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真・恋姫†無双 〜羅刹戦記〜  作者: エアリアル
第参章 鬼と戦  反董卓連合編
22/37

鬼と連合10  ~虎牢関攻略戦  戦鬼 対 戦場の鬼~

ついにできました、劉焔VS呂布!!


そして、過去最長の内容にしてバトルです。



戦場の鬼――――呂布奉先。


そして、賊狩りの戦鬼――――劉焔翔刃。


二匹の鬼は、虎牢関を前に対峙する。


「あんたが、呂布奉先でいいんだよね?」


劉焔は関羽の青龍偃月刀を振り回して扱い方を確かめながら聞いた。


呂布は静かに頷くが、彼を不思議に思った。


劉焔の得物は、双剣。


槍のような長物を使うとは、周倉からも聞いていなかった。


「……お前が小鬼?」


「そ。見ての通りの小鬼だよ」


「双剣」


「ん?」


「……旭、言ってた。小鬼は双剣を使うって」


「うん、使う。けど、今は使わない」


「??」


あから様に首を傾げる呂布。そんな彼女に劉焔は何となしに告げる。




「単に使ってみたくなっただけ。気分の問題だよ」




言い終えるや否や、劉焔の姿が消えた。


だが、呂布は取り乱しもせずに方天画戟を真上に振るった。


響く鋼の衝突音。


方天画戟の刃は、空中から振り下ろされた青龍偃月刀の刃と激突した。


(さすが、やるね)


劉焔は一撃を防がれたにも関わらず、呂布の反応に感心していた。


空中では呂布の一撃は耐えられない。劉焔はその一撃を利用して、器用に距離を取るように着地した。


「……次、恋の番」


そして、呂布の方天画戟の一閃が迫る。


豪速の一撃を青龍偃月刀の柄で受け止め流すと、劉焔は即座に石突を繰り出さそうとするが、


「……捕まえた」


それよりも速く呂布の手が劉焔の襟を掴んだ。


「なっ!?」


予想以上の反応に驚く劉焔の声を聞きながら、呂布は片手で彼を地面に叩きつけた。


頭から叩きつけられるのは避けられたが、痛烈な衝撃が背中から全身へと瞬く間に広がる。


その衝撃は簡単に地に沈む事を許さず、劉焔の小さな体を勢いが無くなるまで何度も弾ませた。


「……ぅ…いったぁ……」


青龍偃月刀を杖代わりに立ち上がりながら、劉焔は小さく呻いた。


―――――格が違う


内心で独り言ち、三國無双と呼ばれる実力の一端を叩き込まれた体を摩る。


神速の動きを視認でき、刹那の如く反応して、一瞬にして反撃。


(反則級だよ、まったく)


