鬼と連合3 ~小覇王との会談~
お久しぶりです。投稿が遅れ、本当にすいません。
そして、グダグダでやっつけな話で本当にすいません。
呉の王、孫策は劉焔を前にして、口端を吊り上げる。
「小鬼くん、お話があるんでしょ? なら、座って話しましょ。他軍の陣地じゃ居心地悪いでしょうけどね」
空いている椅子を指差され、劉焔は黙って座る。机を挟んで正面に孫策、その横に頭を抱えた周瑜が座った。
初めは沈黙が場を占めた。
用があってきたのは劉焔なのだが、中々話を切り出さない。
そんな彼の様子を孫策と周瑜が不思議に思ったのは当然だろう。だが、劉焔とて切り出したくない訳ではない。
孫策の顔を見た途端、話す内容が増えてしまってどうしたものかと、彼は肩を落としたい気分だったのだ。
そんな中、まず先に口を開いたのは孫策だった。
「緊張してるの?」
「緊張、ね。そうだね、鬼でも緊張するさ。今は小さな領地に鎖で押さえ付けられたとはいえ、一応王様の前だし」
「あら、言ってくれるじゃない?」
「餓鬼が虚勢張ってんだから、少しの失言は見逃してよ」
「…………」
互いにおどけ合うと、軍師から冷たい視線を浴びせられた。
「まず、謝らなきゃね。周泰の諜報活動、その行為の責は貴方の言う通り、私にある」
「僕に謝罪はいらない。謝るんなら、他の将にしてよ。それに先を見据えた将なら、当然の行為なんだろうし」
「あら、器が大きいのね」
「まさか。器が小さ過ぎて容量過多なだけだよ。僕が扱えるような問題じゃない」
肩を竦め答える劉焔に、孫策はへぇ、と小さく呟いた。
そして、周瑜はまた一段と頭を抱えていた。孫策が劉焔を猫のような眼で見たからだ。
絶対に面白がっている。
付き合いの長さ故の直感で、彼女は一瞬でそう悟った。
「はぁ……」
「あれ、格好いいお姉さんに溜息つかれた?」
「周瑜の事? 気にしなくていいわよ。今のは私に呆れただけだから」
「いや、気にしようよ」
あっけらかんと言う孫策に思わずツッコミを入れてしまった。
だが、彼女は気にせず、にこやかに大軍師の心労を増やす。
猫みたいな奔放さ、だと劉焔は思う。
(違うか。あれは猫の皮を被った虎の娘だ)
虎とて小さい時は、猫に近い愛嬌がある。小虎同士でじゃれあう様には頬を緩ます事だってある。
だが、時が経てば小虎は一頭の猛獣となる。
孫策は、大人の虎のほんの一歩手前。大虎並のずば抜けた武力に、小虎の時の愛嬌を合わせて持っている。
それが、孫伯符だと。そんな印象を受けた。
「ね? 私はどう?」
「どうって何がさ?」
「周瑜みたいに格好いいとか綺麗とか、色々あるでしょ。どう?」
「うん、お姉さんも格好いいと思うよ。えっと……あれだ、佳い女ってやつだよ、きっと」
言いながら、“あれ”が見えなければもっと良いだろうに、と同時にも思う。
「そう? ありがと。子供の割に嬉しい事言ってくれるじゃない」
「逆に言えば、子供にだって解るくらい佳いって事だよ」
自分の周りにいる女性で見慣れているつもりの彼は、ある程度は自信を持って言った。
「伯符、いい加減に……」
「はいはい。それじゃ、周瑜が心労で倒れない内に用件を聞きましょうか」
「…………っ」
「睨まれてるよ?」
「それが彼女の私に対する愛情表現よ。だから、私は平気」
「いや、だから気にしようよ……」
さすがに軍師が可哀相になってきた。
「僕の用件ってのは、まずこれ」
劉焔は腰に佩いていた双剣を抜くと、机の上に置く。
途端、孫策と周瑜の眼の色が変わる。
それもそうだ、この少年が持つ双剣は、ある名工が呉王に命じられ創りあげた名剣。
