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真・恋姫†無双 〜羅刹戦記〜  作者: エアリアル
第壱章 鬼と戦 黄巾の乱編
2/37

鬼が出会うは、白馬と竜

 どうも、お久しぶりです――が恒例の挨拶になってしまいましたエアリアルです。


 今回はサブタイからお解りのように彼女らと出会います。


 ちなみに「これ、こじつけじゃね?」とか思われるのを覚悟な改稿版2話です。


 一刀と劉備達三姉妹の理想を追い求める旅に、新たに一人の――否、一匹の小鬼が加わった。


 名を劉焔翔刃、真名は朔と言う。


 焔色の髪に、瞳孔が縦に開いた異形の双眸を持ち、幼く小さいながら一線級の武を持つ彼は、以前住み付いていた森では【童姿の人喰い鬼】などと呼ばれていた。しかし、その実、ただの素直ではないお人好しであり、誤解から生まれてしまった恐怖に疎まれ傷付けられていた子供であった。


 そんな彼の仲間であり、父という繋がりを持って家族になった一刀は、なるべく劉焔から目を離さないようにしていた。それは保護者の義務でもあるし、人から疎まれてきた劉焔が人が多い街中で不安にならないようにしたいと思っていたからだ。


 しかし、それは半分上手くいったものの、もう半分は杞憂に終わった。


 劉焔を連れての旅路で初めて大きな街に着いた時の事だ。


 一刀は我が子となった劉焔が大勢の人の姿に不安に思って二の足を踏むのでは、と気を()んでいたのだが、当の本人は見た事の無い人の数、立ち並ぶ店々や売り出されている商品に興味を引かれてキョロキョロと(せわ)しなく辺りを見回していた。


 こういう子供らしい面が見られると親としても少しホッとする。ただ、商店の呼び込みの大声にビクリと警戒し出すのには、慣れが必要だろうと長い目で見る事にしている。


 街中を一緒に歩いてみれば、運が悪い事に人混みに巻き込まれてしまった。なんとか抜けて集まったものの、いたのは一刀と劉備達三姉妹だけ。劉焔がいないと慌てて近くを見回せば、すぐに彼は見付かった。しかし、薄汚れていた服装のヨレヨレがどこか酷くなっており、不機嫌な空気が醸し出されている。


 どうも、子供故に小さい体のせいで慣れていない人混みの中で身動きが取れず、簡単に流されてしまったらしい。暴れる訳にも当然いかず、周りは一刀達がいないうえに知らぬ人ばかり。劉焔の不安や焦りが一瞬で高まり、どうしてか意識は戦闘状態に切り替わる。自分の体が抜け出せる隙間を瞬時に見つけ出すと、鬼と呼ばれた身体能力でそこから突破して連なる店々の屋根へと跳び乗った。そして、一刀達の気配を頼りに合流したのだった。


 それを聞いた一刀達は見事と思う反面、身体能力の無駄使いでは? と思わなくもなかった。それを悟られたか、更に不機嫌になった劉焔は道よりも屋根を歩く事が多くなってしまい、目下、保護者一同を悩ませていたりする。


 そして、現在平行して矯正中なのが、劉焔の生活習慣である。元々が森暮らしである為に、彼は寝台の寝心地に違和感を感じて上手く寝れないらしい。柔らかい布団と地面や木の硬さでは全く違うのは理解出来るのだが、硬い方が落ち着くからと床で寝始めるのはどうかと一刀は思う。しかも、寝台の下にある狭い空間に隠れるようにしているから尚更だ。


 健康上よろしくないと考えた一刀は治そうと思案し、劉焔に他の誰かが添い寝をして阻止するという解決策を考案した。なんだそれは、とばかりに半眼で見てきた劉焔に対し、真っ先に手を上げて立候補したのが劉備だった。だが、それは一晩で終わった。


 何せ、劉焔曰く、


「……僕に死ねと言うの?」


らしく、悲壮感を漂わせて言われては劉備を担当から外すしかなかった。詳しい理由を教えてくれなかったが、とても柔らかいものが原因らしい。一刀はそこで考えるのを止めた。


 次に立候補した張飛も早々と担当から外れた。彼女は寝相が悪――もとい、寝ていても普段の活発さが表れるようで、拳に蹴りが時々飛んでくるらしいのだ。そんな張飛の偶発的な攻撃は、劉焔の危機感知能力が高い事が功を奏し、全て防ぎ切っていた。


 自分と寝た時はそうでもなかったのに、と一刀は思ったが、相手が劉焔になった事で寝台の空間に余裕が出来たからだと自己完結した。


 こうして添い寝担当は残すところ、一刀と関羽のみとなり、結果は二人とも良好だった。初めは前例の二人の影響から渋ったものの、なんとか説得に成功。劉焔を優しく抱きしめるようにして眠り、翌朝に目覚めれば彼の子供らしい寝顔が見れた。比率的には関羽よりも一刀が添い寝する回数が多いが、そこは保護者であり同性である分心安いのだろう。それでも、たまに劉焔が抜け出して床で寝出すのはご愛嬌と言ったところだと思いたい。


 添い寝もそうだが、誰かと一緒にいるという事は少なからず影響を受けるものだ。劉焔は一刀達の仲間に入ってからというもの、張飛によく連れ回されている。彼女も年頃の一番近い劉焔が入ってきた事で、良い遊び相手が出来て嬉しかったのだ。だから、劉焔をよく連れて遊びに行き、よく話し、たまに一緒にふざけて関羽に怒られたりとしていたが、彼女は旅の楽しさが増したように感じていた。


 それは劉焔も同じであり、子供らしくない面が多いと自覚している彼にとって、張飛は子供らしさを教えてくれる一番身近な相手だった。だから、連れ回されても不満も無く、逆に楽しいという感情を育んでくれた仲間であり、友達であった。


 ただ、最近彼女の口癖が少しうつり始めている事に劉焔は気付いていない。寝ぼけていたり、怒られて反省している時などに、二人揃って「うにゅ」、「うにゃ」などと口にしている事が増えている。それに気付いている保護者達は、内心癒されていたりする為、秘密にするのは暗黙の了解だった。