並外れの武力を持つならば、関羽や張飛も例に漏れない。だが、この武人はある意味で例に漏れる。


並外れも外れ。一刀が以前教えてくれた“チート”なる言葉を体感させられた気分だ。


そして昔、ふとした拍子に師匠に聞いた質問を思い出した。









『本当に鬼がいるかって?』


『うん』


『いるわよ。ごまんとね』


『え? そうなんだ』


『鬼は“おぬ”。いないのが自然で当然。だから、人は認識しない、出来ないと言っても良いかもね』


『いないって事と同じじゃないのさ』


『同じであって同じじゃない。禅問答みたいなものだと思ったら?』


『なんか納得しにくい』


『ま、世の中そんなものばっかよ。でもね、小鬼』


『何さ?』


『人の姿をした鬼は、確かにいる』


『それは僕らなんでしょ』


『人から為った、のはね。生まれながら人であり鬼である。そんな天然物がいるの』


『…………』


『信じてないねぇ、その顔は。別にいいけど、会ったら本当だったって痛感したらいいのよ』









半眼で言い放った師の顔もついでに思い出し、劉焔は方天画戟を構える呂布を見た。


「…………文字通り痛感させられてる」


ぼやきつつ、自身も青龍偃月刀を構えた。


ふぅ……、と短く呼気を吐き、劉焔は地を踏み砕くようにして駆けた。


青龍偃月刀の刃を呂布の足へと突き出すも、足を一歩後ろへ下げるだけで避けられる。


続く下段突きからの振り上げも、体を小さく反らして(かわ)されてしまった。


「……腕、もらった」


その言通りに、呂布の方天画戟は槍を振り切った状態の劉焔の腕へと飛んでいく。


刃は彼の腕に当たり、ギャリリと音鳴らして、そのまま“空”を斬った。


その空振りに近い感触に、呂布は眼を見張る。


確かに当たった。けれど、劉焔はその刹那の瞬間に得物から手を離し、篭手を滑らせるようにして一撃を受け流してみせた。


「今度はこっちがお返しの番だ」


声は真下から。


一回転して受け流した勢いを利用し、劉焔は体の捻りを存分に利用した反撃の回し蹴りを放った。


一撃は方天画戟を間に差し込まれて防がれたが、呂布の顔を大きく歪ませた。


「おまけだよ」


「ぐっ……」


持って行けとばかりに振るった劉焔の拳打は、またも方天画戟によって防がれるが、衝撃まで殺し切れず呂布に地を滑らせた。


その事実に呂布は薄らとだけ、驚嘆の色を瞳に乗せた。


「……お前、デタラメ」


「あんたに言われたくない」


ぼそり、と呟く呂布の言葉に劉焔は反論した。


「私達からすれば、二人共デタラメなのだがな」


「そうなのだ」


「仲間から言われると反論し辛いから、そこ黙っててね」


さりげなくツッコんでくる趙雲と張飛の声を聞きつつ、釘を刺しておく。そして、気付いた。


「愛紗?」


「――――」


「朔の紙一重の回避を見た瞬間、固まっちゃったのだ」


「あー…………そう」


張飛の説明を聞き、何とも言えなくなった。


劉焔自身もあれはギリギリだったと思っていた。外から見れば、より衝撃的光景だった事だろう。


「呂布、ちょっと待っててね」


「? (…………コク)」


試しに言ってみたのだが、どうやら待ってくれるらしい。


案外話が解る人だ、と思いながら、劉焔は膝をついて固まった関羽に近付いた。


目の前で手を振ってみるが、反応は無い。抱き着いたら復活するのでは?、と趙雲に言われるが、即座に却下した。


うん、と一つ頷き、劉焔は双剣を関羽の膝に置く。すると、


「……朔、待ちなさい」


関羽に腕を掴まれた。


「何さ?」


「私も戦う。だから、青龍刀を返しなさい」


「やだ。もうちょい借りる」


「朔っ!?」


「ま、見ててよ。それまで僕の双剣貸すから」


関羽の手を放し、劉焔は不敵に笑う。その笑みに、いつもとは違う何かを滲ませて。


「今は朔を信じろ。我らが割って入っても、単独戦闘が得意なあ奴の邪魔になるだけだ」


「星……」


趙雲は関羽の肩に手を置き窘めながら、劉焔の背を見つめた。


「それに、朔にしては珍しいものが見れるやもしれん」


「珍しい……もの?」


「何なのだ? それ」


「何、見てれば解るだろう」


口許に手を当て、趙雲はくすりと喉で笑った。


「…………なーんかごちゃごちゃ言ってるし」


趙雲が何やら口にした言葉が引っ掛かるが、今は捨て置いた。


劉焔はそのまま呂布と向き合う。


「仕切り直しって事でいいかな?」


「(…………コク)」


「んじゃ、開始だ」


またも言い終えるや否や、劉焔の姿は消える。


呂布も動じずに方天画戟を構え、眼だけをゆっくりと動かし、小鬼の姿を探す。


「……そこ」


そして、驚異的な動態視力を以て劉焔の姿を捉え、方天画戟で一閃した。


刃は空を駆け、地を(えぐ)る。


外した。


そう思った瞬間、


「やっぱり視えてるんだ」


小鬼の声が耳に届き、即座に彼がいるであろう背後を薙いだ。


またも空振る。


呂布は空を斬ってばかりいる自分に違和感を覚えた。


いつもなら躱されないまでも、受け止められる。その鋼同士がぶつかって伝わる感触すらない。


(…………なんで当たらない?)


焦りや戸惑いもなく、純粋に不思議に思う。


さっきと同じように、ちゃんと小鬼の姿は捉えていた。防がれはしたかもしれないが、それでも避けられる可能性は低かった筈だった。



―――――やっぱり視えてるんだ



小鬼が呟いた言葉に、呂布は得心がいった。


小鬼に試された。いや、正確には確認か。


初撃が完璧に防がれた。だから、小鬼は初撃と同じ速度から呂布の眼に捉えられる速さを確かめているのだろう。


現に、二撃目以降の反応と反撃の速さは徐々に上がっている。自身の攻撃が掠りもしなかったのが証拠。


呂布は方天画戟を肩に担ぐようにして構える。


「…………ちょっとだけ本気出す」


途端、呂布は駆け出し、方天画戟を振り下ろして地を砕いた。


「…………っ」


地面が割れる轟音。巻き上がった土砂の降る音とが混ざる中、紛れるように小さく舌打ちが聞こえた。


「…………見つけた」


呂布は即座に逆手に持ち替え、方天画戟の石突を真上に突き上げる。


ガンッ、という音に、伝ってくる手応え。


空中で石突での一撃を受け止めた劉焔は、驚きと呆れが混じった顔をしていた。


「……飛べ」


空中で身動きが取れない劉焔。そこに呂布は方天画戟をくるりと縦に回転させ、上段からの一撃を叩き込んだ。


「……っがぁ!?」


青龍偃月刀で防いでも、それは直撃を避けたにすぎない。受け止める事が出来ない空中では、劉焔の小さい体は軽々と飛ばされるしかなかった。


またもゴロゴロと地を転がされ、やっと止まった頃には劉焔は体が(きし)むのを感じた。


(まったく面倒な勝負だよ、本当に)


内心で愚痴りながら、劉焔は立ち上がる。


呂布が構えたまま油断なくこちらを見ているのに、少しは油断とか隙とか見せてくれてもいいんじゃない?と思わないでもない。


(今のも僕の進行方向を読んでたし、急に止まれない加速直後を狙っての斬撃で回避方向を限定された。

 …………愛紗や星でも難しいのをやってのけますか、この人は)


