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真・恋姫†無双 〜羅刹戦記〜  作者: エアリアル
第参章 鬼と戦  反董卓連合編
25/37

鬼と連合 終 ~鬼の居ぬ間に~

遅ればせながら、あけましておめでとうございます。


今回、朔視点の描写は無かったりします。そして、文量はいつもの半分です。

天子を傀儡とし、民を苦しめた董卓は討たれたという。


これにより、反董卓連合の戦いは終わった。


そして、連合は矛を置き、洛陽を復興する為に槌を手に取った。


各陣営は、自軍の備蓄した物を民の為に使い、城壁や家屋等を補修。炊き出しをして、食料不足を少しでも補おうとしていた。


そんな数日を過ごした明くる日、曹孟徳は従者も付けずに洛陽の町並みを歩いていた。


彼女の目に映るのは壊れた家屋、どこか疲れたような表情を浮かべた民。


それらを見た曹操は目を細め、この戦争の結果ぎせいを胸に刻んだ。


そう、犠牲だ。


この犠牲が必要だったか必要でなかったかは解らない。けれど、目の前の惨状は弊害でしかない。


野心が生み出した不幸の。


(不幸を生み出した責任、その一端を私も担っている)


どうしてこうなる?


皇帝もいた。それに仕える臣もいた。


けれど、朝廷は腐敗し、世は乱れた。


結果、その皺寄せは民が被る事になった。


今回もそうだ。袁家の野心が引き金を引き、諸侯を巻き込んで董卓という贄を“戦争”という名の化け物へと差し出した。


曹操が董卓を贄と言えたのは、虎牢関の戦いの際、夏侯惇が捕えた張遼から聞き出したのだ。


董卓は天子に対して不敬な行いなどしておらず、圧政もしていない。全ては張譲という男の仕業だと。


それを聞いた時、夏侯淵は少し董卓に対して不憫だと同情するような言を口にしたが、曹操は同情などしなかった。


それどころか、不憫であれど自らの不明が招いた事、と切り捨てた。


現実は甘くない。


夢心地でいられるような優しい世界などない。もし、あるのだとしたら、それは幻想だ。まやかしだ。


幸せなんてものは、きっと砂粒のように細かくて、それが寄せ集められて初めて気付ける程儚いものだ。


けれど、集めてやっと気付けかけたそれを戦争が喰い荒らす。


だから、必死に守るしかないのだ。力が有る無しに関わらず、生きてる限り、ずっと。


(守れなければ、私も董卓と同じ穴のムジナね)


歩きながら、曹操は内心で独り言ちる。


力はあった方が良い、と彼女は思う。武力だろうと、権力だろうと、財力だろうと。


自身が歩む覇の道を切り開くには、どれも必要なのだ。


それが民を救う事へと繋がるから。


そして、それを実現する為の布石が、あそこにいる。




――――賊狩りの戦鬼




見掛けは、どう見ても年端も行かぬ少年。だが、噂ではシ水関の守将であった華雄の奇襲に気付き、単身で防いでみせたという。


そして、飛将軍と謳われた呂布と引き分けた程の武力を持っているそうだ。


あの飄々淡々不敵な少年が、だ。


聞いた瞬間、曹操はゾクリとした。


恐怖などではない。きっと、あれは歓喜が齎したのだと自己分析する。


天が意思を持つならば、彼はきっと御遣いと同じように、戦乱を鎮める為に遣わされたのだ。


その絶大な武を以て。


(欲しいわね、あの子)


曹操の口角が僅かに釣り上がる。


鬼という忌避すべき存在だろうと関係ない。要は、その武が曹孟徳の為に振われれば、それでいい。


あの小鬼が自身に災厄を齎すならば、跳ね退けてみせよう。


災厄などに負けるようでは、この身は覇王足り得ない。


戦鬼の武は、この曹孟徳(はおう)にこそ相応しいのだ。


(だから、渡してもらいましょうか、劉玄徳)


曹操はほくそ笑み、劉備軍の陣地前まで来ると見知った顔を見付けた。


「あら、こんなとこで奇遇じゃない。曹操」


「貴女……呉の孫策」


名を呟くと、孫策はゆっくりと口角を片側だけ釣り上げた。


「孫策。貴女、何故ここにいるの?」


曹操は疑念を口にし、一瞬だけ孫策の背後にある劉備軍の陣地を見た。


彼女は明らかに劉備軍の陣地から出て来た。


恐らくではあるが、劉備と孫策は今回の戦争で初めて顔を合わせた筈だ。しかも、彼女は鎖で縛られているとはいえ、一国の王。義勇軍から出世してきた劉備と話す事などあるのだろうか?


