20.氷雨さんに告白
いつもお読みいただきありがとうございます!
今回は結構重くしないようにしつつ、結局重い感じになってしまったので、お読みいただくタイミングに要注意かも知れません……!
人生のビッグイベントとか言って張り切ったら、人生観を大きく変える一日になった。
そんな、氷雨さんへの気持ちを自覚した土曜日。呆然と過ごした日曜日を挟んで、あっという間に月曜日になった。
私はいつも通りに氷雨さんを迎えに行って、いつも通り一緒に歩いて、いつも通り会話して。
なにも変わらない、そんな『いつも通り』な日常を………………過ごせてはいなかった。
言葉や口調、距離、どれを取っても今まで通りが思い出せなくて、何をしても好意が滲み出てるんじゃないかって不安になる。その度にアウトセーフの自己判定。大は小を兼ねる精神で控えめ遠めに接する事で何とか乗り切った一週間。異様に長く感じた……。
流石にこれはまずいと、とにかく検索。
『好きな人 意識 気まずい』『好きな人 ぎこちなくなる』『好きな人 どうしていいかわからない』
あぁ、これ絶対誰にも見られたくないやつ。私は、誰かとのメッセージのやりとりなんかより、検索履歴とかキーボード予測変換を見られる方がよっぽど恥ずかしい。だって、『す』とただ一文字入力しただけで、私の悩みが明け透けになってしまうんだから。その恐ろしさと恥ずかしさを考えれば、見られる予定もないくせに、逐一無駄に履歴と変換をリセットしてしまうくらいの手間はなんと言うこともない。
とにかく、そんなことを繰り返して、出た二択。
行って砕けるか、現状維持か。
非常に際どい選択。私史上最大の選択!
今まで僅かながらにも築き上げてきた氷雨さんとの仲を、崩し落とすっていうのはやっぱり気が引けるし……。
かといって、現状維持だって、そう長くは続かない。
氷雨さんと私のスペック差を鑑みれば、まず大学進学の時点でお別れが待ってるし、その期に一人暮らしだってするかもしれない。もっといえば高三から現れる特進クラスなるものに氷雨さんはきっと選ばれるだろうから、そこで軽くお別れだ。はっきり言って特進クラスは、時間割から年間行事から校舎まで、悉くが違うらしいので、今まで通りの付き合い方はまず出来ない。顔さえ合わせられるのか怪しいものだ。
つまり、どちらを選んでもさよならが待っている……。(遠い目)
なんだ?私って転生した悪役令嬢か何かなのか……?
っていけない!また闇に沈む所だった!
取り敢えず、ここまで考えればもう答えは出たようなもの。
私が行かなければ終わるだろう私たちの関係は、行っても終わるかもしれない訳だから、諦めないということが前提ならば、せめて『かもしれない』の可能性に賭けて、私は行くという選択肢を選ぶしかない……。
自分で言っておいて、私の氷雨さんへの一本通行感に虚しくなってくる。
私にも、氷雨さんと刈谷先輩の本のようなものがあったなら少しは違うのかな?
無い物ねだりは仕方がないと分かってはいるけれど、やっぱり羨ましくなってしまう。
というより、今までの私すごいな?
何の繋がりもなしにどうやって過ごしてたんだ?
あ、隣人……は、違うか。
まぁ、いいや。とりあえず……。
「行くぞーーーーーー!!」
いつまでもウジウジしていてもしょうがない。思い立ったらすぐ行動!
