24.椿さんと氷雨さん家2
あ、本当に終わったな、色々。もうダメだ。
そう思ったのが数秒前。
氷雨さんが現れて、氷雨さんに何してるのって聞かれて、ここが絶望の最低、地獄の底か……と思ったら、隣で陽気にその先を掘り進めていく奴がいた。
「メリークリスマーース!深王ちゃん!プレゼントを持ってきたわ」
こんなお先真っ暗な状況で、嘘みたいな台詞とテンション。空耳かと思った。
けれど、椿さんが何処かしらに仕込んでいたパーティークラッカーの放たれた残骸、そしてほんのり香る煙の匂い、これらがそうではないと正させた。
だからもう、地獄から一周回って転生モードにでも入っちゃったかな、とか思ったり……。
けど、それもどうやら違うようだった。
「それで、さっきまでひめりと会っていたから、ついでに連れてきたのよ」
どうやら一応聞かれたことには答えるスタイルらしい。そうかえらいねぇって、そんな筈はない。とにかく、そんな場違いに明るい椿さんを、氷雨さんは光のない瞳で見つめていた。
「……そう」
勿論、声だって冷え切っている。氷雨さんは殆どの場合が、冷たい瞳にあまり抑揚のない声で、つまりそれがデフォルトだったりする訳なんだけども、それにしたって今のそれは、歴代最高の冷たさ。
そんなものを向けられてしまったら、まず私なら喋れない。それどころか動けないし、頭の回転だって、ピタリと止まる。けれど、やっぱり、隣の彼女は違うのだ。こんな、怒りと絶望のぎちぎちに詰まった冷凍庫みたいなこの場所で、サンサンに輝く太陽のような笑顔で立ち上がる。そして、宣戦布告でもするみたいにピシッと人差し指を向けて。
「そういうところよ、深王ちゃん!そう言うところがダメなのよ!」
もうやめて……。
流石の氷雨さんも対応に困ったのか、返事はせずただ眉根を寄せる。それを良いことに、この女はなおも続けて話し続けるのだった。
「聞いたわ、ひめりに告白されてこっぴどく振ったそうね」
綺麗な髪を手で払い、よく通る高い声が響き渡る。
これは、そんな晴れ晴れした表情とトーンで言うことじゃありませんよ……って……待って待って!今、『聞いたわ』って言った?言ったよね!?えっ、氷雨さんから聞いたんじゃないの?違うの?
ていうか、それだと私から聞いたみたいになるじゃん!この流れでそれはまずくない?いや、凄くまずい!
いくら私の好感度が激貧になったからといったって、モラル部分で軽蔑されるのだけは絶対嫌だ!なんて言うか、それはもう『花竹ひめり』としてどうかってより、人間としてどうかってことになっちゃうから!よく分からないけど!
「ちょっと待ったぁぁ!!」
自分でもびっくりするほどの声が出た。そんでもって、思いの外力が入って、立ち上がってしまった。
「椿さん、私にも『聞いたわ』って言ったよね?」
「そうね」
ピカピカの光り輝くご尊顔がこちらを向いた。正直、横顔だけでも眩しすぎて辛かったのに、正面向かれると、その迫力とテンションにちょっと怖気付きそうになる。
「それってさ、私に聞いた訳でも氷雨さんに聞いた訳でもないって事だよね?」
「そうね」
「じゃあ、なんで知ってるの?こんなこと」
なんか、無罪証明で言いだしたはずの話が、言葉にして繋げていくと、ホラーみたいになってきた。ちょっとだけ背筋がぞくっとしたけれど、それでもまだ器小さき私にとっては無罪証明の方が私の頭を占拠していた。
けれど、そんな私に椿さんは七面倒臭そうに、あからさまにテンションと表情の輝度を下げて。
「それ、今重要?」
なんて言いやがる。
「当たり前でしょ!!めっちゃくちゃ重要だから!なんなら最重要項目だから!私にとっては!」
「……あら、そうなの?私には全く理解できないのだけれど」
「出来なくてもいいから、説明して!絶対に人助けになるやつだから!」
私を信じて!みたいな気持ちでとにかく訴えた。そしたら、一応通じた様で、ため息をつきながらも、ようやく口を開く気になってくれた。「まぁ、そんな大層な話じゃないし、別に良いけれど」なんて前置きして。
「『聞いたのよ』、深王ちゃんの部屋で」
「は!?居たの?あの時」
「まさか。自分の部屋に居たわ」
「え?何それ?頓知?意味わかんないんだけど」
「あら、そんなつもりはないんだけど、伝わらないかしら」
「伝わらないよ!一切何も!」
この頃にはもう、無罪証明の無の字も頭に無かったと思う。あったのは、ただこの気持ち悪いミステリーを解き明かしたいという気持ちだけ。
「そう……それなら、そうね、順を追って話してみましょうか」
それで、話されたものはこういうものだった。
まず、椿さんは私とのやり取りでクリスマスもイヴも暇だと知る。氷雨さんの事が好きな私が、クリスマスを誘わないのはおかしいと思い、試しに氷雨さんに3人で遊ばないかと誘ってみる。そしたら、『3人は嫌』と言われ、いよいよもって変だと思い氷雨さんに「ひめりと何かあった?」なんて聞いてみた。すると、『椿には関係ない』なんて言われ、仕方なく監視カメラのデータを遡ってみた。そしたら、一連の告白シーンがあったと言う事らしい。そして、それが『聞いた』ということになる訳でーー
「って、ちょっと待って!監視カメラって何!?」
こんなとこで出てきちゃいけない言葉に流石に取り乱して問いただせば、あっけらかんと軽く返された。
「深王ちゃんの部屋に私が置いてるやつだけど?」
置いてるやつ……?