 劉焔という少年について解った事で、一刀が一番ショックを受けた――悲劇的な事を除いて――事は、彼が一番所持金が多かった事だ。関羽の話では、節約すれば一刀達5人が節約すれば半年は十分持つ程度の金額らしい。


 何故それほどに持っていたかというと、理由は賊退治にある。劉焔が住んでいた森を根城にしてきた賊達は、強奪品の数々を貯め込んでいた。だが、他人に害を(もたら)し、住処の森を荒らす彼らを許さない劉焔の手によって全て殲滅され、残ったのは本来の持ち主不明の品々の小山。さすがにこればかりはどうにも出来ない劉焔は、しばらく放置してそのまま残っている物を森の奥深くにある壊れた小さな御宮に全体の3分の2を供えていた。または、近くの邑の何処かに密かに置いてきたりもしていた。そして、残りの3分の1は自身の取り分として取って置くように言われていた過去がある為、自身の(ねぐら)に隠していた。それが積もりに積もった結果が、彼の決して少なくない所持金へと変わったのだ。


 こうして、金銭面に関しての年上の面目は、枯れ葉のように軽々と飛ばされたのだった。








「これが城……」


 初めて目にする城を体を反るようにして見上げ、劉焔は独り言ちた。


 彼が目にしているのは、一刀達が目的地としていた領主が治める本拠地の城である。その城主の名は公孫賛と言い、劉備と旧知の間柄であるらしい。その公孫賛が義勇軍を募集しているらしく、それに参加するのが目的だと聞いていた。


「こんな大きなとこに住んでたら、移動するだけで面倒そう」


 随分とズレた発言をしていると一刀に呼ばれ、近くの食堂で公孫賛に会いに行く前に作戦会議を行う事になった。


「さて、最初に現状を確認しよう」


 会議開始の言葉を一刀は切り出す。


「俺達は桃香の理想を一緒に成し遂げたいけれど、今の俺達には力が無い。権力も無ければ、財力も無いし、武力も5人中3人しか当てに出来ないんじゃ意味も無い。つまり、弱小とも言えないくらい勢力にも為り得てない訳だ」


「だから、公孫賛って人に会いに行く訳でしょ?」


 劉焔の言葉に一刀は頷き、続きを述べていく。


 目的は、一勢力として力を集めて高める事だ。その為に、公孫賛が募集する義勇軍に参加し、活躍していく事で名を上げる足掛かりにしたいとそう考えている。


 しかし、問題はあるのだ。公孫賛と劉備がいくら友人の間柄だとしても、身分の差は如何(いかん)ともし難い。此方が一般人で、相手は一領主様だ。公孫賛が善良な人物だとしても、面会したいという旨を伝えた時点で立場の違いから、最悪取り合ってもくれない可能性が低くはない。


 確実に会う為には、自分達を売り込む為に相手が欲しがるものを提供出来なければならないのだ。


 その為に、劉焔を除いた四人で先程まで情報収集に直走(ひたはし)っていた。掴んだ情報としては、近隣に潜む賊の数が五千であるのに対し、公孫賛の兵数は三千と少ない。しかも、その大半が農民の二男や三男だという。これでは農民同士で戦ってるようなもので、数で負けている公孫賛が不利だ。


 その不利を覆す為に指揮能力の高い隊長が必要だ、と一刀は言う。


 兵の質というものは一朝一夕に上がるものではない。しかし、部隊を率いる長の指揮次第では状況を好転させる事も不可能ではない筈だ。


「で、質問なんだけど、愛紗達は部隊指揮の経験とかある?」


「ないのだ!」


 問いに張飛が気持ち良いくらいスパッと否定してくれた。関羽もそれに続くように首を横に振り、劉焔に至っては聞くまでも無かった。


「でもねでもね、愛紗ちゃんも鈴々ちゃんもきっと上手く兵隊さん達を指揮してくれるよ! 朔くんは……どうだろ?」


「ムリ」


「諦め早いなぁ」


 自分の事のように自信満々に義妹の事を語る劉備だが、劉焔に関しては何とも言えず、挙句に当の本人からは無理の一言。あまりの即答の早さに一刀も苦笑いを浮かべた。


 それでも、劉備の言葉には一刀も同意見だった。何せ、平行異世界とはいえ、一刀の世界の歴史において名を遺した武将の名を持つ彼女らの事だ、上手くいくことは確信している。劉焔に関しては、人に対する警戒心が解れるまでそういった行動は取れないだろう。


「まあ、指揮能力はあるって事で話を進めるけど、それでも今の俺達は腕自慢がいる五人組でしかない訳で、その解決策なんだけど……」


「簡単なのだ! 兵隊をたっくさん連れて公孫賛のおねーちゃんとこに行けば良いのだ!」


「鈴々、正解。少数でも良いから、五人組での義勇“兵”じゃなくて義勇“軍”として合流する事で関心は高まる筈なんだ」


 けれど、劉備達が義勇兵を募るにしても簡単な事ではない。


 義勇兵の募集は既に公孫賛が行っており、知名度の無い此方に集まってくれる可能性は限りなく低い。それに腕っ節の強い者は公孫賛の所に行ってしまっているだろう。


 金で雇うにしても、生活するにはほんの少しばかり余裕がある資金では、雇えても少数過ぎる可能性がある。少数で良いとはいえ少なすぎては雇う意味もないうえ、雇い続けて行く資金力がある訳でもない。


 とすると、


「やっぱり、お金で人を集めるしかないか」


 仕方ないとばかりに一刀が溜息混じりに呟くと、その言葉に他の四人は首を傾げた。自分達にお金が無い事は解っている事実だというのに、その結論に辿(たど)り着いた彼の考えが理解出来なかった。


