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真・恋姫†無双 〜羅刹戦記〜  作者: エアリアル
序章 鬼の出会い
1/37

鬼と天の御遣い

 お久しぶりです、エアリアルです。


 改稿・序章がやっとできました。出会い方の変わった、天の御遣い達と小さな戦鬼の出会いをお楽しみ頂ければ、思います。

 4人の男女が森の中を進んで行く。先頭を見事な黒髪の少女が、その次を少年と栗色の髪の少女、そして幼さが残る小さな赤毛の少女が最後尾に続いていた。


 彼らの視線はさ迷う事は無く、足は躊躇う事なく真っ直ぐに歩を進めている。深いと言い切れないながらも、生い茂る木々の中をそうも歩いて行けるという事は、目的地がはっきりと解っているようだ。


 しかし、どうにも4人仲良く日光浴といった様子ではないらしい。何せ、彼ら一人一人は武器を携えていた。


「はぁ……はぁ……。まだ着かないの?」


 歩き疲れたか、栗色の髪の少女――劉備玄徳は、前を歩く黒髪の少女――関羽雲長に息を弾ませながら問いかける。


「もう少しで着くかと思いますので頑張ってください、桃香様」


 関羽は困ったように劉備の真名を口にし、答えた。その様子から、何度かこのやり取りが繰り返されていた事が(うかが)える。


「にゃはは。これくらいで疲れるなんて、お姉ちゃんはだらしないのだ」


 幼さが残る小さな赤毛の少女――張飛翼徳は姉と呼ぶ劉備をそう評した。それに苦笑いを浮かべ、少年――北郷一刀は劉備をフォローすべく、口を開いた。


「まあまあ。桃香は鈴々や愛紗みたいに凄い武人じゃないし、体力は追々(おいおい)つけていくしかないさ。()く言う俺も、ちょっと疲れてきたんだけな」


 はは、とごまかすように笑えば、張飛は、お兄ちゃんもだらしない、と笑顔で言ってきた。俺も頑張んなきゃな、と一刀が彼女の頭を撫でると気持ち良さそうに笑みを濃くした。


「仕方ありませんね。桃香様もご主人様もお疲れのご様子。一度休憩しましょう」


「やった! 愛紗ちゃん大好きっ!!」


「きゃあ! と、桃香様、いきなり抱きつかないでください。危ないですよ!」


「にゃっ!? 鈴々もー!」


 余程疲れていたのか、劉備は関羽の提案に抱きつき、彼女を慌てさせる。そこに張飛も加わり、3人の少女はきゃあきゃあと(かしま)しく揉みくちゃになっていった。


 その様子を優しい目で一刀は眺めていた。


(この3人が、三国志で有名なあの武将だなんてな……ホント、信じられなかったな)


 彼女らとの初めての出会いを思い出し、彼は笑みを零した。


 北郷一刀は、聖フランチェスカ学園に通う何処にでもいる男子高校生である。そう自覚し、事実そうであった。しかし、何の弾みかきっかけか――そもそもあったかさえ定かではないが――ある日、その立ち位置から大きく外れてしまっていた。


 寝坊した為に遅刻の危機に迫られ学園へと(ひた)走っていた一刀は、通学路の角を曲がった瞬間、突然の衝撃に襲われる。普通に考えたならば、人か自転車――最悪、車にかもしれないが――にでも当てられたか。しかし、気が付き目を開いて見れば、視界に広がるのは見慣れた寮の天井でもなく、病院の一室でもなかった。


 華美な服を着た可憐な少女達の姿。そして、彼女らの向こうに広がる見覚えのない広野に連なる山々。


 一目瞭然。明らかに、日常から縁遠い景色が彼の目の前に存在していた。


 現状が理解出来なかった一刀は、少女達に話を聞く事で状況の打破を図った。が、それは尚も理解しがたい状況に拍車をかける結果となった。


 劉備玄徳。


 関羽雲長。


 張飛翼徳。


 それが、彼女達の名前であった。


 この名を知らぬ者など、そうはいない。三つに分かたれた大国の一を治め、大陸の歴史に名を刻んだ英雄の名であるのだから。


 そして解った事は、今いる場所は日本ではなく大陸であり、加えて遥か昔の時代にやって来てしまったらしい事。最後に、名立(なだ)たる武将が()()()となっている事だ。


 つまり、北郷一刀は知らぬ間に海を跨いだうえに、時どころか次元さえ越えた――という事が判明し、それを認める他無かった。


 マンガや小説みたいな出来事を実体験してしまい、一刀が頭を悩ませていると、劉備達の表情が真剣なものへと変わっていた。



――――私達に力を貸してださい



 彼女らはそう願った。


 劉備達には理想がある。官匪の横行、太守の暴政、虐げられた者達が集まり賊となって更に他の者達を虐げる。続く負の連鎖を断ち切り、官匪、匪賊を懲らしめる事で多くの人々を守り、助けたい、と。


 その為に一刀の――天の御遣いの力を借りたいのだと。


 天の御遣い。


 管路という自称大陸一の占い師が詠んだ占いに出てくる、乱世を鎮めるべく天より遣わされた使者。それが、一刀であると劉備は言う。勿論、一刀は自分がそのような者ではない事など百も承知だ。一介の学生が、たかだか十数年ばかりしか生きていない自分が、そんな大層な存在である筈が無い。


 しかし、その事実は実のところ重要ではなかった。


 “天”という一字が(もたら)す威光は大きい。それを冠した使者かもしれない一刀が劉備の傍らにおり、力を貸している。それにより、多くの民が彼女に注目し、畏敬の念を抱くことだろう。よって、重要なのは天の御遣いの真贋ではなく、劉備玄徳という存在を世に知らしめる事である。


 それが一刀を人と人が争う場へと(いざな)う言葉でもある事を忘れてはいけない。比較的平和な国で育った何でもない少年を、だ。


 当然、彼は迷った。戦争などテレビの向こうの外国の話であり、ましてや誰かを助けるという行為は、『言うや易し行うは難し』の代表例ではないだろうか。


(でも……俺は桃香の手を取った)


 あの時、劉備に握られた手を眺め、一刀は彼女の瞳に宿ったとても真っ直ぐな意志の炎を思い出す。誰かを助けたいと思う気持ちに打算も何も無く、言葉には見た目から想像も出来ないくらいの力があった。


 その時、自分の心に火種をつけられたのかもしれない、と一刀は思う。そして、祖父の言葉が背を押してくれたのだ。


――世に生を得るは事を為すにあり


 依然とはっきりしない、この世界における北郷一刀じぶんの存在理由。祖父の言葉通りならば、きっとその理由がある筈なのだ。そして、劉備達に手を貸す事で、為すべき事の始まりが告げられる予感がした。


 そして、北郷一刀は天の御遣いという劉備達の神輿となる決心をし、彼女らの主となった。そして、真名――家族や親しい者にしか呼ぶ事を許さず、その名を持つ者の本質を内包し、神聖にして真なる名を預かった。


 目を閉じれば、桃の花が風に(そよ)ぎ、花弁が舞う光景が今でも思い出せる。


「…………我ら4人、性は違えども兄妹の契りを結びしからは、心を同じくして助け合い、困窮する者達を救わん。上は国家に報い、下は民を安んずることを誓う。同年、同月、同日に生まれることを得ずとも、同年、同月、同日に死せん事を願わん」


 桃園で誓い合った言葉を口遊(くちずさ)むように呟く。


 これが、この世界での北郷一刀の始まりだ。忘れる事など決してない。断言出来る。


 目を開けば、桃園の三姉妹が笑みを浮かべてこちらを見ている。どうやら呟きを聞かれていたらしい。


「ご主人様」


 えへへ、と弾けんばかりの笑みで劉備は一刀に言う。


「ぜぇーーったい、皆が笑顔でいられる世界を作ろうね!」


 その言葉に、一刀は力強く頷いた。







 休憩を終え、歩き出した一刀はそう言えば、と思い出したように話し出す。


「この森、鬼が出るらしい」


 その言葉にビクリ、と少女の肩が震えた。他二人は半信半疑の顔をするが、確かに一刀は彼女の肩が震えたのを見た。まさかな、と思いつつ話を続ける。


「なんでもさ、この森で人が迷っていると、幼い子供が現れるんだって。その子は出口まで案内してあげるって言って、手を引いてどんどん先に進んで行ってしまうんだ」


「なんだか良い子みたいだね」


 へぇ、と感心したように言う劉備に、そこまではね、と返すと一刀は気付いた。肩を震わせた彼女はどこか身を(ちぢ)み込ませているように見える。……どうも見間違いではないらしい。