「……は?」
思考フリーズ。身体もフリーズ。今リセット待ち、みたいな状態になった。
何だその、ちょっと私物置かせてもらってます感。
「ほら、ひめりも何回も見てるでしょ?あのテレビ横のクマのぬいぐるみ。あれ、カメラなの」
語尾にピンクのハートが見えた。
「いやいやいやいや、『カメラなの』じゃないでしょ。なにその、可愛いでしょ?みたいなノリ。そもそもクマに擬態させてカメラ置いちゃってるのがアウトだから!」
そんなに勉強ができる方ではない私。何か主張する時、これは絶対合ってるなんて100%の自信を持っていられることなんてそんなに無いんだけど、こればっかりは無限の自信を持って叫んでいた。けれど、そんな私の常識的叫びも、見事に虚しく散っていく。
椿さんは、首を傾げる。なぜこの寿司は回っているのかしら?みたいな顔をして。
「あら、クマ、可愛くない?」
「クマが問題なんじゃなくて!カメラ事態が大問題だから!絶対悪意あるでしょ!」
「悪意……?誤解しているようだけど、私は深王ちゃんの為を思って、その身を守るために置いたのよ。誓って、悪事なんて企んでいないわ」
「じゃあ何でクマでカモフラージュなんかしてんの!」
「だって、そのままじゃ美しくないもの!」
「……は?」
当たり前だけど、予想してなかった。そうくるかーって感じ。椿さんのことを『わがままなお嬢様』だとか思っていた頃が懐かしい。というより、天使だの悪魔だの言っていた頃さえ懐かしい。こいつは、そんなものではない。言うなれば、天使や悪魔の皮を被った未確認生命体、地球外生物。きっと、然るべき機関に差し出したら、相当な謝礼が出ることだろう。とにかく、そんな奴の頭の中など想像できるはずがないのだ。
「何それ」
「部屋のインテリアに合わないでしょう?」
「あ、だから……クマ」
「そうよ!」
自信たっぷりに答える姿は絵に描いたようなドヤ顔ドヤスタイルだった。
何がそこまで?と若干引き気味で受け取れば、何故か上機嫌に補足までしてくれた。
「それに、『監視カメラ』なんて言うから聞こえは悪いかもしれないけど、介護育児で使われる、ちゃんとしたやつを置いているんだから!深王ちゃんの部屋に怪しいものなんか置いたりしないわ」
その言葉はまるで椿さんの行動は正当化するもので、『何も間違ってないのよ』とでも言われているようだった。いや、そんなはずない。氷雨さんのあんな姿やこんな姿が盗み撮られて許されるなんて、そんなはずはない。
だって、それじゃあ、肌にいいシルクの手袋してるから、好きな子の肌を撫で回してもオッケーだよって、そんな事になっちゃうじゃん!
「使い方がダメだから!直ぐに外す!」
「嫌よ、深王ちゃんだって公認してるもの」
「そんな訳ないじゃん!」
「そんな訳あるのよ!ね、深王ちゃん?」
椿さんが同意を求めて氷雨さんを一身に見つめる。勢いで私も氷雨さんを見入ってしまう。
「いや……え?本当に?」
本当に、監視なんて許してんの?ていうか、氷雨さん一族ではそれが当たり前とか?カメラに抵抗がある私が変……とか?