「干将、そして莫耶……」
孫策は黒刃の干将を撫でながら、双剣の名を口にした。武人としてか、はたまた呉の王としての血のか、彼女は双剣の刃の輝きに魅せられている。
「やっぱ知ってるか」
「小鬼くん、どうして君が呉の名剣を持ってるの?」
「それには答えるから、先に質問させてほしいな。呉は、これの行方は掴んでた?」
「いや、干将と莫耶、どちらも行方は不明だった」
首を横に振りながら、周瑜は否定する。劉焔もそっか、と妙に納得していた。
「随分と簡単に納得したな」
「周瑜と総大将の天幕前で会った時、僕の事じろじろ見てたけど、双剣もしっかり見てたから。本物かどうか凄く気にしてたでしょ?」
「……気づいていたか」
「ま、ね。あとさっきの問いの答え。僕がこの双剣を持ってる理由は至極簡単。もらったからだよ。 僕の用件ってのは、干将と莫耶をくれたある人の所在が知りたったんだけど」
駄目元で聞くけど、と劉焔は続け、
「“北斗”って奴、知らない?」
劉焔が挙げた名前に、孫策と周瑜は黙考を続ける事2分。
答えはどちらも、知らないだった。
その答えに仕様がないか、と劉焔は思う。干将と莫耶の行方を掴めていなかった時点で、望みは酷薄。トントンと事は運ばない。
「その北斗なる人物は、お前の何だ?」
「双剣をくれた人だって言ったでしょ? 行方知らずだから、聞いてみようと思っただけさ」
にべもなく答える。実際に胸に秘める感情は、答えのような何となくといったものでないが、それをしっかりと知るのは何だか嫌だった。
「次の用件だけど……最初に聞いとく。占いとか信じる?」
そんな彼の一言に、孫策らは怪訝な眼を劉焔に向けた。
「それがお前の言う用件と何の関係がある?」
「あるよ。大有りだ。なんせ、今から僕は現実だけを見据える人には戯言にしか聞こえない事を言うんだから」
「あら、私達の先行きでも占ってくれるの?」
「半分、正解。国の将来は知らない。自分で何とかして」
「それもそうね。じゃあ、私達個人の将来を占う訳ね」
「そんなとこかな。先に言っとくけど、占いってのは当たるか当たらないかってのは未知数だから」
「当たるも八卦、当たらぬも八卦。そういう事か?」
「そ。それを頭に入れといて」
劉焔はコホンと小さく咳払いをつく。そして、孫策と周瑜を異形の鬼眼で見つめた。
(本当、いつ見ても嫌な相だ)
二人から滲むように湧きだし、纏わり付く陰り。それは彼女らの命の光を侵すかのようだ。いや、事実そうなのだと劉焔は知っている。
「二人共なんだけどさ、特に孫策」
「何?」
「――――――死相が視える」
不吉を予見する劉焔の言に、告げられた二人は息を呑んだ。そして、孫策は険しい表情を浮かべ、周瑜は椅子を蹴り飛ばす勢いで立ち上がった。
「貴様! いかに戯言だろうと、呉の王に対して冗談にも程がある!」
「当たるかどうかは未知数だ、って前以て言った。戯言みたいな事を言うとも言った筈だよ」
「だとしてもだ、貴様は私だけならいざ知らず、あろう事か孫策が死ぬと言った。それを許せるものか!!」
周瑜の激昂を前に、劉焔は顔を俯かせ、体をぷるぷると震わせた。
まさか泣かせてしまったか? と周瑜は怒気を潜めさせ、内心かなり焦り出していた。
劉焔という将がまだ幼い子供だという事など一目瞭然だというのに、すっかり失念していた。
天幕の前と今までの孫策と会話する姿に、子供らしさなど欠片しか見受けられなかった。
王を前にしても物怖じしない不敵な態度は、幼いながら大した胆力だと感心してさえいたが。