「この際だから、公孫賛さんに会う事だけを考えよう。後の事は一先(ひとま)ず会った結果次第で考える」


「で? その会う為にお金をばらまきでもするのさ?」


「そうだな……結果としては資金が底を突くかもしれないな。けど、兵として雇うんじゃないから、数はずっと確保出来る筈だ」


「えっと……どういう事ですか?」


「兵隊のふりをしてくれる人を集めるんだ。公孫賛さんに会うまでの間だけね」


「んーと……?」


「一種の偽兵って事でしょ。兵隊のふりをした人が加われば、形だけは義勇軍には見える。それを率いて行けば、門前払いされずにお目通りは叶う。そんな寸法に聞こえたんだけどさ?」


 一刀の言に理解が追いつかない関羽と劉備よりも早く、食卓に突っ伏しながら劉焔は答えを口にした。けれど、彼の声音はどこか納得がいっていないようだった。


「朔は不満なのか?」


「うん。だって、桃香様の友達でしょ? 騙すような事していいもんなのさ?」


「それはそうだけど……」


 それを言われると一刀としても心苦しい。公孫賛との面会を最重要に考えていた為に、彼女が抱くだろう気持ちは度外視してしまっていた。聞けば、劉備と公孫賛はとても仲の良い友だった。その仲の良い友から会う為とはいえ、そういった事を受ければ少なからず良い思いはしないだろう。


「桃香様の友達って事は、きっとお人好しだろうから許してくれるかもしれない。でも、そういうのはなんか嫌だよ」


 きっとその言葉は本心なのだと誰もが気付いた。騙し討ちで命を狙われた事がある経験と彼のお人好し加減が、簡単に許容させないのだろう。


 その想いはとても好感が持てるのだが、それでは事態は進展しない。


 では、どうすればいいか? その答えを劉焔は事も無げに言う。


「普通に会いに行けばいいよ」


「いや、だから、門前払いされる可能性があるからこうして考えてるんだろ?」


「難しく考え過ぎじゃないのさ? 会いに来た友達を(ないがし)ろにするような領主なら、そこまでの人間だったってだけだし。

 もし、それで門前払いされるようなら、ぼくを捕まえたとでも言えびゃぁぁーー!」


 劉焔が言葉を言い切るよりも早く、関羽が彼の頬を引っ張り(さえぎ)った。何をするのか、と抗議しようとするが、関羽の表情がお説教をする時のそれに近くなっており、劉焔は押し黙った。


「私達はお前を利用するような事はしない、と言っただろう。それを忘れたか? その言を違えるつもりはこれっぽっちも無い。しっかり覚えておきなさい」


「……はい。ごめんさい」


 素直に謝る劉焔の頭を関羽は優しく撫でた。そこで、彼の頭の先から爪先(つまさき)まで二、三回見ると何かに気付いたように考え込み出した。どうしたのか、と聞いても話を先に進めようと促すので真相は保留となった。


「朔が言うように公孫賛さんを必要とはいえ騙すのは、確かに心情的にも宜しくない。朔を出汁(だし)に使うのも当然却下。朔は反省しなさい」


「……はぁーい」


「伸ばして言わない。……しっかし、他に方法が思いつかないし、本当に普通に面会を求めてみるか?」


「僕としてはそうしてほしい。桃香様と公孫賛って人が本当に仲が良いんだったら、信じるに値する人だよね? だったら、人が人を信じるとこを見せてよ」


「……うん、いいよ」


 劉焔の想いに、劉備は優しく答えた。それで彼の心の傷が少しでも癒える切っ掛けになるのなら、彼女にとってお安い御用と言ったところだ。それに信じているのだ、公孫賛ならばきっと自分を蔑ろにしたりしないと。共に私塾で過ごした日々に偽りなど無かったのだから。


「じゃあ、公孫賛さんには普通に会いに行こう。ダメだった時はまた考えよう」


「お兄ちゃんとお姉ちゃんがそう決めたなら、鈴々はそれでいいのだ」


「私も異論はありません。ただ、もうひとつ問題があります」


 関羽の賛成の後に続く不穏な言葉に、皆顔を強張らせる。


「朔の服です」


 その言葉に一瞬呆けてしまうが、次に劉焔を見てすぐに納得してしまった。


 今の彼の格好は、森に住んでいた時と同じ格好であり、この街に来るまでに更に汚れている。加えて、髪も伸び放題のまま。つまり、一領主の前に立つには礼を(しっ)る装いだ。


 これまでも小さいながらも街を幾つ通過してきたものの、劉焔が気に入るような服が無く、服選びにうんざりし出したのが原因でこれまで買い替える事が出来なかった。しかし、今は領主との面会に(おもむ)く以上、礼節に適った装いは必須。そう言われては、劉焔も渋々ながら頷くが――


「あと、その伸び放題の髪も切ろう」


「……どうしてさ?」


 ――髪を切る事に関しては、すぐに頷かなかった。


 劉焔が髪を伸び放題にしていたのは、異形の双眸――鬼眼を隠す為だ。眼を隠し、目立つような行動をしなければ、見知らぬ人から見られても劉焔は一見そこらにいる子供と大差ない。それに鬼眼の事が知られれば、一刀達に迷惑がかかると劉焔は考えていた。だから、この眼を晒す気は無かった。


「戸惑うのも無理はないか。これはご主人様の御意向であり、私達も同じ思いだ。

 その眼をいつまでも隠し続けるのは無理だろう。ならば、その鬼眼を持つ少年を多くの人達に早く認めてもらいたいのだ」


 一刀の意向だという言葉に劉焔は思わず一刀を見れば、彼は確かに首肯した。


「こんな気持ち悪い眼を持つ奴、認めてくれる筈ないよ……」


「最初から諦めてはダメだ。現にご主人様を初めとして、私達はお前を受け入れている」


 関羽は劉焔の頭を撫で、


「だから、まずお前が人を受け入れる。そして、急がなくていいから、徐々に受け入れてもらっていこう」


 母か、姉のように慈愛に満ちた笑みを浮かべた。


 だが、劉焔は迷っていた。人とは異なる眼は、確実に(うと)まれる原因だった。だから、賊退治をしようとも、人とは極力触れ合わないようにしていた。それでも、人は彼を疎み、鬼と呼び殺そうとしたのだから、その甲斐は全くなかったのだろう。