はぁ、と溜息を零しつつ、劉焔は数瞬だけ眼を閉じた。


その数瞬で記憶を掘り起こし、思い出したものを体に馴染ませる。


眼を開き、青龍偃月刀を構える。


「だが、泣き言も言ってられん。もう少し真剣になるとしよう」


普段使わない彼らしからぬ口調で、小鬼はそう呟いた。








関羽は居ても立っても居られなかった。


呂布が方天画戟を振るう度に、劉焔がその攻撃を防ぐ度に体がびくつく。


頭が勝手に想像もしたくない、最悪の状況を思い浮かべてしまうのだ。


劉焔が呂布の一撃で飛ばされた時など、心臓が止まるかと思った。


止めてほしい。


劉焔の武が自身に引けを取らないのを知っていても、そう願ってしまう。


でも、口に出せなかった。


見ててよ、なんて軽い口調で彼は言っていたが、絶対に一騎打ちを止める気が無いのは明白だった。


意地を張っているというか、頑固というか。


変なところばかり誰かに似たり、同じだったりする。


(私を困らせたいのか?)


内心で問題児たる小鬼にぼやいてしまう。


そんな時、



「だが、泣き言も言ってられん。もう少し真剣になるとしよう」



彼らしからぬ、どこか真似たような口調でそう呟いた劉焔の構えに、関羽はどこか見覚えがあった。


「ほぅ……」


「にゃ!? あ、愛紗!」


劉焔の構えに趙雲は面白そうに呟き、張飛は驚きながら関羽を見た。


張飛と眼を見合わせ、やっと気付く。


今の劉焔の青龍偃月刀を構え方は、


「………私の構え、か」








劉焔は関羽のように青龍偃月刀を構えると、普段の不敵とも飄々とも言える態度を消した。


ただただ実直に、真剣に呂布と対峙する。


「こちらばかりこうもやられるのは、性に合わん。一矢…………いや、最低でも三矢は報いらせてもらう」


語る劉焔の顔つきは、どこか関羽に通じる凛々しさが際立ち出す。


人が変わったような彼の気構えに呂布はもとより、普段の彼を知っている関羽達でさえ驚いた。


「…………お前、何者?」


「呆けたか? 呂奉先。貴様と矛を交えているのは、この戦鬼に他ならん」


訝しむ呂布に劉焔は平然と答え、


「無駄な口問答はせぬ事だ。答えならば、この青龍刀を以て答えよう」


言外に仕合おうと告げた。


呂布も納得したのか、方天画戟を構える。それに劉焔は頷き、静かにゆっくりと息を吸い込んだ。


「行くぞ! 我が豪撃、受けてみよ!」


「…………来い」


「でやぁあああ!!」


劉焔は青龍偃月刀を振り上げ、気迫を込めた斬撃を放つ。


それに呂布は眼を見張ってしまった。回避出来ると思った一撃を方天画戟で受け止める。


苛烈な一撃は呂布をまたも地を滑らせた。


呂布は思わず微かな痺れを感じる自身の手と劉焔の姿を交互に見てしまう。


その瞳が、初めてありありと動揺の色に染まっていた。


「よくぞ止めた」


斬撃を放った態勢から劉焔はゆっくりと構え直す。


「だが、何を惑っている? それでは、せっかく武の煌めきが曇ってしまうぞ」


「…………今の」


「ん?」


「関羽の動きだった」


呂布は動揺の原因を口にした。


関羽の構えから始まり、足捌き、重心の取り方、胴使い、振り下ろす際の腕の使い方。


どれも先の関羽のものと酷似していた。


違うとすれば、膂力。小さな体から信じられないくらいの剛力が込められていた。


それに驚いたのは何も呂布だけではなかった。関羽達も同様に、ある意味彼女以上に驚いていた。


「愛紗よ」


「な、なんだ?」


「いつの間に朔に槍術を教授したのだ?」


「………私は教えたという程の事はしていない」


「でも、愛紗の戦い方にそっくりなのだ!」


「2、3度だけ、手遊び程度に朔に教えはしたが」


だが、あそこまで様になってはいなかった筈だった。


劉焔が槍を振りたいと言ってきたので、関羽は仕方ないと自分が監督するのを条件に青龍偃月刀を貸した。


最初、青龍偃月刀を持った劉焔はお〜、と感嘆して唸り、何故か眼を丸くして首を傾げた。


次に構えてみると、僅かにだがおかしな点があったので修正したのと振り方を指南したので、合わせて2、3度。


その時は慣れていないが故のぎこちなさが感じられた。しかし、今はそれすらなく、関羽の鏡写しのように槍を振るってみせた。


密かに鍛練でもしていたのか、それとも別に理由があるのかは解らないが、何にしても劉焔が関雲長の槍捌きをしたのは事実。


「……ふふ」


その事実が口許を緩ませる。


何故か解らないが、劉焔が自分の槍捌きを見せてくれたのが嬉しかった。


それに彼がわざわざ槍を手に取った理由も解った。


「存分にやりなさい」


とても簡潔に穏やかな声音で呟くと、返事するかのように劉焔は駆け出した。


「はぁああああ!」


咆哮を上げ、振り下ろされた青龍偃月刀は方天画戟と激突し、熾烈な金属音を響かせる。


刃がぶつかり弾き合う度にその音は大きくなり、刃の担い手たる両者の思考を極単純なものへと変えていく。


一撃を、ただ一撃を眼前の敵に叩き込む。


今はそれだけを考えろ。


いや、考えるのさえ余計だ。


思考になど意識を回すな。


本能に従え。


生きようとする本能に。


敵を打ち倒そうとする本能に。


果たせ。


やれ。


「あああああああ!」


咆哮に覇気が篭り、大気を震わせる。


震える大気を掻き交ぜるように、劉焔は呂布と打ち合う。


幾度も槍と戟は交差し、戦鬼と戦場の鬼は鍔迫り合うようにして互いの視線をも交差させた。


互いの双眸は、生へ通じる勝利への渇望の色に染まっている。


「らあああ!」


「…………っ!」


鍔ぜり合いから照らし合わせたかのよう繰り出した互いの斬撃を弾き合い、劉焔と呂布は距離を取った。


いつの間にか二人の息は弾み、肩は小さくだが上下していた。


()しもの飛将軍も疲れて来たようだな」


「……お互い様」


「違いない」


軽口も叩くも言葉の端に疲労が滲んでしまっている。


ここまでの疲労は久々だ、と劉焔は内心で独り言ちる。


幾ら鍛えていても体力には限りがある。鬼の自分は大人の数倍以上の体力はあるとは自負するが、相手が悪い。


呂布は、師の語る天然物の鬼。


同じ鬼とはいえ、こちらは子供であちらは大人。良くて同等、最悪では最大値で負けている可能性が高い。


持久戦を選ぶにはリスクが高い。


(だから、選ばない)


