19.羽角君とお出掛け
学校行事としては体育祭に文化祭が終わって、巷ではハロウィンなんかも終わった。そうして、今年残されたイベントといえば、クリスマスくらいなものになった今日この頃。
私は人生でのビッグイベント『初デート』に足を踏み入れようとしていた。
姉から借りた清楚なワンピースなんか身につけて、いつもより少し念入りにアイロンをして決めた私は、気合を入れて家を出た。
履き慣れないヒールは低めを選んだのに、それでもちょっとおぼつかない。それでもとりあえず背筋を伸ばして大股3歩、歩いたところで、ちょうど真横の部屋の扉が開いた。
「氷雨さん!!」
「……おはよう」
中からちょっと不機嫌そうに出てきたのは、私服(秋バージョン)の氷雨さん。Vネックセーターにすらっと長い脚が際立つパンツスタイル。成程、こう来たか。
「写真を撮らせていただいても宜しいですか?」
「何で」
「四季折々の氷雨さんを残しておきたくて」
夏服は散々撮ったけど秋冬はまだだからね。
「……朝から何言ってんの」
呆れた声でそう言うと、氷雨さんはスッと私の横を通り過ぎた。それから「じゃあ、私は行くから」とだけ言い残し、スタスタと歩いて行ってしまう。
「ちょ……!ちょっと待って待って!氷雨さん、お出掛けするの?」
小走りで追いかければ、ちょうどエレベーター呼び出し中。氷雨さんが隣に並んだ私を見る。
「そうだけど」
「あっ、私も!私も出掛けるんだよね!隣町のショッピングモール!氷雨さんは?」
「…………確か同じ」
「じゃ……じゃあ!一緒にーー」
キラッキラに目を輝かせ胸に抱いた希望は一瞬で弾け飛んだ。
「午後待ち合わせだから」
「……」
そうして、氷雨さんは1階まで降ると、郵便受けの確認だけして、再びエレベータへと戻って行く。
「じゃあ、私はまた寝るから」
そう言って、私に向けた表情は心なしか嬉しそうで、そんな氷雨さんを私はただ「あ……うん」なんて返事をして見送ったのだった。
そんなこんなで、私は予定通りに駅まで行き、予定通りの電車に乗って、そして約束の相手の元へと向かったのである。
駅前、変な形のオブジェ前でぽけーっとしていると羽角君はやって来た。
「悪い、電車遅れてた」
特に予想をしていたわけでは無いけれど予想通りと言ってしまいたくなる様な、しっくりくる装いだった。
「べ、別に。私も今来たとこだし」
言ってからデートの定型句みたいだと後悔した。
「なんかそれ、デート感あるね」
見透かされた様な発言とその表情についカッと熱が上がる。
「なっ何言ってんの!今日はお姉さんのプレゼント選びでしょ!デートとかじゃ無いから!」
何言ってんだ……自分で『人生初デートだ!』なんて浮かれておきながら。
恥ずかしい気持ち、照れ臭い気持ちをそのままツンに変えて言い返した。
でも、そうやって私がムキになるのが羽角君としては面白いのだろう。
「慌てるあたりちょっとは意識してくれてたんだ」
なんて、軽くおちょくられてしまうのだった。
「してない!」
「ふーん、まぁいいや。とりあえず、昼ご飯済まそうよ」
「行かないよ、ご飯なんか!それこそデートみたいじゃん。今日はただ真摯に目的を果たして真っ直ぐ帰る。そういう予定なんだから」
「でもさ、まだ花竹に姉さんについての情報あんま話せて無いし。プレゼント選ぶのに趣味とかそういう情報必要でしょ?」
本日の予定、羽角君のお姉さんの誕生日プレゼント選び。お姉さんについて知っている事、皆無。双子のお姉さんらしいけど、女子の考えなんて分からないということで、成り行き的に協力する事となったのだ。
「うっ……まぁね」
「まぁ、作戦会議だとでも思ってさ。朝食食べてないからお腹も空いてるし」