「それで、案内されるまま進んで行くと、出口どころか森はどんどん深くなっていくばかり。変だと思ったその人が道は合ってるのか聞くと、子供は急に立ち止って間違いないって答えた。勿論そんな筈ない。辺りは更に深くなった木々が鬱蒼と生え立っているんだからさ。

 だから反論しようとしたら、それよりも早く子供が言ったんだ」


 彼女がゴクリ、と唾を飲んだのをしっかりと見た一刀は、悪戯心が触発された。


「ここは出口だよ。あそこもそう、あっちの奥に行っても同じだ」


だって、と一刀は続け、完全にビクビクとしている彼女に忍び寄り、耳元で(ささや)いた。



「……この世からの出口なんだから!」


「きゃあああああああああああああっ!!」


 森中に木霊するのではないかと思うほどに悲鳴が轟く。一番近くにいた為か、耳を(つんざ)かれた一刀はふらつきながらも、座り込んでしまった悲鳴(こえ)の主――関羽に手を差し伸べた。


「ごめんごめん。まさか、ここまで怖がってくれるなんてさ」


「こ、怖がってなんかいませんよ! これはその……そう、振りです! 怖がった振りなんです! 誰かが怖がってあげたほうがいいかな、とか考えた結果なんです! 嘘じゃありませんってば!」


「そっかそっか。愛紗は優しいなぁ」


「なんですか、その慈しむような目は! ホントに振りなんです。演技! 演技なんです!」


「うんうん。ほーら愛紗ちゃん、お姉ちゃんが付いてるから怖くないよ~」


「うぅっ! 桃香様まで!!」


「それで、お兄ちゃん。最後はどうなるのだ?」


「無視か!? 鈴々に至っては無視なのか!?」


 姉の威厳ズタボロな関羽を立ち上がらせつつ、どうだったかなぁ、と一刀は記憶を掘り起こす。連なるように思い出した別の事も頭の隅に置きつつ、結末を話し出した。


「最後は予想出来てると思うけど、子供は実は鬼で、森の奥深くに迷い込まされた人は食べられてしまうらしい。それで付いた名前が童姿(わらべすがた)の人喰い鬼……なんだけど」


「だけど、なんなのだ?」


「走って逃げれば、生き延びられるらしい」


 なんだそれは、と少女達の顔が如実に物語っていた。聞いた時は一刀もそう思ったのだ、仕方が無い。何故かは解らないらしいが、遭遇したらしい当人達が言っていたのだ。本当という事にしておこう。何せ、必死の形相で賊と一緒に退治をしてほしいと懇願してきたのだから。


「……それにあの女の子の話もあるしな」


 木の葉同士の間から伸びる日光を見上げながら、一刀は息を一つ零した。





†††††††††††††††††††††††††††





「もうすぐ賊の住処に着きます」


 関羽は凛とした武人の顔をし、皆に呼び掛ける。先程まで恥ずかしさの余り、しゅんとして「愛紗ちゃん可愛い!」と劉備に抱き締められていたとは思えない。確かに凛とした姿も良いが、しゅんとしていた彼女も良いな、と一刀も思う。


 これがギャップ萌えか、と悟りを開いた弾みか、関羽の頭を張飛にするように撫でてしまった。あっ、と思った瞬間にはもう遅く、爆発的早さで顔を赤らめた関羽に逃げられてしまった。さすがに失礼だったな、と反省しつつ、ちょっと傷ついていたりする。


 あと、


「もしかしてご主人様って……ううん、なんでもないよ」


 と劉備に物凄く気になる事を言われかけ、一刀は首を傾げていたりもしていた。


 閑話休題。


 少し進むと森の中でも開けた場所が見えてくる。段々と強くなる木漏れ日に輝きに目を細めていると、関羽が静止を促した。


「どうやら先客がいるようです」


 目を向ければ、確かに彼女の言通り、威圧するように並ぶ賊達の前には先客がいた。後ろ姿しか解らないが、先客は薄汚れた外套を頭からすっぽりと被り、腰には双剣を佩いている。しかし、遠目から見てもその背丈は子供くらいしかないのは確実だった。何せ、目の前にいる賊の腰の高さに頭が来るか来ないかくらいの背しかない。もしかしたら、張飛よりも小さいかもしれない。


 助けにいかなければ。そう思うものの、一刀の体は動かなかった。どうしてか、あの先客を見つけてから、どうにも目が離せなかった。胸の奥から生じる不思議な感覚が全身を満たし、訳の解らぬ喜の感情を湧き出させていた。


「あいつ、もしかして鬼なのかー?」


 張飛の言葉に一刀はハッとする。あの先客が本物の童姿(わらべすがた)の人喰い鬼ならば、賊は全滅する事だろう。だが、自分達は人喰い鬼の姿など知らない。目撃談だけで鬼がいるという確証は何も無いのだ。


「早くあの子を助けよう! ね、愛紗……ちゃん?」


 劉備の呼びかけに関羽は答えなかった。ただただ先客の姿に視線を縫い止め、じっと見つめて続けていた。彼女のその表情から、一刀は自分と同じ状態になっているのかと推測する。しかし、確認する暇などない。一刀は関羽の肩を揺さぶり、先客から意識を外した。


「愛紗、鈴々! あの子を――――」


 助けてくれ、という一刀の言葉は、突如響いた野太い断末魔に遮られた。


 見れば、先客が双剣を抜いていた。白の刃は陽光を受けて燦然(さんぜん)と輝き、対の黒の刃は血に濡れている。そして、首と胴体が離れた人間()()()モノが転がっていた。


 恐らく、一息で首を刈ったのだろう。賊の誰も彼もが息を呑み、小さな敵に(おのの)いている。捕食する側に立っていた筈が、一瞬でされる側へと叩き落とされたのだから当然だ。


 先客が一歩踏み出し、その姿を消す。そして、また首を断たれて死体が増えた。あとはその繰り返しだ。血の噴水が噴き出す中、白と黒の軌跡が小さな死神によって描かれる事で命がまたひとつ消えていく。その工程を30程続けられた(のち)、賊は全員死に絶えた。


 圧倒的という言葉が一刀の脳裏を(よぎ)る。疾風のように動き、逃げ回る敵の首を狂いなく断つ技術と膂力(りょりょく)。素人目でも解る程に、先客の武は関羽や張飛と比肩していた。


「――――そこに隠れている4人、出て来なよ」


(気付かれた……!?)


