鬼と連合11 ~戦鬼と悪逆とされた少女の邂逅~
お、お久しぶりです・・・・・・
投稿が遅れに遅れ、お待たせしてすいませんでした。
そして前回、連合編は今回で終わると言いながら、終わりませんでした。
「…………痛い」
目が覚めた劉焔はぽつりと呟いた。
全身の傷も痛いのは勿論、いつの間にか乗せられている荷車の振動が傷口を小刻みに刺激してくるのだ。
「動けないからって荷物扱いは酷くな――――いっ!?」
立ち上がろうとするが、全身に痛みと痺れが走り、腰がストンと落ちてまた座ってしまった。
「“角”、使っちゃったもんなぁ」
劉焔は独り言ちながら、体に喝をいれて今度こそ立ち上がる。
“角”は戦鬼本来の比類無き剛力を齎す。だが、人が持ち得ぬ剛力は反動が酷く、蝕むように劉焔の体を痛めつけてもいたのだ。
結果、外は呂布に、内は“角”にボロボロにされている。
「久々に使うから最低限にしたつもりだったけど、失敗だなぁ」
ビキビキと体が痛みに鳴くが、劉焔は我慢して先頭にいるだろう主の下に向かった。
「着いたなぁ」
「着いちゃったねぇ」
不思議そうに一刀と劉備は呟いた。
少し遠くに見える城は、洛陽。
劉備達は目的地に着きながら、自分達の状況に戸惑いを覚えていた。
虎牢関を攻略した連合軍は数日の休止を終え、最終目的である洛陽を目指した。
シ水関、虎牢関と2つの難所を難無く攻略したと考えている連合軍――――正確には袁紹は、他の陣営まで聞こえてきたそうな程高笑いをあげていたそうだ。
そんな袁紹は、またも劉備軍に命令を下す。
先行し、洛陽の状況を調べよ。
すっかり小間使い扱いされる劉備軍だが、そこは弱小勢力の悲哀。従わない訳にはいかなかった。
余談だが、
「いつか復讐してやらないといけませんね」
「その時は私が策を考えます」
黒い笑みを浮かべる関雲長と鳳士元。二人が放つ異様な雰囲気に、皆がズザッと音を発てて後ろに下がった。
そんな反応をした彼らは悪くない。決して悪くない!
……閑話休題。
劉備達の目の前の洛陽は、董卓軍の本拠地。ここに配置された兵数は、噂では現在の連合軍の兵数にも引けを取らないらしい。
それ程の数の兵がいるならば、何度かは董卓軍の襲撃があるものと、誰もが思っていた。
だが、虎牢関から洛陽までの道中、董卓軍の襲撃どころか影すら何処にも無かった。
そして、警戒を続けたまま行軍し、何事も無いまま、あれよあれよと着いてしまった。
「ここ、本当に洛陽なんだよな?」
「はい。正真正銘、洛陽……なんですけど」
この世界の住人ではない一刀が質問したのはおかしくない。だが、孔明の答えはどこか自信のないものだった。
洛陽は天子がいる都だ。
都ならば、多くの人が行き交い、交流が盛んであり、特に発展しているのだろう。
そして、ここには重税を課して民を苦しめる董卓がいるのだ。
きっと人々は、助けを求める声をあげている筈だ。
――――――――そう思っていた。
「動き無し。薫風を受け止めて清々しくそびえ立つ城。詩が作れそうな程ですな」
とどのつまり、普段と変わり無し。
城の様子を偵察してきた趙雲の報告によって、檄文と現実の状況に差異が生まれた。
孔明と鳳統は、この差異にやはりと確信を持った。
この戦争は、帝位争いから始まる官軍の醜い嫉妬と欲の連鎖が続いている証拠なのだと。
朝廷は、もはや腐敗している。
天子――――いや、もはや帝の存在すら、名ばかりの価値に落ちただろう。
そして、目の前の洛陽も引きずられるように、その重要性は下落した。
そうしてしまったのは、皮肉にもこの連合の決起を持ち掛けた袁紹。そして、裏で彼女の糸を引いているであろう袁術だ。
皇帝が居ても洛陽が奪われた。
皇帝が居なくとも連合は決起した。
皇帝が命を下さなくとも連合は董卓を討った。
頭が命令を出さずに手足が好き勝手に動いては、物事の統一はならない。
己の野心が表立った瞬間に、袁紹達は痛い目に遭う結果となるのが既に決まっていたという事になる。
(朔くんなら、莫迦みたいって言って呆れそう)
鳳統はふと未だ眠っている小鬼を思う。
劉焔は主二人の不安からの願いを不承不承ながら聞き入れた。
鳳統は劉焔が呆れたふりをしながら関羽達の援護に行っても、心配は少ししかしていなかった。
彼の事だ、いつもみたいに事もなげに飄々と帰ってくると信じていたから。
そして、彼は帰ってきた。
ボロボロになって。
関羽に抱かれた劉焔は動かない。黒の戦装束の切れ目からは血が流れているのが見えた。
息が止まりそうになった。目の前が真っ暗になって倒れそうなったところを、劉備に支えられた。
関羽から劉焔は疲れて眠っているだけだと言われた時、鳳統は安堵の余り泣きそうになった。
それは一刀も同じだったのか、関羽から劉焔を抱き受けた時の彼の表情は何とも言えなかった。
凄く優しくて、とても愛おしそうに抱きしめていただけに、主の心配は相当なものだったらしい。
関羽達から事の顛末を聞いた面々は言葉を失う。
一刀など、抱き上げている劉焔を落としかけた。その後、彼の無茶に片手で頭を抱えた。
しかし、鳳統は彼の口許が微かに緩んでいたのを見た。