正直、売り言葉に買い言葉。引けなくなっただけだった私は少しホッとした。
「しょうがないなぁ……」
そうして私たちはショッピングモールへと向かったのだった。
お昼少し前のレストラン街はどの店でも列ができるほどに混雑を見せていた。その中でも、一際長い列ができているイタリアン。本当はそこが気になっていたけれど、列の長さを実際に目にして気が引けた。そして、そのままお向かいのパンケーキ専門店へと足を進めて、10分ほど、案外待つことなく席に着くことができた。
店内のむせ返りそうなほどの甘ったるい香りは、そこにいるだけで満腹中枢を突いてくるきらいがあるけれど、それを差し引いても何だか温かく幸せな気持ちにさせるこの香りが私は好きだった。かなり悩んで注文して、香りと雰囲気を堪能していると、あっという間に至福の宝山が運びこまれた。
「わぁ……っ!!」
目の前に置かれると、その甘々とした見た目と、これから襲う甘味の暴力を想像し、つい声が出てしまった。
「うわぁ……」
「ドリームココナッツマウンテン!美味しそうでしょ!」
パンケーキの土台に聳え立つクリームの山と、それに降り積もる雪が如く、頂から半分までを分厚く覆い尽くすココナッツフレーク。見た目だけでその甘さの程を容易く想像出来そうなそれとは対照的に、羽角君の目の前に運ばれてきたものは何と青々しいことか。
「羽角君……、もしかしてお財布忘れた!?貸そうか?」
「そんな訳あるか」
「でも、羽角君のレタスとトマトしか乗ってないよ?」
「まぁ、1番さっぱりしてそうなの選んだからね」
「……もしかして甘いの苦手だった?」
思い返せば、この店を見つけたのも引っ張って連れて行ったのも私だった……。
「別に苦手でもないけど、見てるだけで充分っていうか……」
そう言う羽角君ら若干引き気味で。そんな顔を見て、私は直ぐに悟った。
「なるほど……つまりは食わず嫌いだね?」
「いや、まぁ……そういう訳だけど、何か認めたくない」
「いやいや、分かるよ分かる。この香りにこの見た目、怖気付くのも無理ないよ。でもね、意外と一口行くとパクパクいけちゃうもんでさ」
言いながら、私はあんまり得意じゃないナイフとフォークを使ってパンケーキを切り分けて、上手くクリームを乗っけて、ちびパンケーキをセットした。そしてそれを。
「まぁ、一口」
羽角君の口に差し出した。
驚いて一瞬空いた口を見逃さず、えいっと心を込めて突っ込んだ。
「ね?意外といけるでしょ?」
そう聞けば、モグモグと咀嚼してゴクリと飲み込んでから一言。「甘い」と返ってきた。いや、全くその通りで。微妙だったのかなぁ、なんて思いながら自分の分を切り分けていると、今度は羽角君からレタスに綺麗に包まれたパンケーキを差し出される。自分からやっておいて何だけど、色んな意味で気が引けた。
「自分だけずるい」
そう言われてしまうと、逃げるに逃げられず、舌に感じるであろうシャキシャキ感と青っぽさに集中しようと心に決め、一思いに食い付いた。
「あれ?意外と美味しい」
パンケーキによく染み込んだバターの塩気と水々しいレタスが合わさって、何ていうか普通に美味しかった。
「だろ。花竹こそ、食わず嫌いだったな」
そう言って、余裕な笑顔でパンケーキを切り分ける姿は悔しくもとても爽やかで。まるで、良いところのお坊ちゃんみたいだった。そこそこのイケメンは結構イケメンにすら見えてしまって、そんな彼に告白されたのかと思うと、正直信じられなかった。それでも、告白してもらったのは事実だし、目の前のかなり素晴らしい男の子に、それもお姉ちゃん抜きで好かれているのだというのに、どうして自分が返事を出来ないのかが分からなかった。