 茫然としている間に隠れている一刀達に気付いたのか、先客が呼びかけてきた。どうするかと顔を見合わせるが、隠れていても仕様が無いと観念して出ていく。


 近づけば近づくほど先客の大きさが解り、愕然とした。声の感じからして少年なのだろうが、身長が4人の中で一番小さい張飛の目元か鼻くらいしかない。こんな小さな子が30人強はいた賊を討ったとは、実際に見ておきながら信じられなくなりそうだった。


「えっと、俺は北郷一刀。で、彼女達が――」


「私は劉備玄徳」


「鈴々は張翼徳なのだ」


「……我が名は関羽。劉玄徳が第一の矛にして、幽州の青龍刀」


「次は君の番。名前、教えてくれないかな?」


 一刀が屈んで目線を合わせると、先客は俯いて視線を外した。外套のフードから零れた無造作に伸びた(あか)い髪が更に目元を隠しており、尚の事困難にしていた。


「ダメ、かな?」


 優しく声をかけてみても、反応が悪い。無理強いしない方がいいかと思った瞬間、先客の少年はゆっくりと口を開く。


「…………悪いけど、名乗る名が無い。何故か、なんて答える義務もない」


「え……? ちょ、ちょっと待ってくれ!」


 やっと答えてくれたかと思えば、先客は淡々としたつれない返事をした。そして、(きびす)を返して賊の住処へと乗り込んで行く。慌てて追いかけていくと、そこには賊が集めたのであろう食料や宝飾品の数々を漁る少年の姿があった。しかし、奪おうとしているのではなく、何かを探しているようにしか見えなかった。


 食料品と宝飾品で出来た山を何度も掻き分け、部屋を漁り続ける事、数分。先客の少年は首飾りの一つを手に取った。それは宝飾品であるものの、決して高価には見えない質素な意匠をしたものだった。だが、本来の持ち主が如何に大切にしてきたかが窺える代物であった。


 見つかった事に安堵したか、先客の少年は胸を撫で下ろして息をひとつ吐いた。すると、彼はいきなり見つけ出した首飾りを一刀に向かって放ってきた。


 驚きながらもなんとか一刀が受け取るのを見届けると、先客はさっさと出て行こうとする。訳の解らない一刀が目を白黒にしている内に出口まで行くと彼は振り向き、


「……お兄さん達、この森から一番近い邑から来たんだよね? それ、探してる子がいるから返しといて」


「そうだけど、何で解るんだ?」


「知ってるだろうけど、ちょっとした噂があってこの森にはあんまり人が寄り付かないんだ。だから、大体来るのは()むに()まれぬ事情で抜けていく旅人や商人、それに悪事を働く賊とか」


 もしくは、と淡々と彼は続ける。


「鬼退治を引き受けた酔狂者(お人好し)か」


 髪の向こうに隠れる双眸が、一刀達を捉える。見えない筈の彼の眼光にズグンと射竦められ、関羽と張飛は弾かれるように一刀と劉備の前に出て己が獲物を構えた。二人の体から覇気が流れ出し、先客の少年を警戒するように威圧していくが、依然として彼は飄々としたまま一刀達を見据えている。腰の双剣にさえ手を伸ばす素振りも見せない。


「ねえ、君が童姿の人喰い鬼なの?」


 ()()ずと問いかける劉備。他の3人も彼の答えを待ち、口を(つぐ)んでいる。


「そうだよ――って答えたら、どうする?」


 だが、逆に問いかけられて、答えは聞けず。


 この先客の少年が件の鬼であるならば、依頼された通り退治すべきなのかもしれない。人を騙し誘い込み、喰らうのだから。先の戦い振りから、関羽と張飛の二人がかりならば討てるかもしれない。


 しかし、どう見ても年端の行かぬ子供だ。庶人を救う事を理想と掲げる彼女らに手を下させては辛い思いをさせることだろう。


「……帰ろう」


「ご主人様……」


「へぇ……」


 一刀は退治を選択しなかった。その決断に関羽はどこか安堵し、先客の少年は意外だったのか多少の驚きが見て取れた。


「取引だ」


「僕と?」


「そう。俺達は君の頼み通り、この首飾りを届けるよ。探してるって子の心当たりもあるし。その代わり、君が討った賊は俺達が討った事にさせてもらう」


「賊退治がお目当てだったんだ、それは一足遅かったね」


「鬼退治も頼まれたんだけどね、そうだとしても君を見たらそんな気が起きないよ」


 そう一刀が答えると、先客の少年は訳がわからないと肩を落とした。こちらも何故そんな反応をされるのか解らずにいると、仲間である筈の関羽と張飛に苦笑されたが、劉備だけが自分と同じ反応をしていた。


「まあ、いいや。その条件でなら、いいよ。それに退治しないって言うなら答えとこう」


 え、と呆気に取られる一刀達を尻目に、彼は先の問いに対する答えを口にして去って行った。




――――名乗る名は無いけど、こう言われてる


――――童姿の人食い鬼ってさ




†††††††††††††††††††††††††††




 森に一番近い邑へと戻った一刀達は、あの鬼と呼ばれる少年との取引通り報告させてもらった。報酬を受け取る際、鬼を退治したかどうかも聞かれたが遭遇してないと言い張ってその場を後にした。


 買い物に行くという劉備達三姉妹と別れた一刀は、先に予約を取った宿の一室で野宿から解放された嬉しさから寝台に倒れこんだ。青臭い臭いもせず、ゴリゴリジャリジャリとした砂や小石の感触もしない。無縁で無経験だった野宿は、現代で生きた彼にとって多少厳しい面もあったが、この布団のふんわり感が全身の力を静かに抜いていってくれる。(まさ)に布団サイコーである。


 ただ、所持金に余裕が無いのは解っているものの、経費削減の名目によって女の子3人と同室というのはどうなのだろうか? と一刀は思う。『男女七歳にして席を同じうせず』とは、この大陸の儒学者が考えたのではなかったか? しかも、その劉備達に押し切られて茫然としていた一刀に、宿の主人は彼に向って笑顔でグッと親指を立て見送り、部屋案内の子供にいたっては、頑張って、とニコヤカに応援してきた。


 確実に誤解を受けている、としたくもないのに確信出来た。きっと、明日の朝には宿の主人が「昨夜はお楽しみでしたね」と笑顔でまた親指をグッと立ててくるんだろう。あと、案内の子の応援が何を指すのか考えたくもなかった。主に煩悩関係だとしたら、取り敢えず宿の主人と話し合おう。場合によっては説教だ。まあ、何にしても良い意味で受け取りたい。


 勝手な未来予想図(被害妄想)に傷付けられ、一刀はしばらくゴロゴロと寝台の上を転がって傷を癒そうと試みる。子供のような事をしている内に、ふと先客の少年――小鬼の姿を思い出した。


 とても小さな男の子だった。現代であれば小学校低学年くらいで、まだまだ甘えたい盛りでありヤンチャ盛りでもある年頃だろう。けれど、腰に子供には不釣り合いな双剣を提げ、これを以て賊を討てる程の武を持っていた。関羽や張飛という一線級の武人を前にしても飄々とし、淡々とした口調で自分の心情を悟らせもしない。子供らしからぬおかしな子供と言ってしまえばそれまでだが、子供が鬼と呼ばれてしまう時点でおかしな話だ。


 おかしいと言うのなら、まだある。どう見ても子供な彼が、あのような森に何故独りでいたのだろうか? いくら強いと言っても、まだ子供だ。ふらふらと歩いていて良いような場所では無い。彼の身近な位置に誰かが居る乃至(ないし)居たのは確かだと一刀は予想していた。野生動物に人が育てられてた話を聞いた事があるにはあるが、立ち居振る舞いに言葉がはっきりとしていた以上、野生児の線は無いと考えた。


 とすると、彼の持つ武は我流ではなく誰かに教授された可能性は高い。あの小さな体で賊を圧倒してみせたのだ、教えた師もかなりの腕前を持っているのかもしれない。真偽は兎も角として、小鬼の武が【童姿の人食い鬼】の噂の一因なのは決定的だ。武人がそれを見たのなら、武人としての性を刺激されるかもしれないが、一般人ならどうだ? 圧倒的な力を目にすれば、心に湧き上がるのは恐怖でしかない。その光景が一方的な抹殺であれば尚更だ。


「でも、あの娘だけは違った……」


 恐れる筈の相手を、とある少女だけは殺さないでと言っていた。最初は理由が解らなかったが、鬼の少年との接触で答えを知った。取引の条件である首飾りを届けること。それは、鬼の助命を願った少女と再会する事で果たされた。そして、聞いたのだ。鬼の助命の願った理由を。


「……そういえば、何で名乗る名前が無いんだ?」


 ポツリと疑問を呟く。この世界に来て、孤児を少なからず見てきた。戦争や食糧難等から来る問題から、生死を問わず両親と引き離された幼い子供達の姿を、だ。劉備が理想を掲げる理由の一端がそれなのだ、間近にして艱難(かんなん)辛苦(しんく)が往々にして立ちはだかるものを自覚させられたのは久しい。


