえ」


息も絶え絶えにヒゲのオッサンは言葉を紡ぐ。それには止めても止まらない意志が篭っていた。


ただの悪人じゃない、と劉焔は内心で思う。


悪事だと理解していながら、それに手を染めるしかない。そう考えた故に行動した――――そんな目をしていた。


これは時折、平原に来た難民の何割かが必要に迫られて行動を起こしたケースと同じだ。


しかも、彼らは賊狩りの戦鬼である劉焔を知らない事もある。


(この人達も難民か……)


戦争の皺寄(しわよ)せを受けた被害者の一。


主が助けたいと思っている一部だ。


(なら、止めてやらなきゃ)


ただ劉焔はそう思う。


彼の犯行理由は知らない。生きる為にやったのなら、劉焔としては安易に責め立てられない。


生きたいという想いは、彼の好む感情だ。だから、一概に否定できないのだ。


けれど、誰かを哀しませる方法は間違っているのだろう。


彼らを助けてはやれないが、止めてはやれる。


「後は……まあ、あのお人好しに押し付けよう」


小さく独り言ちると、ヒゲのオッサンは怪訝な顔をした。


「ボウズ……見逃しちゃ……くれねえんだよな」


「うん。止める気でいる」


「そうか……すまねえ」


突然の謝罪に劉焔は眉を顰る。投降する気は無いはずだ。なら、何に対して謝った?


思考する劉焔の視界の端に、自分より小さな男の子が映る。


昼寝でもしていたのか、男の子のは寝ぼけまなこで家から通りに出て来た。


それもヒゲのオッサンのすぐ真横に。


彼も劉焔同様に気付いていたのか、苦々しい顔をして男の子を抱き上げ、その細い首にナイフを突き付けた。


「動かねえでくれよ」


どこか懇願するようにヒゲのオッサンは言う。


男の子も目が冴えてきたのか、突き付けられた凶器に今にも泣き出しそうになっていた。


「う…うえ……」


「泣くな」


「っ!?」


声をあげて泣きそうなる男の子に、劉焔は告げた。


「簡単に泣いちゃダメだ。怖がるのはいいよ。けど、恐いのに一方的に負けるのはダメなんだ」



君も男の子なんだ。まだ頑張れるよね?