 己の過去が、自身を縛り付けている。


 だが、もし本当に受け入れてくれたのなら……。一瞬、そんな事を考えてしまう。


(……甘い考えかな)


 (かぶり)を振り、そんな考えを振り払う。


「……僕はお父さんの意向には従わない」


 一刀達はその言葉を黙って聞き、その続きを待った。


「他人と触れ合うのは必要最低限でいい。受け入れるのも」


「最低限というのは、私達のことか?」


「他に誰がいるのさ」


「だとしても、ここはお前が住んでいた森ではない。多くの人々が暮らし、生きているのだ。係わり合わずにいられる事など出来る筈もないだろう」


「“鬼はおぬ”だよ?」


「言い訳するな」


 はぁ、と関羽は小さく溜息を()き、困ったような表情を浮かべた。彼の回答がこう来ると少なからず予想していたのだろう、一刀達も続くように苦く笑った。さすがにそんな表情をされては劉焔とて心苦しい。内心、ずるいと思いながらも言ってしまう。


「解った、解ったから。……皆の意向はきっかけにするよ。

 この街の人達に受け入れてもらうには、僕自身の意志で行動を起こさなきゃダメだと思うから」


 不承不承ながら劉焔は言った。


 それでも関羽にとっては満足な答えだったらしく、


「そうか。それならば、私は何も言わない。頑張るんだぞ」


「うん」


「では、予定を変更して、まず髪を切ろう」


「心の準備時間をください!!」


 如何に鬼でも覚悟を決める時間が欲しい。その言葉は一応受け入れられたものの、女性陣は劉焔に似合う服を選んで見せると意欲に燃えて呉服店へと突撃して行った。その為に、劉焔は着せ替え人形のように何度も試させられる羽目に遭った。


 やっと終わった頃には、ホクホク顔の女性陣と対照的にうんざりとしている劉焔の姿があった。買い物に対する男女の感性の違いは子供でも同じらしい、と一刀は若干不機嫌な我が子の頭を撫でた。


 しかし、その甲斐もあって彼の新しい服が買えた。


 服は黒で統一し、動きの邪魔にならないよう体格に合わせた比較的ピッタリとした物。黒白の双剣は交差するように後ろ腰に提げている。


 かなり身軽そうなその姿から、一刀はちょっと忍者チックだなと思った。


「さて、服も買えた事だし、次は髪を切るか」


 部屋を取った宿の主人に裏庭を借り、散髪の準備をする。出来る限り明るく言ったつもりの一刀だが、劉焔の表情は芳しくない。了承したものの、これからの事に不安が尽きないのだ。


「朔、なんか顔が暗いのだ」


「色々と不安なの」


 張飛が不思議そうに言うと、劉焔は肩を落として答えた。張飛にとっては何でもない事なのかもしれないが、人とは異なる目をしている劉焔にとっては今後に大きく影響するかもしれないのだ。そう伝えても、彼女は自分達がいるから気にするな、と根拠の無い断言をした。


 しかし、案外それが良かったのか、劉焔は覚悟に覚悟を決めて椅子に座った。偉い偉い、と一刀は彼の頭をぽんぽんと撫でると、匕首を手に取った。


「じゃあ、切るぞ」


「……ぅん」


 劉焔の弱々しいながらの応答に一刀は彼の焔色の髪を優しく掴むと、ゆっくりと匕首の刃を通していく。髪の切れる音が鳴る度に、劉焔は肩をビクリと小さく震わせた。


 今まで隠していた双眸が段々と露わになり、同時に彼の顔も見え出してきた。その数十分の後、劉焔の伸び放題だった緋色の髪はバッサリと切られ、前髪で隠していた鬼眼も今ではしっかりと出ていた。


 劉焔の素顔は幼いが故の中性的な面持ちをしているが、少しばかり女性よりに見える。恐らく母親に似た部分が目立っているからなのだろう、と一刀は思った。


「何さ? ジロジロ見て」


「いや、朔は将来美人さんになりそうだなって思ってさ」


 短くなった髪をいじながら聞いてきた劉焔に、一刀はそう返した。意味解んない、と半眼で返されたが、本当にそう思ったのだから仕方が無いだろう。現に、女性である劉備の目から見ても同意を得たのだから。


「うんうん。朔くん、とっても可愛いから色んな女の人から言い寄られるかもよ?」


「それ、しんどそうだからヤダ」


「ふふ。まあ、朔の年頃では、まだ色恋は縁遠いでしょう」


「そうなのだ。朔にイロコイはまだ早いのだ!」


「何故だろう。鈴々には言われたくない気がする」


 胸を張って断言する張飛に、半眼で抗議する劉焔。それは二人ともだ、と保護者組は思いつつも口にはせず、微笑ましく言い合う二人の姿を見守っていた。








 食堂で決めた通り、一刀達は策を弄せずに公孫賛との面会を求め、彼女がいるであろう城へと向かった。着いて早速、城主への面会を求めたが、それが子供連れの5人組となると城の門番も怪訝な表情を隠さずに見てきたが、門前払いにはならなかった。


 胸を撫で下ろしつつ、しばらく許しを待っていると、案内役らしき侍女が迎えにやって来た。その対応もしっかりと指導されているのか、一般人でしかない一刀達相手に下にも置かない扱いで玉座の間へと案内してくれた。一般人とはいえ城主の旧友だ、不興を買わないようにと言い含められているからかもしれないが、今考えても詮無い事だ。


「今のとこは、なんとか上手くいってるけど……どうかしたか? 朔」


「なんか、知ってる気配があるんだ」


 案内してもらう道すがら劉焔は一刀に小声で聞かれ、そう答えを返した。どうして気付いたのか聞くと、表情が優れないように見えたからだ、と一刀は答えた。


 変なとこ目敏いなぁ、と劉焔が感想を抱きつつ、進む度に強くなる気配から確信が得られた。


(……ああ、きっとあの人だ)


