23.椿さんと氷雨さん家1
「どうかしてる!おかしい!普通じゃない!きちがい!変態!」
「サンタクロースに向かってその言い草は無いんじゃなくて?」
「何がサンタクロースだ!サンタさんがこんな非人道的なことするもんか!」
こんな……、こんな…………!!
振られた相手の部屋に、合鍵使って勝手に入り込ませるなんて!
怒りと焦りから肩で息する私。椿さんは優雅にカップから口を離し、妹でも嗜めるみたいな穏やかな声で語りかけてきた。
「まったく、少しは落ち着いたら?そもそも、感謝はされても怒りを向けられる覚えは無いのよ。折角、深王ちゃん家に入れたんだから喜びなさい」
「頼んで無いし!」
「だから、プレゼントなんでしょう」
そう言う椿さんは、良いこと言ったぞ、みたいなしたり顔でグラスを置く。主のいない家だと言うのに随分な我が物顔。
親戚といえど、こんな好き勝手やって良いものなのか……?いやダメでしょ!
ただただ蓄積されていく不安と不満。
氷雨さんに振られたってことも知っているのに何故こんなこと……。
はっ!もしや、ただでさえ無い氷雨さんの私への好感度をマイナスにまで叩き潰そうとして……?
まずい!これはまずい!!たとえ振られたって、お隣さんというのは暫く続くんだ!
通報されて、マンション中から後ろ指さされて、家族から白い目で見られて……そんなの私、頑張れない!!
このまま、館椿という人間の思考に乗って人生崖下り坂なんて絶対嫌!ジェットコースターの急降下をずっと下るみたいな転落人生なんて耐えられない!!
とにかく、ここに長くいてはだめ。一刻も早くこの場を立ち去らなければ。
そう思えば、自然と声に力が乗った。
「悪いけど、私、帰るからね!」
勢いつけて背を向けて、玄関へ向けて力を込めて足を踏み込んだ。けれど、当たり前のように引き留められる。
「この期に及んで何言ってるの。ていうか、ここまで大した抵抗もせず、ついてきたのはひめりじゃない」
「だって隣、私の家だし!家に行くのかな、とか思うじゃん!」
振り返って吠える。
「でも、通り過ぎてここに来た。案外、満更でもないんじゃないの?」
茶化すように笑う顔、沸々と怒りが湧き上がる。
どの口が……!!
椿さんとお付きの人に捕らえられ、「ここで騒いだら目立つわよ」なんて姑息な心理戦まで使って連れてきたどの口が言ってんだ!
悔しさから唸り声を絞り出せば、果てしなく勘違いした椿さんがポンと肩を叩いて優しく微笑んだ。
「大丈夫よ、安心なさい。この合鍵、内緒で作ったやつだから」
どこに安心しろと!?
ていうか、じゃあこれ、不法侵入じゃん!
完全アウト!!大好き通り越して、ストーカーに……!
だめだだめだ、このままじゃ!
こんなのに身を任せてたら、知らないうちにどんどん悪の階段を転がり落ちて行っちゃって、気が付いた時にはもう二度と上がれないようなドン底にまで連れて行かれちゃう!
そんなの無理!お断り!!