劉焔が仲間の為に怒りを露わにしたのが嬉しかったのだろうと察しをつける。
いつも飄々淡々としてる彼はそんな姿を滅多に見せない。
戦鬼という役割が私事に混じり過ぎているのが原因かもしれないと、一刀は先生役の鳳統に相談を過去に持ち掛けていた。
その時は何も解決策は浮かばなかったが、心配はいらないのかもしれない。
劉焔には笑っていてほしい。
「………………朔くんの笑顔、可愛いし」
「雛里の方が可愛いと思うんだけどさ?」
劉焔が一刀達の下に着くと、主二人が呆けていた。
半眼になった劉焔は思い切り肩を竦める。
皆、洛陽を見ており、誰も劉焔が来た事に気付いていない。なんか話しかけ辛かった。
そんなところに、
「………………朔くんの笑顔、可愛いし」
などと呟く獲物を発見。丁度いいと劉焔は後ろから鳳統に抱き着いた。
「雛里の方が可愛いと思うんだけどさ?」
呟きに返すように答える劉焔。すると、鳳統がギギギッとゆっくりとこちらを見る。
「……朔くん?」
「そだよ」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………あはー」
「…………あはー?」
「――――――っ!?」
「あらら」
鳳統は劉焔を認識した瞬間、顔を瞬く間に紅く染め上げた。
言うなれば、瞬間沸騰。
見事な早業だった。
「さ、朔!?」
「あ、おはよう。もしくは、こんにちは」
劉焔の登場に一刀達は驚くが、当の本人は手を振って呑気に挨拶した。
「朔、体はもういいのか?」
「まだちょっと辛いかな。って事でこのまま話に参加します」
「っ!? っ!?」
「朔くん、そのままだと雛里ちゃんが恥ずかしさ限界突破しちゃうから。せめて、イジるのは後にしてほしいな」
「でも朱里、体が辛いのは本当」
「…………頑張って、雛里ちゃん」
「しゅ、朱里ちゃん!?」
救いの手をあっさりと返した親友に、鳳統は唖然とする。
そのやり取りの間にも、劉焔の温かさが服越しに伝わってくる。心臓の鼓動はどんどん速くなり、紅い顔は更に紅くなる。
「…………雛里って、良い匂いするね」
そして、劉焔に耳元で――――無自覚に――――甘く囁かれた。
「――――――っ…………きゅう」
「ありゃ」
それがとどめになり、目を回して鳳統は倒れかける。その為に抱き着いていた劉焔が逆に彼女を支える形になった。
「主上〜、雛里が」
「あー……そのまま支えてあげな」
「はーい」
助けるのではなく現状維持を指示する一刀に、素直に返事する劉焔。
この親子、中々に質が悪い。
「で、どうしてこんなとこで呆けてんのさ?」
情報不足の劉焔が問うと、孔明は簡潔に説明してくれた。
話を受けた劉焔はあからさまに面倒そうな顔をする。
「莫迦みたいだね」
鳳統の予想通り、劉焔は肩を竦めて呆れた。
あの“自称”姉から聞かされた通りの内容に、劉焔としては嘘でしたと裏切られたかった気分だ。まあ、彼女が嘘をつくとは思わないが。
(ま、やる事と変わらないか)
半眼になりつつ、また洛陽に眼を向けると張飛の声がした。
「お兄ちゃん、鈴々も斥候に出ても良いー?」
「鈴々が直接? またどうして?」
「んとねー、状況を自分の目で確かめたいのだ」
「あ、それじゃ僕も」
「朔まで……」
張飛が言い出すと、劉焔もそれに便乗する。一刀はさすがにそれに二つ返事は出来なかった。
「鈴々が参加したい理由は解った。で、朔は?」
「野暮用?」
「俺に聞くな。朔はまだ体が辛いんだろ? だったら、ダメ」
「んじゃ、鈴々と同じで」
「朔と鈴々が揃うとなんか不安ですな…………」
「星に同感……という事で、ダメだ」
この赤毛チビコンビが揃うと、いきなり突撃しそうで怖い。
斥候じゃなく奇襲になるんじゃないか、と一刀は酷く心配する。
「行くにしたって、朔くんと鈴々ちゃんだけじゃ危ないよ?」
劉備が屈んで劉焔の目線に合わせて、別方向から説得に入る。
言い方が言い方だけに、一刀は初めてお使いに行く弟妹とその姉の構図に見えた。
まあ、そこの弟妹ならば並の賊くらい一蹴するだろうが。
「んー……なら」
危ないからダメだと言われた劉焔は、
「愛紗、一緒に行こ?」
保護者を連れてこうとした。
「え、私!?」
名指しで呼ばれた関羽は戸惑うが、劉焔の期待に満ちた眼差しに同伴しちゃおうかな、などと思ってしまう。
「莫迦者、将が三人も連れ立って行かれては軍を動かせん」
「はっ……!? そ、そうだぞ朔。今回は我慢しなさい」
「…………愛紗ちゃん、陥落しかけてたね」
「…………愛紗さん、朔くんへの厳しさと甘さの振れ幅が大きいですから」
諌めるような趙雲の言に、我を取り戻した関羽はどもりながらも窘める。
その横で劉備と孔明が半眼で見ていたのを、関羽は気づかなかった。
「でも、主上がこの前保護者がいれば大抵の事は許されるって」
「状況が違うだろ、状況が」
はあ……、と一刀は溜息を零し、
「本当は、何の為に行きたいんだ?」
「本当は、って何がさ?」
「質問を質問で返さない。そのままの意味さ」
「…………何か、最近鋭くなってる気がするんだけどさ?」