「それはこちらこそ聞きたいわね。曹孟徳程の人物が劉備なんて弱小軍に用があるの?」


「問いに問いで返すのは頂けないわね」


「それもそうね。私はお見舞いに来たのよ」


何と無しに孫策は問いに答える。お見舞い、という言葉に曹操は眉をひそめた。


王がわざわざお見舞いに来る程の人物が此処にいるのか?


「劉備軍で誰かそこまで負傷した者がいると言うの?」


「ちょっと私のお気に入り君が倒れたって聞いてね。護衛の眼を盗んで飛んできたのよ」


「お気に入り? 麒麟児と言われる貴女が気に入るなんて余程な人物なのでしょうね」


「まあね。なんせ、あの曹操が欲しがるくらいだもの」


何食わぬ顔で孫策は曹操の目的を見抜いてみせた。しかし、曹操は驚きもせず、不敵に笑みを浮かべた。


あの少年は孫策に認められている。尚の事、自分の眼に狂いは無いと言われたも同義だ。


「ええ。貴女も気に入っているなら解るでしょ? あの桁外れな武を持つ小鬼を劉備が従え続けるなんて無理でしょう。

 だから、この私が貰い受けに来たのよ。我が覇道を切り開くに相応しい力だわ」


「…………そうね。きっと劉備には翔刃を従え続けるなんて出来ないでしょうね」


孫策は曹操の言を否定しなかった。それに曹操はやはり、と確信するが、すぐに裏切られた。



「でも、貴女にも従え続ける事は無理でしょうね」



その言葉に愕然とする。


否定された?


何故、と疑問が次から次へと沸いて来る。


「あの小鬼が忠誠を誓うかしら? いえ、元から忠誠心なんてもの持って無いのかも」


「…………どういう事?」


「言葉通りよ。翔刃は劉備に従ってない。つまり、臣下の礼は形だけよ」


それすらあんまり見られないけどね、と孫策は付け足した。


臣でなければ、何だと言うのだろうか? 何故、倒れるまで力を貸す?