断るなんて選択肢は無いはずなのに、どうしても何か引っ掛かってしまうのだ。
そんな事を考えながらせっせとクリームを口に運んでいる。そんな時だった。
「あ、氷雨さん」
その言葉に口へと運びかけたフォークをピタリと止めた。
「え!どこ!?」
そういえば午後待ち合わせって言ってたな、なんて思いつつ、『誰とかな』なんて好奇心のままに羽角君と同じ方向を向いた。
全身が心臓になったようにドクンと脈打って、息すら忘れそうだった。
氷雨さんと、その横の刈谷先輩。二人並ぶ姿。
目を逸らしたいような、離せないようなジレンマにとらわれる。
「意外だね。氷雨さんって学校の人と出掛けたりするんだ」
「…………それは出掛けるくらい」
聞こえる自分の声が遠く感じる。
本当はそんな事思っていない。考えたことすらなかった。
氷雨さんが休日に学校の人と会うこと。先輩とそこまで仲良くなってたこと。私以外でもちゃんと笑うこと。全て当たり前の事なのに、人気がありながら周りからは一定の距離がある氷雨さんに、自分はちょっと特別なんじゃないかって勘違いをしてしまっていた。
「ふーん。あれって2年の先輩だよね?確か……」
「刈谷先輩。図書委員の」
「あ、そうそう。休日会うなんて結構仲良いのかな」
「……そうだね」
多分、私は今、相当に感じの悪い奴になっていると思う。自分の声がとても素気なく、冷たいのがよく分かる。分かっているのにコントロールできなくて、さっきまであれほど楽しい気持ちだった私の中が薄暗いモヤに覆われていく。
「花竹」
「何?」
「そろそろ行く?」
「……まだ」
外に出たく無い。見たくない。会いたくない。
しかし、俯く私を掬い上げるように、羽角君は私の腕をぎゅっと掴んで引っ張り上げた。
「良いから」
そのまま力強く引っ張られお店の外に出ると、ダンスの様にクルリと巻き取らて、気が付けば羽角君の腕の中にすっぽり収まってしまっていた。
「え!?何!ちょっと!!」
人生初ハグ。と言っても不意打ちで、小恥ずかしさよりも焦りの方が大きかった。そんな私に羽角君はそっと告げる。
「花竹のこと好きだよ」
その声はすごく落ち着いていた。
「そう言ったの覚えてる?」
2回目の告白は流石に現実味があって、前よりもずっとしっかり、自分の中に落ちてきた。
忘れるわけないでしょ!なんてツッコミじみた言葉を出す余裕なんてあるはずもなく、変な声が出てしまいそうなので、とりあえず頭を縦に振ることで肯定した。
「ふーん。てことは、まだ迷ってんだ?」
『迷っている』その言葉は、どうも自分の気持ちに相応しいようには感じられなかった。形容し難いけれど、言うならば『抑えられてる』とか『止められてる』とかそんな様な感じに近い気はする。とはいえ、何にと聞かれればそれもちゃんとは答えられそうには無い。
「……」
「実はさ、短気なんだよね」
「へ?」
いきなり毛色の違う言葉が与えられ、思わず羽角君を見た。顔を上げて、思ったよりも離れている顔とその距離に少し平静が戻ってくる。それでも、側から見れば、白昼堂々人目も気にせずいちゃつくバカップル、という風に見えているんだと思う。
「告白さ、待つって言ったけど、精々24時間くらいなものを考えてたんだよね」
「……早っ!!」
「いや、だってさ。好きか嫌いか聞いてるだけだけだし」
「いや、そうだけどさ……。そう簡単なもんでも無いじゃん。状況とかさ複雑な気持ちとか、想いとかーー」
少女漫画然り、乙女ゲーム然り。告白という大イベントの答えっていうのは、もっと紆余曲折経て悩みに悩んで出すってもんでしょ。
なんて考えてる私の前で羽角君はにっこり笑ってた。
「まぁ、だから、花竹には今日返事を貰うことにした」
全然聞いてないな!?
