25.椿さんと氷雨さん家2
「そう!!後の事は後で考えればいいのよ!カメラの件は残念だったわ。でもね、場が温まったのなら、別にいいんじゃなくて!?」
本当、一人で何言ってんだ。
誇らしげな仁王立ち。そり返るような背中と共に、張り出される威勢の良い声。
なんかもう、こんな事で中断されたとか、涙出そう。
けど、この子はそんな切ない表情を、全くもって勝手に誤解しやがった。
椿さんは私の腕を思いっきり引っ張って、椅子が倒れるのなんか気にもせず、私を椿さんの後ろに引っ込めた。そして。
「もう大丈夫よ、ひめり。安心なさい!」
ピンチのヒロインを助ける英雄みたいにそれはそれは頼もしく、私の方を振り返ったのだった。そして、ティペットっていうのかな、ワンピースについてたふわふわをパチンと外して私に手渡した。
「これ使って!」
顔がいい分、絵面的には完璧で。訳分かんないけど、ありがとうって気持ちにはなった。それでも、訳は分からない。けれど、この復活ホヤホヤの一点の隙もなくノリノリな彼女には、全くもって勝てる気がしない私は、ツッコむこともままならず、あっ、とか、えーと、とかしどろもどろしちゃったりした。
そのせいで、また勘違いをされてしまう。
「遠慮しなくていいのよ。大丈夫、存分に涙を拭いてくれて構わないわ」
あ、そういうことか、なるほど。って気持ちと、これで!?って気持ちが正面衝突で砕け散った。だから、私からは視覚情報重視で感謝の言葉が紡ぎ出された。
「あっ……りがとぅ」
とは言っても、尻つぼみになりながら。
「いいのよ!」
そう言ってから微笑むと、椿さんは再び氷雨さんに向き返る。それから、また例のあの決めポーズ決め込んだ。人差し指をピシッと向けるやつ。勿論、相手は氷雨さんに。
あ、終わったな。今日何度目かわからない終わりを強く感じ瞬間だった。
「深王ちゃん!そのかまってちゃんは間違ってるわ!!」
相変わらずの自信満々な声が部屋中に響き渡った。
「いい?かまってちゃんっていうのはね、普段しない行動や、大袈裟すぎる行動で周囲の気をひくの。つまり、深王ちゃんがやるとすれば、引くほどデレデレベタベタとくっついて回るか、そのクールでツンツンした態度を南極のブリザード程までに昇華させるべきなのよ。それなのに、今の深王ちゃんの態度と来たら、中途半端もいいところだわ」
悠然と語る椿さん。前を向く彼女のその目には、氷雨さんしか映っていない。一方で、そんな彼女の背中を見ながらも、何言ってんだっていう呆れから驚いたリスみたいになっている私。かまってちゃんなんて言葉は、どうあっても氷雨深王という人物と結び付かないのだ。
それなのに、一瞬。目に映り込む。
表情ひとつ変えず凛と佇む氷雨さん。に、見えていたものの中にある、戸惑いの表情が。何かを模索思案しているかのようなその姿。見間違いかと思うくらいの、繊細で淡く儚げで、か細い。そんな氷雨さんを見てしまったのだ。だから。
「中途半端……?」
その色の見えない淡々とした声に滲むのが、怒りや不快なんかじゃなくて、不安だったりするんじゃないかとか考えてしまう。あの氷雨さんに、あろう事か。
「ええ。どっちつかず、とも言うわ」
「……話が見えない」
「そうね。深王ちゃんは、何でもできるし頭だってとっても良いのに、おバカだったわね、こういう所は。私はそういう所が、もどかしくて辛くて悲しくて、とても好きにはなれないわ」
そう言う椿さんは胸に手を置いて、まるで告白するかのように真摯で穏やかな声色だった。