「………」
「お、おい、どうしたのだ?」
「あーあ……冥琳が子供泣かした」
「なっ!? 私のせいなのか!?」
「どうみてもそうじゃない。冥琳が急に怒鳴ったりしたから、びっくりして泣いちゃったんでしょ」
「それは雪蓮が死ぬなんて言うから……」
「それは私は生きてるし、戦場に立ってるんだもの。民草より死に近い所にいるのは理解してる。それは冥琳も同じじゃない」
「それはそうだけど……」
「でも、こんな小さい子を泣かすなんて……」
「く……」
さっき見せた険しい表情を消した孫策はここぞとばかりに周瑜をいじり、いじられる周瑜はすっかりたじたじになっていた。
そんな時だ、
「喧嘩、終わった?」
若干涙目な劉焔は、他人事とばかりに傍観しながら言った。
「なっ……」
それにダメージの大きかった周瑜は話そうとするが、口をぱくぱくするだけで言葉が出来なかった。
「泣いてたんじゃなかったの?」
「? 欠伸が出そうだったから我慢してただけだけど」
周瑜の代わりに孫策が聞くと、劉焔は首を軽く傾げながら答えた。
その間、周瑜は子供は苦手だ……、と小さく呟いてうなだれていた。
「さすがに堂々と欠伸するのは失礼かな、って」
「それは正しいんでしょうけど……」
物凄く紛らわしい、と孫策は思う。実際、茶化してはいたが、周瑜だけでなく彼女自身も親友が子供を泣かせてしまったと思い、内心焦っていたのだった。
「……まあ、いいわ。時間も遅いし、子供じゃ起きてるのも辛い刻限よね」
「話、戻していい?」
「どうぞ、続けて」
周瑜に冷たい視線を向けられるが、無視して続ける。
「死相は見えはしたけど、今回の董卓軍との戦いで死ぬって訳じゃない。
孫策はこの戦いの少し後くらい。周瑜は孫策より遅いけど、そんなに遅いって訳じゃないみたいだね」
「それに確証はあるのか?」
「占いなんかに確証なんか無いさ。言えるのは、信じてくれれば嬉しい。それだけ」
「でも、すぐって訳じゃないのね。……なら、もう少しだけ蓮華やシャオに遺せる物が増やせるわね」
「雪蓮……」
「小鬼くん、本当に私の死期はまだ先なのね?」
孫策の再確認に劉焔は確かに頷く。嘘などつかないし、つく必要もない。
「そう。なら、一先ず良しとしましょう。それにしても鬼は他人の死期さえ視れるのね」
「師匠が変わり者でね、そっち方面を少しかじってたんだ。って言っても、僕が視えるのは死相だけだよ。何度も死にかけたおかげでね」
「でも、どうしてこんな事を教えてくれたの?」
「その……あれだよ、簡単に死んでほしくないんだ。あと、僕の師匠の教えを守っただけだよ」
劉焔の師匠は、今よりも幼い彼に“男子たるもの”と前置きを於いて教訓じみた事をよく口にしていた。
その中に、
「佳い女は守れ、佳い女は世界遺産だ。まあ、遺せないけど」
と半ばふざけたものがあり、それを律義にも劉焔は守ったのだ。
それを話すと、孫策らは唖然とした。
「……それだけ?」
「それだけ」
コクン、と頷く劉焔。おまけに、何かおかしい? と首を傾げる始末だ。
もう、二人は何も言えなかった。
「あはは、君、変わってるわ」
何も言えないから笑うしかなかった。少し呆れながらも、劉焔の変なところに孫策は益々好感と興味が湧いた。
鬼と自称し、呼ばれる少年。会って話してみれば、この変わり様。
(ふふ、やっぱり面白い。この子の主は劉備って娘だったわね。どんな娘なのかしら)
主である劉備は新進気鋭の将で、自分も周瑜も一目置いていた。
そして、劉備とはどんな将で、戦鬼が守る天の御遣いはどんな人物なのだろうか?
