21.椿さんとクリスマス1
『寒い!寒すぎる!』
「ねー。おでんが食べたくなるよ」
『私はフリカッセが食べたいわ』
「何それ?」
『シチューみたいなものよ』
「ふーん」
『ところで、24日は空いてるかしら?』
「うん、何もないよー」
『え』
「え?」
『……みおちゃんと約束してないの?』
「してないよ」
『あ、25日なの?』
「ん?25も、何もないよ」
ここで、テンポ良く続いていたメッセージが一旦途切れた。そして今度は見つめていたスマホが震え出す。着信、館椿。スーと指をスライドさせて耳に当ててみる。
「もしもーー」
『25日!予定がないって本当!?」
いきなりの大声に思わず、音量ボタンを四、五回クリックした。
「うん」
『本当の本当に本当、なのね?』
「うん」
『そっ……それなら!25日は、私に付き合ってもらいたいのだけど』
「うん、いいよ〜〜」
『じゃあ、後で待ち合わせ場所とか時間とかプランとか、色々連絡するから!』
「うん」
『忘れないように!』
「そんな忘れるわけーー」
ブチっ。
「えーーーー」
切られてしまった電話を少し見つめる。
そのままベッドに寝転んでいた身体を、起き上がり小法師みたいにコロンと立てた。
25日、つまりクリスマス。
私は椿さんとお出掛けをする。
ダラダラしながら何となくやり取りしていたら、いつの間にか予定が埋まっていた。しかも、クリスマス。
スケジュールアプリに予定を入れてみれば、あからさまな計らいで25日の枠にハートがピコンと現れた。そこで、はたと気が付いてしまう。
おや、これは……。もしかすると軽く返事をしすぎた?
普通に友達同士がキャッキャっと遊ぶにはハードルが高い?うーーんと、一考。
でも、まぁ、椿さんだしね。
何にせよ約束しちゃったし、今更断るのもね。断る理由もないし……。
うん、まぁ、いっか。
ということで、改めて。クリスマス、私は椿さんとお出掛けをする。
「プレゼントくらいは、あった方が良いよね」
お日柄的にね。
くらいの軽い気持ちで再び転がってスマホに目を向けた。
天気に恵まれ、雲一つないシンシンに澄み渡った冬晴れで。これじゃ、ホワイトクリスマスは期待できそうにない。とはいえ、別にデートな訳じゃないからムードとかそう言うのはどうでも良いんだけど。でもやっぱり、折角こんな日に外に繰り出したのなら、見られるものは見ときたい、楽しめる所は最大限謳歌したい。
そんなことをウダウダと考えながら、壁に背中を預けて立っていると、駅前のロータリーに停まる一際上品な艶めきを放つ黒塗りの車が目に止まった。よく偉い人とかお金持ちが乗ってる様な、ちょっと長めのやつ。
何となく、予感はした。
いや、まさかなとは思いつつも、目がその車から離れようとしなかった。運転席が開いて、スーツ姿の男性が後部座席を開けに行く。ドアが開いたところで「おお、やはり」と謎口調で呟いてしまう。
車を両足揃えた上品な降りたで降りた彼女は、周りの視線を隈なく掻っ攫いながら、可愛らしい足取りで駆け寄って来る。
今更だけど、え……?本当にこっちに来てくれるの?みたいな心境になってくる。
今日の椿さんは、一言で言えば『天使』。上から下まで真っ白ふわふわだ。それは、サラサラのブロンドヘアも相まって、もはや後光すら見えてくる。
そんな眩い彼女を前に、私と言えばセーター、ジーンズ、そしてカーキのコートにスニーカー。隣に立って良いものか、本気で悩むレベルである。だからこそ、徐々に徐々にしていた後退りが、何故か逃げる姿勢になり、そして、いつのまにか追いかけっこに……。
「ちょっと!!何で逃げるのよ!」
流石氷雨家の血筋!一瞬で捕らえられた。
スニーカー装備の私に対して、椿さんはこれまた可愛いふわっふわのファー付きブーツ。脚力の差は歴然だった。
フードを掴まれた私は、恐る恐る振り向く。目の前にはやっぱり、美少女、天使、女神様。
まずい、美しさに飲まれそう!