すぅ、と深呼吸を繰り返し、呼吸を整える。


「次の一撃、耐えられるか?」


「恋は負けない。返す刀で小鬼を討つ」


「ほう、やってみるがいい」


青龍偃月刀と方天画戟を互いに構え、一瞬にして集中力を最大まで高める。


そして、噴き出すかの如く放たれる覇気がチリチリと肌を焼く錯覚を覚えさせる。




「我が槍は無双! 我が魂は無敵! 我が魂魄を籠めた一撃、受けてみよ!!」




敵を威圧し、己を鼓舞するように吠える戦鬼は言通り、魂魄を籠めた一閃を放つ。


その一閃は、関羽が必殺の奥義――――――






「――――――青龍逆鱗斬!」






苛烈にして熾烈。


比類無き斬撃は空を断ちながら、呂布へと飛ぶ。


対抗しようとしたか、呂布は今まで以上の凄まじい速さで方天画戟を振る。



豪撃と豪撃は喰らい合うように衝突し、凄絶な音を戦場に響かせた。



――――ザンッ



地に突き刺さる音。


それは一時の勝者と敗者が決まった知らせとなった。



「これで、先ずは一矢。僕の一勝だ」



戦鬼は青龍偃月刀を、無手となった戦場の鬼の首に突き付け言った。


呂布の得物、方天画戟は彼女の後方20m程の所で地に突き立っていた。


今や、呂布の命は劉焔の掌の上。生殺与奪の権利は彼に握られた。


死を覚悟したか、呂布は静かに眼を閉じる。


そして、最期の時を待つ。


「へぇ、辞世の句……なんてのは詠まない主義なんだ。ま、詠ませる気もないけど」


勝者の戦鬼は淡々と言う。彼にとって“死”など刹那的なものであって、句を遺す意味は理解しがたい分類に入る。


だからといって軽んじている訳でもなく、彼の言葉には別の意味が含まれていた。



「ほら、早く得物取ってきなよ」



呂布はその信じがたい言葉に閉じていた眼を開き、劉焔を見た。


そんな彼女の驚きの視線を受けながら、劉焔は関羽達をちらと一瞥し、


「言ったでしょ? 三矢は報いらせてもらうって。今ので一矢……残り二つもやらせてもらうよ」


再戦を告げた。


三矢。


その内、一つは終わり、残りは二つ。


自然、呂布の眼は劉焔の後ろにいる関羽達の方を向いた。


「……関羽達の為?」


「違うかな。自分の為だから、ただの自己満足。それが、結果的に仲間の名誉を挽回するのに繋がるだけ」


あと、と劉焔は続け、


「仲間がいいようにあしらわれて、その上、殺されかけていたんだ。いい気分じゃないのは確かだね」


飄々とした態度の中に苛立ちを見せた。


仲間などいなかった彼にとって、こんな感情があるものだとは思わなかった。


いつだって独りで戦ってきた。そんな自分を独りじゃなくしてくれた仲間は強く、簡単に死ぬような人達ではなかった。


だからか、どこか安心していたのかもしれない。


自分の前からいなくなったりはしないと。


けれど、そんなものは有り得ない。死なない者などいないと知っていたのに。


呂布が関羽に方天画戟を振り下ろそうとしていたのを見た時、劉焔は衝撃を受けた。


そして、心に湧いたのは苛立ち。


知らず知らず、甘い考えをしてしまっていた自分に。


大切な人を奪おうとする呂布に。


どうしようもない程に苛立った。


「僕は、この“現在いま”を失くしたくない。

 奪おうとするなら、容赦なく喰い殺して守ってみせる」


「――――っ」


戦鬼の殺気に辺りの空気の温度が根刮ねこそぎ奪われ、零下にも近い冷たさを生み出す。


無論、それはただの錯覚でしかない。錯覚であるが、拒絶も無視も赦さないその感覚は、身体の芯まで確実に侵していく。


だが、呂布は敢えて戦鬼の殺気を受け止めた。否、受け入れた。


共感できる。


彼女が慕う主と家族の為に血で手を汚す覚悟をしている自分は、この目の前の戦鬼と似ている。どころか、同じとすら思う。


「……ふふ」


「真面目に答えたのに笑いますか」


「お前、面白い」


「いや、だから真面目にしてるんだってば」


呂布の面白い発言に半眼で返す劉焔。そんな彼を尻目に、呂布は飛ばされた方天画戟を拾った。


手にかかる重さにどこか安堵しながら、呂布は劉焔と向き合った。


「小鬼」


「何さ?」


「小鬼も負けられない。でも、恋も負けられない。だから――――」






「――――――恋、本気出す」






ゾクリ、と冷たいものが背中を流れる。


それが冷や汗だと気付くのに、数瞬遅れた。


「…………やっぱり面倒だなぁ」


小さくぼやき、劉焔は顔を引き攣らせた。


何合も刃を交え、彼女の武の強大さは解ったつもりだった。