「朔のお父さんだからだよ」
劉焔は顔をしかめ、してやったりとばかりの顔をする義父を一睨み。そして観念したか、ポツリと呟いた。
「…………頼まれたんだ」
「頼まれた?」
一刀が確かめると、劉焔は小さく頷く。
「ある人を助けてほしいって言われた。でも、それは敵からのお願いだったし、助けるなんて僕には無理だから断ったんだけどね」
「断っておきながら行くというのか?」
「無視したら夢見が悪そうだし。せっかくの昼寝を台なしにされたくないよ」
劉焔が肩を竦めて見せると、一刀達は皆一様に同じ表情をして、
『この、お人好し』
異口同音に言い放った。
「みんなして何さ!?」
「いやいや、お主が主の子だと改めて認識しただけよ」
「ああ。いつか大徳を継ぐかもしれんな」
「やっぱり、お兄ちゃんに似てきてるのだ」
「素直じゃないのも時間の問題ですね」
「そうだねー。でも、悪い癖まで似たらダメだよ」
「好き勝手言われた!?」
趙雲を始めとして言いたい放題言われ、劉焔は彼女らを指差しながら助けを求めるように一刀を見る。
「ごめん、無理」
だが、彼女らと同意見の一刀にはそれは無理だった。
「なあ、朔。どうしても行きたいか?」
「うん」
「なら、お父さんと約束だ。今回は斥候なんだから、無理も無茶も無謀もダメだ。鈴々もな?」
「解ってるのだ。鈴々は朔と違っていい子だもん。そんな事しないのだ」
「そっくりそのまま熨付けて全力で投げ返すよ」
一緒にしないでみたいな顔をする張飛に、半眼で言い返す劉焔。
一刀は何の為に二人に言ってるか解らなくなってきた。
「ったく。いいか、二人共? 中の様子を探るだけでいいんだ。下手に何処かしらに首を突っ込むんじゃないぞ。
…………じゃないと、愛紗に怒られるぞ」
ぼそり、と最後に付け足すと、面白いくらいの早さで二人の顔から血の気が引いた。
「り、鈴々、約束するのだ! いい子に斥候するのだ!!」
「――――」
張飛は慌てたように返事するが、劉焔に至っては絶句した。しかも、よく見れば涙目だ。
関雲長の説教は、鬼も畏れるらしい。
「朔、大丈夫だ! お父さんとの約束を守れば怒られないから!」
殊更に“守れば”と強調して言い聞かせると、劉焔は何度もコクコクと頷いた。
「よし。じゃあ、二人に斥候を任せるから。あ、朔にはこれな」
一刀は思い出したようにそれを持ち出し、劉焔に被せた。
それとは外套であり、劉焔の小さな体をすっぽりと覆った。
「ちょっと大きいね」
「朔の格好は目立つからな。旅人風に頼むよ」
「了解。じゃ、雛里をお願い。鈴々、行こ」
「応なのだ!」
駆けてゆく赤毛チビコンビの背中を見ながら、
「今のところだけ見れば、子供二人が遊びに行く一幕でしたな」
「言うな、星。不安が増す」
「あっ!? 朔くん、今転んだよ!?」
「外套の裾を踏んじゃったんだと思いますよ。少し丈が余ってましたから」
「…………きゅう」
「…………ホント、大丈夫かよ」
好き勝手言って不安を紛らわせていた。
「潜入成功ってね。そっちはどう?」
「大丈夫。兵の皆も合流できたのだ」
軽々と城に侵入した劉焔と張飛は、駆け足で追い付いた兵を見ながら確認しあった。
「それにしても、見張りがいないのだ」
「まあ、いないとこを選んだってのもあるんだけど…………変な感じだね」
劉焔達が今いる所は、城壁の上だ。通常なら見張りが巡回をしている筈なのだが、見える範囲では影すらない。
洛陽を占拠したのが嘘だとしても、都の外に敵の大軍いるというのにも関わらず、この対応は杜撰過ぎる。
「逃げるのに手一杯なのかな…………ん?」
考えを一度止め、洛陽内に眼を向ければ黒煙が見えた。
今はまだ小さいボヤのようだが、燃え広がっては手の打ちようがなくなってしまう。
「鈴々」
「解ってるのだ。鈴々は兵士の皆と火事の所に行くから、朔は董卓を探して」
「そうしよ。董卓よりあそこの人達の方が優先で」
二人は頷き合うと、即座に駆け出した。
――――――――最悪。
賈駆は大切な親友の手を引きながら、心中で毒づく。
今の彼女にとって、世界がこれほど憎らしく見えた事はない。
一言で言えば、自分は甘かった。
これだけが原因ではないだろうが、最たるものはこれだろう。
「え、詠ちゃん……」
「……っ」
息を切らし、自身の真名を呼ぶ親友――――董卓の顔が苦しげに歪む。
自責と後悔の念が心を苛む。
いっそ責めてくれたら、楽だったのかもしれない。
お前の言う通りにしたら、こうなった。
お前を信じたから、こうなった。
何故。
どうして。
お前のせいだ。
お前が全て悪いんだ。
そんな陳腐な言葉でもいい。一言でいいから、心も体もズタズタに切り裂いてほしかった。
でも、
「大、丈夫、だから」
息も絶え絶えに、親友は止まりそうになる足を無理矢理動かしながら強がってみせた。
(…………ごめん。ごめんね、月)
解ってはいたのだ。
この親友は言わないだろう、言ってくれなどしないだろう。
優しいから。
優し過ぎるから。
(月をこんな目に遭わせてしまったのは、ボクの責任。だから、ボクの命に代えても守ってみせる!)