 けれど、その子達は失ったものが多くあっても名を失ってはいなかった。


 名は自分の存在の(しるべ)だ。名は生を受けて、初めて親――家族から授かるものだ。


 それをあの少年は、無いと言っていた。


 名が無いというのに、それが自然とも言うかのように小鬼は平然としていた。


「……辛くないのかな」


 名前が無い、という事態に陥った事の無い自分には知り得ない状況、感覚、心境。自分が誰なのかも知らずになどいられない。


 異世界に時空間跳躍を果たしてしまった自分は、奇跡的になのかは解らないが十数年という北郷一刀の人生を覚えている。産んで育ててくれた両親、剣を教えてくれた祖父、共に笑い合った友人達の姿と思い出を。


「…………ダメだ。このまま考えてたら、ホームシックになりそうだ」


 一刀は起き上がると、郷愁を振り払うように頭を振った。それでも微かにその感情が隅に残っているような感覚がして、自然と苦笑が零れた。


「たっだいまー!!」


「ただいま戻りました」


「戻ったのだー!」


 買い物から戻った劉備達に、おかえり、と一刀が返すと三人は揃って首を傾げた。


「ご主人様、何かあった? なんだか元気無いよ」


「そ、そう見える?」


 聞けば、三人はすぐに頷いた。思ったより重症だったか、と一刀は頬を掻いて今まで考えていた事を話した。


「あの子かー。なんだか凄かったよね。鈴々ちゃんより小さいのに、あっと言う間に賊を倒しちゃうんだもん」


「むぅ。あいつなんかより鈴々の方がずっとずーーっと強いのだ!! 戦ったら、ちょちょいのプーでやっつけてやるのだ!!」


「まあ、戦う必要があればだけどな」


「……しかし、この邑の者達から鬼退治を求める声は少なくありません。いずれ、誰かが彼奴(あやつ)と対峙せねばならない時が来るでしょう」


「? お兄ちゃんと愛紗は鬼退治したくないの?」


 乗り気ではないのが声に表れていたか、一刀と関羽は顔を見合わせると苦笑した。思うところは一緒らしい。


「うん。正直、気乗りしないな」


「鬼を討ったとなれば、多少は名が広まるかもしれない。だが、あの小鬼を討ってまで広めようという気が起きん。

 それに、彼奴を見た時、よく解らない感情が込み上げてきたのだ」


 自身の胸元を押さえ、関羽は語る。小鬼の姿を見た瞬間、失くした大切な何かをやっと見つけたような感覚に襲われた。どうにも嬉しく思い、愛おしくさえ思ったのだと。


 もしや鬼に惑わされたかもしれない、と冗談めかしく言うが、関羽の表情は優しげに笑みを浮かべていた。


「じゃあさ、明日あの子に会いに行こう」


 劉備の提案に一刀達は目を丸くして彼女を見た。


「ご主人様も愛紗ちゃんも、あの子の事が気になって仕様がないんだよね? だったら、もう一度会って話してみようよ。もしかしたら、その原因が解るかも、だよ?」


「でも、ホントにお兄ちゃんと愛紗が小鬼に惑わされてたらどうするのだ?」


「えーっと、それはーその……えへへ♪」


 どうやら単なる思い付きらしい。少し感心していた一刀はガクリと肩を落とした。彼女の妹達はやはりか、という顔をしているあたり勘付いていたらしい。


「でもでも、あの子が仲間になってくれたら、きっと私達の力になってくれるよ!!」


「桃香、あの子を仲間に誘うつもりなのか?」


「うん。何で鬼って呼ばれてるか知らないけど、あの子は良い子だよ。きっと!」


「鈴々、強いなら賛成なのだー!」


「確かに、あの武ならば乱世を終わらせる一助になる事でしょう」


 どうしますか、という関羽の視線を受けて一刀は、ふむ、と考え始めた。


 仲間に誘う事に関して一刀に異論は無い。むしろ、賛成だ。関羽も抱いた、小鬼を見た瞬間に沸き上がったあの不思議な感覚の正体が解るかもしれない。


 それに、彼自身の事をもっと知りたい。


 何にしても、会わない事には結論も何も無い。


「よし! 明日、もう一度あの子に会いに行こう」


 主の決定に劉備達は異論なく頷く。


 この時、鬼にもう一度会おうとする酔狂者がいた事を、小鬼はまだ知らない。





†††††††††††††††††††††††††††





 森の中、小さな少年が自身よりも大きなモノをずるずると引きずりながら進んでいた。


 少年――小鬼は仕留めた鹿を(ねぐら)へと持ち帰る最中であった。幼いとはいえ、彼はこの森に独りで住みついている。獲物を捌くなど手慣れたものだ。時折、獲物を横取りしようとする野生動物もいるが、一睨みで逃げ去っていくので気にする事もなかった。


 しかし、今回は違う。


 小鬼は歩を止めると、面倒そうに溜息を零した。心境としては、まだ野犬や熊が出てきた方がマシといったところだ。


「……心変わって、鬼退治にでもしに来たのさ? お兄さん方」


 振り返る小鬼の視線の先には、昨日見た四人の男女の姿がある。


 鬼を討って名を上げようをした輩を少なからず見てきたからか、彼らが自分を討ちに来ても不思議に思わなかった。むしろ、当然だろう、と小鬼は思う。取引は賊退治の功を譲る代わりに首飾りを届ける事だが、それはあの場だけのもの。彼らが届けたか届けてないにしろ、もう終わった事だ。


 だから、今度は鬼退治に来たとしても不思議ではなく、至極当然なのだ。


 鬼は忌避される存在。人に恐れられるのが普通なのだから。


「僕の(くび)が御所望なのかもしれないけど、簡単にはやれないよ。死にたい訳じゃないからね」


 腰の双剣に手を伸ばしながら言うと、


「何でそうなるんだよ? 頸なんかいらないぞ」


 予想外の言葉が返ってきた。


 そう返した張本人である一刀が不思議そうにしているが、彼の傍にいる劉備達も同様に不思議そうにしている。そんな彼らの姿に益々疑念が浮かぶ。


「僕を退治しに来たんじゃないなら、何でまたわざわざこの森まで来たのさ?」


「じゃあ、君に会いに来た、っていう選択肢を追加してくれ。それが答えだから」


「は?」


 訳が解らない、と小鬼は思う。今までそんな人などいなかった。度胸試しやら肝試しやらで、ふざけて夜の森に来た者がいなかった訳ではないが、今は昼間だ。それとはまた別だろう。


「僕に会いに来た――なんて信じられないんだけどさ。本当に何の為にきたのさ?」


「……信用が無いのは仕様がないけど、そこはかとなく傷付くなぁ」


 軽く肩を落としたものの、気持ちを切り替えた一刀は、じゃあ本題だ、と口を開いた。


「俺達の仲間にならないか?」


 二撃目の予想外の言葉に、小鬼の思考が一瞬止まりかけた。


 目の前のお兄さんは今何と言った? 幻聴でなければ、仲間に勧誘された気がする。


「あのね、私達には叶えたい理想があるの」


「……理想?」


 小鬼の目線に合わせようと屈んだ劉備は、滔々(とうとう)と自身の想いを彼に語る。しかし、一刀の時と同じように彼は目線を逸らしてしまった。


「うん。官匪の横行、太守の暴政、それによって虐げられた人達が集まる事で、賊になって更に他の人達をまた虐げる――そんな世の中を終わらせたいの。

 その為に、官匪、匪賊を懲らしめて、皆が笑顔でいられる平和な世の中にしたいんだ」


 それでも彼女は小鬼を見続け、


「そんなの無理だよ」


 否定の言葉を返された。


「平和? 笑って暮らせる世の中? 夢見過ぎだよ、絵空事も良いとこだ。人はいつだって他人を淘汰(とうた)しなくちゃ生きていけない。

 この森に来た盗賊だってそうだった。食物やお宝、それどころか人の命を奪うのも、みんな遊び感覚でその数を競ってた。そんな奴らがいるのに、誰もが笑って暮らせる世の中なんか到底来やしない」