底を見付けたと思えば、それは仮初めの底。二重底もいいところだ。


二番目の底は谷を覗き込んでいる気分に近かった。


異様に暗く、異状に深い。


認めよう。


今度こそ、本当に認めよう。


あれは鬼だ。


人の姿をした鬼だ。


自分と同じ、人の皮を被った鬼だ。


「…………余裕は皆無です、ってね」


またぼやきながら関羽の前まで来ると、


「愛紗ー、青龍刀返すね」


「あ、ああ」


劉焔は青龍偃月刀と双剣を交換する。


その際に見た関羽の顔は驚きと警戒の感情が見事に混ざっていた。


それは張飛と趙雲も一緒で、彼女らも関羽と同じ顔をして呂布から眼を離せない。


こっちも余裕無しね、と思いながら劉焔は双剣を鞘から引き抜いた。


「そんじゃ、やろっか。()くもメンドい殺し合いをさ」


「…………今の言い方」


「何さ?」


「旭みたいだった」


「そりゃそうだよ、これが僕ら鬼のやり方だから」


言いながら劉焔は双剣を構え、


「それで、これもそう」


一瞬で干将を呂布へ投擲した。


矢の如く放たれた黒刃は方天画戟に弾かれ、呂布の顔には影がかかった。


見上げれば、計算していたかのように弾かれた干将を掴み、莫耶と共に振り下ろそうとする劉焔の姿がある。


重力を利用しての一撃。それ単体の重さは中々だが、


「ふっ!」


呂布の豪撃には届かない。


また弾き飛ばされるが、劉焔は足から着地するとすぐに呂布へと切り掛かる。


喉元へと突き出した莫耶を呂布は首を反らして避け、逆に膝を打ち込んできた。


それを劉焔は足場にするようにして跳び上がり、呂布の背後を取る。双剣を同時に横薙ぎに振るい、呂布の固い防御ごと叩き込んだ。


「それじゃ、まだ恋には届かない」


手に伝わってくる硬い鋼の感触に威力を完全に受けきられた事を知り、劉焔は思わず苦く笑う。


「少しは手加減してほしいね」


「無理。恋も負けたくない」


「同感……だっ!」


黒と白の閃き。劉焔は一瞬にして4つの斬撃を放つ。


呂布は首を狙う一つ目の黒閃を首を反らして躱し、逆袈裟の二つ目の白閃を方天画戟で流す。一回転しての横薙ぎの三つ目の黒閃を後ろに下がって避け、追い縋る最後の白閃を弾き返した。


「恋の一撃、受けてみろ」


抑揚の乏しい声で言葉少なに呂布は言う。


言葉で足りない分は、方天画戟が物語る。


放たれた神速の豪撃。双剣を交差して受け止めた劉焔の口から苦悶の呻きが零れた。


「ぐっ…がぁぁ……」


重い。重過ぎる。


斬撃で潰される錯覚を味合わされ、耐える劉焔の膝は地に着いた。


そこまでなら、常識の範囲だったろう。


彼を中心にして地面を陥没さえさせてなければ。


ギギギギ、と鍔迫り合う音がやけに耳障りに聞こえる。


劉焔が歯を食いしばり押し返そうとすれば、更に圧力が増した。


このまま押し切られれば、待つのは死だ。そんなのは絶対に御免被る。


「すー……はぁー……すー……はぁー……」


斬撃を受け止める双剣に意識を集中させながら、深呼吸をして更に高める。


そして、


「重過ぎでしょうが!!」


最高まで高まった瞬間、文句を叫びながら押し返した。


「まだ恋の番」


「そんな重いの何回もくらってらんないね!」


押し返した直後に呂布の攻撃が再び襲いくる。何とか受け流すが、それでも手を痺れさせる衝撃までは流し切れなかった。


「いったいなぁ! もう!」


「反撃、させない」


呂布の次々と迫りくる斬撃はどれも劉焔の命を脅かす。


劉焔も紙一重で避けるものの、黒の戦装束を掠め、その下にある肌に朱い線を引いていった。


「くそ!」


空気に触れヒリヒリとする傷口の感覚を頭の中から消し、足に力を込めて加速する。


呂布を通り抜けて距離を取り、ヒット&ウェイで回避と攻撃を繰り返す。


幾度も刃を防がれ、そのうちに確信した。


「呂布、あんた、旭と戦った事あるな?」


「(…………コク)」


「やっぱりか」


「その走り方、縮地」


名前まで教えるなよ、と劉焔は内心で毒づく。


師から教わった歩法、それが縮地。


劉焔と周倉が神速を以て駆け抜ける事を可能とさせる歩法であり、練度次第では国一つの端から端まで一日とかからない。


それを近距離で用いれば、正しく消えたようにしか見えないだろう。


そして、それを用いる者しか知らない機微がある。その機微を見る事が出来れば、視認出来るかは別にしても出足は読める。


周倉と手合わせしていた呂布は出足の機微を見切り、その上、動きを視認している。


(かなり分が悪いな)