「従ってないのだとしたら、羅刹が劉備に与するのは何故?」


「羅刹? 変わった言い方するのね。

 理由は、好きだからよ」


は? と曹操はその答えに怪訝な表情を浮かべる。


「以前、私に言ったのよ。

 劉焔翔刃って鬼は、甘っちょろい幻想が好きなんだって」


「甘っちょろい幻想…………」


そんな幻想ものを好むなら、劉備の理想はおあつらえ向きだ。


何せ、誰もが笑顔でいられる世、なんて夢見がちな理想だ。そんな甘ったれた底の浅い願い。


最近の子供の中でさえ、そんな事は無理だと悟る子供も出て来ているだろうに。


「所詮、世を知らぬ子供だったという事ね……」


「それに、徳だけで鬼の心を打ったって言うあの男がいるしね」


「天の御遣い……」


喰えない奴であるとは思っていたが、ここにきて覇道の邪魔をする。


だが、手に入れられない理由が彼にあるのなら――――


「ふ……ふふ……」


「あら、怖いわねぇ。どんな笑みよ、それ」


「孫伯符。私はね、欲しいと思ったモノは必ず手に入れる人間なのよ。

 もし、あの男が羅刹を従わせる障害であり鍵であるならば、天から遣わされた存在だろうと利用してみせる」


そうだ。あの羅刹は天の御遣いを守護する。天の御遣いの敵は、羅刹の敵でもあるのだ。


ならば、選択肢は二つ。いや、最悪を想定して、三つか。


どれを取るかは、じっくりと考えるとしよう。


曹操は踵を返すと、歩いて来た道へと足を向けた。


「意外ね。翔刃を貰わずに帰る気?」


「今が羅刹を貰い受ける機ではないと判断したまで。……いずれ手に入れてご覧に入れるわ」


孫策の言に答えると、背を向けて曹操は歩き出す。


その背に孫策は、ただ一言だけ告げた。


「しないとは思うけど、あの戦鬼を金玉で懐柔しようとしても無駄よ。

 あれは、天の御遣いがした方法でしか力を貸さないわ」


その言葉に曹操は振り向かず、答えもせずに歩を進めた。


語らずとも彼女の――――覇王の背中が語っていた。



そのような事など百も承知。


故に、覇を以て従えてみせよう。







曹操がこの場を去り、その背を見送った孫策は振り返って劉備軍の陣地を見遣る。


「曹孟徳は厄介な相手よ? せいぜい気をつけなさい、翔刃」


そして、眠り続ける小鬼へと届く事のない忠告を口にした。












董卓を保護した一刀と劉備達は、洛陽の民の救助活動を開始した。


手持ちの物資は少ないが、それでも誰かの助けになりたい。


そんな劉備らしい希望に反対意見は出ず、全員が張り切って行動に移った。


だが、一刀の心中では物足りないような、何処か欠けたような気持ちが渦巻いていた。



――――このお人好し



呆れたように告げてくる、いつもの幼い声が聞こえてこない。


(朔……)


劉焔は戦鬼の角を使って白装束の一団を屠殺してから意識が戻っていなかった。眼を覚ます様子すら見られない。



――――お前が……



ただ静かに、死んだように眠り続けていた。



――――お前らが殺したッ……!!



怨嗟の叫びを仲間の耳に焼き付けて。









「ふぅ。今日の仕事は終わりだー!」


一日の救助活動を終え、一刀は独り城壁の縁にもたれ掛かって座った。


彼の頭上には、星々が自己の存在を主張するかのように、もしくは近い未来を誰かに教える為に瞬いていた。


「もう一週間か……」


視界一杯に広がる星を眺めながら、一刀は呟く。


その日数は救助を始めてのであり、同時に劉焔が眠り続けている日数でもある。


周倉の話では、短期間でかなりの反動がくる“角”を2度も使ったのが主な原因であるらしい。


実際、呂布との戦いの後に劉焔が数日間眠っていた為、それは理解出来た。


だが、白装束との戦闘で叫んだ劉焔の怨嗟の声。


「お前らが殺した、か……」


それは劉焔が知る明確な“誰か”が白装束の一団に殺されたのだろう。


しかし、そこに引っ掛かった。


劉焔の交遊関係は広くない。むしろ、狭いと断言出来る。


彼の性格とコンプレックスから考えれば、その広さは簡単に一刀の知る範囲にすっぽり収まる程度しかない。


しかも、普段から飄々淡々としている劉焔が、想像出来ない程に殺気に満ち満ちていたのだ。余程繋がりが強い人でなければ、ああはならないだろう。


(だったら、俺が知らない訳ないよな……なら、もしかして)