眼に溜まりだしていた涙を引っ込め、握る力を込め直した。
「へっ、やっと追い付いたぜ」
だが、彼女の意志を折るように不幸はぞろぞろと形になって現れた。
悪化する事態に賈駆は歯噛みする。
今、賈駆と董卓を狙う敵は連合だけではなかった。
黄色い頭巾を被った集団。言うまでもなく、黄巾党の残党である。
その数、7人。
董卓軍と連合の戦いの隙を突いた彼らは、早速民家を襲い略奪を始めていた。
そこに逃げようとしていた董卓達は遭遇してしまった。
黄巾党の残党は彼女らの整った容姿、綺麗な衣服に目をつけ、我が物にしようと襲い掛かる。
勿論、董卓達には少数だったとはいえ護衛がいた。
襲い掛かる黄巾党の残党を阻み、董卓達が逃げる隙を作り出してくれた。
だが、下卑た笑みを浮かべる賊の服には、真新しい返り血の跡がある。
彼らがどうなったかなど、想像に難くない。
「…………くそ」
毒づく賈駆は董卓を庇うように前に出る。董卓は降り懸かる恐怖に、賈駆の服を握り締めて耐えようとした。
「ったく、随分と走らせやがって。足が棒になっちまうじゃねえか」
「そういきり立つなよ。苦労させられた分、楽しませてもらおうじゃねえの」
「そいつはそうだ。せっかくの上玉だ、売り飛ばす前に味見くらいはしてえ」
「ひっひゃ。そいじゃ、服を汚さねえように、嬢ちゃん達をひんむくか」
――――――ギャハハハ
――――――ヒヒャヒャ
――――――ガハハハ
下卑た笑いが路地に木霊する。
それが耳に届く度に足が震え、荒れた呼吸が更に荒れ、呼吸の仕方さえ解らなくなりそうだ。
「さ、最低ね、アンタ達」
賈駆が零した一言に黄巾党の残党は笑うのを止め、彼女を見た。
詰まりそうになる言葉を虚勢でカバーして賈駆は続ける。
「獣みたいに莫迦丸出しで吠えて。醜いったらありゃしないわ」
時間を稼ごう。
「女? 金? 頭の中、単純で羨ましいわね」
時間を稼げば、連合軍の連中が入城してくる筈だ。
「ボクもアンタ達くらい頭が悪かったら、幸せだったのかも」
来なくとも、自分に意識を向けさせ続ければ、董卓への暴行は減るだろう。
「教えてくれない? 莫迦のなり方」
味方は、もういない。いなくなった。
どうせ終わる人生なら、こんな奴らに大切な親友を汚されて終わりたくなんてない。
「あ、そっか。ごめんなさいね、莫迦にそんな説明出来る筈ないか」
でも、叶うのなら――――
(――――――誰でもいいから、月を助けて)
黄巾党の残党は賈駆の罵声に顔を真っ赤にして殺気立ちだした。怒り心頭といったところか。
容赦しない、と全身で告げてくる彼らに気圧され、賈駆は思わず後ずさる。
迫る恐怖に負け、賈駆と董卓は目をギュッと閉じた。
「うわ、暴行現場に遭遇しちゃったよ」
面倒そうな声音が耳に届き、賈駆はゆっくりと目を開いた。
黄巾党の残党もその声に反応し、声のした方向を見ている。
目を向ければ、頭まですっぽりと外套を纏った子供が頭を抱えていた。
解りにくいが、立ち振る舞いで恐らく男の子だと賈駆は当たりをつけた。
「正確には婦女暴行? はるばる都まで来たのに、そりゃないよ」
「おい、ガキ。とっとと消えやがれ。今から大人のお楽しみなんだよ」
「ふーん。…………何するのか知らないけど、そこのお姉さんは楽しみたくなさそうだけど」
興味なさげなくせに突っ掛かってくる少年。気の短い残党達にしてみれば、不愉快極まりなかった。
「とっとと消えろってんだよ! 殺すぞ!!」
「怖いねえ、子供に対してそんな事言うなんて。泣いちゃうよ、僕?」
脅しも飄々と流す少年は肩を竦めた。賈駆はそんな彼の腰に双剣が差してあるのに気付いた。
(もしかして、武侠?)
でも、彼は小さい。もしかしたら、董卓よりも小さいかもしれない。そんな彼が戦えるのだろうか?
「…………賭けるしかない。お願い! ボク達を助けて!」
一縷の希望に賭けた叫びに少年は、
「うん。それ、無理」
素っ気なく断った。
「…………」
「…………」
「…………」
三者三様ではなく、三者一様に絶句する。だが、理由はそれぞれに違った。
黄巾党の残党の場合。
少年が断るのも当然だと思っている。彼らと少年では彼我の差は明らかだ。
ただ、無理と素っ気ないにしても怖がる素振りを全く見せない少年に違和感を感じてはいた。
賈駆の場合。
普通に断る少年に、驚きの余り言葉が出なかった。いや、普通ここは助ける場面でしょ!?、と考える彼女は間違っていないと筈だが、頼む相手が悪かったらしい。
ただ、この少年の断り方が誰かに似ているような気がした。
董卓の場合。
何故か解らないが、あの少年が現れてから、とある少女が頭の中をちらついて仕様がない。
だからか、少年が賈駆の頼みを断る気がした。そして、それは的中した。
「あの……」
気付けば、口が勝手に動いていた。
「助けてくれなくて……いいです」
「ゆ、月?」
「…………へぇ」
見えていないのに、少年の視線に射抜かれた気がする。体がビクッと震えた。
「助けてくれなくていいんです」
「だから、それは頼まれても無理なんだ」
肩を竦めて断る彼の様子に、董卓は確信した。
「私はいいです。今助かっても、明日は無い身ですから…………」
その代わり、と彼女は続け、
「詠ちゃんを……彼女を守ってください!!」
声を張り上げる。
その瞬間、彼女はズダンッと何かが突き刺さるような音を聞いた。
いつの間にか一番近くにいた黄巾党の残党の姿は消え、入れ代わるように少年の姿があった。
「えっ!? あ、なぁっ!?」
理解が追い付いてないのか、賈駆は言葉になっていない言葉を発する。
かくいう董卓も、よくは解っていなかった。
けれど、これだけは解る。
「まぁ、それならいいよ」
少年は自分達を守ってくれる。絶対に。
「さてと、覚悟いいかな? 賊」
少年は問い掛けながら一歩前に踏み出す。
ジャリ、という足首に黄巾党の残党は揃って見ていた方向から少年に驚愕の視線を向ける。
視線のあった方向には、廃屋の窓に頭から突っ込んで動かなくなった黄巾党の一人の姿があった。
「僕には、あんたらみたいな奴の相手をするなんて面倒な役目があってさ」
纏う外套に手をかけ、
「そんな訳で、容赦なしだよ」
少年は瞬く間に賊に接敵する。
脱いだ外套を黄巾党の一人に叩きつけ、視界を潰す。
視界を潰された彼が聞いたのは5つの轟音。驚きに囚われままに慌てて外套を剥がすと、少年の姿が見えた。
焔色の緋髪。
漆黒の戦装束。
そして、異形の双眸。
「あ、あ、ああ…………!?」
見た事があった。
自身が黄巾党の残党であるが故に、見た事があった。
この少年――――いや、この小鬼に自分のいた集団は潰されたから。
血飛沫が舞う中、それを終わらせないかのように仲間を切り伏せていったその姿は今も眼に焼き付いていた。
「ぞ、賊狩りの……戦鬼…………」
「何だ、僕の事知ってたんだ。んじゃ、自分が到る末路は解ってるね」
末路。
それは過去の仲間と同じように黄泉路を辿れという事。
では、今の仲間は?