 面倒だ、と劉焔は心中で独り言ちる。


 劉焔の命を狙った輩の数は少なくは無い。でなければ、彼は命を狙われる事を当然のように受け止めはしなかったろう。それでも、死ぬ気は更々無かった。だから、劉焔は武を以て命の奪い合いを制してきた。


 だが、全ての相手を殺してきた訳ではない。命乞いをされ見逃した事もあるが、それらを除いて、返り討ちに遭いながらも生き残った者が一人だけいた。


 その人物も優れた武を持っており、実力は確かだ。再戦を果たしに来ると言っていたが、劉焔としては面倒なので遠慮願いたいのが本心だ。


 厄介だな、と劉焔が思考している内に一行は玉座の間に着いた。扉が開かれたその先で、赤毛を一条にまとめた女性が笑顔で此方――劉備を見ていた。


「桃香! 久しぶりだな!」


「白蓮ちゃん! 久しぶり! 会いたかったよーーっ!!」


 劉備を真名で呼び此方へ駆け寄ってくる姿に、彼女が公孫賛だと劉焔は察した。互いに駆け寄り合い、劉備が公孫賛の手を取って嬉しそうに小さく飛び跳ねている。本当に仲が良いらしい。


 劉備と公孫賛が昔話に花を咲かす内容から、彼女達は3年ぶりの再会をしたらしい。慮植という師の下で共に勉学に励んだ仲らしい。


 劉備が師から将来を嘱望されていた、という公孫賛の言に少し驚いたが、劉焔は表に出さずなんとか堪えた。付き合いのまだ浅い劉焔からすれば、今のところ劉備はかなりお人好しなお姉さんでしかないのだ。


 同門二人が並んでいても片や太守で、片や一般人。この差異は世渡りの仕方の違いからくるのだと子供ながらに学んだ劉焔だった。


「それで、桃香はどうしてたんだ?」


「えっとね、色んなところで人を助けてたんだ」


「そっか、桃香らしいな。それで?」


「? それで? それだけだよ」


 その一言で公孫賛は笑顔のまま固まった。劉備のお人好し加減は知っているのだろうが、予想を超えていたようだ。


「はあーーーーーーーーーー!?」


 それを信じられないとばかりの叫びが証明してくれた。


「桃香の能力なら都尉くらい余裕でなれただろ!?」


「でも、それだと私がいる地域の人達しか助けられないの。それだけじゃ……嫌、なんだ。私はもっとたくさんの人達を助けたい。もっともっと、笑顔があふれる世の中を見たいの」


 劉備の言は素晴らしい。だが、現実的ではない綺麗事だと劉焔は思う。


 言葉を変えて言うならば、傲慢とでも言おうか。誰かを守るという事は難しい事だが、助ける事はもっと難しいのだと劉焔はかつて教えられた事がある。


 目的、理由、手段。何を思い、何を自身の行動の柱とし、何を以て為し遂げるのか。劉備にあるのは目的と理由だけ。手段はまだ持ち得ていない。


 力も智も財も無い彼女には、まだ極一部の限られた人しか救えない。


「だからって、お前独りじゃ高が知れているだろ」


 呆れ混じりの公孫賛の言葉に劉備は首を横に振り、否定する。


「そんな事無いよ。私にはすっごい仲間がいるんだから!」


 劉備は手を広げ、一刀達を自信満々に示す。


 そう、劉備独りならば、”極一部”だ。しかし、今の彼女の傍には優れた武人がおり、天の御遣いがおり、果ては小鬼までいるのだ。極一部より多くを救える力はあるかもしれない。


 自分の分を知っているが故の彼女の解――それが力を合わせて行く事。


(まあ、僕は守りはしても助けないけど)


 劉焔は心中で己が解を呟く。それは劉焔なりに自分の分を知っているが故の解だった。


「桃香が言っているのは、この4人か?」


 今頃気付いたように公孫賛は一刀達を見た。その目から不審か否か見抜こうとしているのが見て取れた。劉備のお人好し加減から騙されていやしないか、とでも警戒しているのだろう。さすが太守を務めるだけはある、と劉焔は感心した。


「そうだよ。 関雲長、張飛翼。それに管路ちゃんお墨付きの天の御遣い、北郷一刀さん。それに――」


「――ちょっと待て。管路って言ったか? あの占い師の?」


「そうそう、その管路ちゃん♪ 流星と共に五台山の(ふもと)にやってくるって占い、白蓮ちゃん聞いた事ない?」


「最近かなりの噂になっていたしな、聞いた事はある。けど、正直眉に唾していたよ」


 はぁ、と信じられないと感嘆の溜息を吐く公孫賛。普通はそう思うものだろう、と劉焔は義父を見るが、天の御遣いも同感だとばかりに苦笑していた。


 劉備が一刀は本物の天の御遣いだと断言するも、公孫賛から目から疑惑の色は消えない。一刀の全身を上から下まで何度も見て、公孫賛はまたひとつ溜息を吐いた。


「……まあ、桃香が言う事だし、一応信じよう」


 仕様が無いとばかりの言に、まだ疑っている、と劉備がむくれるが、公孫賛は否定するように手を振った。


「桃香は今まで私に対して嘘をついた事が無い。だから、私は信じるよ……けどなぁ」


「けど?」


「それっぽくない、と思っただけ」


 からかうように告げる公孫賛に、劉焔は同感だと頷くと関羽に後ろから小突かれた。何故?