私は、帰宅後わざわざ部屋着に着替えて潜り込んだ布団から勢いよく飛び起きた。気持ちと声が一致しないせいで、気合い入れの大声は思ったよりも気力を持っていき、たった今剥いだ布団をかけ直しそうになったけど、そこはグッと堪えて離脱した。そしてそのまま、気持ちだけで身体を引っ張って部屋を出た。
ダイニングテーブルに無造作に置かれたちょっと立派そうなお菓子達。姉が仕事の差し入れやらで貰って、いつもそこに置いていくのだ。これが朝ごはんになったり、おやつになったり、はたまた夕食後のデザートになったりする訳だが、今日は手土産として活躍してもらおうという算段だ。だから、一番大っきくて立派そうなお饅頭を二つ手に取った。うっすら透けて見える色に縁起を期待しつつ、隣のインターフォンに手を掛けた。
大丈夫、私にはこいつがいる。紅白饅頭にここまで勇気をもらう日が来るとは思わなかったけど。こいつが手にあるだけでもかなり気持ちは落ち着いてくる。
そして。
扉が開いて出てきたのは氷雨さん。
まずい!目が合うだけで呼吸が全部持っていかれそうになる。
「こっ……これ!」
飲まれる前に何とか声出して、お饅頭を突きつけた。
「一緒に、食べませんか?」
「いいけど」
そうだ、氷雨さんはこういうところ、意外と寛容なんだった。勝手に緊張してたけど、ここは難関でもなんでもなかった。
「え…っと……、じゃあ、うち来る?」
大きく腕を動かして、ジェスチャーで伝える。
「……このままうち、上がってけば?」
きゅん。そんな音が胸から聞こえた。そして同時に、思わず胸をぐっと押さえた。
「……あ、うん」
何とか出した言葉にふっと笑うような息遣いが聞こえる。
やっぱり私、この距離感で十分かもしれない。このままいたいかもしれない。
リビングに通されるかと思っていたら、その手前の氷雨さんの部屋に通されて、一旦席を外した氷雨さんを待っていた。
毎朝通い慣れているはずの家も、時間と服装が違うだけで随分違う雰囲気に感じてしまい、それが更に私の緊張を駆り立てた。それこそ本当に口から心臓が飛び出そうなくらいだ。
思えば、私も随分頑張った。
最初こそ、あしらわれているだけだったのに、今やこうして放課後に、私服で、しかも自室への立入まで許される仲にまでなったのだから。
十分、御の字。これ以上はバチが当たる気がする。
なんてそんな風に思いあぐねていれば、「お待たせ」と氷雨さんが戻ってきた。お茶を淹れて来てくれたようだ。「ありがとう」なんて言って受け取ると、そのお茶には茶柱が立っていた。
「あっ氷雨さん!茶柱!茶柱が立ってる!!」
「そう。良かったね」
そう言った氷雨さんは、綺麗な姿勢と澄ました顔で湯呑みに口をつけた。その姿は座敷と着物を彷彿させ、浮世離れした雰囲気に私はつい見入ってしまう。
「……何?」
やばい!見過ぎた。
伏せがちだった瞳がばっちりと私に向いてしまう。
「あ……わっ……えっと、赤と白どっちが良いかなぁ〜?って思っ……て……」
「どっちでも」
ですよねー。
苦し紛れの言葉なんかじゃ間は全然もたなかった。
そんな私は早くもオイル切れ寸前でカラッカラの頭を無理やり押し回す。
「あっ、じゃあ、氷雨さん白ね!氷雨さんって色白だし、爽やか系だし、白っぽいから!」
「……」
無理なテンションは、その反動が大きくてリアクションも無いとなれば、かなりメンタルに来る。
これ以上はもう無理かも……。始まったばかりだけど。
そう悟った私は、頼みの綱、手元に残った紅白饅頭の赤い方をぎゅっと握りしめて口を開いた。
「いっ、いただきます!」
そう口にして、ガブっと一口齧り付いてみる。
パンケーキの時の生クリームとはまた違った甘味の暴力。ずっしり来て、噛めば噛むほど口を甘さが蹂躙していく。その感じに思わず声が出た。
「あま――――!!」
そんな私を笑う氷雨さん。
あ、この感じちょっといいかも。
「確かに花竹さんは赤だね。赤というかピンク、花畑みたいな感じ」
「……それ、なんか素直に喜べない感があるけど」