興味は湯水のように湧き出していく。
「む。僕は変じゃないよ」
「佳い女を守れ、などという教えも、それを律義に守るお前も十二分におかしいと思うが?」
「なんでさ? 主上にも言ったら、その通りだなって言ってくれたよ」
「なるほど。お前の主も変わっているようだな」
「あ、それは当たってる」
周瑜の言は否定しようがなかった。
「とにかく、僕は変じゃない。あと、死期が迫っているのを教えたんだから、無駄にしないでよ」
むぅ、と若干むくれながら劉焔が言うと、二人は頬を緩ませた。
「周泰の責もある、今回は信じるとしよう。孫策もそれでいいか?」
「ええ、それでいいわ。小鬼くん、物は相談なんだけど」
「何さ?」
「貴方の双剣、呉に返してくれない?」
突然の要求に、劉焔は眉を顰た。当然、答えは否だ。戦いの前に愛用の武器を手放す訳がない。
だが、それを口にする前に聞いてみた。
「どうしてさ?」
「知らない? ある使者がこの名剣から呉の将来を予見したって話」
それは当時の呉の王が一振りの剣を、ある使者に与えようした時の事だ。
その剣とは莫耶の事であり、使者は鞘から抜き出された莫耶の刃に一つの刃毀れを見付けた。
そして、
「呉は覇王となるだろう。しかし、欠点が一つでもあれば、滅ぼされる事だろう」
そう告げたのだった。
それは後に現実になり、呉は他国に滅ぼされてしまった。
その予見が今の呉にも当て嵌まるのなら、孫策自身が必要としていなくとも、呉という国の民であり兵でもある者達の士気向上には打ってつけなのだ。
何せ、劉焔の持つ干将はもちろん莫耶には刃毀れ一つ無く、今も天幕の中の少ない明かりを煌々と照り返しているのだから。
「この双剣が呉の将来を予見させるのなら、刃毀れが一つも無いという事は繁栄を約束してるようなもの」
「…………そんな迷信じみた話、信じてるの?」
「どうかしらね。この場合は私が信じるか信じないかなんて関係ないわ。重要なのは、信じる人が“いる”って事実なの」
「うちと同じ効果を望むって事ね」
信じる者は救われる、という、ここ大陸の西も西の国のような宗教ではないが、“信じる”という行為は人の精神から力を生み出す。
その例として、劉焔が所属する劉備軍がそうだ。
代表は劉備であるが、彼女には仕える主がいる。
それが《天の御遣い》。
流星と共に現れ、世を平和へと導く存在だと、とある自称大陸一の占い師は謳った。
天とは、国を統べる帝を、果ては万物の支配者さえも指し示す。
その為、“天”という一字に、この時代の人々はとても敏感であり、そして畏敬の念を見出だす。
そんな存在が今の乱世に現れたとすれば、助けてほしいと願ってしまう。救ってほしいと縋ってしまう。
そして、そんな存在が手を差し延べ、共に乱を鎮めようと言うならば、彼らは信じるだろう。
自分達には、天よりの使者がいる。天の加護がついている。ならば、出来ない筈はないと。
実際には、知略も武力も無いと自称する優し過ぎるただの青年だと知らずに。
他者の向ける感情は様々だと、劉焔は理解してるつもりだ。
勝手に信頼し、勝手に裏切られたと思い、勝手に嘆き、勝手に憎む。
鬼である自分は疎まれ、殺意を向けられた。それが嫌で人との関わりを避けていた。
だが、あの主であり義父である青年はそんな感情をぶつけられようと、民の願いを叶えようと奮闘する事だろう。
彼らを救う事は、自身達の理想に繋がっているのだから。
「ねぇ、お姉さんは何がしたいのさ?」
野望、大望、宿願と言い方は幾つかあるが、迷信さえ利用してまで叶えたい彼女の願いとは何なのか。
劉焔は少し興味が出てしまった。
「内緒よ。でも、私は呉の為に生きているのは確かよ」
「あっそ。てっきり、虎の首を締め付けている枷と鎖を断ち切る為だと思ったんだけど」
さらっと自身の予想を呟いてみる。だが、孫策と周瑜は変わらず微笑を浮かべ、揺らぎを欠片もみせない。
軽くかまをかけたつもりだったが、やはりこの程度で尻尾は見せないらしい。
(それとも、呉の為に、ってやつが端的だったけど答えなのかな)
はぁ、と溜息が一つ、劉焔の口から零れた。
国の為に、という愛国心をまだ彼は知らない。
自身が平原という街を守っているのは、偏に一刀や劉備達がいるからだ。