思い当たる節はある。


一刀が知らない、知る事が出来ない部分がある。それは劉焔自身でさえも。



劉焔の無くした記憶。



劉焔の3年以上前の無くした記憶の中に、白装束の一団が関係した何かがあったのだろう。


しかも、最悪の関わり方で。


もしかしたら、周倉なら知っているかもしれない。けれど、彼女は知っていても教えてはくれない気がした。


「何が……あったってんだよ」




「――――お悩みのようね?」





零した呟きは空に消える事なく拾われた。


立ち上がり眼を向ければ、一人の女性がいた。手には月琴を携えて、静かにゆっくりとこちらに近づいてくる。


「こんばんは」


「こ、こんばんは」


「こんな夜に殿方が独りだなんて。貴方も占術を?」


「いや、占いは門外漢だよ。っていうか、アンタ、どうやってここに入って来たんだ?」


「どうやって?」


くすり、と月琴の女性は微笑み、一刀は息を呑んだ。


近づいて来た事で彼女の顔が見えた。


整った顔つきは綺麗だと断言出来る。劉備や関羽にだって引けはとらない。


けれど、眼が違った。


劉焔のように異形の双眸という訳ではない。


綺麗なのだ。


息を呑むくらいに。


怖いくらいに。


「星に乗って。貴方もそうでしょ? 天の御遣いさん」


「…………何者なんだ」


「私は、ただの観測者。星と会話し、未来さきを見る者よ。俗に言えば、占い師」


はぐらかすように答えた月琴の女性は、手を伸ばして一刀の頬を優しく撫でた。


一刀はそれを避けるでも払いのける事もしなかった。


女性の眼と合った瞬間、射竦められたように動けなくなった。何より、彼女の双眸は色濃い哀しみに染まっていたから。


「本当……あの人にそっくり」


「あの、人……?」


「まあ、貴方が《北郷一刀》なんだから、当然と言えば当然なんだけど」


「何で俺の名前を知ってる!?」


「星に教えてもらったから」


「っ! ふざけるな!!」


一刀は苛立ちの余り、掴みかかろうと手を伸ばしたが、虚しく空を掴んだ。


「案外せっかちなのね」


声が聞こえたと同時に膝の裏を足で突かれ、一刀は強制的に座りこまされた。


驚愕は無かった。


させられたのに、それが自然な気さえした。


今や一刀には、月琴の女性が既知の外にいる化け物にしか見えなかった。


「…………っ」


「そう睨まないで。貴方と敵対する気なんてないの。お詫びに、貴方が知りたがっている事を教えてあげる」


「…………俺が知りたい事が解るのか?」


「ええ。星は遠い遠い遥か彼方から私達を見ているし、何千倍も長生きなの。だから、ちっぽけな私達の考えている事なんてお見通しって訳よ」


「…………なら、朔――劉焔翔刃が倒れてから眼を覚まさないんだ。いつ眼を覚ますか教えてほしい」


「……私情に走るか。案外、親バカなのね」


ま、それも《北郷一刀》らしいか、などと呟きながら、月琴の女性は空を見上げる。


沈黙が二人を包む。


十数秒と経っていないが、それでも一刀には何時間にも感じた。それが彼の心に焦らしていく。


「…………解ったわ」


「本当か!? いつなんだ?」


「慌てないの。劉焔翔刃が目覚めるのは、明日よ」


「明日? そっか……」


月琴の女性が告げた結果に、一刀は安堵し、いつの間にか強張っていた体の力を抜いた。


「そんな事で安心出来るのね。占いなんて、当たるも八卦当たらぬも八卦よ?」


「確かに信じた事に裏切られるのは辛いよ。でも、外れたからって君に八つ当たりするのは違うだろ?」


「そうね。未来なんて不確定で不安定なもの、完全に予知するなんて占いじゃないしね。ましてや、(すが)るものでもないわ」


「占い師がそれでいいのかよ」


「いいのよ。占いなんて、ちょっとした可能性への矢印よ。その方向に歩いていくかは、当人にしか決められないもの。

 占い師の占いは、ただの気休め。信じ込ませた者勝ちのハッタリがほとんど」


一刀が苦笑しながら言うと、月琴の女性は飄々と自分の職をそう語った。


一見、莫迦にしてるようにも聞こえる物言い。けれど、真実も含まれているのだろう。


《天の御遣い》なんて神輿の自分もそうなのだから。


「エセ占い師さん」


「なあに?」


おどけて呼んでみると、月琴の女性はのってくれた。それが少し嬉しかった。


「良い親っていうのはどんなのか、星は知ってるのか?」


「さあ、どうかしらね」


なんて事の無いように聞くと、彼女は肩を竦めて答える。


「笑いかけてあげなさい。怒ってあげなさい。泣いてあげなさい。手を繋いであげなさい。抱きしめてあげなさい。一緒に寝てあげなさい。お話を聞いてあげなさい。お話を聞かせてあげなさい。色んな事を教えてあげなさい。見守ってあげなさい。守ってあげなさい」


あと、と彼女は続け、



「ずっと一緒に生きてあげなさい」



最後にそう言った。


その言葉に、はっとする。



――――主上はいなくなったりしないよね?