神速での撹乱で虚を作らせ突こうとしたが、捉えられていては意味が無い。


力勝負で引けを取る気はないが、それでは決定打に欠ける。




「――――――なんで、本気出さない?」




その問いに、劉焔の足が止まった。


胴に感じた強い衝撃。続く浮遊感、そして落下。


「っっっっあ……ぐ」


余りの痛みに悲鳴もあげられず、方天画戟の柄を打ち込まれた部分を手で押さえながら劉焔は呻く。


痛みに思考を掻き乱されながら、意識を走らせて傷を確かめた。


(大……丈…夫。骨は……折れてない。でも、(ひび)は入ったかも)


痛みに歯を食いしばりながら立ち上がると、呂布はもう一度聞いてきた。


「恋は本気出してる。けど、小鬼は違う」


「…………どうしてそう思うのさ?」


「鬼の象徴が無い」


「そこまで…………聞いてるんだ」


「小鬼の“角”は、どこ?」


「…………っ」


呂布の問いに答えられず、劉焔は俯むいて右腕を強く握り締めた。


使いたくない。


使えば、きっとまた畏れられる。


きっと疎まれる。


やっと出来た仲間も。


やっと出来た家族も。


(――――――またいなくなる)





「――――――劉焔翔刃!!」





いきなりの一喝に劉焔の体は震えた。


声の主である趙雲は眉根を吊り上げ、尚叫ぶ。


「何を揺らいでいる!! お主の覚悟とはその程度のものだったか!? 違うだろう!!

 疎まれようと、憎まれようと自身の名の通り、戦場を駆ける刃となり、我らが主の望む道を切り開くと言ったのは誰だ!?」


それを言ったのは他でもない劉焔自身。


「何がお主を揺らがせているかは、なんとなくだが予想できる。だがな、我らのお節介と人の好さを見くびるなよ?」


ふふん、とどこか気取った笑みを浮かべる趙雲。


「朔! 鈴々がまだ勝ってないのに呂布に負けちゃダメなのだ!!」


劉焔の劣勢に我慢ならないのか、(いき)り立つ張飛。


そして、


「朔、私はお前の抱えているものを知らない。だが、私はこの戦いを見届ける。最後の一瞬まで、絶対に見ていてあげるから」


だから、と関羽は続け、



「存分に暴れなさい!!」



「………っふ」


劉焔は関羽達の言葉に顔を右手で覆うようにして隠すが、笑みが抑えられない。


嬉しい。


その感情の波が劉焔の心を包み込み、揺らぎを掻き消す。


「…………呂奉先」


「…………?」


「仲間ってさ、本当に良いものだね」


「(コク)」


「やっぱ同感か。ならさ、これも解るでしょ? 仲間の信頼には応えなきゃいけないって」



劉焔は顔を隠していた右手を胸元へと持って行く。




「――――――だから、見せてやる。僕の本気をさ」




言葉と共に、劉焔は心の奥深くに厳重にかけた封を解く。


解放された“それ”は、劉焔の右肘から肉を突き破り、血を滴らせて存在を示した。


先端は鋭利に尖り、陽光を受け水晶のように仄かに輝いて見える。


人に無く、鬼にあるべきもの。


鬼の象徴たるもの。


「これが僕の本気つのだ」


戦鬼は淡々と告げ、右拳を強く握り締めた。


角は存在を示すと同時に、鬼としての本来の能力を劉焔の細胞一つ一つに浸透させていく。


言葉に出来ない力の奔流。


解き放ちたいと破壊衝動が込み上げ、生き残ろうと戦闘本能が烈火の如く燃え上がる。


暴れ狂おうとする鬼の力を意志を以て統率し、劉焔は無手で構える。


「餞別だ、胸元に撃ち込むから防いでみなよ」


宣告直後、呂布は彼の言葉通りに方天画戟を構えた。


劉焔の言葉を信用した訳ではない。ただ、こうしなければ殺されると直感したが故の行動だった。


そして、それは吉と出る。


「…………っぁあ!?」


半分までは。


劉焔の拳は、呂布が盾とした方天画戟の柄を撃つ。


ここまでは先と何も変わらない。


だが、今の戦鬼の拳には異常なまでの剛力が宿っている。その力は盾を構えた敵ごと屠ろうと突き進んだ。


力の拮抗さえ許さず、方天画戟の柄は呂布の体に叩き込まれ、そのまま彼女を数瞬だけ空の人とした。


簡単に言えば、戦鬼の剛力を以て防御ごと呂布を殴り飛ばしたのだ。


背中から落下した呂布は痛みも忘れ、空を見上げている双眸を大きく見開いた。


(…………凄い)


