7.氷雨さんと勉強会1
そう言えば、ルビを振り忘れてしまっていたのですが、美子はミコちゃん。麻子はマコちゃんと読みます。うっかりしていました。申し訳ありません。
「この前の小テスト返すぞ〜〜。呼ばれたら取りにこ〜〜い。花竹ぇ〜〜」
席順でも名前順でも1番では無いはずの私が、何故か最初に呼ばれた。
「は〜〜い」なんて呑気に返事して、深く考えずに取りに行けば、
「花竹!お前だけだぞ1桁なんて。来週から試験なんだから、ちゃんと勉強しろよ」
とか言われて渡されるテスト用紙。
恐る恐る覗いてみれば、そこには大きな文字で3と書かれていた。
「うわあ」
100点満点で3点。流石に自分でもドン引きする。
取り敢えず、丸めて捨てるか。いや、燃やす?煮るのもあり?あとは埋めるとか、とにかく無かったことに……。
ってだめだめだめ!何、現実逃避してんの私!!これは普通にヤバいやつ、まずいやつ!!
取り敢えず一つ深呼吸、そして改めてテスト用紙とご対面。
まずいまずいまずい。これはまずい!最強にまずい!!何が分からないかが分からないレベルだ!
ここ最近、脳味噌全部使って氷雨さんの事ばかり考えてたから、勉強とか試験とかうっかり忘れてた。
氷雨さんとは出来る限り毎日、登下校を(無理矢理)共にして、相変わらず会話は少ないし、縦一列になりがちだけど、自分的にはかなり近づいてきたんじゃない?ってそう思ってた頃なのに!
まさかのここに来て試験……。この点数。
これだけでも結構積まれた高い壁、焦る私に追い討ちがかかる。
「ちなみに赤点取ったら夏休み補習だからな」と。
なるほど。赤点取ったら夏休み補習。赤点取ったら夏休み補習。赤点取ったら夏休み……。
えーーーー!それは無理ーー!
お尻に火がついた私は、授業が終わるや否や急いで美子ちゃんの元へと向かった。
「ノートを写させて下さい!!」
両手に何冊ものノートを抱え込んで泣きついた。
「勿論。いくらでも写してね」
眩い笑顔で優しく受け入れられる。ああ、なんて女神様。
「ありがとう〜〜〜〜」
「いえいえ。どの科目が必要かな?」
美子ちゃんはこてんと首を傾げる。ふわっふわの内巻き髪もころんと可愛く揺れる。
そんな大女神美子ちゃんの机の上に、私は抱えたノートを一冊ずつ置いていった。
「えっと……現国と数学と……、あと物理化学生物英語英会話、現社家庭科、あと保健……かな」
重ねていくと、ちょっとした山が出来上がった。そして、すぐ横からは声が飛んでくる。
「ほぼ全部じゃねーか!」
麻子ちゃんだ。
へへっと笑って誤魔化す、けど。
「笑ってんな」
ピンっと軽くデコピンされてしまう。
「ううっ……ごめんなさい」
「お前授業中何してたんだよ?サボるような性格でも無いだろ」
麻子ちゃんの心底呆れた声、自然と目が泳いでしまう。
「そ、それは……」
「何か、あった?」
優しい声で美子ちゃんにも尋ねられる。
その表情は眉が下がり、ボロボロの民を案じる女神様みたいなもので。流石にそんな顔をさせてしまうのは、心が痛い。内容が内容だけに申し訳ない気持ちになってしまう。
だから、私は恥ずかしい気持ちをちょっとだけ後ろにやって、口を開いた。
「えっと……その、氷雨さんを見てて」
「氷雨さん?」
美子ちゃんは、またこてんと首をかしげる。そういうぬいぐるみみたいでとっても可愛い!家に飾りたくなってしまう。
その横で「はぁ?」と渋い顔をする麻子ちゃん。
2人には隠してた訳じゃ無いんだけど、改めて話すのは初めてだった。
「うん。私、氷雨さんと仲良くなりたいなって思ってて。ていうか、頑張り中で」
ついつい頬が熱くなる。
憧れの人。ただ、その人と仲良くなりたい。それを告白しただけ。それなのに、まるで本当に愛しの相手でも暴露するかの様な、そんな気恥ずかしさに襲われる。
そんな私に、「待て待て」と麻子ちゃんストップがかかった。額に手をあてた悩ましげスタイルで。
「最近さ、やけに氷雨に話しかけいくなとは思ってたけど。お前、この間の私の話聞いてた?」
「うん、勿論!寧ろその話のお陰でもあって」