いつか、あの子が呟いた言葉が頭を過ぎる。


ずっと独りで寂しかった心を露わにした瞬間の言葉だ。



――――俺は、朔の前からいなくなったりも見捨てたりもしない



だから、自分はそう答えたのだ。


「ははっ。そうだ、そうだったじゃないか……最初に言ってたじゃないか」


「あら? 今のなんかで答えが見つかったの?」


「いや、見つかってないよ。うん、見つかってない」


月琴の女性は見つかってないと言う割には、一刀の表情がどこか晴れ晴れとしていたのに首を傾げた。


「見つかってないなら、答えはどうするの?」


「どうもしない。保留」


「保留て……」


「だから、息子アイツに初めて父親おれが約束した事を守るよ」


「それはどんな?」




「――――俺は朔を独りにしない。絶対に」




いつだってあの子の傍にいよう。


あの子の抱える闇はずっと深くて暗いのかもしれない。


けれど、寂しくないように、自分さえ見失わないように手を繋いであげよう。


前のように殺意に呑まれて、狂ったように力を振るうかもしれない。


けれど、怖くないように、安心出来るように抱きしめてあげよう。


「エセ占い師さん。アンタの言葉、意外に結構参考になった。ありがとう」


「なんだか納得しにくいけど、まあ、いいでしょ。

 為になったのなら、占い師としては本懐を遂げたって感じだし」


「“エセ”を忘れてるぞ」


「あら、いけない。私とした事が」


一刀がおどければ、おどけて返してくれる。そんな彼女との会話がなんだか心地良かった。それに何故か懐かしい気さえした。


いつの間にか、自然と表情かおが笑みを形作っていた。




「――――おい、何を遊んでいる」




そんな時、苛立ち気味な声が聞こえた。


振り向けば、一人の青年がいた。


年頃は一刀と同じくらいか。亜麻色に似た髪に、端正な顔立ちは美少年と言っていいだろう。


鋭い眼光を湛えた眼には、若干険があるように見え、一刀と眼が合った瞬間に彼は小さく舌打ちした。


「早かったのね」


「ふん。こちらの用は済んだ。遊んでないで、さっさと奴を追うぞ」


「はいはい。それじゃ、御遣いさんへ最後の一言」


コホン、と一つ咳ばらいし、月琴の女性は言う。



「人生には無数の選択肢がある。が、正しい選択肢なんてもんはない。選んだ後で、それを正しいものにしていくんだ」



「――――えっ」


「とあるカッコイイお姉さんの言葉よ。迷える貴方にはぴったりでしょ? 覚えておきなさい」


ピッ、と月琴の女性は一刀へと指差した。


「北郷一刀! 劉焔翔刃をまた今回のような目に遭わせてみろ、その時は貴様を殺す!」


「っ! 当たり前だ。もう朔にあんな事させない!」


「だったら、守ってみせろ!」


「ああ! やってやる!」


会っていきなりの喧嘩腰な青年に、さすがに一刀も苛立ち、荒げて返してしまう。


睨み合いまでし始めた二人に、月琴の女性は頭を抱えた。ひとしきり溜息を吐くと、


「っがあ!?」


「はいはい。喧嘩しないの」


月琴で青年を殴り付けた。ガゴンッ、と良い音がした為、一刀はかなり痛いだろうなと察した。


現に青年は蹲って低く呻きながら、殴り付けられた頭を押さえている。


「だ、大丈夫か?」


「大丈夫だ……問題ない……」


(大丈夫じゃないだろ? 声、震えてるぞ)