「そんな事ないよ。ご主人様の後ろで後光が光り輝いているもん」


 これまた自信たっぷりに言う劉備の横で、


「……お父さん、いつの間に悟りを(そな)えたの?」


「……ごめん、まだその境地に至ってないから、どっちかって言うと求めてる方だから。そんなキラキラした目で見ないで」


などと、親子が小声で会話していたのに彼女は気付かなかった。


「えーと、後光があるかどうか置いといて。桃香と一緒に行動してるんで、今後ともよろしくお願いします」


「ああ、よろしく。北郷だったよな? 私は公孫賛、字は伯珪だ。

 桃香が真名を許してるんだ、そんな畏まらなくて良いぞ。私の事も白蓮でいい。友の友は、私にとっても友だ」


 そう公孫賛は言い、人の好さそうな笑みを浮かべた。劉備の人の好さも然る事ながら、彼女も相当な人の好さだ。類は友を呼ぶ、という言葉がまた実証された。


「白蓮ちゃん、あとねあとね、この子を紹介するね」


 劉備は劉焔の肩に手を置いて自分の前に立たせる。


「最近仲間になった子でね」


「劉焔翔刃。ただの小鬼だよ」


 そっけなく自己紹介すると、公孫賛の顔色が一瞬で変わった。また気味悪がられるかな、と内心自嘲していると、公孫賛にいきなり肩を掴まれた。


「お前!」


「……何さ?」


「目、大丈夫か!? 痛くないか!?」


「ふぇ……?」


 予想外の言葉に劉焔は目を丸くして驚いた。一刀の時もそうだが、公孫賛も公孫賛だ。まさか心配してくるとは思わなかった。


「――――っふ」


 だからか、自然と笑みが零れた。一刀達と一緒に来た事は正解だった、と劉焔は思えた。疎まれてきた自分を必要としてくれた人に出会え、心配してくる心根の優しい人にも出会えた。


「おいおい、なんで笑ってるんだよ!?」


「大丈夫だよ、人とは違う眼を僕が持ってるだけ。何せ、鬼だからね」


「鬼? もしかして、【童姿の人喰い鬼】だったりするか?」


 劉焔がコクリと首肯すると、公孫賛は頭を抱えて唸りだした。本当にいたのか……、と呟いているところを見るに、何かしら知っているらしい。


「白蓮ちゃん、朔くんがどうかしたの?」


「実は、森に鬼が住み着いてるからどうにかしてくれって嘆願書が前に届いてな。これも眉唾ものだとは思ったけど、無視するには気持ちが悪い。それに、今うちにいる客将からも実在するって聞いたしな。

 それで調査に6名程送ってみたけど、結果は発見できず。本当にいるのか、と調査に出した兵が聞いたら、嘆願を出した村人が疑うのかと怒り出してな……2名が怪我した事があったんだ」


「あー……そりゃ災難だったな」


 はは、と乾いた笑いを浮かべる一刀達。間接的に我が子が関わっていると聞いては、心中穏やかではない。どうしたものかと焦りが込み上げてきた。その中で、劉焔と張飛の赤毛チビコンビだけは、知らんとばかりに他人事の顔をしていた。


「ま、過ぎた事だ。気にしなくていい。それに、こいつは悪行を働く顔には見えないしな」


「そんな簡単に人を信じていいもんなのさ?」


「これでもお前よりは長く生きてるんだ、人を見る目は養っているつもりだ」


 それよりも、と公孫賛は劉備にやけに綺麗な笑みを向ける。


「今日はどんな用があってきたんだ? 旧誼(きゅうぎ)を暖める為じゃないんだろ」


 鋭い、と劉焔は眼を細めて公孫賛を見た。人の好さに眼を取られ気味だったが、太守として優秀である事を忘れてはいけない。彼女の治世は、凄くとはいかないものの、中々な賑わいがあった。そこからどれ程の治世能力なのか、窺い知るには十分だった。


「うん。白蓮ちゃんのところで賊討伐の為の義勇兵を募集してるって聞いてね、私達もお手伝いしたいと思ってやって来たの」


「おおー! そうか。兵はなんとか揃って来たんだけど、指揮できる人間が少なくて困ってたんだ。……でも、5人だけだよな?」


「実を言うと、関羽と張飛は大丈夫で、ご主人様と私が一組になれば指揮出来ると思うんだけど……劉焔はちょっと事情があって無理かな」


「実質3人って事かぁ……。関羽と張飛って、そっちの二人か?」


 肩を落とす公孫賛が向くと、関羽と張飛は頭を下げ、一礼する。


「我が名は関羽。桃香様の第一の矛にして、幽州の青龍刀。以後、お見知りおきを」


「鈴々は張飛なのだ。すっごく強いのだ!」


 関羽が凛々しく言えば、張飛はえへんと胸を張って自己紹介する。しかし、公孫賛にとっては指揮出来る人間だとしても、彼女らの力量を一目で見抜けない。信じる理由が友人の言だけでは、多くの兵の命を預けるには躊躇いがある。


「本当に大丈夫か?」


「うん! それはもうぜっっっったい大丈夫だよ! 私、胸張って保証しちゃうよ♪」


「いやさ、桃香の胸ぐらい大きな保証があるなら、それはそれで安心なんだけどさ……」


 旧友に聞いても返ってくるのはやたらと自信満々な答え。公孫賛はまた頭を抱えた。


「桃香様のおっぱいって凄いの?」


「きっとすっごいのだ! だって、バインバインだもん!」


「愛紗もバインバインだから凄い?」


「うん、きっとそうなのだ!!」


「こ、こら! 何て事を言うのだ! 公孫賛殿も小さい子供の前での言動をお考え頂きたい!」


 益体(やくたい)のない話――しかも、主の胸の話を始めた赤毛チビコンビを慌てて止めようとする関羽だったが、それよりも早く自分にも飛び火してしまった。八つ当たりではないが、公孫賛に言わずにはいられなかった。


 公孫賛も失言だったと反省しつつ、話を元に戻す。


「実質3人でも、指揮出来る人間が増えるのは喜ばしいことだ。まあ、兵も連れてきてくれたら、もっと嬉しかったんだがな」


「連れてきても偽兵だから、意味無いよ?」


「どういう事だ?」


 劉焔の言葉に疑問を持った公孫賛は、真相を問い質す。話すのは、食堂で話した面会する為の作戦内容だ。浮かんだ諸々の問題の末挙がった偽兵の件も包み隠さず話すと、公孫賛は成程と頷いた。