「さっきも言ったけれど、ひめりが深王ちゃんに告白したというのを一から丸っと全て聞いたわ。聞いて……、聞いた上で、やっぱり深王ちゃんってバカだなって思ったわ。再確認ね。深王ちゃんは、自分を好きだというひめりにもう関わらないでって言ったけどね、そもそも告白なんて一時の意思確認、一時気持ちに応えられないからって、そんな事で今生関わらないとか関わるなとか、おかしいのよ。先の事なんて、特に気持ちなんて、自分のものですらどうなるか、絶対に分かるわけが無いんだから」
椿さんは、依然凪いだ表情で氷雨さんの表情を眺めながら続けていく。
「だからね、応えられないんなら応えられないで、『ごめんなさい』これだけで良いのよ。その後、相手がどう思おうが何をしようが、それは深王ちゃんの知るところでは無いわ。けれど、それでも、相手の感情や行動が気になるというのなら、その時はこちらから努力と誠意を持って行くべきなのよ。一度は拒否した相手なんですもの、当たり前の事だわ。それなのに、何の努力もなしに、ただいつものツンツンをちょっと強めに突き放して、それで来てくれるのを待ってる深王ちゃんは、とんでもなく狡くて意気地なしということなのよ」
それから、椿さんは一瞬だけ私を振り返る。そして、何故か頬を赤らめて微笑むと、直ぐに正面を向いて仁王立ちになる。それから、諭すような口調を脱ぎ捨てて、捲し立てるように。
「それにね、いつもツンツンツンツンしてる深王ちゃんが、ちょっとツンツン多めにしたくらいじゃあね、意味がわからないんだから!そんなの、うざいだけ!ひめりだって、そう思ってるに違いないわ。怒って苛立って最悪!とか思ってるわよ、絶対!」
言い切ってから再び私を振り返る。今度は、鼻高々なニンマリ顔で。ね、そうでしょ?とでも言いたげに。
「ちょちょちょちょっと!何勝手なこと言ってんの!流石にそんなの思ってないから!!」
ツッコミを入れれば、わざとらしい困り顔。首を傾げて。
「流石に?」
「煽ったって何も出ないから!」
年上らしくピシッと言ったつもりが、そうは届かなかったらしい。
「あら、そういうつもりは無いんだけれど」
その落ち着いた物言いで、逆に嗜められているかのようになってしまう。
「そういうつもりにしか見えないから!声とか顔とか!ていうか、それならどういうつもり」
「そうね、流石にということは、即ち、そこまではいかない何かがある、ということ。だから、その内容を激白させようと、そのつもりよ」
清流のように静かでなよやかな言葉は、折角均した私の傷を、耕したかと思えば何とも雑に掘り返そうとする。しかも清々しい笑顔で。おちょっくってる。完全に馬鹿にしてる。なんかちょっと良いっぽい事言って、見直したかもとか思いながら聞き惚れちゃったりしたけども、やっぱ宇宙人だ!変態だ!
「べ、別に何もないから!」
「本当に?」
「ないよ!特に椿さんが面白くなることなんか!」
「あーー、ひめり、違うわ。違うのよ。私を慮ってくれるのはとても嬉しいけど、今、聞きたいのはそういうのじゃなくて、貴方のそのままの感情なのよ」
「はぁ?そんなの、聞いてたなら分かるでしょ?どうせ、私は振られて悲しくて落ち込んで……」
言っててどんどん虚しくなってくる。どんどん便りなくなる私の声に、椿さんが水を差す。
「本当にそれだけ?私にはひめりがーー」
「椿。私に用があるんじゃなかったの?用がないなら帰って」
話す椿さんの声を氷の刃で突き刺すみたいに堰き止めた。
あれ?
「あら、深王ちゃん。随分今更ね」
椿さんの言葉が妙に胸にはまっていく。
なんか……?