そう優しく問い掛けると、男の子は小さくだが確かに頷いた。


「……っ……うぅ」


「そう、いい子だね。今、僕が怖いのを終らせてあげるから、もうちょっとの我慢だ」


幼いながらも気丈に涙を堪える男の子から、ヒゲのオッサンに視線を移す。


そして、劉焔は彼に一歩近付いた。


「く、来るな!?」


「知らないよ」


慌てるヒゲのオッサンに短く返し、二歩目で瞬く間に接敵。劉焔は男の子に突き付けられたナイフの刃を掴み、


「子供に、こんなの物突き付けるな」


バキャリ、と音を発てて握り砕いた。


「な、刃を手で――――」


「寝てろ」


劉焔は握り締めた拳をヒゲのオッサンの顔面に叩き込んだ。


二度目の飛行体験をさせられ、男の子を投げ出すようにして地に沈んだ。


男の子に劉焔の動きなど解る筈もない。そのせいか、脅威から守られたというのに、劉焔に抱えられたまま呆然と彼を見ていた。


「よく我慢出来たね。偉いよ」


「う……」


「将来、良い武人になれるかもよ」


「うぇ……うえええええっ!?」


「あー……今、泣きますか……」


至近距離で大音量で泣かれ、劉焔は辟易していると華雄と張飛が駆け付ける姿が見えた。


「遅いよ、二人とも」


「いや、師匠が早過ぎるんだ!」


「それにお姉ちゃんが遅いのが悪いのだ!」


張飛が指差す方向には、息を弾ませて走る劉備の姿があった。


護衛対象を置いてくるな、と言いたいところだが、先に自分がやった以上は下手に言えない劉焔だった。


「や、やっと追いついたよーー……」


「桃香様。足、遅いね」


「きっとおっぱいが大きいからいけないのだ」


「? そうなのさ?」


「う……それを言うのはズルイと思う」


「語るべきはそこなのか?」


論点がズレだした3人に華雄は首を傾げる。きっと正しいのは彼女だろう。


「とにかくだ。師匠、窃盗を行った不届き者は気絶している3人でいいのか?」


「そうだよ。でも、その前に聞きたい事があるんだ。桃香様、この子お願い」


「え? う、うん」


泣きじゃくる男の子を劉備に預け、劉焔は倒れたままのヒゲのオッサンに歩み寄る。


「起きてる?」


「……気絶してえがな」


彼は気絶していなかった。腫れ上がった頬が片目を上手く開かせていなかったが、両目で空を見上げていた。


「さっきの気迫はどうしたのさ?」


「うるせえよ……」


「黙る気はないよ。

 あんたら、難民だよね? 察しはつくけど、何で盗みを働いたか答えてくんない?」


数秒の間の後、彼はゆっくりと話し始めた。


彼らは劉焔の予想通り難民であった。


元は平原から少し離れた街で兵士をしていたが、黄巾の乱によって街は荒らされ、家族を連れて命からがら逃げ延びたらしい。


だが、その先で待っていたのは職を失ったが故の貧困。


今までは何とかやり繰りをして、少ない食料を分け合いながら生活していた。そして、体の限界が彼の家族を襲い、遂に倒れた。


原因は明白。食料不足による栄養失調。


金が無いのだ。今の自分達では、どうにもできなかった。


悩みに悩み、似たような境遇のチビとデブの二人と共に食料を盗む事を決断したらしい。


そして、成功して何とか家族に食べさせた後に、彼らは自首するつもりだったそうだ。


「でも、終わっちまったよ……」


重苦しい諦めの言葉をヒゲのオッサンは口にする。


何もかも終わりだと言っているようで、劉焔にはどこか癪に障った。


「不景気な事、あんまり言わないでほしいんだけどさ」


半眼でヒゲのオッサンを見遣り、劉焔は言う。


「まあ、いいや。取引しない?」


「は?」


「だから、あんたらと僕とで取引」


事も無げに取引を持ち掛けてくる劉焔に、ヒゲのオッサンは困惑する。


しかも、持ち掛けた内容が、


「あんたらが盗んだ食物代、僕が代わりに払う。それに、弱ってるあんたらの家族には医者も手配してあげる。

 その代わり、あんたら3人は軍に入りなよ」


自分に不利益なところなど無かったのだから、驚きもするだろう。


「本当、なのか? それ」


「本当。兵士やってた経験者だし、問題無いでしょ?」


「あ、ああ」


「じゃあ、最後の確認だ」


劉焔はヒゲのオッサンに手を差し延べる。


「この手を取れば、あんたらは国の為に―――延いては、自身の家族を守る為にひとを殺す事になる。

 その覚悟はいい?」


人を殺す事は、時に自身の心を壊す。


魚や動物とでは違う。自分と同類の命を奪うのは、体ではなく精神へと掛かる負担が半端ではない。


異常を来たせば、最悪、人は獣へと堕ち、魔に魅入られる。


それは高名な武人でさえ例外ではないだろう。


彼らが持つ誇りが魔へと堕ちる一線を踏み止まらせている。


関羽や張飛なら、そこに理想が足されるだろう。だから、彼女達は強い。決して折れぬ物が彼女らを奮い立たせているのだから。


けれど、会ったばかりのこの3人組にそのような物があるかなど、解る筈もない。


それでも、劉焔は地獄せんじょうへと誘おうとする。


「一つ、聞いていいか?」


体を起こし、ヒゲのオッサンは問う。


「どうして、俺らなんかにそこまでしてくれるんだ?」


「理由? そうだね……良い奴っぽかったから」


「は?」


「あんた、あの子供を人質にした時、罪悪感に駆られたでしょ?