大切な人がそこにいる、という条件じみた事柄がなければ、正直言って守る気など更々ない。
けれど、孫策はもちろん周瑜は違うのだろう。
国を想い、国の為に戦い、国の為に血を流す事を厭わない。
それが、真に綺麗な願いなのだとしたら、尚更渡す訳にいかなかった。
「ゴメン。この双剣は渡せない」
劉焔は頭を下げて謝る。
「元から簡単に返してもらえるとは思ってなかったけど、頭まで下げて断られるとは思わなかったわ」
予想外だったのか、孫策は少し眼を丸くしていた。反して、周瑜は冷静に劉焔を見ていた。
「今の所持者は確かにお前かもしれない。だが、これは元は呉の所有物だと言ってもか?」
「違う。これは呉の名剣じゃない」
「今更自身の言を違える気か、小鬼。この双剣が干将と莫耶だと私達は見定め、お前は認めたではないか?」
「ああ、そうだよ。これは干将と莫耶だ」
でも、と劉焔は続け、言った。
「これ、レプリカなんだ」
聞いた事もない言葉に、孫策達は眉を顰める。
それもそうだ、彼の言葉を知っている者は、まずいない。
その言葉は、この世界でいう天の国の言葉なのだから。
「何だと? れぷりか、と言ったか?」
「小鬼くん、通じるように話してくれる?」
「レプリカってのは、贋作。つまり、偽物って意味らしいよ」
「偽物……」
偽物。
その一言が孫策の胸に突き刺さる。
目の前にある双剣を彼は偽物だと言う。
双剣の拵えに刃の鋭さ。どれも一級品だが、これは真作を模造した贋作。
どれだけ崇高に出来ていようが、その事実だけは変わらない。
そして、その干将と莫耶を予見に照らしてしまえば、王の――孫策の統治は、彼女が齎すかもしれない繁栄は偽物になってしまうのか。
だが、それでも――――
「――――――構わないわ」
孫策は言う。
自分がこの双剣によって偽王とでも蔑まれようと、宿願が叶えられるなら、それでいい。
自分の後には、二人の妹がいる。彼女らなら真の善き王となってくれるだろう。その確信があった。
だから、孫策は真っ直ぐに劉焔を見返した。
そして、彼の鬼眼に微かな苛立ちを見た。
「…………あんた、嫌いだ」
ぼそり、と劉焔は呟く。
「なんでさ? どうして自分の命をそんな風に見ようとするのさ! 正々堂々真正面から戦えよ! あんたにはそれだけの力があるんだろ!」
劉焔の激昂に、孫策も周瑜も驚きの余り声が出せなかった。何より、この小鬼が本当に激怒してるのに驚いてしまった。
「後に託せるなんて思ってんな! 仲間だって、家族だっているじゃないか。協力すればなんだって出来るだろ! 自分で叶えろよ!」
くそ、と吐き捨てると、劉焔は双剣を掴んで天幕を出ようと踵を返した。その背に声がかかる。
「優しいのね」
振り返ると、孫策が笑顔を浮かべていた。それは女性特有の柔らかと慈しみが同居していた。
その笑みのあまりの綺麗さに、劉焔は一瞬息を呑む。
「鬼、なんて呼ばれてるのにそんな事を言うなんてね。君はやっぱり、とんだ変わり者でお人好しだわ」
「……お人好しじゃないよ」
「だ〜め。反論は許しません。君は変わり者でお人よしよ。それでかなり甘い考えの持ち主」
「…………そんなの解ってるさ」
「いいえ。君は解ってない」
顔を背ける劉焔に孫策は尚も続ける。
「君は私達に簡単に死んでほしくないと言った。勿論、私も周瑜も簡単に死ぬつもりは無いわ。
皆と力を合わせるのも当然していく。けど、君の考えを押し付けてほしくないわ。
後に託せる者がいるからこそ、全ての力を奮えるという事もあるのよ」
笑顔を消して、淡々と紡がれる言葉が劉焔の苛立ちに拍車をかける。
理想の押し付け。
そんな事、百も承知だった。
だが、気に入らない。
命は、そんな捨て鉢に考えられるようなものじゃない。
それは自身を救ってくれた光を否定する考えだ。
「甘いってのは認めるよ。誰かに死んでほしくないとか言いながら、僕は悪党の命を奪ってる矛盾もさ」
「それが当然で普通だろう。自分の他人に対する価値など、個々人で様々だ。平等など言葉だけの飾りだ」
「ああ、そうだろうね。だけどさ……誰もが笑顔でいられる世を創りたいって言った人がいたんだ。それを僕は嘲って否定した。そんな世の中は永遠に来ないってさ。
