羨
三題噺もどき―ひゃくよんじゅういち。
お題:携帯電話・煙草・羨ましい
キリリと、遠くで何かが鳴いている。夏の虫だろうか…。むしむしと暑いこんな夜に、よくそんな気力があるものだと、感心すら覚える。
「……」
頭上には、かろうじて見える程度の星が瞬いている。
人工の光が多くなった今では、本物の満点の星空なんて見る機会はそうそうない。そういうアクティビティが生まれるぐらいだ。星が道を照らしていた昔じゃ、考えられないだろう。当たり前のものを、人間が壊して。それを今更、金をとって提供しているなんて言ってみたら、驚くかもしれない。
「……」
そんな点々とした星空の下。
嫌な暑さがまとわりつく夏の夜。
1人外のベランダに出て、携帯電話片手に煙草をふかしていた。
「……」
現在部屋の中では、下の階の住民に迷惑が掛からない程度の、ささやかなどんちゃん騒ぎが行われている。
中に居るのは、4名。全員が同級生ではあるが、知り合ったタイミングはそれぞれ。高校からだったり、中学からだったり。つい最近知り合ったやつもいる。そいつとは、友達の友達からのスタートなので、まだ何とも言えない空気感がある。二人きりになったら、若干の気まずさが残ってしまう。
「……」
そして今日は、高校からの友達の慰め会が行われている。
いや、多分みんな飲む口実を待ち望んでいたのだけなのだ。そこに(不謹慎だが)丁度いいタイミングで、そいつが恋人と別れたという話が上がった。ならば、仲のいい我らが慰めてやろうと集まることになったのだ。我が家で行われている理由は、まぁ、色々あるが。各々の家からも丁度いい位置にあって、独り暮らしで、外で飲むよりは宅飲みのほうがいいという、適当なところだろう。
「……」
いまだ、部屋の中では、恋人への未練たらたらああだこうだと。あっちから告ってきただの、浮気されただの、あんなに貢いだのにと。
「……」
それがよくなかったのではないか―とは言うまい。
きっとそれを心のどこかで分かっている上で、ああやって手放せないのでいるのだ。その関係に甘えて居たかったのだろう。知らないけれど。
周囲に居る他の連中も、かわいそうだとか次があるとか、いい子紹介しようかとか。よくわからないことを言い始めている。当の本人は、慰めなんて望んでいなかったりするのが、こういう時の正解なのだが。
「……」
そろそろ止めるべきだろうか…。いい加減飲みすぎだ。ザルでもない癖に…。なんなら半数以上下戸である。かく言う自分も、ザルではない。
「……」
しかし、どうもそういう気にならなかった。止めようという気にならなかった。
だからこうして、1人静かに抜け出して、ベランダに居るのだが。
室外機の上には、飲みかけの缶が置かれている。それを手に取り、一口飲む。流れで、煙草に口をつけ、すーと吸い込む。
「……」
あそこにいると、ひどく疲れるのはなぜなのだろう。
ぼーっとしているところにふと、そんなことを思う。
ふーーと息を吐き、煙を吐き出す。自分の気持ちを吐き出すように。
「……」
きっと私は、彼らが羨ましいのだ。
他人との関係で一喜一憂できる彼らが。
別れた本人もそうだが、それを自らの事のように聞いて、ああだこうだと言える彼らが。
どうして、そうやって、他人の感情に振り回されることを許容できるのだろう。と。そういう風に生きることができたら、もう少し生きやすかったのだろうか。と。
「……」
他人は他人。
私ではない。
それ以上でも以下でもない。
ただの人。
私ではない人。
そうやって、壁を作って他人と関わってきた私には、分からなかった。その感覚も感情も分からなかった。
だから、ああして語り合える彼らが心底羨ましい。共感できるその感情が、語り合えるその感動が、まったくもって羨ましい。
「……」
ないものねだりとも違う。
これは単純に羨ましいと思っているだけで。
それを欲しいとは思えないのだ。
羨ましいとは言っても、けして欲してはいない。
だから、今、こんな空虚な自分が出来上がっている。どこまでもからっぽな自分が。
「……」
ふと、携帯電話に視線を落とす。
電源をいれると、ぼぅと光るそれ。
その液晶には、何も映っていない。
好きなアイドルや俳優の写真。美しい景色や花々の写真。人気のアニメのイラスト。―そんなものは、何もない。
「……」
ただの、真っ白な絵がある。絵―というか。まぁただの白い画面だ。
そこには時間も何も明記はされていない。
「……」
ただ白いだけの画面は、どこまでも空虚のようでいて、どこか満たされているようでもある。
白で、満たされている。
「……」
ぼーと、眺めている。
ぽかりと吐く煙が、どこかに消える。
胸中に燻るこれは、一体何なのだろう。