 それに短刀で僕の急所を一切狙って来なかった。

 それってさ、子供を慮んばかるくらいの優しさを持ってるって事じゃんか」


それに、と劉焔は続け、


「僕は生き抗おうとする奴は嫌いじゃないのさ」


ニッ、と生意気そうな笑みを浮かべた。


その笑みにつられたか、ヒゲのオッサンも笑い出す。そんな彼の目からは涙が溢れ出し始めていた。


「ボウズ。その取引、是非受けさせてくれ」


「覚悟出来たんだ?」


「ああ。ボウズみてぇな奴が居るんだって解ったんだ。この国の未来は……まだ捨てたもんじゃねえって思えた」


「その気持ち、少し解る……」


劉焔の差し延べた手をヒゲのオッサンはしっかりと握った。


彼の決断理由に、劉焔は主の事を思い出す。


あんなお人好しが大勢いたら、きっと乱世もすぐに治まるのではないか、と劉焔自身も考えた事が無かった訳でも無かった。


「直葉、鈴々。ちょっとお願いがあるんだけど」


「何だ? 師匠」


「にゃ? なんか用なのかー?」


「お使い行ってきて」


劉焔が気軽に頼むと、二人はあからさまに嫌そうな顔した。


厄介事に巻き込まれる、と警戒しているのかもしれない。


「直葉は旭を呼んで、このオッサンと一緒に家族の容体を診察してくるように言って。

 鈴々は警備兵に伸びてる2人を診療所に連れてって」


「…………いいのか?」


「何がさ?」


「勝手にこんな取引をしたなどと知られれば、北郷や愛紗が黙ってないと思うが」


「勝手にさせてもらうよ。直葉、これはこども独断わがままなんだ。だから、駄々でもこねて認めてもらうさ」


飄々と言ってのける劉焔に、肩を竦め華雄は背を向けて城へと走り出した。


「鈴々も行くのだ。朔、貸し1だからね?」


「はいはい。今度、ご飯でも奢りますよ」


「やった! 約束破ったら許さないのだ!」


満面の笑みを浮かべ、張飛も走り出した。それを見送ると、劉焔は袖を引っ張られ、何事かと目を向けた。


「どうしたのさ?」


袖を引っ張ったのは人質にされた男の子だった。劉焔も意外だったのか、目をぱちくりとさせて聞いた。


「あの、あのね」


「うん」


「ありがとお、わかさま」


「――――え?」


耳を疑った。


たどたどしいながらも、男の子は礼を述べた。


それに、劉焔を何と呼んだ?


「わかさま?」


「え、あ、ぇえ? もしかしなくても、若様って僕のこと?」


「うん!」


解っていながらも信じられず、劉焔は思わず聞き返してしまう。それに男の子は満面の笑みで答えた。


「お父さんとお母さんが言ってたの。わかさま、小さいけどすごく強いって」


「小さいは余計だよ……本当の事だけど」


「だからね、お父さんがぼくとね、一緒にいれるのわかさまのおかげなんだって」


「僕の……お陰?」


本当にそうなのか?


自身に対して劉焔は問い掛ける。


街の人達の為に、なんて考えて自分は戦ってきたのだろうか?