とりあえず何か、一言を。
「かっ……かわいいね」
ポカンとした顔。そして徐々に頬が赤らんでくる。
あれ?間違った?褒めたはず、讃えたはず……いつもなら椿さんの謙遜丸投げの高飛車節が炸裂するはずなのに……。
あぁ、そうか、緊張して口にしたから言い方が変態っぽかったのかな。鼻も少し詰まってたし。
だとすれば、これはドン引きか?いや、通り越して、お怒り?いや、流石にそこまでは……。
とにかく、ここは追加説明が必要だ。
「あーー、今日の服、凄い似合ってる、かわいいね」
これでどうか!自信満々の一撃。直視するには危険なほどの美を前に、一刻でも早くいつもの椿さんを召喚したい、そんな思いでそっと顔色を窺った。
……あれれれれぇ。
事態は改善するどころか、どちらかと言えば悪化している。先程はなかった眉間に皺が出現し、顔の赤みは益々色鮮やかになっていく。
そして、何より鋭い眼光が私を睨み付けているのだった。全然だめじゃん!
何故、なぜ悪化……。いつもなら、「当たり前でしょ」的小言の一つ二つ出て来ても良い頃なのに……。
あ、もしかして『今日』という限定的な所がいけないのか?常にというニュアンスが足りていないからなのか?そういう事なのか?
相変わらず真っ赤な頬で、射抜くような視線を送ってくる椿さんの心内は正直わからない。
でも、今日はクリスマスだし、初っ端から微妙な空気ってやり辛過ぎる。だから、正直ダメ元で、せめてもの誠意が伝わるよう、ちゃんと目を見て伝える事にした。
「きょ……今日は、特別可愛い。勿論、いつも可愛いいけど」
「……」
椿さんの目が僅かに潤む。
あ、間違った……のか?
「あ……の」
「……」
だめだ、無反応。そう思った矢先、真っ直ぐ下りていた椿さんの右腕が動き出すのを感じた。目と鼻の先という言葉にほぼほぼ違わぬ距離にいる私には、その手がどこへ向かっているのか見ることができない。だから考える、考えた結果、恐らく小突かれたり、デコピンとかつねるとか、攻撃方面かなという結論に達する。そして、来たる衝撃に備えてぐっと目を瞑った。
「……ありがと」
衝撃というより、接触だった。
囁くような声と共に、暖かい手が私の頬を包み込んだのだった。それに、どんな裏があるのか考えるとちょっとドキドキしちゃうけど。椿さんの手は私の冷たい頬が溶かすように、うっとりと心地良い安心感を与えていったのだった。
「私も、ありがとう」
「……何もしてないけど」
「椿さんの手、暖かい」
それがどのくらいかと示そうと、私に添えられている椿さんの手の上に私の手を重ね、もう一方は椿さんの頬へと添えた。
「ね?私の手冷たいでしょ」
椿さんの出来立てのお餅の様にふわふわで暖かい頬は、触れればモニュモニュと揉みしだきたい気持ちが湧き上がる。けど、これ以上私の冷たい手で冷やしてはいけないとそっと手を離そうとした。
「このままにして」
離そうとしたところで、言葉で制止され、手でも制止された。つまりは、椿さんの頬に添えていた私の手の上に椿さんの手が重なったのだ。要する、サンドイッチでいう具となった訳だ。具となって、ようやく色んなことに気が付いていく。
まず、私達のこの行動というか体勢がちょっと午前中にしてはディープ過ぎるのかもということ。そして、街のポインセチアの飾りにも引けを取らない程の真っ赤な顔になった椿さんは、照れているのかもということ。
手のひらから伝わる椿さんの早い鼓動が伝播して、私の鼓動も早くなる。
これは、まずい……、なんかそんな気がする!