「確かに、偽の義勇兵を集めて面会を求めるのは良い手だ。いつか似たような策も必要になるかもしれない。

 だが、友との信義すら蔑ろにする者に、人が付いてくる事は無い。……気を付けろよ? と言っても、一番小さい奴が解ってたんだ。大丈夫か」


「……その僕が解んなかったんだけど」


赤心(せきしん)を推して人の腹中に置く。つまり、真心を以て接しても良い相手を見極めろって事だ」


「要は、騙して利用してくるような輩に気安く心を許すなって事? 桃香様、頑張って」


「あれ? 今、迷いなく私に言ったよね? そんなに騙されそうに見えるの、朔くん!?」


 ひーん、と泣きながらくっついてくる劉備に、劉焔は半眼で頷くものだから彼女は軽く凹んだ。


 その横で、一刀は公孫賛の言葉を胸に深く刻んだ。人の繋がり方は友情だけではない。時には打算があり、利用し利用される関係をつくる事もある。損をして喜ぶ人間はいないのだ。弱小ながらも勢力になれたとしても、此方を利用して利益を得ようとする輩が出ないとは限らない。相手の求めるものや人となりを見抜く力が今後の自分達を左右するのは確実だ。


 もし、信用するに値する人に出会えたなら、真心を以て接すればきっと相手も応えてくれるだろう。


「ありがとう、公孫賛さん。勉強になったよ。やっぱ桃香の友達なだけあって良い人だな」


「ばっか! そんなんじゃないって。ただの老婆心ってやつだ」


 顔を赤くして照れる公孫賛に、一刀は一段と彼女の人の好さが解った。そして、老婆? と首を傾げている劉焔の口を素早く押さえた関羽に内心で賞賛を贈った。


 一刀達にとっては勉強になった時間だが、兵の不足についての問題については解決していない。公孫賛が唸りながら一刀達を見ていると、


「人を見抜けと教えた伯珪殿が、そこにいる3人の武人の力量を見抜けないのでは話になりませんな」


彼女の後ろから青髪の少女が毒気を混ぜた言葉と共に現れた。


「うわ……」


 そう小さく零したのは劉焔だ。青髪の少女は彼に気付くと、薄く楽しげに笑った。それだけで劉焔の中では面倒事が起きる事が確定した。


「なんだ、来たのか趙雲。お前に言われたら返す言葉も無いが……そういうお前は力量を見抜けたのか?」


 反撃とばかりに問う公孫賛に、青髪の少女――趙雲はク、と喉で笑い、


「当然。武を志す者ならば、姿を見ただけ力量を見抜けなければ敗北は必定。現に、そこの女性二人は只者ではありませぬ」


 そうであろう? と趙雲が眼で問えば、関羽と張飛は深く頷く。


「そういう貴女も腕が立つ……そう見たが?」


「うんうん! 鈴々もそう見たのだ!」


「さて……それはどうだろうな」


 趙雲の力量を見抜いた関羽と張飛。趙雲もおどけて見せるが、優れた武人に認められた事の嬉しさが言葉の端に滲んでいた。


 公孫賛も趙雲の言から二人の実力については確信が取れた。しかし、武人はもう一人いるのだ。


「関羽と張飛については解ったよ。なら、劉焔についてはどうなんだ?」


「此奴については肌で感じて知っておりますから、はっきり言いましょう。私では一筋縄では勝てませぬな」


「はあっ!? お前がか!?」


 趙雲の言葉に信じきれないと公孫賛は劉焔を見るが、彼の顔は何故か渋面となっていた。


 趙雲は劉焔の前まで来ると、口角を吊り上げた。


「久しいな、小鬼」


「僕は会いたくなかったよ、常山の昇り竜」


 趙雲の声音は楽しげに、半眼になった劉焔の声音は正反対にうんざりとしたものだった。事情は呑み込めないが、会話から解るのはどうやら顔見知りである事。一同は首を傾げてばかりだ。


「趙雲殿は、朔――劉焔と知り合いなのか?」


「劉焔というのは小鬼の名か。ならば、その通りだ。伯珪殿の下に来るより前、私は流浪の身でな。ふらりと立ち寄った邑で、此奴――【童姿の人喰い鬼】の退治を依頼された事がある」


 その返答に、関羽はすぐさま劉焔を自身の後ろに庇い、臨戦態勢に入った。武器は城の衛兵に預けた為に無いが、それは趙雲も同じ。玉座の間に武器を持ち込んでいなかった。


 臨戦態勢に入った関羽から放たれる覇気に、趙雲は笑みを色濃くした。


「小鬼を守るか。酔狂な御仁だ」


「酔狂で結構。朔に手出しはさせない」


「そうなのだ。朔をイジメる奴は許さないのだ」


 張飛も関羽の横に立ち、趙雲と対峙する。武人二人分の覇気に()てられ、一刀も公孫賛も動きを取れない。動いた瞬間に、何かのきっかけで3人が衝突するか解らない為だ。


 そんな覇気を物ともせず、趙雲は二人を見据える。数秒が数十秒以上に感じられる中、突然、趙雲は両手を上げた。


「関羽殿と張飛殿との二対一は面白そうだが、止めておこう。後ろの小鬼が黙ってはおらんだろうしな」


 両手を上げたまま、趙雲は交戦する気はないと告げた。警戒は解かないまでも、覇気を抑えた関羽は劉焔を背に庇い続けたままだ。その様に、趙雲は優しげに笑みを零した。


「ふふ。どうやら本当に良い御仁に巡り合えたようだな、小鬼よ」


「まあね。幸運だったと思うよ」


 劉焔は関羽の後ろから頭だけ出して、そう答えた。


「試すような真似をしてすまない。力量は見抜けたものの、人となりを確かめたかったのだ」


「では、朔に危害を加える気はないのだな?」


「ああ。手合わせは申し込みたいがな」


「むっ。それは鈴々が先なのだ!」


「当人無視して話し進めないでよ。どっちともやらないからね」


 劉焔が拒否すると、趙雲と張飛の二人は不満そうに彼を見た。関羽は気が抜けたのか、深く溜息を吐いて落ち着こうとしている。


 劉焔は関羽の後ろから抜け出すと、一刀の横に立って肩を落とした。戦闘狂がまた一人増えるのは、彼にとって宜しくない。自身が下手に高い武を持っているせいで、同等の武人からすれば格好の訓練相手だ。これまでも張飛に幾度となく挑まれ、劉焔は不本意ながら剣戟を振るう羽目になった。これが倍になるかと思うと、正直うんざりしてくる。