劉焔はそれをすぐに肯定できない。


この街に思い入れなど少し(・・)しかない。


一刀達がここにいるから、劉焔もここにいる。だから、顔もよく知らない民の為に戦ってるつもりは彼自身には無かった筈だった。


しかし、劉備はそれを否定した。


「朔くん、忘れてない? 兵士の皆だって、この街に住む一人なんだって事。それでね、この子はね、うちの兵士の息子さんなんだって」


「でも、僕は兵士の皆全てと知り合ってる訳じゃないよ……」


「それは私もだけど……。

 じゃあ、『僕には二つ役目がある。一つは賊を討つ事、もう一つが皆を家族の下に生きて帰す事』……これ、誰が言ったか解る?」


「……逆に何で知ってるか聞きたいんだけどさ」


少し意地の悪い顔をして聞く劉備。それに劉焔は半眼で返した。


誰が言ったか、など考えるまでもない。


それは劉焔自身が初陣の際、率いる隊に対して語った言葉だ。




『僕には二つ役目がある。一つは賊を討つ事、もう一つが皆を家族の下に生きて帰す事。

 だから、怖くなったり死にそうになったら、逃げたっていい。無理に踏み止まろうとして死なれるより、ずっと良いからね。

 もう僕が言いたい事、解ったよね? 犬死に、無駄死になんて許さない。一時の矜持に命を捨てるな。

 生き残る事が皆の役目だ。死に抗って生きようとしてたなら、僕が出来る限り守る。

 ……改めて言うよ。家族を遺して勝手に死ぬな! この戦、全員生きて帰るぞ!』




鼓舞なんてした事などある筈も無かったあの頃。補佐が鳳統だった事もあり、代わりにやってもらう訳にもいかなかった。


だから、自分流でやった結果があれだった。


「何て言うか、朔くんらしい言葉だよね。それを聞いた皆がどう思ったか解る?」


「さあね。何言ってんだ、このガキは、とか思ったんじゃないのさ?」


「変わってるな、って思ったって」


予想しないでも無かったが、言葉で聞くと何も言えなくなった。


「それに、嬉しかったって。目の前にいる自分達だけじゃなくて、家族の事まで想ってくれて」


「そ、それは生き残ろうとする理由に丁度良かったからで」


「でも、そう思えたって事は、やっぱり朔くんは街の人達の為にも頑張ってるって事だよ」


「ぅ……」


こういう時の劉備はずるい、と劉焔は思う。


普段ふわふわぽやぽやしてるのに、こういう“誰か”が関わると途端に強い意志が現れる。


それが彼女の徳の根源からなのだろうが、一刀も然りこの状態になると劉焔は全く敵わなくなるのだった。


「朔くんが見せた優しさは兵士の皆から家族に伝わって、家族から街の皆にまた伝わってきたんだよ。

 でも、朔くんは街の皆にいつも遠慮したみたいに5歩くらい下がっちゃうから。街の皆も、なんだか遠慮しちゃったんだよ」


つまり、互いに互いに気を遣い合った結果がこれ。解り合いたいのに、解り合えない状況を生み出していたという事か。


「莫迦みたいだ」


本当にそう思う。


鬼と疎まれた自分が、街の人達の笑顔を霞ませると思っていた。


けれど、それは知らぬ間に過去となっていた。それどころか、気遣った相手に気遣われていた。


莫迦みたいだ、と劉焔はもう一度自嘲した。


見習うべきは、自分より幼いこの男の子だ。幼いが故の純粋さは時に下手な大人より学ばされる事があるようだ。


「わかさま」


「えっと、何?」


呼ばれ慣れてない呼び方で反応が遅れながらも、劉焔は男の子の方を向いた。


「ぼくも、わかさまみたいになれる?」


「強くって事かな?」


「うん!」


男の子の問いに若干戸惑うも、劉焔の答えは先に答えた通り。


「なれるよ。お父さんとお母さんとずっと一緒にいたい、って思ってれば。生きようと頑張れば、僕なんかよりきっと強くなれるよ」


「ほんと?」


「本当だよ」


劉焔の言葉に気を良くしたか、男の子は満面の笑みを浮かべる。劉焔も笑みを返すと、男の子は喜ぶようにくっついてきた。