全てが明け透けにひん剥かれてしまう様なーー……。
「あ、のさ……お腹空かない?」
「まだ平気」
「じゃあ、喉とか……」
「大丈夫」
「じゃあ……」
開きかけた口を親指が塞ぐ。勿論、私のではなく。椿さんの何とも言えない切なそうな表情。
なになに、何だこれ。当たり前だけどこんな事は初めてで、何がどうなってこうなったのか、もうさっぱり分からない。魔法でもかけられたみたいに身じろぎひとつ出来なくて、目の前の大きな瞳から目が離れない。もう内心パニクって、獲物ですと言わんばかりにただ口をぱくぱくさせるくらいしか出来なくて。
そんな私は、泣きそうな顔にでもなっていたのかもしれない。
「……っ失礼したわ!!」
突然椿さんが勢いよく私から飛び退いた。そして、久々の冷たい空気が私を撫でた。何汗か分からない汗をも冷やしていって、ゾゾっと不快な感覚が背筋を伝い身震いする。
「あ!急に離れるのも寒いわよね!あっ、でも……えっと……あっと……」
ワタワタと慌てる椿さん。そんな姿を見れば、ようやく肩の力が抜けるのを感じた。
「あっ、大丈夫大丈夫。ちょっと服の中に風が入っただけだから」
「……そう?なら良いけど」
そう言うと、椿さんはプイッとそっぽを向いてしまった。そんな椿さんに私も安心感を覚えて、先ほどまで早鐘を打っていた心臓もだんだんと落ち着きを取り戻していく。
落ち着くと見えてくるのが、周りの風景。
そうだ、私たちは今、駅前ど真ん中。大衆の面前。
途中から私もおや?と思ったけど、やはり傍から見た私達は、ちょっと訳ありげに見えた様で、飛んできている視線には好奇の物が感じられる。そんな物が心地の良い物なはずは無くて、勿論それは椿さんも同じだった様で。
再び、視線を交わした私達は言わずとも合点した。
そうと決まれば、私達はどちらともなく駆け出して。それこそどちらが先か、気が付けば私達は手を繋いでいた。
それはいつからだっただろうか。
頼もしく先行していたはずの私が、いつの間にか椿さんと入れ替わり、息絶え絶えになり、挙句笑いながら引っ張られるという事態になってしまったのは。
不覚、情けない、年上(数ヶ月)の威厳……。色んな言葉が私を嘲笑うけれど、一番ひどいのは横で未だに笑う椿さんだ。
「……椿さん、笑いすぎ」
「ふっ……ふはっ……だ、だって、あんなに颯爽と引っ張った癖に、すぐ減速するし……何なら転」
「言わないでー!!」
現実逃避よろしく、顔を手で覆った。年下に引っ張ってもらった上に、転びかけたところを引っ張り上げて貰うなんて……。
強度低めのプライドにピシピシとヒビが入るのを感じる。
「流石、ひめりね。予想を上回るポンコツ具合だわ!」
無駄に誇らしげな椿さん。
「何も嬉しくないよ!」
「贅沢ね。まぁ、いいわ、とりあえず記念撮影でもしましょう。もっと近くに来てちょうだい」
「何の!」
「んーー……ポンコツ記念?」
「記念にしないでよ!」
「まぁ、いいじゃない。とりあえず早来て」
椿さんはグッと私の腕を引っ張って顔を寄せる。結構いきなりだったので、びっくりして椿さんの方に目線が流れてしまって――パシャ。
そんな瞬間を切り取られてしまった。
「あ」
ほんの数秒の出来事だった。せめて合図とか欲しかった。まず目線は合ってないだろうし、何なら私、半目じゃない?
でもまぁ、そんな事よりもやけに嬉しそうな椿さん、そちらの方が気になってしまう。ただのツーショット、それを見るにしては随分とにこやかじゃないか?というより、ニヤニヤ?
何となく微妙な感情が湧いてくる。
「私も見せて」
そう言って覗き込もうとすると、サッと避けられる。
「え、なんで!?」
「ひめり、消しそうだもの」
「消さないよ!っていうか、私変な顔してるんでしょ?」
「……変な顔ではないわ」
そう言う椿さんの口角は微妙に上がっている。
「笑ってるじゃん!」
「……」
言葉はなく、口を不自然につぐんで明らかに笑みを堪えている。
「ほら!」
「……とにかく、だめよ!これは私のだから見せられないわ」
……気になる。ここまで強い意志を示されると、ちょっと気になるくらいだったものが、物凄く気になってくる。どんな面白おかしい顔をしてるんだ私。
無理矢理奪い取って見る、なんて強硬手段もありだけど、それはあんまりやりたくない。力づくは何となく負ける気がしてならないから。
それなら、仕方なく見せるしかない状況を作るのはどうだろう。例えば、椿さんの変顔を激写する……とか?うん、凄く良い!平和的解決!
