26.氷雨さんとわたし
長らく空いてしまい、申し訳ありませんでした。
一応、これで一章目は終わりです。
何の特別もない、ただの休日。
強いて言うなら、冬休み。それか、大晦日を翌日に控えたとある晩。
夕食をちょっと食べすぎて、そのまま寝るのもなぁなんて思って出たベランダで氷雨さんと鉢合った。
「あ……」
しまった、今、全身ピンクの毛玉フリースじゃん。
そう思って、後退りしようとした時にはもう遅かった。部屋に引き返すより早く、ベランダの仕切り板の向こうから聞き慣れた声がした。
「こんばんは」
流石に聞こえなかったことにはできない声量で、諦める。
「こっ……んばんは。久しぶり」
仕方なく、同じように柵にもたれて顔を出せば、冬を司る女王が如く冷冷たる凛々しいご尊顔が現れた。
自分の格好がちょっとアレだと、つい人のファッションチェックもしてしまうというもので、顔を出しつつそれとなく服装に目を及ばせれば、氷雨さんもまた別の意味で物凄い格好をしていた。
半袖にショーパン、この時期に。
いつもは惚れ惚れするような長い手脚も、流石に今は別の意味で目に毒だ。
軽く身震いなんかしていると「ふっ」なんて軽く吹き出した声が耳を掠めた。
「……氷雨さん、笑ったでしょ」
「別に」
何のこと?みたいな顔して無理矢理笑みを抑えつけると、そっと私から視線を避難させていく氷雨さん。
「やめてやめて!寧ろそれ、虚しくなるやつだから!」
「いや、別にバカにしてる訳じゃない。ただ、ふっ……カンフーの達人みたいだって思っただけで」
「笑っちゃってるじゃん!ていうか、それ、昨日の年末特番でやってた映画の脇役でしょ」
しかも序盤でやられるやつ!
指摘すれば、閃くように目を大きくする氷雨さん。
「ああ、もしかして」
「意識してないからね!」
「……そう」
なんか凄くがっかりされてしまう。
今からでも嘘ついた方が良いんじゃないかってくらいには、見てとれるテンションの落ちようで。
とりあえず雰囲気の持ち直しを、なんて思って。
「まぁ、あの人が、黒幕だったのは意外だったよね。序盤に消えて、途中からは忘れてすらいたし」
とか適当に笑って言えば、
「……そうなんだ」
遠い目に、明らか残念そうな声を返された。
あれ……?うそ、逆効果?
ていうか、これは……。
「あれ、まだ見てなかった?」
「……途中まで見て寝た。今度続き見ようと思って」
「あ、なんかごめん」
「……いや」
後悔先に立たずとは正にこの事。
その消え入りそうな声を余韻に感じ、もう墓穴は掘るまいとひっそり夜空を見上げたところで声が出た。
「あ!雪!」
その言葉で氷雨さんも天を仰ぐ。私みたく声には出さずとも、手のひらを出してそれを確かめていて。
悔しながら本当絵になるなぁ……とか思っちゃう。なんなら、絵に収めたい。
けど、あんま見過ぎて新年早々避けられたりしたら悲しすぎるから、頑張って目を逸らす。
それから、腕まくりをしてから空に向かって手を伸ばした。
伸ばした手には、ふわふわと冷たいものが落ちては乗り、水滴に変わっていった。
「ひぃ、やっぱり冷たいね。昔は平気で素手で雪だるまとか作ってたのになぁ」
流石に寒くて引っ込める。パラパラと落ちる雪なのに、腕は意外とびちょびちょに濡れていた。
このまま袖を戻すのは、ちょっと気が引けたけど、かといってタオルを取りにここを離れるのも惜しいような気がした。
氷雨さんは気まぐれだから、じゃあまた来年なんてこともあり得るし……。
もうちょっとここにいたい。
仕方なく服で拭おうかな、と思ったところ。
氷雨さんに止められた。
「ちょっと待ってて」と。
あれ……これ、タオルでも渡されてバイバイコース突入か!?なんて悲しみゲージをグイグイ上げていれば、氷雨さんは、ものの数分で戻って来た。
「風邪引くよ」
ぶっきらぼうに差し出された手には、タオルがあった。
うっ……やっぱり。けど、あれ……?
「氷雨さん、カーディガン着て来たの?」
しかも、いつの間にか長ズボン。
「寒いからね」
「あ……、うん。まぁ、そうだよね」
ていうか、さっきまで半袖半ズボンだったのが凄すぎるんだけど……。ってそんなことより。
「ひ、氷雨さんもしかしてもう寝ちゃう?」
思ったよりもか細い声が出て。
言ってから、この台詞なんか一緒にいたいアピールみたいだったかなって後悔する。
「まだ寝ないけど」
「あ、そっかよ…………よよよ……ヨガに行きたいわぁ」
良かったって言葉は、なんとか飲み込んだ。
ものすっごく、はぁ?みたいな顔されたけど。
だめだだめだ、積極的に行くって決めたけど、好き好きアピールのやり過ぎは禁物って恋愛板にも書いてあったんだから!