呂布は驚嘆に心を埋め尽くされながら、周倉の言に間違いはなかったと思った。


無双を無双ではなくする戦鬼。


自分と並び立つ者。


本気の自分と存分にぶつかり合える者。


驚嘆から移り変わるように、呂布の心に歓喜の感情の波が流れる。


「…………旭の弟、凄い」


「弟じゃない。弟弟子」


立ち上がりながら呟く呂布に、劉焔は半眼で訂正した。


「で、当然まだやるんでしょ?」


「(コク)」


「そ。良かった。あと一矢分残ってるからね、ここで終わられたら困るとこだった」


飄々と言いながら劉焔は無手のまま構え、呂布も同時に構えた。


「再開だ」


深く呼吸をし、戦鬼は名乗りを上げる。





「天の御遣いを守護せし戦鬼、劉焔翔刃」



「董卓軍所属第一師団師団長、呂布奉先」





対峙する二人は前に歩を進め、


「疾っ!」


「……ふっ!」


激突した。


拳と戟の衝突音が耳をつんざく。


今度は呂布が劉焔の剛力に対抗してみせた。


並の武将でも両手でも持つのがやっとの方天画戟を、呂布はいつも片手で振るっていた。


片手でダメならば、両手で。そんな単純明快な答えで対抗策として用いる。


結果、打ち負ける事は減り、劉焔に対して怒涛の攻めを敢行した。


完全な戦鬼となった劉焔は剛力を以て、その凶刃を真っ向から弾きに弾く。


鬼同士の力と力のぶつかり合いが地面を陥没させ、粉塵を巻き上げ、その強大さを周りに示していく。


「……はっ!」


呼気を短く吐き出し、呂布は方天画戟を振り下ろす。


劉焔はその斬撃を体を捻らせて回避し、同時に回し蹴りで反撃。


技後硬直の直後なら当たるかと思いきや、彼の予想は当然の如く裏切られる。


地に伏せるようにして躱され、空気を唸らせるだけに終わった。


「もらった」


言葉少なに呂布は方天画戟で劉焔を薙ぐ。


刃は彼の体を捉え、



――――――残



空を切るように通り過ぎる。


続け、彼の気配のする方向へとほぼ反射的に振るう。



――――――念



また空を切るように通り過ぎた。


「――――――賞っ!」



裏をかくように背後から戦鬼の声がした。


「やらせない」


即座に迫りくるであろう拳打に合わせ斬撃を放った瞬間、呂布は目が合った。


天を地にしているかのように上下逆さまの戦鬼と。


「…………っう!?」


驚く間もなく肩が燃えるように熱くなり、痛みが走った。


呂布は静かに肩に手を当てると、ぬめつく血の感触に斬られたのだと自覚した。


見れば、劉焔の鬼兜の角を模した刃には自身の血が滴っていた。


「伊達や酔狂でこんな頭してないよ」


淡々と言い放つ劉焔は、自身の兜を指差す。


呂布は斬られた肩の具合を確かめ、問題ないと判断した瞬間に切り掛かった。


自身の体など容易く両断するだろう一閃を劉焔はバックステップで避け、続く首目掛けて飛んでくる突きを体を反らして避けた。


突きを避けられた直後、呂布は全力で戟を引き戻す。


方天画戟には突く、斬る、引っ掛けるといった用途が可能な武器だ。


このまま劉焔の首に戟の刃が食い込めば、一息で彼の首は宙に舞う。


突き出す速度が神速ならば、引き戻す速度も神速。しかも迫る刃は劉焔の死角にある。避けるなど不可能だと彼女は確信する。


そして、ガィィィンという音が響き、方天画戟はあらぬ方向へと舞い上がった。



「――――――これで、終わりにしよう」



方天画戟を打ち上げた拳を振り上げたまま、戦鬼は終幕を告げる。


そして、戦鬼の震脚が地を割って粉塵を巻き上げ、掌打が鳩尾に突き刺さった。


諸手を上げさせられた状態の呂布に、それを防ぐ術は無く、全身を走る激痛が思考を白く塗り潰す。


劉焔は追い討つように足払いをかけ、呂布に回避という選択肢を無くさせる。




「じゃあね、飛将軍、呂奉先」




戦鬼の別れの言葉を聞きながら、呂布の視界は暗い闇に飲み込まれていった。








視界を潰す粉塵が巻き上がる中心点。


そこで、劉焔は横たわり動かない呂布を見下ろしていた。


初めて会った天然物の鬼。


三国無双やら飛将軍と持て(はや)されようと、今の呂布は眠りに落ちた可愛いらしい女の子にしか見えなかった。


「恋殿ー! 恋殿ー!」


「来たか」


必死に呂布のであろう真名を叫びながら、帽子を被った小さい女の子が駆け寄ってきた。


女の子――――陳宮は静かに眼を閉じたまま動かない呂布を見た瞬間、膝から崩れ落ち、涙が頬を伝った。


「そんな……恋殿。恋殿が……負けるなんて嘘なのです………」


ゆっくりと呂布へと伸ばす陳宮の手は、小さく震えている。彼女の頬に触れれば、伝わってくる温かさが陳宮の目の前の現実を否定してくれる気がした。


「さ、さあ、恋殿。立って……立ってください。一緒に逃げるのです。今が好機なのですよ?