「朔、趙雲さんと戦った事があるのか?」


「うん。5回くらい挑まれて、面倒だったからテキトーに相手してやめた。っていうか、1回で諦めてほしかったよ」


「あの趙子龍から5回も……しかも、テキトーに相手したとか、お前凄いな」


 今思い出しても面倒だった、と言う劉焔に一刀は顔を軽く引き攣らせる。


 趙雲といえば、劉備に仕えたとして有名な五虎将の一角。この世界でその立ち位置にいるという事は、紛れもなく一線級の逸材の筈だ。それを相手にテキトーに相手したなどと言ってのける我が子の姿に一刀が頭を抱えたくなっていると、件の張本人が興味深そうに見てきていた。


「武人である3人もそうだが、貴方も油断ならぬ人のようだ」


「へ? 俺はそんな大した人間じゃないぞ?」


「では、聞こう。我が字をいつお知りになった?」


 その問いに、一刀は自分の失言を悟った。公孫賛は彼女を『趙雲』としか呼んでいない。なのに、初対面である筈の自分が、彼女の字である『子龍』を知る由は普通は無いのだ。


 しかし、未来で三国時代を生きた趙雲達を知っているから、と正直に話したところで簡単に信じてもらえる筈もない。かと言って、ごまかすのも違う気がする。何と言えばいいか解らず、一刀は苦く笑うより他なかった。


「天で少しばかり学んだじゃないのさ?」


 一刀が答えるよりも早く劉焔がそう口にした。


「世を救うって言われた存在が知識がまったくない状態で来るのって頼りないでしょ。御遣い自身の能力が神仏と同等であるならともかく、身体能力に関してお父さんは至って普通だよ。

 なら、知識面で僕らの知り得ない何かしらの教えを受けてきたって考えていいんじゃないのさ?」


「ほう、例えば何だと言うんだ?」


「乱世を鎮める為の力となる存在――世に名を刻む可能性がある逸材の名前とか」


 例えに出た世に名を刻む可能性がある逸材という言葉に、趙雲は嬉しげに口角を吊り上げた。一刀が自分を知っていた事から、その可能性が自分にあると勘付いたからだ。


 しかし、劉焔は言っていなかった。世に名を刻む理由が善行でなのか、悪行でなのか、はたまた愚行でなのかを。


「朔の言った事は、あながち間違いじゃないよ。俺はとある理由で君達の名前を知っている」


「という事は、本物の天の御遣いという事か。いやはや、まさかこの目で本物を見る事になろうとは……」


「本物かどうか解らないよ。でも、桃香の力になると決めた以上、本物でありたいと思う。それにうちの子の為にも、尊敬されるような親でありたいし」


「うにゅ」


 一刀が劉焔の頭をくしゃりと撫でた。家族になると決めた時から、その想いはこの胸に生まれてた。


「うちの子? 北郷、お前、劉焔の父親なのか?」


「そうだよ。勝手が解らないけど、頑張って父親してるつもりだ」


「しかし、よく小鬼を口説き落とせたものだ。私も一度は旅に誘ったが、にべもなく断られたというに」


「俺達も最初は断られたけど、そこは4人がかりで説得したよ」


「成程。人数が足りなかったか」


 ふむ、と頷きだす趙雲。いや、そうじゃないだろう、と一刀は思うも口には出さない。しかし、彼女の言から思った別の事は口に出した。


「趙雲さんも朔を旅に誘ったって事は、貴女も酔狂な人って事だな」


「おっと、これはしまった。バレてしまいましたな」


「でも、嬉しいよ。俺達以外にも朔の事を思ってくれた人がいて」


「素直にそう言われますと、なんだか照れますな」


 ク、と喉で余裕ありげに笑って見せる趙雲だが、その頬に微かな赤みを帯びていた。普段の劉焔の飄々とした部分と似ているとは思ったが、案外似た者同士なのではないかと一刀は思う。


「朔の事は今後ともよろしくという事で――話を戻してもいいかな?」


「あ、ああ、すまない。桃香達を我が軍への参入についての否かだったな?」


 頷き、一刀は先を促す。


 公孫賛は眼を閉じて数秒黙考する。そして、考えをまとめ終わり、目を開いた彼女は劉備達の参入を認めた。


「桃香の力は私が知っているし、関羽達3人の力は趙雲が認めている。となると、判断に困るのは北郷だけなんだが……天の御遣いという事で納得しておく事にしたよ。

 管路の占いが当たってるのかどうかは知らないが、北郷がここにいる事で民が少しでも安心して暮らせるよう気を配ってくれれば嬉しいよ」


 天の御遣いからお零れを貰うようで情けないがな。そう公孫賛は自身を卑下するように零した。


 しかし、この場にいた者は、そうは思わなかった。己の自尊心よりも民の事を優先し、決断した。それを間違いだと誰が言おうか。評価こそすれ貶めはしない。それどころか、彼女の背を力強く押し出し、躊躇いなく力を貸すのが一刀達だ。


「解った。俺も街の人達には安心して暮らしてほしいから、ちゃんと協力する。けど、忘れないくれよ? 今、この街にある安心を生み出したのは白蓮自身なんだって事をさ」


「北郷……ああ、解ってるさ」


 公孫賛は一刀へと手を差し出し、


「私に力を貸してくれ、天の御遣い」


「こちらこそ、よろしく頼むよ」


 言葉を交わしながら、二人は固い握手を交わす。


 民を守る為に、力を合わせる事を誓って。







 ということで、義勇軍参入までこぎつけました。


 改稿前の部分を使うからサクッといくかな? と思いきや、そうもいきませんでした。というより、原作をなぞりまくりになってしまいました。書いていて、眉間にしわが寄りまくりでした。


 次は、オリジナル成分強めで書ければと思います。


 感想、批評、お待ちしています。


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