「あは、懐かれちゃったね朔くん」


「そう……なのかな」


「そんな朔くんにお知らせ」


「何さ? ――――っ!?」


気付けば、囲まれていた。


子供に。


しかも、劉備にだけではなく自分の方にも近付いてくるのだ。


いくら戸惑いに戸惑っていたとは言え、囲まれるまで気付かないとは思わなかった。


「劉備様だー!」


「何してるの〜?」


「遊べる? 遊ぼうよ!」


やばい、と劉焔は段々と顔が引き攣るのを感じた。男の子にくっつかれてるせいで、屋根の上に逃げる事も出来ない。


「あ、若様もいる!」


「ほんとだ。若様だ!」


しかも、劉焔の姿を視認した途端に駆け出し、包囲網を一気に狭められていく。


劉焔がいつものように逃げられず、パニックになりかけているのに気付いたか、劉備はうん、と一つ頷いて口を開いた。


「みんなー! なんと今日は若様も遊んでくれるって!」


しかし、助け舟ではなく、泥舟に乗せられ沈められた。


「ちょっと、桃香様!?」


慌てて叫ぶも、もう遅い。子供達は目に期待の色を乗せて劉焔を見ている。


これに勝てる者は、鬼でもそうそういないだろう。


「はぁ……解ったよ。お相手させてもらうよ」


観念した劉焔は両手を挙げて言った。


「よーし。じゃあ、広場の方に行くよ!」


「「「「わーーー!」」」」


「はぁ……」


劉備の先導の下、劉焔を含んだちびっ子隊の声が通りに響いた。








「疲れた……」


夕方、言葉通り疲れた劉焔は足を引きずるようにして城に帰ってきた。


自分より少し幼い子供達と遊ぶのは、想像以上にしんどかった。


駆け回る彼らの体力は無尽蔵に思え、時にケンカし、時に泣き、そして笑う。


そんなころころと表情の変わる子供達から、片時も目を離せなかった。


それに疲れたと言っても今まで体験した事のない疲れで、遊ぶという体力の使い方をまともに知らない劉焔にとって新鮮な心地でもあった。


「こういうのもいいか……」


ぽつりと呟き、劉焔はいつの間にか止まっていた足を進めようとすると、顔を合わせにくい人物がそこにいた。


「よっ」


「お父さん……」


劉焔を待っていたかのように現れた一刀は、片手を挙げて声を掛けてきた。


「聞いたぞ。街でまた勝手したってさ」


「……わざわざ待って、そのお説教?」


「その件とは、また別だよ」


「じゃ、何さ?」


「俺は謝らない。それを伝えにきた」


一刀は劉焔を正面から見据え、自身の心中を吐露していく。


「俺はお前を独りにしたくないし、民と仲良くしてほしい。

 朔が皆に嫌な想いをさせたくないのも解るよ。けど、ずっと遠慮してる事ないんだ」


街の皆は、劉焔を少なからず見てきた筈だ。見ていないのなら聞いていた筈だ。


あとは、小さくとも歩み寄る一歩が必要なのだ。


「歩み寄る事が怖いなら、俺が一緒に一歩踏み出してやる」


語る一刀の顔は主ではなく、一人の親のそれとなっていた。


劉焔は義父の顔を見上げ、子の力になろうとする想いの強さに嬉しさが込み上がってくるのを感じた。


「僕も……謝らないよ」


短く告げ、劉焔は一刀の袖を握る。


「ご飯、まだだったら一緒に食べよ」


「そうだな……俺も腹減ったよ」


柔らかい笑みを浮かべ誘う劉焔に、一刀は彼の頭を撫でながら答えた。


そして、父と子は歩き出す。


手を繋ぎ、笑顔で一歩ずつゆっくりと。

日常編第2段の今回。


朔と街の人たちとの歩み寄りを書かなくてはと思い、書いてみたものの…………いつの間にか親子ケンカっぽいものを書いていました。あれ?


私は家族とまともにケンカしたことがないので、こんな感じになってしまいました。人によっては、これケンカ? となるかもしれませんが、そこはご容赦を。


感想、品評、お待ちしております。

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