「は…はは……」
確かめるまでも無い。答えは、先に黄泉路へと逝った、だ。
もう無理だ。
そう覚った最後の黄巾党の残党は、董卓達に向かって走り出した。
単なる自暴自棄。
小鬼が邪魔しようが、もう関係ない。いや、どうでも良かった。
死ぬ前に一矢報えなくても。
「うがああああっ!!」
「ひっ……!?」
奇声をあげて迫る賊に、董卓と賈駆は身を強張らせる。
何故なら、
「最後くらい、自分でやりなよ」
などと言い、一歩も動こうとしないからだ。
小鬼の強さに呆気に取られていた二人は恐怖を忘れていた。そこに最後の黄巾党の残党の特攻に、小鬼の突き放し。
文句を言う隙さえ無い。
それでも、彼女らの救いはまだ終わらない。
「怪我人相手に酷いっすねぇ」
明るくて軽い口調で誰かが言った。
ズドンッ!!、と爆ぜるような音。その音を生み出したのは、白銀の突撃槍。
それは董卓達と黄巾党の残党の間に突き立っていた。
まるで阻むように。
「二人が可愛いから襲いたくなる気持ちは解るっすけど」
また声が響き、トンッと軽い音だけ発てて、声の主は突撃槍――――羲和の柄に降り立った。
赤みがかった茶髪を束ねた小中大の3連ポニーテール。
小鬼と似た漆黒の戦装束。
丸くぱっちりと開いて愛嬌のある藍色の眼。
「でも、お痛が過ぎるんすよ」
もう一匹の戦鬼――――周倉は口許を吊り上げて言った。
「あ、旭ちゃん?」
「おひさ〜。ギリでセーフっすねぇ」
「アンタ、何でここに!?」
「私もいるぞ」
周倉の登場に驚く中、人影が飛び込んできて、戦斧で硬直していた賊を両断した。
「ありゃー。今の不意打ちみたいだったっすね。やーい、卑怯者〜」
「う、うるさい!! 戦闘中に呆けている奴が悪いんだ」
周倉に茶化されているのは、華雄。
シ水関で連合軍に敗れ、行方不明だと聞いていた二人がそこにいた。
「な、なんでアンタ達がここに……」
「よっと。何でって、仲間を助けるのに理由はいらないじゃないっすか」
突撃槍から降りた周倉は不思議そうに賈駆に言った。
さも当然に。
当たり前のように。
変な事など無いと。
短い間であったとしても、思い知らされた彼女の“らしさ”。
それに安心させられた瞬間、賈駆は力が抜けて座り込んでしまった。
「助かったよ、旭。来てくれてありがと」
「詠が素直にお礼言った!? ヒャッホウ!!」
「何でそこまで喜んでんのよアンタは!?」
「ツンデレ娘のお礼は金玉に値するんす。でも欲を言えば、素直じゃないバージョンが聞きたかった!!」
「意味解んない事言うな!」
「だから、お礼は体でお願いするっす」
「華雄。この賊、切り捨てて」
「即断で賊決定っすか!?」
「敵の目の前でふざけ過ぎだろう、お前達」
漫才しだした二人を余所に、華雄は敵である劉焔を警戒していた。
だが、董卓と賈駆は一応守ってくれた彼を敵と認識し辛かった。
「本当にあの子は敵なんですか?」
「ああ。連合に組する劉備軍の将、劉焔翔刃。私と旭を負かした小鬼だ」
「嘘っ!?」
華雄の言に董卓と華雄は愕然とする。
黄巾党の残党6人をあっという間に倒して見せたのだ、強いとは思っていた。
だが、その正体が敵である連合の将で、そのうえ華雄と周倉を相手に勝利していたとあっては、状況が好転としているとは全く思わなかった。
「そ、そうだ。恋は? アンタ達がいるなら恋や霞だっているんでしょ」
「いたら、真っ先に飛び込んできてるっすよ」
「そんな……」
にべもなく告げられた返答に、絶望を覚えた。
一瞬でも世界に自分の祈りが届いたと思ったのに。これでは谷に落ちかけたのを助けられた瞬間、突き落とされた気分だ。
「旭、相談は終わった?」
「小鬼ちゃん、まだタイム。もうちょい待ってほしいっす」
「早く済ませてよ。でないと、うちの|総大将(考えなし)が来るよ?」
「うへぇ。……? どうしたんすか、詠」
周倉は劉焔と話していると、袖を誰かに引かれた。見れば、怖いくらい無表情な賈駆が袖を掴んでいた。
「旭。アンタ、あの子供に真名を預けてるくらいの知り合いなの?」
「そうっすよ。私の可愛い可愛い弟分っすか――――らぐぁ!?」
自慢するように胸を張った瞬間、周倉の腹に賈駆の拳が打ち込まれた。
奇しくも劉焔に殴られた場所に入った為、激痛に意識を刈り取られそうになった。
「だったら、アンタが何とかしなさい」
「い、いえす……まむ」
這うようにのろのろと劉焔に歩み寄ると、ズザッと後退りされた。
「……怪我人のお姉ちゃんが苦しんでるのに、その対応っすか」
「近寄り方がなんか怖い」
「…………」
反論出来なかった。
「それは横に置いといて。小鬼ちゃん、友達を守ってくれてありがとう。お姉ちゃん、とっても助かったっす」
「友達、ね。礼はいらないよ。僕は僕の役目を果たしただけだし」
「それでもっすよ。…………で、本題っすけど、ここにいるのはお姉ちゃんのお願いを聞いてくれたって事でいいんすか?」
「董卓を助けてほしい、だっけ? だから、それは無理だって言ったじゃん」
若干嬉しそうに聞いてくる周倉に、劉焔は半眼になって否定した。
『お願いがあるの!』
『お願い? やめてよ。どうせ董卓を助けてとか言うんでしょ』
『あ、あれ?』
『自分は戦えないから助けられないし、守れもしない。
でも僕なら、獅子身中の小鬼の如く手引出来るかもしれない、とか思ってるんじゃないのさ』
『正しくその通りなんすけど…………無茶を承知でお願い。お姉ちゃんはお姉ちゃんの命を救ってくれたあの娘を助けたい。
でも、今はそれが出来ない。だから、小鬼ちゃんにお願いしたいの』
『…………無理だよ』
『そんな……』
『僕には……誰も助けられない』
誰も助けられない。
その考えは数日経った今でも変わらない。
いくら兄弟子の頼みであっても、それは聞けないのだ。
何故なら、自分は天の御遣いや大徳ではないのだから。
この身は鬼で、賊を狩るのが役目。守るのがやっとで、後は消し滅ぼすしか出来ない。