さっきから感じていた微妙な違和感が、紙に染みを作るみたいに集まり広がって。
あ、そうかーー。
まだ、ぼんやりしたもので、確信はないけれど、それでも氷雨さんの向いている方向くらいは見えてくる。
ゆっくりと口を開いていく私。
その背中を押すように。もっとやれ、とでも言うように。
「そうそう、ひめり。言い忘れていたけれど、貴方が抱いている淡い期待は一切無駄よ。さっさと捨てなさい」
開いた口を一度つぐむ。
やめやめ、もう良いや。
無駄か。無駄になるのなら。
もっとそのまま。全部を。
「やっ……やっぱ、無理だから!!」
夜明けの太陽みたいに輝く椿さんと、有明の海みたいに静かな氷雨さんの瞳が私を映し出す。
詰まったものを無理矢理押し出すみたいに発した声は、存外勢いよく、流れ出した。
「そりゃあ、告白して断った相手なんて、気まずいしやり辛いし、避けたくなるのは分かるよ。とっ、特に今回は女の子同士だし、関わりたくないとかも、まぁ、分かる気がする。私だって、少し前は絶対無いって思ってたし。でも、氷雨さんと会って、大好きになって、今はもうその気持ちが思い出せないくらいになっちゃって。無いって方が、あり得なくなっちゃうくらい、常識がまるっとひっくり返るくらい、私は氷雨さんを大好きになったから。そんな気持ちが気の迷いとか勘違いとかそんなもののはず絶対にあり得ないから!」
ここまで一息とは言わずとも、それに近しい勢いで言い切って。静かな部屋でただ一人、全力疾走後みたいな荒呼吸をしながら無理矢理大きく息を吸い上げた。
「だから!!」
自分の張り上げる声に鼓膜がビリビリと反応する。
「私は氷雨さんを諦めない!今まで通り、近づくし、側にいる。知ろうとするし、話しかける。氷雨さんが大好きで、何より一緒にいたいから!!それでも、私のことが嫌で遠ざけたいのならーーーー氷雨さんが逃げて。全力で。私が嫌になって諦めるくらい遠くに」
これで想いが伝わって欲しいなんて思わない。これが合ってるかなんて分からない。けど、結局、私は伝え続けるしかないんだ。氷雨さんへの気持ちを。一時の、いつかは移ろうかもしれない感情だから。いつか重なって、伝わるように。
「――――酷いこと言ってごめん」
氷雨さんの声が落ちてきた。
「昔、同じ様なこと事があって、友達を無くして、それを引きずっていた。恋愛感情と友情は両立し得ない物だと、結局上手くはいかないと花竹さんを遠ざけた。けど――」
私を見つめる真っ直ぐな眼差しと交わって、大きく踏み出された足が、私と氷雨さんとの距離を踏み詰めていく。
「え!な!?ええええ?」
戸惑いを必死で訴えれば、目の前の氷雨さんは優しい顔で微笑んだ。
それは、普通の女の子みたいな表情で。
「忘れてた、花竹さんの図太さを」
そう囁いた。
止まるところを知らない氷雨さんは、ほんの僅かに残った距離さえもその手で振り落とし、片頬を包み込んでくる。
見つめた瞳には淡い光が宿っていた。
「ちょ、ちょっと……何で近づいて?」
かなり低いところまで落とされた分、この刺激は私には強すぎた。もやは怯えと言ってもいいほど、全身が緊張に支配されて今にも震えそうなほど敏感になる。
話と違くない!?、そう叫べたのは心の中でだった。
そんな私を揶揄うように、親指が顎を撫で上げる。
「されるがままっていうのは癪だから。私は諦めない花竹さんが、どこまで連れていってくれるのか。近くで見てみることにした」
「なっ……え……は?」
連れてってって何!?