 お願いだから………眼を……眼を開けてください! 恋殿ーーー!!」


涙は、もう止めようがなかった。


いつも側にいてくれた人が、今いなくなろうとしている。


ここが戦場のど真ん中だろうと、その悲しみを押し殺すには陳宮はまだ幼過ぎた。


「あー……そのさ」


「……ヒック。………誰なのですか、お前は」


「劉焔翔刃って小鬼だよ」


「! お前が旭殿の弟………」


「違うんだけどなぁ……まぁ、今は置いとこ」


どんな説明したんだ、と内心で周倉を小憎らしく思いながら、劉焔は気を取り直す。


「言いたい事は二つ。逃げるなら早く逃げてほしいんだけどさ」


「もう無理です……恋殿がいなくなったのでは逃げられないのです」


「あともう一つ。勝手に呂布を殺さないでほしいんだけどさ」


「………………………………え?」


「だから、呂布は死んでないってば。あんたの早とちり。確かめてみなよ」


劉焔に言われるまま、陳宮は呂布の左胸に耳を押し当てる。


そして、聞こえてきたのは命の脈動。しっかりと心臓の鼓動が呂布が生きていると教えてくれた。


「――――っ。良かった……良かったのです」


「喜んでるとこ悪いけど、早く逃げなよ。目眩ましが消える」


安堵に胸を撫で下ろす陳宮を、劉焔は辺りを見回しながら急がせる。


「一人で抱えられる?」


「無問題なのです。それに自軍がすぐ近くにいるから、すぐに逃げれるのです」


「そう。なら、いいや」


「…………」


「……何さ?」


「本当に逃げていいのですか?」


陳宮のその問いに、劉焔は半眼になる。


「もしかして、僕が後ろから討つなんて真似するとでも思ってんのさ? 必要があればするけど、今はしない。

 こっちだってボロボロだし、早く横になりたいって気持ちを優先したいんだよね」


「でも、天下の呂布に勝ったという名声が…………」


「そんなのいらない。誰とも知らない人に誉められても、ぴんと来ないし。

 だったら、主上に誉められ方が何倍も嬉しいよ」


劉焔は陳宮達に後ろ手に振りながら背を向けて歩き出した。


「旭殿の弟だけあって、変わった奴なのです」


去っていく小鬼の姿をしばらく見送りながら、陳宮はぽつりと呟いた。








劉焔が粉塵の幕を抜けると、すぐに関羽達の姿があった。


粉塵が劉備軍と董卓軍の両軍を混乱させたらしく、関羽達は兵士達が潰走(かいそう)しないよう纏めていた。


やり過ぎたかな、となどと思いながら歩いていくと、


「朔!!」


劉焔の姿を認めた関羽が駆け寄り、そのまま彼を抱きしめた。


「えーっと、ただいま?」


「ああ、お帰り!」


「――――っ」


感極まったか、関羽は抱きしめる力を更に強くした。しかし、劉焔の体は切り傷、打撲、骨には(ひび)とボロボロである。


要するに、めちゃくちゃ痛い。


関羽が嬉しがっている様を見ては、悲鳴をあげられる筈もない。劉焔の隠しているつもりのお人よし加減が、ここにきて響いた。


(…………死ねる)


本当にそう思った。


「ほぅ、やはり生きていたか」


「その軽く引っ掛かる言い方は何さ、星」


「鬼になった朔なら負けないって、星が一番言い張ってたのだ」


「り、鈴々!」


「へぇ〜」


いつも通りのやり取りに、劉焔はやっと落ち着いてきた心地がした。


同時に視界がぼやけ、体の自由が利かなくなる。


(あ…………限界か)


抱きしめてくれている関羽に身を預けるようにして、劉焔は崩れ落ちた。


「さ、朔!?」


「ごめん…………限界。あと、よろしく………」


「解った。よく休みなさい」


「うん……そだ、愛紗」


「なんだ?」


「僕の事……気持ち悪いと思う?」


その問いは、暗に角の事を言っていた。


人には有り得ないものが、この小さな体には眠っている。


「………そんな事はない。お前は私が他の者に自慢したいくらいの子だよ」


関羽は言外に、そんなのものは関係ないと優しく答えた。


その答えに満足したのか、劉焔はゆっくり目を閉じて眠りに落ちた。


(本当に、よく頑張ったね)


小さく寝息を立てて眠る劉焔を抱き上げながら、関羽は心中で誉めた。


眠る劉焔は聞こえる筈のない賛辞に照れるように、くすぐったそうに笑っていた。

長い……長かった………朔と恋のバトル。


内容は賛否両論あると思いますが、とりあえず疲れました。


この流れに持っていきたいと決めたら、展開がもう長くなること長くなること。


読み辛くありませんでしたか?


読み疲れてはいませんか?


ちなみに私は後者でしたが…………修正に30分以上かけてるので眼精疲労と戦ってます。



朔の鬼の角ですが、知っている人はある小説のまんまじゃね?と思った方がいらっしゃると思います。というよりも、『戦鬼』の呼称はこれからとってますので。


上記の事を思い、これはどうだろう?と思った方は、1話の前書に書いた通りなのでご了承ください。



連合編は次の話で終了予定です。ちょうど20話なので、ちょうどいいのかなと思い込ませている自分がいます。遅筆のくせに。


感想、品評、お待ちしてます。

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