というわけで、強引に話の転換を試みる。
でも、頭の切れない私は焦るあまり――
「あ、そうだ!ちょっと気になってたんだけどさ、前に私に『呪われてる』って言ったじゃん。あれって、どう言う意味?」
とか、地雷的話題に踏み込んじゃう。
「……あぁ」
私の言葉に氷雨さんが思い出すように呟いた。
心なしか声のトーンがやや低め。
あぁ、現実の会話にも選択肢があったらいいのに……!
うっ……ごめんよ、氷雨さん。
「い……一応、あれから調べてたんだけどさ、やっぱ怖い系しか出なくてさ……」
「そんな事調べてたの?」
「いや、だってさ、なんか隠されたメッセージがあるのかなとか思ったりしてさ。そういうの、伏線……ていうか、アニメとかゲームでよくあるから」
勢い余って、少し頭を突き出したら大きめの水滴が落ちてきて見事額に命中した。
それが鼻を伝って流れて少し気持ち悪い。拭いながら隣を見れば、氷雨さんもやんわり濡れた前髪を横に流し、目を伏せている。
この時間にもそろそろ限界が近そうだった。
「……まぁ、意味が無いわけでもないけど」
憂帯びた顔と湿った髪が良く似合っていて。氷雨さんにしては珍しく回りくどい言い方だなと思いながらも、つい見入ってしまう。
「えっと……それって聞いてもいいやつ……なのかな?」
「つまらないと思うけどーー」
そうして聞いたものといえば、氷雨さんは昔から氷雨さんだったという話。
違うのは、性格が友好的で、周囲から『元気で明るい』と評されていたということ。そして、そのままなのは、見た目と能力。
要するに、昔、小学校中学年くらいまでの氷雨さんは所謂、典型的な人気者だったということだった。
だから、友達沢山、親友だっていたようで、とにかく想像するよりもずっと普通の小学生をやっていたとのことだ。
そこから逸脱し始めたのは、高学年に上がる頃。
クラス替えをきっかけに親友の女の子に告白をされたらしい。そして、その一件を皮切りに、恐らく暗黙の内にあった不可侵ルール的なものが破られた一同は、こぞって氷雨さんに想いを伝えにかかったとのこと。
そこからは、後は着けられ、物はなくなり、隠し撮りなんて日常茶飯事で。
とにかくモテてモテてモテモテで困っちゃうくらいな日々をーー……うんうん。
「待って、なにそれ、武勇伝聞かされてるの!?」
「……これが?」
眉を顰める氷雨さん。ふむ、私達の間には価値観の差が大きくあるようだ。
まあ、確かに大変そうではあるんだけど。
「普通そんなモテるなんて絶対無いじゃん。やっぱ凄いなって思っちゃうよ」
「……花竹さんも前に告白されてたけど」
「あれは、全く意味が違うから!それに……ていうか、この話、何も『呪われてる』発言に繋がんなくない?」
「それはーー」
「あ!待った!!分かったかも。あれでしょ!みんなを虜にしちゃう呪い!みたいな」
言ってから恥ずかしくなった。
「な……、なんてね!まさかそんなことはーー」
「まぁ、端的に言うとそんな感じ」
「え!うそ!?」
「大体は」
まさかの正解に拍子抜けて、猫が蹴伸びをするように、柵に手を掛けてぐいーんと体を伸ばすと、情けない声が漏れ出てしまう。
「なんだよそれ〜〜」
思わず笑みまで溢れてしまう。真剣に悩んでた自分が無意味だったかのように、ふわふわと気持ちが軽くなる。
「もっと、小難しいのかと思ってたけど、そんなやつなら、もう全然」
「……全然、なに?」
訝しむ表情の氷雨さんに、思いっきり頬を緩ませた。
「全然いい。どんどん呪われたい!」
「……なに言ってんの」
呆れたように笑う氷雨さんに私は、気の抜けた笑みを返した。
私たちはまだ知らない事もそこそこあって、知ってる事もそこそこある。そんな距離感で。
心の距離みたいな物で表すなら、きっと、やっとお互いが向き合えたってくらいな物だから。
伸ばした手に乗っかって解けていく雪のように、いつか氷雨さんの中に私も融けていけたらなと、そう願うのだった。
いつもお読みいただき本当にありがとうございます!
この回まで、長い日数空いてしまい申し訳ありませんでした。
ちょっと、別のお話を急いで書いておりました!
一応、一章として一区切りとなりますが、氷雨さんの過去とか、なんでひめりの事は強く拒否しなかったのかとか、色々謎だと思うので、そこを次の章で書きたいと思っています。
あとは、ひめりのライバル(?)的な奴だとか、羽角君の秘密(もしかしたら勘の良い方は気がついてるかも?)だとかも書く予定です。
次の章は、まだ全然書けていないので、ちょっとまた空いてしまいそうですがコツコツと書きだめしていけたらと思っています(^^)
また少しお別れですが、もし宜しければまたお読みいただけたらとても嬉しいです!
ではでは、拙文ながらも一先ずここまで読んでいただきありがとうございました(^^)!!
一応、このページに追加していく予定なので、未完結としています!