 小鬼が見てきた人間の大半が賊であった事を、一刀達は知らない。人の悪性を多く目にして来たが故に、劉備の理想は彼にとって夢物語にしか聞こえなかった。確かに素晴らしい理想だが、実現できるかどうかなど考えるまでもない。


「やっぱり、そう思うかぁ」


 小鬼に同意する声が劉備の仲間から聞こえた。


 それは一刀の口から発せられていた。


「正直言うとさ、俺も劉備から今の話を聞いた時、とても難しい事だって思った。不可能な事なんじゃないかとも思ったよ。俺のいた国は、この大陸より平和と言えば平和だったけど、傷付く人も傷付ける人も絶えないしさ」


「……大陸よりって、お兄さんは大陸ここの人じゃないの?」


「ん? ああ、言ってなかったっけ。そうだよ、俺はこの国どころかこの大陸で生まれた人間ですらない。

 君らが言う“天”という所から来たみたいだよ。それで、“天の御遣い”なんてやってるんだ」


 付け加えるのならば、この世界の生まれですらない。一刀は小鬼に話しながら、そう心中で独り言ちた。彼の話を聞いた小鬼の反応は怪訝なものではあったが、一刀の制服が日の光を弾き煌めく様を見て少しは納得してくれた。


「否定しないんだな」


「天から来たって人を疑ったら、じぶんを疑うようなものだし」


 それもそうか、と逆に納得する一刀。そこに小鬼は彼に問う。


 劉備の理想を無理だと断じた自分に同意しておきながら、彼女の傍らに居るのは何故だ、と。


 伸び放題の髪に隠れた小鬼の目が、彼をじっと見つめている。内容は小難しいものだが、文字通り小さな子供が質問してきているようで、一刀の頬は自然と緩んできた。


「俺は……北郷一刀が何故ここに喚ばれたのか、その理由と為すべき事を知りたいんだ」


 苦笑混じりに一刀は答えを口にする。


「俺自身、仙術も導術も使えないし、何か奇跡を起こせるような能力も無い。そんな至って普通な俺がこの世界に来て、出来る事なんて本当にあるのかって今でも思う。

 それでも……劉備の理想に触れてさ、彼女の力になる事でそれが解るような気がしたんだ」


 それに、と彼は続け、


「理想を掲げるのは悪い事じゃないよ。人が心に描いた事、全てが不可能な訳でもない。もしかしたら、劉備が頑張らなくても、いつか他の人が彼女の理想を実現してくれるかもしれない」


 でも、


「“いつか”が叶うのを待っていられる程、悠長にしてなんかいられない。苦しんでいる人がいる。絶望している人がいる。それを見て見ぬ振りするなんて、もう嫌なんだ。

 だから、俺たちは立ち上がった。夢物語でなんか終わらせないために」


 小鬼には理解できなかった。夢幻のような世の中。それは確かに幸福な世界だろう。だが、夢幻のようだからこそ、実現は困難を極めるのだ。


 それを彼らは困難であっても、不可能ではないと思っている。


 だからこそ、実現できると。


 甘い。甘い考えだと、断じてしまえばそれだけだと言うのに、小鬼の胸中はおかしくて堪らなくなった。


「随分と人が好いみたいだね。そんなのだと、悪い人に利用されて終わるかもよ。

 まあ、取引って(てい)で僕じゃなくて自分達が賊を討った事にして、邑の人達に要らない心配をかけないようにするくらいだもんね。当然か」


「気付いてたのか。……って、人が好いって君に言われたくないな」


 鼻で笑いながら小鬼がそう告げると、一刀はニヤニヤと何やら引っ掛かる笑みを返してきた。


「鬼に対して『人が好い』ってのは違うでしょ」


「かもな。なら、あの首飾りを取り返してあげた君を何て言うのが正しいのかな? 教えてくれないか?」


「……ただのついで。珍しい鬼の気まぐれを起こした結果だよ」


 聞いてくる一刀に対して、小鬼が肩を竦めて言い張るも彼らが一様に信じていないのがすぐに解った。


 優しいのだ。


 今まで向けられてこなかった、温かくて優しい眼差しが自分に向けられている。


 何故、と心中に困惑が浮かぶ。忌避され、疎まれるのが自身の存在だというのに、そんな眼差しを向けられるべきではないのに。


「嘘をついてはいけない」


 そう小鬼に告げたのは関羽だった。


「ただの気まぐれで首飾りを取り返したのだったら、見付けた時にあんなに安堵する筈が無い。見付かって良かった、と心から思わなければな」


「……そう見えただけの事だよ。そこまで気にかけてた訳じゃない」


「そうか。ならば、それでいい。だが、お前に首飾りを取り返してくれるよう頼んだ少女は、目に涙して感謝していたよ。……母の形見が返ってきた、と」


「……本当?」


 小さく聞き返す小鬼に、一刀達全員がしっかりと頷いてみせた。すると、彼はゆっくりと口元を(ほころ)ばせ、次の瞬間には、はっとしたように口元を手で隠した。


 その態度があからさま過ぎたのが自分でも解っているのだろう、小鬼は髪に隠れた目で一刀達を見るが、やはり皆笑みを浮かべていた。


「な、何さ……?」


「成程、って思ってね。やっぱり君は劉備と同類だな」


「え~? ご主人様とだよ」


「どっちもどっちだから、お兄ちゃんとお姉ちゃんと一緒でいいのだ」


「確かに。お二人とも、同じ気質をしてらっしゃるしな」


 小鬼を除いた一刀達の中では意見が一致しているようだが、如何せん当人である筈の小鬼には見当もつかない。何だというのだ、と見ていれば、彼らは小鬼に向かって異口同音に言う。


『お人好し』


 短く一言で言い切られた。先の行動のせいで反論しようにも、したところで簡単に流されてしまうのは明白。そこはぐっと堪える小鬼だった。


「と、とにかく、僕はお兄さん達の仲間にはなれないよ。僕が鬼だって忘れてるんじゃないのさ?」


「鬼だから、っていうのが理由なら納得しないぞ」


「なんでさ?」


「俺の世界――まあ、天の国か――だと、鬼って必ずしも悪い存在じゃないんだよ。神様になってたりもして、俺達を守ってくれたりするんだ。

 それに、戦乱を鎮めるっていう天の御遣いの傍にいるのが、悪い鬼だって思うのは難しいんじゃないか」


「詭弁な気がする」


「手厳しいな。けど、君に一緒に来てほしいのは本心だよ」


「……どうして、そう僕なんかに(こだわ)るのさ?」


 今の小鬼の心中はこの一言に尽きる。そんな事を言われた事など無いし、近いものであれば、いつぞやの槍使いに必ず再戦を果たしてみせると宣言された事ぐらいだろうか。……やはり違う気がして来た。


「上手く言えないけどさ、俺は君が気になって仕様が無い。ここで別れたりなんかしたら絶対後悔する、って変な確信があるんだ」


 この確信が一刀の手を小鬼へと差し伸べさせるのだ。一期一会の出会いだからこそ、この出会いを逃してはいけない。このまま別れたら、自分の前にはもう二度と姿を見せてくれない。嫌な確信をさせてくれたものだ、と思いさえもする。


 本人は否定しているが、人が好いこの小鬼に対して卑怯な言い方をしてしまったかもしれない。取り方によっては、後悔させないでほしい、と言っているようなものだ。内心、良心が少し痛むが、それでも手を取ってほしいと一刀は手を小鬼の前に差し出した。


「え……」


 一刀の口から、そう小さく声が零れた。


 一刀の手が小鬼の前に伸ばされた瞬間、彼はビクリと2、3歩後退(あとずさ)った。別に危害を加えるつもりは欠片も無い。優れた武を持つ小鬼ならば、そんな事はすぐに解った筈なのに。