「いや、何でだよ。そんな要素なかっただろ」
「あったよ!沢山あった!あり過ぎて困っちゃうくらいだったよ」
「どこが!?」
「容赦のないところ!とか」
「いや、分からん、全く」
「だってね、平等に無視でしょ?そんなの、なかなか出来る事じゃないよ。相手の気持ちとか反応とか絶対考えちゃうし、上級生かとか怖そうな人かとか、そういうのもちゃんと見ちゃう。それで態度が変わったり、色々ブレたりなんかして……」
思い出しながら話していると、まぁあまりいい思い出ではないので、当然胸がモヤモヤしてきてしまう。徐々に顔も俯いていったりして、口籠ったりしてしまう。
それでも、私は振り切るように顔を持ち上げた。
「だからね、ちゃんと貫く氷雨さんは本当に凄いと思う!少なくとも、私には絶対できない事だから」
「まともじゃないだけだろ」
「まぁ、確かに氷雨さんはずば抜けてかっこいいし、綺麗だけど」
「そういう事じゃない」
「意外と優しい?」
「知らんわ」
「あ、じゃあ意外と」
「もう良いよ。なんか話ズレてる」
「えっ、ズレてた?」
中々話の読めない私に、麻子ちゃんも深くため息をつく。そして。
「まぁ、それで。暫く近付いてみてさ、やめようとか思わないわけ?」
呆れたような顔、けれどその目は見定めるように真っ直ぐ私を向いていて。
「勿論!」
私は胸を張って答えた。
「そ、なら別に良いよ」
まったくもうみたいにまたため息をつくと、麻子ちゃんは私の頭をぽんぽんと叩いた。
そんな私達の会話を暫く心配そうに聞いていた美子ちゃんが、やっと嬉しそうな顔を向けてくる。
「あのね、麻子ちゃん、ずっと心配してたの。ひめりちゃんが氷雨さんに話しかけにいく様になってから。いじめられないかなって」
「えっ!そうなの?」
麻子ちゃんを見れば、顔を赤くしてそっぽを向いている。典型的な照れ方に思わず笑ってしまう。
「何笑ってんだ」
そう言うと、麻子ちゃんは私の額をピンッと弾いた。
「ただの予防線だよ。お前がいつもすぐ泣いてめんどくさいから」
拗ねたような顔を真っ赤する麻子ちゃんに、あんまり説得力は感じられなかった。
「ま、でも何かあったら言えよ」
心強い友達の心強い言葉。心にポッと明かりが灯ったようになる。
だから、そこは有り難く受け取って。
「……じゃあ早速、お願いが」
麻子ちゃんの両手をぎゅっと握り締めた。
「おい、そこの問3、また間違ってるぞ」
「あれ……?でも『僥倖』って土4個に元気の元、それに幸せ『よっしゃあー!』みたいな感じだったよね?」
答えながら麻子ちゃんを見ると、筒状にしたノートで頭を叩かれた。
「違う!だから、土は3つで、元だと一本多い!昨日も間違えたぞこれ」
「あ、そういえばそうだった……」
「ちゃんと覚えろよ。はい、じゃあ『僥倖』10回!」
「はいっ!」
いそいそと裏紙の空きスペースに『僥倖』を書き込んでいく。
あれから、麻子ちゃんにお願いして、朝、放課後と勉強を教えてもらっている。そんなこんなで、早5日間。たった1時間にA4の紙一面を、真っ黒にさせるほどには努力を重ねていたはずだったのに。
「だから、ここは(x+y)で括るんだよ」
「はい!」
「ここ、(5x+3)をAに置き換える!」
「はいぃ」
「おい、また、義満と義政間違えてる」
「はいぃぃぃ」
全然成果は伴っていなかった。
「5日やってこれか……」
項垂れる麻子ちゃんにいつもの活気は見当たらない。
「先生、厳しいですか……?」
「お前、本当に今まで一夜漬けで何とかなってたのかよ?」
麻子ちゃんの問いにこくりと頷く。
「寧ろすげーな」
「今までは、授業、ちゃんと聞いてたから……」
「ま、そうだろうな」
この5日間、美子ちゃんのノートを写し、麻子ちゃんに勉強を教えてもらうと決めてから、ほとんどと言って良いほど氷雨さんと接触できていなかった。深刻な氷雨さん不足。勿論、寂しいのは私だけだって分かってる。
けど、それでも、朝だって放課後だって休み時間だって!勉強のために氷雨さんとの時間を我慢した!