このご時世だ、あり得なくはないのかもなんて戸惑いつつも、固唾を呑んで見つめれば、氷雨さんの口が開いていく。
「まさか」
「ほらやっぱり!!」
自覚できるほどの晴れ晴れとした表情が顔に出た。ぱぁと光が差し込む様な。テスト期間を終え、徹夜の連鎖から解放されたような、そんな解放感を感じながら椿さんを見遣れば、結構甚大なダメージを受けている様だった。
さっきまであった、くどいほどの自信と覇気がたんまり抜かれ、その顔は心細さに眉を顰めていた。
「え……で、でも、深王ちゃん、良いって言ってたのに」
「……いつ?」
「深王ちゃんがここに引っ越してきたばかりの頃。『カメラ充電したいから電源一つ使っていい?』って。そしたら、深王ちゃん、良いよって言ってたわ。覚えてない?」
自信なさそうに揺らめく椿さんの瞳が氷雨さんを見つめる。一方、氷雨さんは記憶を辿っているのか、目を細めながら暫く押し黙る。そして私もニ人の空気に何となく呑まれて、ここまでじっと聞いていた。けど、ちょっと限界だった。やり取り、たったの一回半。でも、このニ人、ちょっと色々抜けてない?常識とか普通とかそういうやつ。思わず口を挟まずにはいられなくって、『それ、全然監視カメラ置く許可になんかなってないから!!』とか言おうと思った時。口に空気集めて、声と共に解き放とうとした寸前で、氷雨さんが声を上げた。
「あ、思い出した」
期待に満ちた椿さんの顔と何となく不安な私の顔、この二つの視線が氷雨さんに集中する。多分、私たちは同時に息を呑んだ、と思う。
「確かに良いとは言った……と思う」
氷雨さんにしては珍しく、語尾が曖昧だった。でも、そんな言葉を椿さんはここぞとばかりに持ち上げる。
「ほらぁぁぁぁ!!ね!言ったでしょ!」
飛散したはずの自信やら覇気やらが椿さんのその身体に、吸い込まれる様に戻っていく。まるで風船膨らますみたいに、一瞬で萎んだ顔と身体に生気が漲り始めた。けど、そこをプスッと、針が突く。
「でも、すぐ持ち帰って」
「え……?」
「観るためなんて聞いてない」
「で、でもーー」
渋る椿さんに、氷雨さんはキッチンの方に視線を流す、そして。
「撤去して」
その言葉と同時にキッキンから姿勢を正した白縫さんが飛び出して。体育会系な気持ちのいい返事と共に氷雨さんの部屋へと飛び込んでいった。
そして、ほんの一分足らずで、「完了しました!」とガタイのいい大男に似合わぬ可愛いクマさんを抱いた白縫さんが戻ってきた。そして、晴れやかな顔でクマが氷雨さんに手渡されると、顔が真っ青になる椿さん。それはもう、ゾンビ一歩手前みたいな顔色だった。
「ちょっ……ちょちょちょ……あ、あぁぁぁぁ〜〜」
言葉にならない叫びを上げ、泣きそうな顔が一転、生気も抜けきってHP0な屍状態で膝から崩れ落ちていく。
よく分かんないけど、うん、めでたし!
魔王倒して世界に平和が訪れるかのように、なんだか部屋すら明るくなった気さえした。無論、手なんて差し出さず、むしろ、この平和な世界と爽やかな空気に心がふよふよと軽くなっていく。
だから私も状況は少し忘れて調子に乗った。
「……な、なんか一件落着?だね」
とか言ってみる。
「……本当に」
やれやれという溜息と共にクマをくるりとひっくり返すと、氷雨さんは背中付近のファスナーを開けて手を突っ込んだ。それから、結構強引な手つきでグリグリ弄ると、思いの外、力強く機械を引っ張り出した。それがまた、結構勢いがあったものだから、色んなコードとか線的な物が宙に靡いて、機械諸共ぶっ飛んじゃいそうになってて。
「うわ!!」
目を見開いて驚く私を、氷雨さんが呆れたように見返す。
「……なんで花竹さんが驚くの」
「い、いやなんか、見てたら感情入っちゃって」
「……まぁ、確かに思ったより大きいかも」
氷雨さんは、汚らわしいものを持つみたいに、コードを持ってぶらーんとさせながら不審がる様に眺めて首を傾げる。幼児の頭くらいの機械がゆっくりくるりと回っていく。くるくるくるくると、暫くの間。
あまりにじっくり、注意深く見ているので、流石に気になって思わず聞いてみる。
「な、何してるの?」
一応、遠慮がちに。邪魔しちゃ悪いから。
「他に変なことしてないか見てる」
「他に!?」
思わず大きな声が出た。
「改造とか」
淡々と放つその言葉には結構たっぷりめの不快感が込められているように感じられた。なんというか、経験済みの。それでも、あまりに馴染みのない言葉で、ちょっとファンタジーめいたものを感じてしまう。だから、つい。