「ダメ、なの?」


 劉備の沈んだ声で確かめれば、彼はまた数歩後退(あとずさ)る。


 小鬼からの答えは無い。態度で拒否を示してるのかもしれないが、言葉で以て答えを聞きたい。軽い気持ちで誘っている訳ではないのだ、一刀達は諦めの悪い選択を選び、答えを待った。


 沈黙が周囲を包み、重苦しい雰囲気を作り出していく。普段、快活な張飛でさえ、押し黙って不安そうに姉達と小鬼を何度も交互に見続けていた。


 そして、


「…………信じられない」


 小さな口から、ぽつりと言の葉が零れた。そこに乗った感情は困惑と不信と、悲しみと……。


「信じられないよ。僕は鬼で、人間じゃない……。一緒に行ったとしても、そんなのがいたら邪魔でしかないよ」


「邪魔なんかじゃない」


「どうしてそう言えるのさ!? 化け物なんだよ! 近くにいればどんな災厄を呼び込むか解らない害にしかならない奴なんだ! 避けていくか退治されても、当然な存在なんだよ!」


「それでも、だ。一緒にいたいって思った人を邪魔だなんて言わない」


「……っ!? だったら、これを見てもそう言える?」


 声を荒げたまま、小鬼は嘲るように前髪を手で上げた。緋い髪に隠れた彼の瞳を見た劉備達は、眼を大きく開き言葉を失った。


 人あらざる双眸(そうぼう)が、そこにあったのだ。


 綺麗な漆黒の瞳孔が獣のように縦に開かれ、一刀達を見つめている。


 それに【童姿の人喰い鬼】の話が彼女らの脳裏を(よぎ)る。


 子供の姿で油断させ、迷い人を喰い殺すという噂。小鬼の武の凄まじさを見て誤解した人達の話が噂の原因とばかり思っていたが、ここに来ての異形の双眸は十分な衝撃を与えた。動揺が大きかったせいか、言葉を紡ごうと口を動かそうとしても言葉にならず、パクパクと動くだけに終わってしまう。


 その様子に小鬼はやはりか、と独り納得していた。これが普通の反応だ、さっきまでの彼らの態度がおかしかっただけだ。これで諦めてくれる。


 そして、また独りに戻る。


 そう――



「へぇ、随分と変わった眼をしてるんだな」



――思っていたのに。


 一刀の声には多少の驚きは感じたが、戸惑いどころか嫌悪感すら無かった。まるで、彼の異形を平然と受け入れたような声音だった。


「……気持ち悪くないの?」


「どうして? まあ、驚きはしたけどさ」


「だ、だって、こんな変な眼してたらおかしいよ。気持ち悪いよ」


「かもな。でも、俺は君をそう思わなかった」


「…………怖くも、ないの?」


 怖ず怖ずと聞いてきた小鬼に、一刀は一瞬だけ顔を苦くし、意を決したように口を開いた。


「怖いって思っているのは、君の方だろ」


 その言葉は小鬼の芯にズグン、と突き刺さった。


「否定するだろうけど、君は良い子だよ。道を迷っていたら案内してくれるし、賊を退治してくれもしたし、小さな女の子のお願いも聞いてくれた。自分が他人に疎まれ怖がられているって知ってても、君は善意からそうしてくれた。

 けど、人は人と異なる部分があれば気味悪く思い、恐怖する。子供だろうと大人だろうと、男だろうが女だろうが、さ」


 だから、この森から一番近い邑の人々は小鬼を退治してほしかったのだ、と一刀は考えた。恐怖心は段々と不安を呼び、ありもしない被害妄想を生み出す事もある。皮肉な事に、小鬼が善意の行動を取れば取るほどそれに拍車が掛かってしまうのだ。今回で言うならば、噂通りに小鬼が人を襲い、果ては邑を滅ぼすかもしれない、とでも行き着いてしまったのだろう。


 結果、鬼退治の依頼がされ、恐れる対象でしかない小鬼は刃を向けられ続ける事になった。


 報償の額が高いとは言えないが安いという程の金額ではなかった事から、邑の不安も頂点に近づいてきていた事が窺えた。けれど、依頼された者達には彼ら程の不安感はないだろうし、あっても仮初のものだ。討ってしまえばそれでお終い、過去の事だ。


 中には、きっと小鬼を正面から退治しようとした者もいれば、騙し討ちを狙った者もいた事だろう。それも少なくない数の筈だ。


 そんな事が続けば、彼の心から“信じる”なんて気持ちが湧かなくなっても当然だ。酷い疑心暗鬼に陥っていても仕方ないだろうに、そこまで陥っていないのは受け入れたからだろう。


 自分は鬼だ。


 人ではないのだから忌避されて当然。


 疎まれるのが至当。


 恐怖されるのが自然。


 退治したいと思うのが妥当なのだ、と。


 けれど、鬼が人を恐れておかしいだろうか? 否、おかしくはない。ましてや、一線級の武を持とうと小鬼はまだ幼い子供だ、騙され傷つけられそうになれば、体は無事でも心は傷付く。


 心の傷は時が過ぎれば治るものではないものの方が多い。その傷は今もじくじくと小鬼を(さいな)み、()んだように疑心を滲ませ続けている。


 そう予想を告げると、小鬼は静かに俯くように頷いた。


「俺が……俺達が怖いかな? それとも、騙そうとしてるように見える?」


「…………よく解んないけど、見えない」


 帰ってきた言葉に内心で胸を撫で下ろしつつ、一刀は先を続ける。


「最後にもう一度だけ、信じてくれないか? 俺達は君を騙したりしないし、利用して使い捨てるような真似もしない。

 仲間になってほしいから、一緒に頑張って桃香の理想を実現していきたいと思ったから、仲間に誘ったんだ。だから、俺は――俺達はこう言うんだ。力を貸してほしい」


 一刀は小鬼の前に手を差し伸べ、もう一度言う。


「俺達の仲間になってくれないか?」


 小鬼の心は揺れに揺れていた。


 きっと、この人の――いや、この人達の言う事に嘘はない。皆が笑顔でいられる平和な世の中、なんて夢幻のような理想を真剣に語った時点で、そう気付いても良かったのだろう。しかし、自身の内に根付いた疑心暗鬼は、それを邪魔した。


 だから、こんな(じぶん)を本当に受け入れてくれるかもしれない。


 そう思えた瞬間、心に温かいものが広がると同時に冷え冷えとしたものが流れ、それさえも凍り付けようとする。




――――もし、また去られたら……




 そんな考えが脳裏を過ぎり、心が凍えた。


「…………やっぱり、ダメ、だよ」


 弱々しく零れ落ちた言葉は、震えていた。小鬼の信じようとした心は、疑心暗鬼(どうるい)に打ち勝てなかった。すぐ目の前に差し伸べられた一刀の手が遥か遠くに感じられ、掴み返したいのに手をまるで痛みに耐えるかのように強く握り締めた。


 温かそうな手と取るのが、どうしても怖かった。


「お前、なんでそんなに我慢するのだ?」


 動けなくなった小鬼に対し、張飛が言った。


「……何がさ?」


「鈴々は強いから怖いものなんて無いのだ。だから、お前も怖くないもんね。

 でも、お腹が空いたら空いたって言うし、退屈だったら遊んでってお兄ちゃんに言うし」


 それに、と彼女は続けて言う。


「寂しかったら、多分お姉ちゃんや愛紗に泣きついちゃうかもしれないのだ」


 張飛の思考は子供らしく、大人みたいに複雑に考え過ぎたりしない。悪く言えば単純、良く言えば素直と言っていいだろう。だから、自身の内に溜め込まず、外にどんどん出していく。