「言ったでしょ、世を乱した責は簡単に贖えるものじゃない。だから、僕は“董卓”を消すって」
最初からそれだけが目的だったとでも言うように、劉焔は淡々と言う。
そして、華雄が背に守る二人の少女に向かって歩いていく。
華雄が間に合わせの戦斧を構えるが、彼女も周倉同様に完治していないのだろう。
その動作に以前見た時のような鋭さは無かった。
「どきなよ。あんたに用は無い。また怪我するよ?」
「お前に無くても、私にはある」
起こり得る高い可能性を示唆してみるが、華雄は動かなかった。
睨み合うまでいかないが、互いに互いの一挙手一投足を見逃さないよう注意していた。
だが、このまま膠着状態が続くのはよろしくない。力付くで退かせようと劉焔は思った。
「答えろ。私は何故貴様に負けた?」
意外にも膠着状態を先に崩したのは、華雄だった。そして、その問いもまた意外なものだった。
「負けた理由? そんなの、弱いからでしょ。弱い僕は、華雄より弱くなかった。それだけ」
「弱い? お前が? お前は呂布と引き分けた程の武の持ち主だろう」
「あー……まあ、うん」
華雄に怪訝な眼を向けられながら、劉焔は曖昧に答えた。
劉焔と呂布の一騎打ちは、激戦の末に引き分けとなったと言われているらしい。
らしい、というのは、砂塵が邪魔をして決着を誰も見ておらず、勝者である劉焔も勝ち名乗りを上げずに帰還して倒れたのが原因だった。
真実を知らない者達は、呂布が手傷を負わされて後退させられたという情報を受け取り、劉焔の容態から勝手に引き分けたと解釈したのだった。
劉焔も劉焔で、性格上勝ち負けに興味ないので我関せずと放置を早々に決めていた。
「華雄ってさ」
「なんだ?」
「自分の強さは天下無双、とか思ってなかった?」
「思っていた……貴様らに負ける時まではな」
華雄が言う、あの時とは劉焔と張飛と矛を交えた時の事。
自分よりも幼い子供に勝てなかった。
自分の鍛え築き上げた武が崩された気がした。
その瞬間から、自身の武は張りぼてに感じ、風に吹かれてぐらぐらと揺れ動くみたいに安定しなくなった。
天下無双などと、劉焔らに対峙する前に、あの呂奉先を前にして謳っていたなんて、今思えば莫迦らしい事だったろう。
……いや、逆にどうして謳っていられたのだろうか?
「意地になってたんだよ。比較対象が強過ぎて、自分の鍛えてきた武がちっぽけなもんじゃないって信じたくてさ」
小鬼は淡々とにべもなく言う。
過剰に信じたくて。
過度に信じてしまったのだと。
「私は私を偽ってきたのか……」
「偽る事は人の性だよ。ただ、偽り過ぎて視野狭窄に五里霧中って感じで何も見えなくなってただけ」
つまりは、自分でいつの間にか自分を見失っていたから負けた。
解かれた答えに、華雄はショックを受けたのか座り込んでしまった。
彼女がこうなってしまえば、後は互いを助け合おうとした二人。
「どっちのお姉さんが董卓なのさ?」
「ぼ、ボクが董卓よ!」
「はい、嘘。ツンケンしてるお姉さんじゃないね」
「そうです……私が董卓です」
「! 月!」
庇おうとした董卓に名乗り出られ、賈駆は慌てる。
華雄の言が本当ならば、相手は呂布と同等の武人。その気になれば、黄巾党の残党と同じように瞬殺されるかもしれない。
董卓とて、それは解っていた。けれど、言いたい事があったのだ。
「小鬼くん、お名前は?」
「劉焔翔刃だよ」
「それじゃ、劉焔くんだね。詠ちゃんを守ってくれてありがとう」
そう、董卓は穏やかな声音で礼を述べた。
それに劉焔は面食らった。そして、微かにお人よしの匂いを嗅ぎ取った。
「何でお礼なんて言うのさ? 僕は連合の一員だよ。今からあんたを消すのに」
「そう……だね。でも、もしかしたらだけど、私達が君に助けを請わなくても助けてくれたんじゃないかな?」
「助けはしないよ」
「じゃあ、守ってくれた?」
「うぐ……」
「ふふ。だから、ありがとう、だよ」
董卓は穏やか笑みを形作り言うが、劉焔は彼女の瞳の奥に生への諦めが見て取れた。
心の隅の方で苛立ちが生まれた。
「あ〜〜もう! 主上、交代!!」
董卓に背を向け劉焔は叫ぶ。すると、
「来て早々か?」
入れ代わるようにタイミング良く一人の青年が現れた。
この時代にある筈もない未知の衣服を纏う、天の御遣い。
北郷一刀が関羽達を引き連れ、劉焔に追い付いてきた。
誰もが彼に眼を向け、固唾を呑んだ。
中でも、
「…………おじ様?」
周倉だけ、その度合いは何倍も違った。
彼女は一刀を見た瞬間、心臓が止まる思いだった。それくらいの衝撃があった。
込み上げてくる感情の波は、一筋の涙となって零れ落ちる。そして、彼女を突き動かした。
「おじ様!」
周倉は一刀に向かって走り出した。
だが、彼女は董卓軍の将。例え違かったとしても、護衛である将が主に易々と接近を許す筈もない。
「止まれ! ご主人様に近づく事まかりならん!!」
関羽が阻むようにして立ち塞がる。
「! おば様ぁあああ!!」
「嘘ぉおおお!?」
だが、周倉は減速どころか加速する。そして、そのまま抱き着くようにして関羽にフライングボディプレスらしきものを敢行した。
叫び虚しく、受けきれずに関羽は押し倒された。打った背中が痛いが、それよりも周倉を引きはがすのを優先し、
「……っ……く……グス」
出来なかった。
何故か解らないが、声を殺して周倉は泣いていた。
泣きまねでもなく、本当に。
そんな彼女がいつかの劉焔に重なって見え、関羽は自然と優しく頭を撫でていた。
「旭……」
劉焔は周倉の泣いているところを初めて見た。
当然、真剣な顔をしたり落ち込んだりもするが、すぐに笑顔に戻る印象が劉焔の中にあった。
そんなのお前の柄じゃない、なんて言わないが、それでも彼女が泣いているのが酷く嫌だった。
「ご主人様……」
「……解った」
泣いている周倉の頭を撫でながら、関羽は一刀を見る。一刀も彼女が何を言いたいか解った為、董卓の前に歩いていく。
