2.出会い
6月も下旬、入学から3ヶ月が経とうとしていた時のことだった。
日直の仕事をこなし、いつもよりやや遅めの下校、突如降り掛かる告白に気を張りながら、恐る恐る下駄箱を開けた。
……ある。久しぶりの置き手紙だった。
『放課後、中庭にて待ちます。来てくれるまで待ちます』
うわあ、学年どころか名前すら書いてない。こんなの無視すればいいって分かってるんだけど、万が一上級生だったら?怖い人だったら?報復とか怖いし……なんて事ばかり考えちゃって、結局私は顔も名前も知らぬ人が待つ中庭へと足をすすめてしまうのだ。
辿り着けば、1人の男子が立っていた。
細身、小柄、眼鏡。
おっ!これは当たりかもしれないぞ?
見た目だけで言えば限りなく安全安心、善良な生徒。そして、真面目そうな雰囲気。
これなら、すぐ帰れそう!
私は、さっさと終わらせて帰ろうって気が急いて、自分から声を掛けた。
「あの!お手紙の方でしょうか?」
パチっと目が合った。
なんと温和そうな顔立ち。
私はますます気を緩めていく。
「あ、花竹さん。もう来て貰えないかと思っていたので……来て貰えて良かった」
優しく笑う眼鏡さん。なんて健気な。
2次元ではドSとか冷酷系なとげっとげな人が好きだけど、現実はやっぱ人畜無害、何なら健気ささえ感じるこのくらいが一番だ。
「す、すいません!日直だったので」
「あぁ、そうだったんだ。ごめんね、無理に呼び出しちゃって」
物腰も柔らかで、謝る素振りだってかのチャラ男なんかとは違う。本当に申し訳ないと言う気持ちが伝わるような表情だった。
「えっと、それでご用件と言うのは……?」
分かってるけれど。私はいつになくグイグイと会話を進めるよう突っ込んでいった。優しくて温和そうな人だからこそ、スパッと断って早く帰れる機を逃したくはなかった。
早く帰ってエクエス様周回イベントに勤しみたいもんね!
「そうだったね。それじゃあ、率直に言うよ。僕を君のお姉さんに紹介してはどうかな?」
……ん?
率直過ぎて一瞬にして思考がフリーズ。
ポカンとする私など気にもせず、彼は自身満々に語り出した。
「僕はね、他の馬鹿共のように、君と交際する事で君のお姉さんと繋がりを持とうなんてくだらない事はするつもりはないんだ。だって、そんな事しても『妹の恋人』というただの他人とさして変わらない、くだらない役につくだけだろう?」
く、くだらない……。
呆然とする私の耳にはあまりにも不躾な言葉が飛び込んで、胸をグサりと刺していく。
それでも、何とか口を開いた。
早く帰りたい……。
「す、すいません……。紹介とかそう言うの、全てお断りしてるんで」
色々湧き出る気持ちをグッと堪えて何とか発した言葉。でもそれは、彼を焚きつけてしまったようで、知らず知らずに詰められていた距離をさらにグッと縮められる。
思わず距離を取ろうと後退りするも、壁にぶつかってしまう。
「君は、頭が良くないようだ。お姉さんに全て吸い取られてしまったんだね」
憐れむような顔だった。
「いいかい、君はその勝手な都合で素晴らしいお姉さんの可能性とチャンスを逃しているんだよ」
そう言うと、既に詰め幅の少ない距離をジリジリと極限まで詰めてくる。
「僕は一見真面目でつまらなそうな見た目に見えるだろう?でもねーー」
彼は自身満々に眼鏡を外す。そして、不自然な角度で笑みを作り、続けた。
多分、キメ顔というやつだ。
「ほら、こんなにも端正な顔。しかも秀才で、中身まで素晴らしい。こんな最高に完成された僕。君のお姉さんが出会うことができないのは不幸な事だと、そうは思わないのかい?」
もはや何を言っているのか理解できなかった。ただ分かるのは、私も姉も勝手な事を言われてるなぁという感覚だけ。それよりも、あまりに近いその距離に身の危険を感じた。
隙をついて逃げないと……。そう思って必死で視線を巡らせば、彼も気が付いたのかドンっと音を立てて囲まれた。初壁ドン。
キュンなんてするはずもなく、私の胸からはゾッという血の気が引く音が聞こえた。
「これでもう逃げられないね。さ、改めて答えを聞かせてもらおうか?」
眼前に迫る顔。こんな時ですら、私は素敵な王子様が颯爽と現れて助けに来てくれるかもってそんな事考えてしまう。バカだってあり得ないって分かってる。