嫌な未来を吹き飛ばすように頭を振り、椿さんをはっきり見据えた。
「とっ、とにかく!私は帰るから!止めても無駄だから!居たいなら、椿さんだけ残ってよね!」
「それじゃ、プレゼントにならないじゃない」
「じゃあ、もうこれで十分だから!」
勢いよく椅子から立ち上がり、逃げる様にこの場を立ち去ろうとした。はずなのに、立ち上がった瞬間に一際強い力で腕を引っ張られて、直ぐにまたちょこんと椅子に座らされた。
「ダメよ。プレゼントは、ちゃんと受け取ってお礼を言うまでがプレゼントなんだから」
「遠足みたいに言わないでよ!っていうか、何でさっきからそんなにテンション高めなの?笑顔多いし、楽しそうだし。悪魔なの?」
最後のは、心の声がちょっと漏れてしまった。その一方で椿さんといえば、神様に祈りでも捧げるみたいに手を組み合わせ、うっすら頬なんか染めてうっとりしている。
そして、私にはまったくさっぱりな、訳わかんないものに酔いしれながらそっと口を開いていく。
「楽しそう……そうね、私は今、とても楽しいのかも知れないわ。未知への好奇心、湧き上がる高揚感。こっぴどく振られたひめりが、今ここで、どんな思いでいるのか。想像が及ばない訳ではないのに、私はこの高まりを抑えられない。これから起こることへの期待に胸躍らせ、僅かに残る不安すら快感を感じてしまう。……そういう意味では、ひめりがここに来て私に言った『変態』という言葉はあながち間違いではないのかもしれないわね」
「かも知れない、じゃなくて完全に変態だからそれ」
間違いは正しておこう、今後の為に、世界の為に。そう思っての言葉だった。けれど、イラつく程たおやかに「うふふ」なんて笑い飛ばされた。
「ていうか、上機嫌なとこ悪いけど。私の気持ちが想像できるっていうなら、さっさとここから解放して欲しいんだけど!見張りとか解いてさ!」
ピシッとキッチンを指差して訴える。そこには、先程立ち上がった時に見えた、キッチンの影に隠れて待機する白縫さん(お付きの方)がいるはずなのだった。
ちなみに、白縫さん(成人男性)は、お嬢様のお付きを任せられるだけあって、良い体格をしてらっしゃる。
そんな人に運動、武道、格闘技、どれにも覚えがない私が太刀打ちなんてできるはずもなく、ここに連れられる時だって結構必死で抵抗したけど、ダメージ1すら与えられてない感覚。
だからこそ、力ずくの強行突破はまず無理と判断して、私はこんな絶望空間の離脱をあっさり引き下がったりした訳だけど。けれど椿さんは、何のことかしら?とでも言わんばかりに目を逸らして。
「折角のお茶が冷めるわよ?」
などと言い放つ。
はぁ!?何それ何それなにそれ!?
ていうか、そのお茶だって、氷雨さん家のお茶だし湯呑みだし。それを、白縫さんが淹れたやつ!
もう文句の付け所がありすぎて、目に見える全てに反抗心がメラメラ燃え上がる。
どれから言ってやろうか、そう顔に熱篭らせ考えていると。
突然、椿さんの顔が向日葵でも咲いたかのようにピッカピカに明るくなった。
「ちょっと、今度はなにーー」
言うのと同じくらいに、リビングと廊下を仕切る扉の奥、玄関からガチャガチャと鍵を開ける音がした。そして、一瞬、外と中が繋がったような感じがして、僅かにカタカタと内側からの音がする。
徐々に近づく気配、私は息を呑む。喉元に突きつけられた刃がゆっくりと降ろされていくように、リビングの扉が静かに開いていく。
今まで頼りない枝一本、何とかぶる下がって耐えてきて、それが今遂に折れて落ちていく。
終わったーー
現れた人影に、時が止まる。空気すら奪われたように息すら苦しくて。目を合わせるのが怖いのに、縫い止められたみたいに目が離せない。その端麗な顔が不快に歪めば、私は氷海の中でどんどん温度を失っていくようだった。
「……氷雨さん」
呟いた声はやっと真隣の椿さんの耳を掠めるくらい。
氷雨さんがゆっくりと口を開く。罪深き私達に冷気でも吹きかけていくように。
「何をしてるの、椿、花竹さん」
いつもお読みいただきありがとうございます!!
更新が少し長めにあいてしまい申し訳ありません!在宅続きで夜な夜な外に出るドラキュラみたいな生活を続けていたら、久々に出た太陽の下で軽く焼かれてしまいました(;_;)
暑い日が続きますので、皆様もどうかご自愛の上、お過ごしください。