花畑の前に『頭』の一文字がありそうで。
「さあ」
澄ました顔でお饅頭に口をつける氷雨さん。でもその口角は微妙に上がったりなんかして。こんな時間がずっと続けば良い。特別凄いのとかは求めないから。こういう普通の何でもない幸せがずっと続いて欲しい。そう心から願うのだ。
でも、ずっとは続かないことを私は知っている。
幼稚園の頃、凄い仲良しの友達がいた。
家が近所で、何をするでも一緒で、毎日四六時中、本当にずっと一緒にいた。それで、『大きくなったら結婚しようね』とかそんな約束だってしたくらいなのに、その子のお父さんの転勤であっさりお別れすることになった。勿論その時は、今でも思い出せるくらい悲しくて、『会いに行く!』だとか『いっぱい手紙書く!』だとか言ったけど、結局、手紙も数年だけ続いていつの間にかやり取りは無くなった。今では、連絡先どころか、何をしてるのかさえ分からない。
とどのつまり、何の特別も無しには、友達だけではずっと一緒にはいられない。距離が開くだけで、心の距離も簡単に開いてしまうのだ。
いくら家が隣同士だって、クラス替え、進学、就職、そういう節目節目でどんどん距離はできていく。だから、そんな距離を繋ぐ、特別なものが欲しい。
そうでなくては、私達はずっと一緒にはいられない。
というか、私が氷雨さんといられない。
距離が開くのがいつかなんて分からない、それでも私が望むのは『氷雨さんとずっと一緒にいる事』だから。
「氷雨さーー」「花竹さん」
見事に被った。
「あっ、先にどうぞ」
「……寒くない?その格好」
半袖半ズボン、それが私の格好だった。ちなみに言うと、今の季節は十二月、冬。そして、隣の氷雨さんは、暖かそうなセーターを着ている。この情報だけでも私の異様な薄着具合は伝わるだろう。なんせ、私の好みは薄着でお布団ヌクヌク。着の身着の儘、来てしまったんだからしょうがないともいえる。
とはいえ、言われてみればやっぱり寒い。でも、寒いなんて言ったら早々に帰されてしまうかもしれない。勢いつけて折角ここまで来たというのに、それは困る!
「……だ、大丈夫!全然寒くない」
笑って見せた。そんな私を見極めるようにじっと見つめる氷雨さん。目があったら負けてしまう気がして、目が合う隙もないほど笑みを深めた。
暫く見つめると、氷雨さんは徐に立ち上がり、私のちょうど正面に位置するベッドへと向かった。何だ何だと目で追っていると、毛布を引き抜いた。
そして、バサッと。同時に、ふわりと氷雨さんの匂いに包まれた。
「使って」
「……え」
「家で風邪引かれても困るから」
ぶっきらぼうなその言葉には十分なほどの優しさが溢れていた。だからか、胸までポカポカ温かい。
「あ……りがとう」
「別に」
そんな言葉すら、かけがえのない大切な言葉に感じられた。
「それで、花竹さんは?」
「あ……、うん」
返事だけしたものの、言葉を紡ぎ出すことができなかった。この温かいところを抜け出して、何処かへ行く覚悟を決められない。
何度も「私」まで言い掛けて口をつぐんでは、情けない気持ちに陥った。
「何かあった?」
そんな言葉が私の胸をぎゅっと握って冷やす。
「えっと……」
焦るように声を出すもやっぱり止まってしまう。こんな覚悟でよくここまでこれたものだと、自分で自分に呆れてしまう。この部屋に時計の類は一切として無いけれど、それでも頭にはカチカチと時を急かす音が聞こえてくる。無いリミットに焦りながら、もう一度口を開いたのは、まだ此処に居たかったから。これで終わりにはしたく無かったから。
「……な、んで?」
そう口にして恐る恐る氷雨さんに目線を合わせると、綺麗にばっちりと交わった。
「最近、変だから」
「……へん?」
予想外の言葉に素直に聞き返した。
氷雨さんは、こくりと頷く。
「少し前は、逃げても追いかけてきたのに」
今度は私がこくりと頷いた。そういえば、喋るのと同じくらいだったか、氷雨さんと目が合わなくなっていた。
「……」
あれ?