だからこそ、その願いは心のほんの端っこだけで。ここはもう、自分でどうにかするしかないから。
私は精一杯の力を振り絞り、眼前の男を押し返した。……つもりで、びくともしなかった。運動なんてまともにせずにゲームにかまけて過ごしたひ弱な力では、小柄な男性一人押し返すことが出来なかった。
「あぁ、もしかして君はお姉さんに嫉妬してるのかな?こんな素晴らしい僕に構われるお姉さんが羨ましいのかな?そうか、それならーー」
今度は、もう詰めようの無い距離を顔だけで近づけてきた。押し返そうとも止まらぬその顔に、いよいよ嫌悪感と恐怖でぎゅむっと強く目を瞑ろうとした。
その時。
男の肩に当てていた私の手にひんやりした冷たい感触を感じた。
見れば、スラっと伸びた白い指が男の肩に掛けられている。
「え……?」
私が、思わず発した声と同時に、その白い手によって男は地面へと引き落とされた。
そうして見えたのは一人の女生徒だった。
綺麗な白い肌を夕陽に照らし、真っ直ぐ切り揃えられた肩にもつかぬ程の髪を靡かせて、凛と佇む彼女がいた。
「ーーったいな!何をするんだ君は!これはれっきとした暴力だぞ!!」
尻餅をつき、彼女を見上げながら男は声を上げる。それでも彼女は、感情の見えぬ冷たい目で男を見下ろしていた。
「なんだ、その目は!貴様、学年と名前を言え!場合によっては明日から穏やかな生活が送れると思うなよ!!」
声だけは立派に大きいものの、床に引き摺り下ろされたその姿で言う言葉は、内容も相まって小物感がたっぷりだった。
そんな男に対し、彼女は特に表情を変える事なく口を開いた。
「暴行罪、逮捕罪」
「はぁ?」
淡々と発せられた言葉に男は怪訝な声を漏らす。
「同じ行為で逮捕された例がある」
冷たい声が落とされて、静まり返る中庭には落ち葉が舞う音がよく聞こえる。
「事例にならないと良いですね」
冷たい声で紡がれるその言葉にどんどんと男の顔は青ざめて。しまいにはあれだけ自信ありげに振る舞っていた態度はみる影もなく、ジリジリと後退りをしたかと思えば、何を言うわけでもなく、ただ焦り切った顔を晒し、一目散に逃げ去った。
そんな姿を見送って、私の残り少ない気力は限界に到達した。ガクンと身体が地面に吸い寄せられる感覚を覚えて。
「ぅうっわ!!」
ペタン。そんな擬音がふさわしいだろう。私は、地面にへたり込んだ。
そのまま目の前に立つ彼女ーー氷雨さんを呆然と見つめればふと目が合った。
「へっ……えへへへ」
人間、未知の状況に陥ると脳の処理オーバーで笑ってしまうことがあるというけれど、これがそういうことなんだろうなって自覚する。面白いことなど一つもない癖に口からは何故か笑い声が流れてしまう。
そして、そんな私をただじっと見つめる氷雨さん。沈黙と誤魔化し笑いのせめぎ合い。何とも気まずい空気が流れるのだった。
そんな空気を打ち破ったのは、氷雨さん。
氷雨さんは、突然動き出したかと思えば、ふと私の隣に腰を下ろし、手を伸ばした。そして、スッと手を私の背中と両膝裏に添えると、軽々と私を持ち上げる。
「うええっ!?」
思わず変な声が出た。
そんな私を一瞥して「保健室へ行く」とだけ呟くと、氷雨さんはスタスタと歩き出す。
私と言えば、ちょっと状況からは置いてけぼりで「え!なになに!?」なんて心中あたふたしてたけど、少し上方にある氷雨さんに目を遣ると一瞬でその美しさに引き寄せられてしまった。
目元は切長、瞳は大きくて、その周りを長いまつ毛が縁取っている。肌も透けるような白で艶めいて、形の良い唇はその色さえ口紅を塗ったような綺麗な赤色だった。
非の打ち所がないその顔は全てのパーツが計算し尽くされ、完璧の配置がなされているように思われる。
それは、美人とか可愛いとか、そんな言葉じゃ足りなくて。
女神とか天使とかそういうのでもなくて。
ピンチに颯爽と現れ助けてくれたその姿は。
髪を靡かせ私を抱き歩くその姿は。
既視感あるなって思ったけど、そんなもんじゃない。高鳴るどころか沸き立つ胸に身体中が熱くなる。
ああ、これは。
これがーー
「王子様……」
宜しければ、悪いところなど教えていただければ嬉しいです。