 自分がそうだからなのだろうか、自分と同じくらいの小鬼が何故そんなに我慢しているのか、正反対の張飛には不思議に思えてしまう。


「僕には、そんなの出来る人なんていない……」


「お前、家族がいないのかー?」


「…………うん」


「だったら、鈴々達にしたらいいのだ!」


 これで解決とばかりに言う張飛。だから、それが出来ないというのに、と小鬼は堂々巡りの入り口に立っている気分になった。


「お兄ちゃんもお姉ちゃんも、愛紗も優しいのだ。怖くないし、遊んでくれるから楽しいし、一緒にいれば寂しくなんてないのだ!」


 顔に晴れやかな笑みを浮かべる張飛が羨ましくて堪らない。この子も自分が持っていないものを持っているのだ、と小鬼が更に俯きを深くしていると、劉備がまた彼の前で屈んで笑みを向けてきた。


「君は偉いね」


「何、が?」


「だって、独りでいたんだよね。疎まれたり、怖がられたりされてさ……。それはきっと辛くて、とても寂しいものだったと思うの。私だったら我慢出来なくて、すっごく泣いちゃうかも」


「寂しいなんて……思った事ないよ」


「だから、偉いなって思ったの。こんなに小さいのに、いっぱい我慢して、いっぱい頑張ってきたんだよね。もう大人顔負けだよ」


 茶化すような気配は欠片も無く、劉備は小鬼をそう褒めた。


「でも、もう我慢しなくていいんだよ?」


 短いが故に、その言葉は小鬼の心に直接飛び込んでくる。


「今までは君の事を怖がったりした人だけだったかもしれない。けど、これからは君を大切に思って一緒にいたいって思う私達がいるから。

 私達の理想が理想だから、辛い事もあると思う。それも我慢してきた事も私達が受け止めて、それ以上に嬉しい事や楽しい事もいっぱいして、君にも笑ってほしいの」


「――――っ」


 負けた。


 小鬼はそう思った。これ以上は言い返せない。自分の心はもう、差し出された手の――自分のではない誰かの温かさを強く求め始め、もう抑えきれなくなった。


「……本当に」


「うん?」


「……本当に、僕と一緒にいてくれるの?」


 問いと同時に、小鬼の目から一筋の涙が零れ落ちてた。


「……ずっと前、僕と一緒にこの森で暮らしていた人達がいたんだ。でも、ある日、その人達は僕に何も言わずにいなくなったんだ」


 何も告げずにいなくなったのだ、当然ながら理由など知る由も無かった。ただ、その人達の姿が日常から消え去り、独り生きていくという現実が彼を取り巻いていた。


 だから、漠然とその事実を受け止めて今までやって来てのだ。それだけの事だと割り切ったように見せかけて。


 それを壊してくれたのだ。もう堪え切れる筈が無い。涙がもう、止められない。


「僕の前からいなくなったりしない?」


「…………ああ、そんな事しない」


「僕を見捨てたりしない?」


 三度目の問いを口にすると、彼の体は彼が欲しかった温かさに包まれる。小さな小鬼の体を劉備が優しく抱きしめていた。


「そんな事、絶対にしないよ。だって、これから私達は君の事を大好きになるし、君もきっと私達の事が大好きになってくれるように頑張るから」



――――だから、ずっと一緒にいようね



 耳に届いた優しい声が、小鬼の心に()み込んで(あふ)れて行く。


 「――――うっ……うわあああああああ」


 小鬼は泣いた。


 涙は関を切ったように流れ出し、声も抑える事などできなかった。今、凍り付いた心の中で(ひし)めく気持ちを言葉に出来ない。


 ただ、劉備に抱きしめて欲しかった。


 誰かと一緒にいるのだと、もう独りではないのだと実感したいから。


(…………言った通りだったんだ)


 自分は寂しかったのだと理解すると、心の冷たさと犇めきが少しだけ治まった気がした。


(もう独りはヤダよ……)







 一頻(ひとしき)り泣いて落ち着いた小鬼に、彼がやはり小さな子供なのだと一刀はまた実感した。年端も行かない子供がこんなにも頑張ってきたのだ、思い切り感情を爆発させて泣いたって良い。むしろ泣かないように我慢してきたのだから、大したものだ。


「ふふっ。目、すっかり真っ赤になってしまったな」


 小鬼の顔を手巾(ハンカチ)で拭いながら関羽が笑みを零し、その後ろで劉備と張飛も笑顔を彼に向けていた。少し恥ずかしいのか、顔も赤らめて小鬼は俯いてしまう。


 そんな彼の目線に合わせるように、一刀は屈んで口を開いた。


「それじゃ、確認。仲間になってくれるんだよな?」


 一刀の問いに小鬼はコクリ、と頷き、


「なる。一緒にいたいから」


 そうはっきりと答えてくれた。


 そんな短い答えだったが、一刀はとても嬉しく感じた。初めて彼と会った時と同じように、喜の感情が内に満ち満ちてきた。


 「そっかそっか。よし! これからよろしくな――――えぇっと……」


 小鬼の名前を呼ぼうとして、まだ聞いていない事実を思い出す。空回りした言葉をどうにかしようにも、どうしようもなかった。


 そして、思い出す。そう言えば、名乗る名が無い、と言っていた事を。


「なあ、名前ってあるのか?」


 ふと思い聞いてみれば、小鬼は首を横に振った。


「……覚えて無いんだ。3年以上前の事、自分の名前さえ」


「記憶喪失か……」


「で、でも、一緒にいた人達がいたんだよね? その人達が知ってるか名付けてくれたりとか……」


「うん、3年前から1年半くらい前までね。聞いたけど二人とも、自分達じゃ僕に名前をあげる資格が無いって、いつも小鬼って呼ばれてた」


 続いて劉備が聞くも、当てが外れた。


 随分と意味深長な言い方をするものだ、と一刀は思う。今の彼の始まり頃にいたのなら、名付けるなりしていても不思議は無い。名付ける事で関係性を持つのを避けていたのだとしても、長い事一緒にいたのはおかしい。


 どんな理由があったのだろうか、と考えていると、一刀は小鬼に袖を引かれた。


「ん? どうした?」


「僕の名前、考えてほしい。字も含めて」


「字も? それは大人になってから付けるもんじゃ」


「うん。だって、僕も戦場に立つなら、大人の人達と肩を並べて戦うんでしょ? ただの子供で鬼じゃいられないよ」


「鈴々も字があるもんな。一種の覚悟って事か……」


 一刀は唸りながら考え、


「記憶、取り戻したくないのか?」


「? 記憶がなきゃ前に進めない、なんて思ってないよ。でも、知る機会があるなら、知りたい」


「そっか。偉いな」


 一刀は小鬼の頭を撫でると、劉備たちを見た。


「この子の名前、俺が決めていいかな?」


「うん。だって、その子のお願いだもん」


「私も異存ありません」


「鈴々もお兄ちゃんが決めるなら、いいのだ」


「ありがとう、みんな」


 一刀は少年を真正面から向き合い、




「性は劉、名は焔、字は翔刃。真名は、朔」




 彼の新しい名を口にした。


「……劉焔翔刃。それが僕の名前」


「そうだよ。君の名前は、俺を含めた4人の名前からとったんだ」


「え? 桃香様は解りますが、私と鈴々もなのですか?」


 困惑顔の関羽。彼女と同じなのか、張飛も首を傾げていた。


「“劉”は、もちろん桃香から。焔は愛紗、翔は鈴々で、刃は俺から……なん……だけど……」


 三姉妹にジト目で見られ、一刀の言葉は段々と尻搾みしていった。小鬼の新しい名に自分の名が使われているのだ、この説明だけで納得する当人ではない。


「ええっと、愛紗の性からとった焔だけど、“関”は“繋がり”って意味だろ。同じ意味を持つ“縁”を、この子の火みたいに緋い髪に合わせたんだ。

 翔は鈴々の“飛”から同じ意味を。

 刃は、俺の“刀”から。乱世を終わらせる道を切り開けるように、だよ」


 考え付いた名前を説明するのに少し照れが入る一刀だったが、小鬼が貰った名前を何度も呟いて頬を(ほころ)ばせている様に胸を撫で下ろした。どうやら、気に入ってくれたようだ。