「……」
待っても来ない次の言葉に焦ったさが生まれ始める。微かな期待は気のせいなのか、その答えが知りたくて、つい口をパクパクさせて。
「……」
遂に。
「その先は!?」
思わず身を乗り出して突っ込んだ。
「……無いけど」
「いや嘘!え、本当!?」
「……無い」
そう言う氷雨さんと目線は一向に交わらない。流石と言うほど綺麗に目を伏せている。
これは……まさか!?
高まる期待、よせばいいのに掘り下げたい欲に抗えない。
「それは……、もしかしてその後に『今は来ない』とか続きますか?」
「続かない」
洞察力なのか妄想力なのか、その言葉は反対に捉えるべきと直感する。
そう、つまり。
「寂しかった、と。そう言うことでしょうか?」
なぜ敬語なのかと言われれば、一応、自分なりの照れ隠しみたいなものだと思う。でも、そのお陰で、氷雨さんから目を逸らさずにいられている。
じっと見つめる。高鳴る鼓動がうるさいけれど嫌じゃない。それでも早く解放してほしいとは思う。
「それは無い」
そう言った氷雨さんは少し笑ってた。
「でも、友達の様子が可笑しかったら気になるものじゃないの?」
「ともだち……」
復唱したそれは、嬉しいような、そうでは無いような複雑な気持ちにさせる言葉だった。ギリギリのところですり抜けていた糸が、ようやくその毛羽を見逃せずに、絡まっていく。
「あ……わ、私は」
ゆっくりと、手に持ったものを静かに握りつぶすみたいに声を出していく。
「ひっ、氷雨……さんが…………、す、き……で」
言い終えてから怖くなる。それでも、後悔はなかった。
そして、向かい合う口が開いていく。
「……知ってる」
「え」
「それは前にも聞いた」
そう言う氷雨さんと目は合わなくて。
「やっ……、そうじゃなくてーー」
慌てて口にするも、なんと言うべきなのか言いあぐねてしまう。『違う』というのもまた違う気がした。
「お茶、おかわりいる?」
まごつく私に、氷雨さんが聞いた。
「あっ……大丈夫!」
「そう。じゃあ私は淹れてくるから」
そう言って立ち上がると、氷雨さんは颯爽と部屋から出ていってしまった。
心なしか表情が固かった気がするけど、僅かなものなので気のせいかもしれない。
閉まる扉に、人の部屋で一人ぼっち。シーンなんて音が聞こえそうなほど静かになって、無性に心細くなる。そんな気持ちを紛らわす様に、少しぬるくなってしまったお茶と饅頭を頬張って氷雨さんを待った。
でも、それから二十分経っても氷雨さんは戻って来なかった。
遅ーーーーーーい!!遅い遅い遅い!不自然に遅い!
って言うか、なんだろ。部屋出る前も少し様子がおかしかったし、もしかして、もしかしてもしかして…………私、避けられてる!?
って、いやいや、告白だってなんか伝わってないっぽいし、反応無かったし。
でも、遅くない?キッチンにお茶淹れるだけだよね?もしかして葉っぱなくて買いに行ってるとか?いや、何も言わずって、そんなことある訳ないじゃん!じゃあ、なんかあったとか?倒れてたり?いや、それも無さそう。でも、物凄く嫌な予感だけはする!
どうしよう……、行ってみる?いや、でも……。
考えて考えて、頭をガシガシしながらも悩んで、結果、私は立ち上がった。
「ええい!!」
考えてもしょうがない。とりあえず、行ってみるか!
立ち上がった私は、勢いよく氷雨さんの部屋を飛び出ると、見慣れたリビングへと足を進めた。そして、足を踏み入れてたったの一歩で足は止まった。
「……何かあった?」
ダイニングテーブルに座る氷雨さんと目が合った。
あれ、やっぱり私避けられてる?
「えっと……、氷雨さんが戻らないから大丈夫かな、と思って」
「特には」
「そっか……」
「……」
物凄く気まずい感じ。というか、言外に『帰れ』とさえ言われているような気さえする。そんな状況に、私の足元と胸はぐらついていく。
それでも、結構頑張って口を開いた。
「あ、あのさ!もしかして、さっきの……。私の言ったやつ、気にしてたりする?」
「別に」
出会った頃を思い出す、温かみのない冷たさのそっけない声。
どんどんどんどん、ぐらついて。
「…………あ、あれね!別に変な意味とかはないから。友達としてって意味だからさ、本当に気にしないで」
安全地帯へと飛び移る。
「分かってる」
「うん……」
これで良い。変わりたいなんて思っても、仲を崩してまでする事じゃない。
そっと蓋を閉じようとした。
ーーでも、本当に?