「こんにちは。君が董卓ちゃんだね?」
「はい……あと、えっと」
「俺は北郷一刀。天の御遣いなんて呼ばれてる」
「董卓……です」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
「にゃー? お兄ちゃん、見つめ合ってどうしたの」
見つめ合うように互いを見続ける一刀と董卓を不思議に思ったか、張飛は首を傾げた。
「あ、ごめん。想像してた董卓とは全然違っていたから。少し驚いてた」
「ふむ。あまりの美しさに見惚れていたのですな」
「まあ、そういう感じなのかな」
茶々を入れてくる趙雲の言に、否定できないかと一刀は頷く。
ただ、背中に痛いくらい突き刺さる視線には気付かないふりをした。
「董卓ちゃん。残念だけど、君を逃がす訳にはいかない。
……大人しく俺達に捕まってほしいんだ」
「それは……」
「そんなの出来る筈ないでしょ! 月を守る為には何処までも逃げるしかないんだから!」
「それで、また多くの人を犠牲にするのか?」
「ぐ……」
その一言に賈駆は押し黙る。それは気付いていながらも、眼を逸らした事であった。
「逃げて、どうする? 俺達を含めて連合は君達を何処までも追い掛ける。
……この戦いの責任を君になすりつける為に」
「…………っ」
「君らの状況は理解してる。それにこの戦いの本質が何処にあったのかも、今の俺達は見抜いている。
……だからこそ、このまま逃げ続けて、追い詰められるのが目に見えてる二人を、放っておく気なんて無いんだ」
「え……」
董卓は自分達に手を差し延べてくる一刀の行動に戸惑う。
偽りであったといえ、世の噂では董卓は天子を傀儡とし、暴政を振るった悪逆。
それを討ったとなれば、世の莫大な風評は一刀達のものになる。
しかし、彼らはそれをいらないと言っているのだ。それは戸惑いもするだろう。
「……どういう事ですか?」
「こういう事だよ。って事で、朔」
「何さ?」
「俺が考えてる事と朔がやろうとしてた事、同じだよな? だから、頼む」
「ふぅん……お人好し」
「お互い様だ、お人好し」
軽口を叩き合いながら、劉焔は一刀に頼まれた行動を取ろうとする。
伸ばした両手が双剣の柄を掴み、
「痛くないから、安心してよ」
「ちょっ、何を!?」
賈駆の問いを無視して斬撃を放った。
双剣が生み出した風が二人の顔を撫で、通り過ぎる。思わず閉じた眼を恐る恐る開いて、自身の体を確認する。次に互いを確認し合った。
どこも斬られてなかった。
「はい。終わり」
何食わぬ顔で双剣を鞘に納める劉焔。それに一刀は独り頷いた。
「あの……今のは?」
「今、董卓は僕、劉焔翔刃の手で討たれた」
「え……」
「そういう事。二人は死んだ事にさせてもらう。
天の世界の物語じゃ、月並みでベッタベタなやり方だけどな」
「この戦いを終わらせる為に、嘘の情報を流すって事?」
「「そうだけど」」
賈駆の確認に、一刀と劉焔は異口同音に肯定する。
この親子は……、と呆れながら、趙雲は仕方なくいつものストッパーの役目を果たす事にした。
「主、そして朔よ。まさか今更偽善に目覚めたとでもおっしゃる気か」
「偽善か……確かに偽善かもしれないけど、それだけじゃないんだ」
どこか苦い笑みを浮かべ、一刀は言う。
「諸侯の権力争いに巻き込まれて、事態に流された二人の姿…………俺は他人事には思えない」
北郷一刀は、この世界の住人ではない。
それは一刀自身が一番解っていて、解らない事だらけだった。
何故、ただの高校生である自分がこの世界に来たのか。
何かしらの理由や因果があるのだろう。劉備達に出会い、天の御遣いなんて神輿になり、鬼の父親にもなった。
そういった時を経て、ここに立っているのだ。
自分の意志だけではどうにもならない現実に、流されるままに立ちすくんで。
違いはあれど、流されてきた面がある自分と董卓は似た境遇ではないかと思ってしまった。
「偽善と言われても仕方ないと思うけど、助けられる可能性があるなら、俺は助けたい。
その選択を後悔しない為にも」
「しかし、主よ。もし、この密事がバレたら、今度は我らが権力争いの贄とされるぞ」
「それは重々承知してるよ。だから、色々と小細工をしなくちゃいけないんだけど……。
これは俺の我が儘だから、無理にとは言わない。手を貸してくれたら嬉しいよ」
あまりにも一刀らしい発言に、趙雲は気付かれないように溜息をついた。この人の在り様だからこそ、付いて来たのだと再認識させられて。
「…………では、朔よ。お主はどうだ?」
「正直言えば、助ける気はないよ」
「何故だ?」
「生きようとしてない奴を助けても意味は無いよ」
理由を淡々と述べる劉焔の眼には、薄らと苛立ちの色が滲んでいる。
「ツンケンしてるお姉さんは生きてほしいみたいだけど、本人にその気がないんじゃ骨折り損。
黙って見逃してあげるから、勝手に何処かで野垂れ死になよ」
珍しく辛辣な言葉をやたらと使い、劉焔は不快感を露わにする。
彼の戦いとは、生き残る事だ。それは生きようとする意志がなくてはならない。
そして、その意志は彼の生き方に対する考えの根幹になっている。
故に、生きようとする意志を持つ者を好み、その意志が無い者を嫌う。
今の董卓は彼が感じた限り、後者であった。
「劉焔くんの言う通りです……」
「月……」
「全て……私のせいだから」
董卓は訥々と語り始める。
「助けを求めてきた張譲さんに求められるがままに手を貸して……果ては天子様まで軽んじる行いまで」
「違う! それは月のせいじゃない! あれは張譲の莫迦がボクらの知らないところで勝手にやってたんだから!!」
「それに……シ水関や虎牢関で死んでいった多く人達に対する償いは私自身が果たさないと……」
「死んでお詫びするってのさ?」
はっ、と劉焔は鼻で笑い、
「ふざけんなっ!!」
怒り叫んだ。
「死んで詫びる? 償う? そんなのに何の意味があるってのさ!!