わなわなと口を震えさせる私。それを、凪いだ目つきで見守られる。
色んな言葉が押し寄せた。とにかく、理解が及びませんってそういう類のやつがいっぱい。けど、結局。
「なんてこった……」
驚きとも喜びともつかないこの言葉が口から漏れ出たのであった。
「という訳で、改めて宜しくね。花竹さん」
思っていたのとは全然違う。仲直りでももっと、心臓優しめのちょっとほっこり温かくなるような、そんなやつを想像していた目指してた。でも、心臓悪めだし身体から湯気が出そうなものだけど、それでも、今、目の前で氷雨さんが笑ってる。それだけで、まぁいっか、そう思えてしまうのだった。
「の……、臨むところ……」
頼りない宣言を口にする。
安心と緊張と動揺と、私の中で混ぜこぜになったそれは心臓を大きく揺らしていく。
それでもゆっくりと、氷雨さんの隣にいられる喜びを噛み締めていれば、またもムードを切り裂く声が飛び入った。
「ちょーーーーっと!!ちょっと!何勝手に宜しくやってんのよ!やり過ぎよ!手を離しなさい!距離も近い!」
氷雨さんと私を繋ぐ手を払い除け、椿さんが、間に割り入ってくる。
――あ。
「あーー!!今思い出したって顔してるわね!」
「あ、いや、そんなことは……そんなことは、ない……よねぇ?」
急拵えの胡散臭い笑み。そんなものを浮かべて求めた同調に、氷雨さんは返してくれた。
「…………ない」
椿さんに申し訳なく思いつつも、仲直り効果かな!?なんて、やっぱりニヤけちゃう。
そんな私に椿さんは、膨れっ面で私の頬を両手でグニグニ揉み回してくる。
「仲良く協調なんかしてんじゃ無いわよ!もう――!全く誰のおかげだと思ってるのよ!」
「あ……うん。ごめん」
揉みくちゃになってる頬からなんとか声を絞り出した。
「謝られるのが気に入らない!!もういい!帰る!」
椿さんはやっと私の頬から手を離し、強気な声で言い捨てると、一回転くらいしちゃいそうな勢いでターンを決めて玄関への扉へと向き直る。そんな姿を氷雨さんの落ち着いた声が呼び止めた。
「椿……」
「何よ深王ちゃんまで!感謝とかいらないんだから!これはハンデを埋めたにすぎないんだからね!告白なんてたかが一時の意思表示ってこと、忘れないでよね!」
「ありがとう」
吠えるべく振り返った椿さんの顔が一瞬にして染まり上がる。
「……な……は?」
「椿がしつこく私と居てくれたこと、嬉しかった。今日も、ありがとう」
「だ……だから!これは!深王ちゃんの為じゃなくて――」
めげずに頑張って吠える椿さん。けど、やっぱり氷雨さんには敵わないみたいだった。さっきまで未確認生命体にすら見えていたものは、飼い主になだめられる仔犬の様で、氷雨さんの一挙一動に表情をコロコロ変えては翻弄されていた。
「…………これ」
氷雨さんが手を伸ばす。
「忘れてる」
その手には監視カメラがあった。
椿さんは一瞬固まって、それから紅潮顔をパワーアップさせて訴える。
「わ、忘れてないから!もういい!帰る!本当に帰る!ひめり!行くわよ!!」
突然飛んできた火の粉。
「え!私?」
「ったり前でしょ!ほら、来なさい!!聖夜にニ人きりなんか絶対してあげないんだから!」
仲直りの後のほんわりした温い空気感。もちろん、名残惜しさで抵抗はする。けれど、それを上回るほどの果てしなく強い力が腕を引くのだった。
遠ざかる氷雨さんの顔を背に、何とか振り返る。
「ーー氷雨さん!またね!」
その言葉に返されるものはなく。容赦なく引かれる私に氷雨さんの表情を見る余裕も無い。
けれど、そこに砂一粒ほどの不安も生まれはしないのだった。
いつもお読みいただきありがとうございます!
長らくお付き合いいただきありがとうございます。
いよいよ次で一章は終わりになります。