いつか別れる時が来たとして、私は後悔しないでいられる?悔しくて悔しくて、喉から手が出るほど今に戻りたくなるんじゃないの?苦しくても怖くても、それでも言えばよかったって思うんじゃないの?
私の中にある沢山の氷雨さんが過去として、もう二度と触れられなくなっても。
「やっぱ嘘!!」
邪念を吹き飛ばすよう大きな声で叫びを上げた。
「私、氷雨さんが好き!一人の女性として!!恋愛対象として!!」
言ったーーーー!!言ってしまった!
もう後戻りは出来ない。誤魔化せない。誤魔化したくない。
だって私は氷雨さんの特別になりたいから。
私は――――
「わったしは!!氷雨さんが!!大好き!!なの!!」
勇気を出したからそれ相応の答えが返ってくるなんて事は流石に思ってはいなかった。
でも、それでも、氷雨さんなら受け入れはしてくれなくても、受け止めはしてくれるんじゃないかって、どこかで思っていた。
だから。
「呪われてるだけだよ」
てんで意味が分からなかった。
「は……のろっ……えっ?」
「正気じゃないって言ってる」
「いや!正気だよ!本気中の本気だよ!」
「勘違い、気の迷い。そういうの」
「そんな事ないよ!っていうか、何で氷雨さんにそんなこと言われなきゃいけないの!」
告白後数秒で、意中の相手にガン飛ばすことがあるなんて、まさか思わなかった。
「今までにもこういうのあったから」
「でも、私が告ったのは初めてでしょ!?」
一緒にしないでとか、そう言うのではなくて、皆が其々抱いたであろう色んな葛藤と想いの結果を一括りにして欲しくなかった。
「そうだけど、同じことだから」
「同じじゃ……ないよ」
『同じ』と括らなければ、人の想いを何度も拒否するなんて自分が食らってしまう。そう言う気持ちは、分からないでもない。だから、言い返す言葉は少しだけ弱くなってしまった。
「そうだとしても、私は花竹さんの気持ちには応えられない」
想定してたけど想像はしてなかったものが耳を通り抜け、私は息をするのさえ辛かった。
身体が浮いて胸が沈む様な気持ちの悪い感覚に襲われながら、震える唇をキツく結び、それから口を開いた。
「……うん」
「……」
返答が来る様なものではないけれど、それでも、この押し潰されそうな重い空気が不安を煽り、声を発せずにはいられなかった。
「あ、のさ……友達では、いてもいいかな?」
これまで通り。
此処までを想像していなかった私には、藁にもすがる思いだった。けれど、それさえも。
「……無理」
スルリと手から落ちていく。
「な……んで?」
震える声をもう抑えられなかった。
別れの時が近づいている。走馬灯の様に、氷雨さんとの時間が喚び起されて、目の前の氷雨さんさえも幻のように滲んでいく。
「近くにいられたくない」
「……っ」
「だから、もう、関わらないで」
そう言う氷雨さんの声は落ち着いていた。声を荒げるわけでもなく、ゆっくり言い聞かせる様に。
「……そ……んなに、そんなに嫌だった?」
「……」
否定をして欲しかった言葉に、返答は無かった。
私は何も望むものを手にできぬまま、氷雨さんとの全てを失って。
もう、此処にはいられない。
「……分かった。もう、近付かない。今まで氷雨さんと一緒にいれて本当に、物凄く楽しかった。あ……ありがとう。…………じゃあね」
退場する私を引き止めるものなんかいなくって、すんなりと重苦しいところから飛び出した。
それがとてつもなく、寂しく、悲しかった。
いつもお読みいただきありがとうございます!
最近投稿ができておらず申し訳ありません(;_;)