何でアンタらみたいのは、簡単に命を捨てるような考えが持てる? 生きたいなら生きたいって叫べばいいじゃんか!」
「でも、この戦争を起こした一因は私……」
「だったら、尚更生きろ! アンタを思ってくれてる人がいる。手を差し延べてくれる人がいる。
その幸せを噛み締めて、無くさないように握り締めて、償って生きてみせろよ!!」
それは独善かもしれなかった。
孫策に言われた理想の押し付け。
正しくその通りだ。
けれど、
だけど、
それでも、
「死ぬなんて莫迦な事、口にすんな!!」
命を軽んじるのだけは、赦してなるものか。
「朔……」
皆が皆、言葉を失う。
飄々淡々とした彼の風体は影も形も無い。
初めてだ。
初めて見た劉焔翔刃の激昂に、一刀は驚愕を覚え、内心喜んでいた。
鬼と自他共に呼称する劉焔だが、もっと人間のように、厳密に言えば子供のように感情を爆発させてもいいんじゃないかと思っていた。
それが今、爆発させている。
しかも、乱暴な言い方だが生きろと叫んでいる。
これが嬉しくない筈がない。
「董卓ちゃん、俺が言いたい事は朔が言った通りだよ。
死ぬなんてダメだ。死んで償いなんて出来ないし、しちゃいけないんだ」
まだ怒り心頭中の劉焔の頭を宥めるように撫でながら、一刀は言った。
「確かに、一因である君が死ねば胸が空く奴もいるのかもしれない。
でもさ、逆に君が死ぬ事で哀しみを胸に抱えなくちゃいけなくなる人も出て来るんだよ」
実際に隣りにいるでしょ、と一刀は優しく示す。
董卓は、はっとする思いで賈駆を見た。
いつも強く前に出れない――――引いては、積極的ではない自分の手を握り、共に歩いて来てくれた親友。
今もその手で握り締め、生きてほしいと願ってくれている。
「私は……生きていいんですか?」
「違うよ。生きるべきなんだよ」
問うような董卓の呟きに、劉備は断言する。
「生きていいのか、なんて誰にも解んないよ。けど、だからって死んでいいって訳でもないの」
「貴女は……?」
「劉備玄徳。一応、この軍の代表だよ」
「アンタみたいのが?」
「うん。頼りない私みたいなのが。
ずるい言い方かもしれないけど、私だって兵隊の皆を死なせてる。ほら、形は違っても董卓ちゃんと同罪だよ……」
でもね、と劉備は続け、
「私は死なないよ。死ねないの。私は、こんな私について来てくれた皆に誓って、信じてくれた理想を実現するまで生き続けるよ」
はっきりと断固とした意志は、彼女の心から奔流の如く噴き上がる。
その生きようとする意志と理由に当てられ、董卓は息を呑んだ。
そして、劉備から差し延べられた手に戸惑う。
「私達は貴女達を助けたい。
そんな私達の我が儘に付き合ってくれる?」
どこか頼りないないのに、劉備の浮かべた笑みには力があった。
この人に――――この人達に裏切りはない。
そんな人を信じさせてくれる優しさがあった。
「詠ちゃん」
「うん……月がそう決めたなら、ボクはそれについていくよ」
「ありがとう……」
口に出さずとも理解してくれる賈駆の存在はやはり有り難い。
「北郷さん、劉備さん。私達を助けてください」
差し延べられた手を握り、董卓は言った。
生きたいと。
涙を零す董卓の手を握り返し、
「「任せなさい!」」
天の御遣いと大徳は断言した。
前書きでの二つ目のお詫びでも申し上げましたが、連合編がまだ終わりません。
前回の後書きで、終了予定と書きましたし、終わらせるつもりで書いていたのですが、執筆が行き詰った時に書いた分を保存してみたら気づいたのです。
規定の4万文字の半分を既に使っていた事に。
まだ書くことあるのに、まだ長くなるのに、これはヤバイと思い、急遽投稿することにしました。
3万文字超え? 読み疲れるわ!!といった幻聴を振り払いつつ、次話作成中。
予定は変更になるかもしれませんが、次話で連合終了。その次に幕間で完全終了としたいです。
終わるかなぁ・・・・・・・・・・・・
感想、品評お待ちしてます。