「や……、いやいや……まさか。流石に椿さんでもそこまでは……」
手の平をふりふりなんかしてしまう。でも、実際出来たのは、ふりふりふ、位で。
「椿は前科があるから」
なんて怖ーい言葉が落とされて石化した様に固まった。本物のってことはないと思うけど、でも椿さんならもしかしたら、とか色んな方向に想像が広がって、発したものは。
「ぜっ!んか!?って何したの!?」
もの凄い抑揚のついた仕上がりになった。
「ああ……、それは…………」
言い淀む氷雨さんの目からはどんどん光が失われていって、顔には影すら落ちてくる。それなのに、なぜか微笑しているのが怖すぎる。触れてはいけない所へ手を掛けてしまったような気がして、慌てて閉じる。
「いや!いい、いいから!言わなくて全然いいからね!別にもの凄い興味ある訳じゃないし、ちょっと話の流れっていうか、そんなだから!」
「……そう」
返事と共に、少しずつ氷雨さんの目と顔に光が差し込んでいく。そんなにも、氷雨さんを闇に落とす思い出って、何したのかって本当は結構気になってたりするけれど、そこは急ハンドルで方向転換した。
「そ、それより、そのクマはどうするの?」
中身を抜かれ、顔こそ可愛らしくふっくらしているが、身体はペシャンコなそいつの処遇に特別興味があった訳ではなかった。けど。
「部屋に戻すつもりだけど」
その一言で、一気に興味の的の中心を見事に射られた。
「えっ、そのまま!?」
「……まぁ」
「いやいや、戻すならせめて、綿入れたりとかしないの?」
「……いずれ調べて直すつもりではいる」
そう言う氷雨さんの顔は、僅かにだけど、口が少し尖っていて、頬は僅かに桃色で、何だか照れ顔のように見えてしまった。とすればもしかして、いや、もしかしなくて、氷雨さんにとってこのクマを直すことは、結構難しい事なのかも知れない。そう思えば何だか、私にも風が吹いてきているような気がした。
「あ、のさ!もし良かったらなんだけど、私直そっか?」
完全に勢いと打算の、決して綺麗とは言えない言葉だった。だから。
「え」
なんて不意打ちの、花が咲いたみたいな明るい顔につい面食らった。
氷雨さんもこんな顔するんだ、って胸をドキドキさせてしまった。
「で、でも、新品みたく綺麗にできるかは分からないけどね」
保険と照れ隠しと。とりあえず心を落ち着かせるべく、そっと目を逸らした。この音に気付かれないように。
「それは別に大丈夫。けど、出来れば綿はいっぱい詰めてやって欲しい」
……え、綿?お腹いっぱい食べさせてやってくれ的な事?
人知れず眉根を寄せて思考を巡らせば、俯いているはずの私の視界に、なぜか映る二つの足。え?っと思わず顔を上げれば。
「んん!?」
いつの間にか氷雨さんが眼前にまで迫っていた。
いつの間に!?ていうか、音もなかった!忍者!?
思わず少し後ろに足が摺ってしまう。
胸中、騒ぎに見舞われていれば、そんなことはつゆ知らず、氷雨さんが爽やかにクマを差し出してくる。
「じゃあ、よろしく」
「……う、うん、わかった」
そっと手を出して受け手を取る。手が触れそうで、ドキドキする。
こんなこと考えてる私はやっぱり何処かおかしいのかも知れない。
腕一本分、匂いを感じる距離では無いはずなのに、その記憶が氷雨さんの匂いを思い出させる。氷雨さんの陶器のように艶めいて潤やかな肌の感触も呼び起こされて、触れたい気持ちに駆られていく。自分から手を伸ばし、氷雨さんの手に、肌に。
「……花竹さん」
「はっ、はいっっ!!」
突然の呼びかけに、身と心がピシッと敬礼を決めた。
「この前の……ことだけど」
言いにくそうな氷雨さん。この様子なら、この前とは、私が氷雨さんを大好きだと言い放って困らせたあの時に違いない。だから。
「はい!」
自然と力が入ってしまう。それから、何を言われるのだろうか、緊張と不安とちょっとばかりの期待が胸で渦を巻きながら。
澄ませた私の耳に届いたのは。
「きもちは」
冒頭、数文字だけの氷雨さんの声と。
「まぁいいわ!そんなこと!!」
椿さんの復活の声だった。
いつもお読みいただきありがとうございます!
長らく空いてしまい申し訳ありません。
後、2話で一章は終わりです(^^)!
長らくお付き合いありがとうございます!
最後の1話だけまだちゃんとできてきないのですが、もう1話分はできたので、明日投稿できそうです!