「新しい名前、どうかな?」


「気に入ったよ。僕は今から、この名前を名乗る。僕は劉焔翔刃だって」


 だから、と続け、


「みんなには、真名で呼んでほしい」


 小鬼――改め、劉焔は一刀達にそう希望した。その希望を断る理由など無い。一刀達は快く受け入れる。


「それじゃ、私達も朔くんに真名を預けるね。まず、私の真名は、桃香って言うの」


「我が真名は、愛紗だ」


「鈴々は、鈴々なのだ!!」


「俺の世界じゃ真名の風習は無いから、“一刀”がそれになるかな」


 それぞれが真名を劉焔に預けると、彼はまた彼女らの真名を小さく呟いた。失くさないように、自分の中に刻み込むように、何度も。


「良かった。これで俺達の繋がりが、ぐっと強くなったな」


「そうなの?」


「だって、仲間の名前から出来た名前だぞ? 普通の仲間より、ずっと結びつきが強い気がするだろ」


「ご主人様に至っては、名付け親ですしね」


 ニカッ、と笑って言う一刀の横で、関羽が同意するように続いた。その言葉に、一刀がとある事をふと思い立ち、言葉にした。


「なあ、朔。もっと、繋がりを強くする方法があるんだけどさ」


「どんなの?」


それはさ、と一刀は返し、


「俺と家族にならないか?」


 その一言に劉焔は理解が少し、いや、かなり遅れた。


「えっと……家族?」


「そう、家族。このお姉さん達――劉備達はさ、血の繋がりはないけど、同じ志を抱いて義姉妹になったんだ。血の繋がってる家族にはなれないけど、親とか兄貴になれたらいいなって思ったんだ」


 そう言って照れ臭そうに、一刀は笑った。


 本心を言えば、彼の為というのもあるが、一刀自身が求めている部分も大きい。


 実際、この世界に来た時、劉備達に出会っていなければ自分がどうなっていたのかなど想像もしたくない。きっと、野垂れ死にしていた可能性が高いからだ。そうでなかったとしても、この世界に親類縁者、()してや友人がいる筈もない。頼れる人が、一人もいないのだ。


 天涯孤独。


 劉焔が耐え忍んできたそれが、自身に待ち受けていたのだ。仲間と出会えた幸運を知る一刀は、彼を天涯孤独という境遇から、ずっと確かに解き放ちたかった


「ホントにいいの?」


 穏やかな笑みを浮かべ、一刀は劉焔の問いにゆっくりと首肯する。


 少しの間、劉焔は俯いて考え込む。やがて、意を決したように口を開こうとするも、口をもごもごするだけで言葉に出来ないようだ。


「お……お……お……」


「ん?」


 お兄ちゃん? それとも、お父さん? 


 出始めた言葉の頭から、予想するが次の音が出で来ないと判断がつかない。急かさず、彼の言葉が紡がれるのを一刀達は待った。


「お! おっ…………お父さん」


「……! 応!」


 劉焔は最後尻窄みしたものの、一刀の事を父と呼べた。一刀もそれに応えた。


 だが、二人はすぐに互いに顔を反らした。


「「…………」」


 それもそうだ。嬉しいやら恥ずかしいやらで、照れに照れてしまって二人とも顔が見事に真っ赤に染まっていたのだから。 当然、その場にいた三姉妹はその様をニヤニヤ――もとい、微笑ましく見ていた。


「にゃはは♪ 朔もお兄ちゃんも真っ赤なのだ」


「あぅ……。なんか、すっごい照れちゃったんだよ」


 張飛に早速からかわれる劉焔。その声に嫌そうな感情が乗っていない事から、受け入れてもらえ始めた事を感じた。


 一刀は劉焔の傍らに立つと、くしゃりと劉焔の頭を撫でた。撫でられた劉焔は彼を見上げると、すぐに笑みを浮かべた。


 鬼という存在に結びつかぬ、子供らしい可愛らしい笑みを。


「それじゃ、この5人で理想を実現する為に頑張っていこう!」


 一刀の声を合図に、彼らは歩き出す。


 天の御遣い率いる一行は、独りぼっちだった小さな鬼を新たに加え、歩みを再開した。


 性は劉、名は焔。字は翔刃。


 真名は、“始まり”という意味を込めて――――朔。


 この真名の通り、劉焔という少年の物語は始まった。




 お疲れさまでした、と言うべきでしょうね。何せ、今回の改稿・序章ですが、以前の序章と第壱章の数話を元に再構成しましたので、詰めに詰まって2万文字超えました。

 どれだけ初投稿時の段階で穴が空いていたかが解ります。プロットって大事ですねホント。


 改稿編ですが、小さな変化ですが文頭をスペースで一字下げる事で表す事にしました。ホントちゃちぃ変化だ……。


 桃香を平原太守ではなくした事からお解りかも知れませんが、黄巾の乱編を書くことにしました。その為、第壱章の数話を削除しました。色々と齟齬が激しいので、まっさらな状態から始めつつ、趙雲、朱里に雛里と改稿ならではの出会い方を朔とさせたいと思っています。


 今話を持ちまして、【真・恋姫†無双 〜羅刹戦記〜】を再開としたいと思います。今後とも、よろしくお願い致します。














































 空の色が朱色から紺に変わり、闇色へと至った刻限。一人の女性が夜闇に煌めく星々を見つめていた。


 煌々と輝く星が教えてくれた始まりを知り、女性は口角をゆっくりと上げて手に持つ月琴を弾き出した。その曲に題名など無い。ただの即興だ。しかし、それには始まりを祝すようであり、困難に負けぬように激励するかのように温かな音色が綴られていく。


 大切に、大切に。


 届きはせずとも、始まりの一歩を踏み出した者へと一音一音を風に乗せて奏で続ける。


 聴衆のいない演者の独奏は続き、最後の音が弾かれた。


「機嫌が好さそうだな」


 いつの間にか、月琴の女性の背後に亜麻色の髪の青年が現れていた。しかし、彼女は驚く素振りも無く、青年の言葉に嬉しそうに頷いた。


「名無しのあの子の存在が、この外史せかい(しっか)としたものになった。

 ……始まったのよ、過去おのれを無くした小さな鬼の物語が」


「ほう……という事は、出会ったのか。天の御遣い――北郷一刀、そして王となる者に」


「ええ。あの子が始まりへと至る為に必要な鍵は、天の御遣いと王だもの。この外史じゃ、大徳と為る少女と一緒に旅してるみたいね」


「一どころか零から始める事になったか。奴が付けた名前通りの始まりだな」


「劉備の陣営ならあの子にとっても色々と良いでしょうし、私としては万々歳ね」


 ふふ、と上機嫌に振り返り、月琴の女性は青年に笑みを零した。まるで自分の事のように喜ぶ彼女とは反対に、青年は困ったように頭を抱えた。


「お前は……もし、また両方とも失う事になったらどうする気だ? 今度こそ心身ともに壊れるかもしれないんだぞ」


「させないわ、()()()


 青年が口にした懸念を月琴の女性は力強く一蹴する。声音にはさっきまであった喜色は消失し、あるのは強い意志のみ。()くした痛みを胸に、崩れ落ちた体で立ち上がった者の声だった。


 その答えに青年は少し重い溜息を()いた。彼女の失くした痛みは青年も持つ痛みでもある。もう失いたくないのは此方(こちら)とて同じなのだ。反対など出る筈もない。反対したとて、彼女は自分を含めた障害を薙ぎ払ってでも邁進(まいしん)していく事だろう。


 だから、


「お前独りでやろうとするな。介入するなら、俺にもやらせろ」


 彼女の進む道を、青年は肩を並べて進んで行くのだ。


「ふふん。当っ然じゃない、貴女が来ないなんて言ったら首根っこ掴んで引っ張ってくわよ、私」


「はっ、それは有難(ありがた)い事だな」


 わざとらしく肩を竦めて見せると青年は月琴の女性の隣に立った。一度だけ互いに顔を見合わせ、同時に歩き出した。


 見据える先は地平線。それでも彼と彼女は自身の願いと目的の為に、動き出した。


 大切な友の為にも。









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