椿さんは、自分の容姿に絶対の自信がある、だから変顔なんて絶対許さないに決まってるはず。
そうと決まれば……、私はそっとスマホを構えた。
そぉーーーっと、未だに写真を見てニヤける椿さんを。
カシャ。
「……え。何?」
椿さんが自分のスマホから目を外して、私を見る。してやったり。
「不意打ち顔!私だって激写したからね!」
「あ、そう」
あれ?思ってたよりずっと静かな反応で、つまらないと言うよりは悔しい。
悔しがって欲しくて、嫌がって欲しくてやったのに、何故だか私が悔しがらされている。返り討ち……。
「そう……って、これ!これだよ!?ほっぺなんかゆるっゆるで全然決まってないやつ!」
ちゃんと見てないのか?そんな思いでもう一押ししてみれば、椿さんが私のスマホを手に取って、写真を眺める。
「結構よく撮れてるじゃない」
「……え、は?そんな訳ないじゃん!」
「本当よ。ほら」
そう言って、突き返される私のスマホ。そこには、普通にただの美少女。スマホを見て微笑んでいるだけの、『あ、可愛い』って感想が思わず出ちゃう様な普通な椿さんが写っていた。
え!なんで!?私が見た時は、もうちょっと全然……目も口もゆるゆるだったはず!正真正銘、ニヤけ顔だったのに!
「何これ!?」
「……知らないわよ」
「私が見たのと違う」
「はぁ?」
「何か美化されてる……」
「美化?これで?」
「もしかして、椿さんて、これ作ってる所の社長令嬢だったり……?」
「何でそうなるのよ」
「いつどんな時に椿さんを撮っても、可愛く写るように設定されてるとか……」
「はぁ?そんな訳ないでしょ。大体、こんなんで可愛いだの美化だの、実物の方……が。ちょっと待って、ひめりはそこに写っている私が可愛いく見えるのね?」
「……え、まぁ」
「……」
「え、何?っていうか椿さんは基本いつでも……」
「その写真、気に入ったわ。送って頂戴」
よく分からないが喜ばせてしまったようだ。
「え……?あ、まぁ、いいけど。じゃあ後で……」
言い掛けて、期待に満ち満ち溢れた主人を待つ子犬みたいにキラッキラな視線が突き刺さる。
「あ、今?」
サラサラな髪を縦に振り乱し、激しく肯定する。
え……そこまで?
「……じゃあ、送るよ」
若干引きつつもいつものやりとりに今の写真をアップする。
「送っーー」
「ありがとう!」
報告し終える前に熱烈に感謝される。そんなに嬉しいのか?疑問に思うものの、まぁ悪い気はしない。それに、悔しがらせることは出来ずとも、喜ばせたのなら最早勝ちみたいもの。結果オーライに、テンションがじわじわ上がってくる。
「さっき私が撮ったのも送るわ」
どう言う心境の変化なのか、先程した小競り合いはなんだったのか、見事な掌返しに首を傾げる。
「え?いいの?」
「送るのなら、消しても私の方は残るでしょ」
あっさりと言われた。
しかも、それがあまりに当たり前の事だったので、まぁ確かにと納得はしつつも、何か癪だった。だから胸中モヤモヤさせていれば、椿さんには続きがあったようで、少し言いにくそうに顔を下へ傾けて話し始めた。
「でも……、出来れば消さないで貰えると嬉しいわ。すごく、いい写真だから」
いい写真、物凄く引っ掛かりのある言葉だ。
けれど、そう笑う椿さんの笑みは純度100%で、嘘や冷やかしなんてない、混じり気無しの純粋なものに感じられた。
「いや……私変な顔してるでしょ?」
嫌味とかではなく、恥ずかしさから口を突いた。
でも、そんな私を椿さんは十倍増しくらいの笑顔で迎え撃つ。
「そうなの!そこがいいでしょ?何か仲良し〜って感じで」
まだ実物を見てないから何とも言えない。第一、変な顔が良いってブサカワみたいな感覚なのかよく分からないけど。
でも、椿さんの言葉は自分の記憶を疑わせた。あり得ない可能性も視野に取り込ませ。もしかしたら、本当はいい顔をしていたのかもしれない、なんて考えてしまう。
そして、やっと写真が送られて、少し期待して見て見れば、やっぱり私の写りは最悪だった。
口がパカッと開いて、目は半目。そして視線は椿さんに流れている。
なのに何故なのか、自分ですら不思議に思うほど、確かにそれは――
「……楽しそう」
そんな風に思えてしまう一枚だった。
「消さないでね」
「消さないよ」
「アイコンにしてもいい?」
「絶対だめ」
こうして私達の長めの序章は終わりを告げ、やっとクリスマスが始まったのだった。
いつもお読みいただきありがとうございます!
最近更新の間隔が開いてしまい申し訳ありません(;_;)