やっぱかなり痛いんだな、と一刀は同情し、容赦ない月琴の女性に背筋が寒くなった。


「はい、起立」


「ちょ……ちょっと待て」


「……立ちなさい」


「はっ!」


静かな威圧に抵抗出来ず、強制的に青年は立ち上がった。その光景に一刀は何故か親近感を覚えずにいられない。


「ごめんなさい。この人の代わりに謝るわ。お詫びのお詫びに、もう一つだけ知りたい事を教えてあげる」


「もう一つか……」


一刀は数秒黙考すると、うん、と頷き口を開いた。



「アンタ達の名前、教えてくれないか」



予想してなかったのか、月琴の女性は眼を丸くした。対して、青年は予想してたのか、どこか確信と呆れの混じった微妙な顔をしていた。


「そんな事でいいの?」


「“そんな事”なんかじゃない。大切な事だろ」


「そうかしら」


「そうだよ。“友達”の名前を呼べないなんて哀しいだろ?」


「――――っく……あは、あはははは」


月琴の女性は思わず笑ってしまった。真面目にそういう事を言う一刀は、彼女が知る“彼”にとても似ていた。


「会ったばかりなのに、もう私を友達だなんて。貴方、かなり変よ」


「また言われたか……まあ、いいや。俺はアンタと話して楽しかった。だから、また会えたら雑談でもしたいんだ」


「そうね。私も楽しかった」


「ついでに、お前とも話してやる」


「貴様……殺すぞ」


「やるか、テメェ」


また睨み合いし始めかけるかと思ったが、月琴の女性が鈍器げっきんを振り上げた為、二人は即座に土下座に移行した。


「まったく……会って早々喧嘩ばかりなんて。貴方達、案外馬が合うんじゃない?」


「「違うっ!!」」


「ほら、みなさい」


「「…………」」


沈黙さえ息を合わせたようにしてしまう。一刀と青年は苦々しく思いながら、互いに顔を背けた。


「ホント仲がよろしい事で」


怖いくらいに綺麗な眼を半眼にし、月琴の女性は言う。


どう反論しようが彼女は仲良し発言を取り消さない。そんな気がした一刀は、立ち上がって話を戻す事にした。


「俺は、北郷一刀。アンタ達は?」


「悪いけど、名乗る名が無い」


「うわ、いつかの朔みたいな答え」


「冗談よ」


月琴の女性はジト目で見てくる一刀の視線を飄々と流し、今度こそ自身の名を口にした。




「私は管輅。星詠みの管輅」




「かん……ろ?」


「そう。そして、こっちが」


「……左慈だ」


面倒臭そうに名乗る左慈に、管輅は困ったような表情を浮かべる。


そして、彼女は一刀へと柔らかな笑みを向けた。


「もう行かなくちゃいけないから……」


「そっか。んじゃ、また会ったら次も雑談とかしような」


「そうね。その時はまたお侵入じゃまするわね」


「心なしか漢字が違うような…………」


「気のせいよ」


「左慈……」


「俺にはどうも出来ん」


「見掛けに寄らず奔放なんですね……」


勝手に動き回られる苦労が劉焔で理解出来る一刀は、また左慈に同情した。


けど、なんか気に食わないので頑張れとは言わなかった。


「それじゃ、一刀」


「ああ、またな」


「ええ。縁があれば、また」


それを最後に、管輅と左慈の姿は夜闇に溶けるようにして消えた。


後に、一刀は思い出す。




――――黒天を切り裂いて、天より飛来する一筋の流星。その流星は天の御遣いを乗せ、乱世を沈静す。




そう予言した者こそ、彼女であった事を。








「変な奴と知り合っちゃったな」


昨日の事を思い出しながら、一刀は独り言ちた。


今、彼が向かっているのは劉焔が眠っている部屋。管輅から今日やっとあの子が目覚めると聞いた。


まだ目覚めていないかもしれない。今日も目覚めないかもしれない。


そんな不安に駆られるが、一刀に彼女を責めるつもりは、昨日言った通り毛頭無かった。


「でも、起きてほしいな」


望みを呟いた瞬間、ぽすっと何かぶつかってきた。


その覚えがある衝撃の感触に、一刀はまさかと思う。


確かめる為に目を向ける。


そこには、大切な我が子の姿があった。


小さな腕で一刀を放さないようにしがみ付き、顔を隠すようにして抱き着いていた。


「は……はは」


安堵の余り笑みが零れ、目の前が涙でぼやける。


(エセじゃ、なかったんだな)


ありがとう。


新しい友に、心の中で感謝した。


取り敢えず、皆に知らせなくちゃ。


一刀はそう思いながら、抱き着く我が子の手に自身の手を重ねた。


(それと、謝んなきゃな)


皆には悪いが、今日だけは復興作業を休ませてもらおう。


今だけは、この子の気が済むまで一緒にいよう。



(俺も……一緒にいたいからさ)





新年一発目の投稿となりました今話ですが、セリフ無し+最後にちょっとだけ、と主人公(サク)の出番ほぼ無しでした。


まあ、初めからそういう予定だったので仕方ないのですが。


曹操の視点で書くの中々難しいですね。書こうとすると、小難しいことを言わせたくなってしまい、序盤が思ったより長くなってました。孫策の出番が遠い……


そして、管輅と左慈の登場。原作だと、彼女はキーパーソンじゃないの? とずっと思っていたのですが、小説版でしか管輅の出番は無いという扱いに首を傾げてました。彼女の描写は少ないので、ミステリアスはミステリアスではありますけど。


まあ、うちの管輅はこの管輅から改変入れてますが。


左慈は、あれです。于吉出したら、出さずにいられないという理由ではないですよ? 中の人は非常に好きですが。


今回の二人は、何気にキーパーソン予定です。なので、早々出番は無いかもです。



次回は、IMASARAな朔たちの自己紹介かもしれません。


感想、品評お待ちしてます。


2/24 サブタイの『番外』を『終』へと変更しました。

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