その人もそれを認めた。だから、待つのは止めて創っていくんだって意気込んでさ」
莫迦みたいな夢でしょ? と劉焔はそう言いながらも、彼の表情は呆れたようにも、楽しげにも見えた。
「それで僕はそんな莫迦みたいで、甘ったれてて、でも凄く綺麗なあの人達の理想の行く末を見たくなった」
だから、あの人達の理想への道を切り開く刃になった。
だから、あの人達の理想を守る為に戦う鬼になった。
「僕らが後に遺すとしたら、理想が実現した世だ。夢半ばになんてしない、叶えてしまえば後に託す必要もないんだから。
託すより、力を合わせて共に歩いていく事を、僕達は選ぶ」
残念だよ、と小鬼は言う。
曹操よりも、劉備に近しいかと思ったが、彼女らの心は劉備のように莫大で漠然とした人々に向けられていなかった。
だが、劉備に叶えたい理想があるように、孫策にも果たさなければならない宿願がある。
それを邪魔も否定もする権利が、こんな小鬼一匹にあろう筈がない。
「夜もかなり遅い。僕は帰るよ」
「そうか。ならば、最後に聞いておきたい」
「どうぞ」
手振り付きで先を促すと、周瑜は質問を口にする。
「私達、呉が細作を連合軍内に放っていた件、どうするつもりだ?」
厳しい表情で問う孫策とは違い、劉焔は怪訝な表情になる。
「…………脅してほしいの?」
「違う。口外しない代わりの要求は無いのか、と聞いているんだ」
周瑜の補足に劉焔は眼を丸めた。
「言えば何かしてくれるの?」
「要求内容次第だが……まさか、口外する気が無かったのか?」
「うん」
「なんて奴だ……」
「秘密にしろとか情報を記した物を破棄しろとか言ったって、そんなの結局後になれば洩れちゃうよ。それに調べた奴の頭の中には、しっかりと残ってるだろうし。
それとも何さ? 調べた将とその部下の首でもはねろって、言えばいいのかな。それこそヤダね」
劉焔は肩を竦めると、
「じゃあ、私からも最後に」
「まだあるんだ……」
その肩を落とした。
「小鬼くん、“誰もが笑顔でいられる世”が創れるって、君自身は本当に信じてるの?」
「そりゃあ…………信じてない」
孫策の質問に、劉焔は少しの間を置いてしれっと答えた。
彼は人の善行より悪行を多く見てきた。人の善性など、一刀や劉備と出会って尚更に希少で儚いものだと感じた程だ。
だから、信じきれない。
「でもね」
劉焔は否定の後に、そう言葉を付け足す。
「劉焔翔刃って鬼はさ、甘っちょろい幻想が好きなんだ」
笑みを浮かべ、言い放った小鬼は唖然とする小覇王とその大軍師の天幕を後にした。
やられた、と周瑜は思う。
劉焔という小さな鬼に、主にして親友の彼女は多大な興味を持ってしまった。
もし付き合いが長くなかったとしても、周瑜はそれに気付く自信がある。
「伯符……伯符!」
「…………」
「雪蓮!!」
「きゃっ!! な、何!? どうしたの、冥琳?」
「…………はぁ」
何せ、この始末だ。周瑜の呼び掛けにも中々気付かず、肩を揺さぶってやっとだ。
孫策の頬は微かに上気したように赤く、少し眼を離すと劉焔が出て行った天幕の入口を見て、ぼぉーっとしだすのだ。
そして、
「冥琳。私、決めたわ」
こうなった孫策は次にこう言うだろうと予想し、
「「小鬼くんのとこにするわ」」
異口同音に合わせて言ってみせた。
「さっすが冥琳。私の事、解ってる」
「ありがと……雪蓮、本当にいいのね?」
抱き着いてはしゃぐ孫策に、念を押すように確認する。
周瑜自身、孫策が選んだ選択肢が最良だと思っている。小鬼が言った通りの主ならば、事前に手に入れた情報とも合致する。
「ええ」
「ならば、明日赴くとしよう」
「そうね。母様の――――いえ、呉の宿願成就の為にも」
朔、雪蓮と冥琳しか出てこない連合編第3話。
作成中、雪蓮と冥琳の話し方が分からず、試行錯誤しながら、けっこう二人のセリフを交換したりと修正しました。
合ってます?
孫策と冥琳。この二人、作者的にはかなり好きなキャラです。
なので、書きたかったのですが、地雷を踏んで動けないみたいな、けっこうもどかしい気分を味わいました。
次話も出るので、次はサクッと小気味よい感じで書きたいですね。
感想、批判、お待ちしてます。
伏線、回収出来るかな………