なのに!!
「氷雨さんに会いたいお話したい……」
「話せば良いだろ」
「だめ!今までみたく氷雨さんと一緒にいたら、また氷雨さんのことばっか考えちゃって勉強どころじゃなくなっちゃうから」
「氷雨のこと考えてやる気が出るとかは無いのかよ」
「そんなの絵空事だよ」
「そういうもんかね」
「そういうもん!とりあえず!私はこの辛く厳しい氷雨さん断ちを経て、何とか赤点回避、補習回避を実現し、輝かしい氷雨さんとの夏休みを手に入れるんだよ!」
「何だよそれ」
「海にプール、夏祭りに花火!スイカに素麺、かき氷!夏はイベント事が目白押しなんだよ!これ全部氷雨さんとやりたいんだ」
頭に浮かぶ光景が素晴らしく、視界すらキラキラと輝きだす。
「やりたいんだって……誘ったのかよ?」
「まだ!でも随時誘っていく算段です!」
「……そうかよ。まぁ、でもその為には残りの土日、相当気合い入れて勉強しないと難しいぞ」
ぶら下げた人参がいかに遠いのか。麻子ちゃんはため息混じりに告げる。
それでも、夏休み、隣同士の特権を活かして近付くには持ってこいの機会。少しでも沢山の時間を過ごして沢山の氷雨さんを見て、もっと仲良くなりたいから。
「うん!分かってる!麻子ちゃん、ここまで本当にありがとう。後は自分と2日間戦って、月曜には生まれ変わった私をお見せ出来るよう頑張るよ!」
「まぁ……なんだ。応援してる」
ここまで付き合ってくれた麻子ちゃんの為にも、大好きな氷雨さんとの時間を育む為にも、何としてもやり切るぞ!
そんな溢れんばかりの気合いのもと、私はかつて無いほど熱心に勉強に勤しんだ。
そして、集中して頑張って、眠気も追い払って、何とか何とか学び耽った土曜日の夕方。ついに、力尽きた。
歴史のノートに赤シートを滑らせていたはずが、いつの間にか夢の中に滑り込んでしまっていたらしい。部屋中に溢れる教科書参考書問題集の数々。その中で、幸せな夢を見ながらスヤスヤと。
そこから何時間も経った日曜の朝10時。ひめりの部屋に1人の人影があった。
「……おはよう」
彼女は寝ているひめりに声を掛ける。しかし、反応はない。
「いつまで寝てるの」
「……ぁ……あと、も、もうちょっと……」
目を瞑りながらの寝ぼけた返答に、彼女はひめりの頬を摘む。
「赤点とるつもり?」
「……へ」
赤点、その言葉にピクリと反応し、少しずつひめりの目が開いていく。
「夏休みは補講をうけるの?」
「ほ……こう?」
彼女の紡ぐ言葉でひめりの瞳に意識が戻っていく。
「あ!!勉強!」
ようやく目が覚めたようで、散乱する本の中、突っ伏していた身体が飛び起きる。
「おはよう」
そして、ひめりの目の前には氷雨深王がいた。
いつもお読みいただきありがとうございます!