「いや……そんな急に言われても、あと数時間しかないし」
「既に1ヶ月近くも時間はあっただろ」
「うっ」
チクチクと痛いところを突いてくる。
何だか、勉強せずに怒られているような気分だった。
「その時点で予定の何十倍の時間を許してるってのに、更に数時間与えようって言うんだ。寛大だろ?」
そう言う羽角君は、無駄に誇らしげで突っ返さずにはいられなかった。
「予定なんて聞いてないし!」
言葉と態度で押し返してできた距離を羽角君が腕を引いて埋める。
今日はやけに積極的だ。顔が熱くなる。
「ということで、とりあえず氷雨さん、追いかけようか?」
何がということでだよ。どう言うことだ。全然意味わかんないし。
「……行かないよ」
そう言ってそっぽを向けば、私の拒否は鼻で笑って一蹴される。
「そっち、ニ人が消えた方だけど」
二人とは氷雨さんと刈谷先輩のこと。
「言い方!紛らわしいよ!」
「ふっ……何それ?」
「2人で消えたとか、なんかやらしいでしょ!」
「そう?ま、とりあえずこっちも同じ方向へ行くってことで。いいよね?」
分かってるくせにいちいち聞くのがいやらしい!まぁ受け手と捉えようによっては紳士になるのかもしれないけど。
とにかくまぁ、そんなこんなで、結構な罪悪感と複雑な気持ちと共に、私達は氷雨さんと刈谷先輩を追跡することと相成ったわけである。
「どう?」
本屋の棚の影で興味なさそうな声が無遠慮に響く。「ちょっと!声大きいよ!」と忍び声で注意すると、今度は呆れた声が返ってくる。
「言っとくけど、そっちの方が目立ってるよ」
「……」
確かに、ちょっと目線をずらすだけでも幾つもの怪しむ視線と目が合った。
私、怪しかったのか……。
取り敢えず、慌てて中腰の姿勢からピンッと背筋を伸ばし、ついでに近くの本に手を取った。
自分が思ってるより本屋ってそんなに静かじゃないんだなあ、なんて思いつつ、つい図書館の延長でヒソヒソ声になってしまう。
「こういうのは早く教えてよ〜〜」
「でも、面白かったし」
「面白くないよ!バレたらどうすんの!」
「まぁ、バレなかったじゃん」
「結果論!」
「で、どうだったの?」
「どうって……。まぁ……、普通、だったよ」
そう、普通。何の文句もつけようのない、まごうことなき『普通』。普通の友達、普通の先輩後輩、何一つはみ出ることのなく、ただ本好き二人が本屋に立ち寄りましたって感じの普通。まぁ、それはそれで多少モヤッとするけれど。でも、最初感じた動揺を、今は感じる事はなかった。心は穏やかに落ち着いている。それならそれでいいはずなのに、これは沼だと分かっていながら、突っ込んだ片足を引き抜くことができない。違和感が取り憑いて離れない。
さっきまでは何がそんなに不安だったのか、何にそんなに焦っていたのか。何をもって私は普通とみなし、何をもって私は安心したのか。何がセーフで、何がーーーー。
その時ふと目に入ったのは、棚横に貼られたクリスマスのポスター。二つの人影がキスでもするような距離で向き合っている。
あぁーーーーーー
「ああいうのは嫌だなぁ」
「何が?」
「……?」
顔だけをそっと隣へ向けた。
「今、ああいうのは嫌だって」
「え……………………、え!?」
言われてやっと自分の言った言葉を自覚する。
考えていたことが思い起こされる。
ちょちょちょちょ……ちょっと待って!
私、今、何考えてた?何想像した!?
あり得ないでしょあり得ないでしょ!刈谷先輩と氷雨さんなんて!
刈谷先輩は女の子で、氷雨さんも女の子で。女の子同士とかないでしょ!あり得ないでしょ!?だって、こう言うのは普通男女……、そう、それこそ羽角君と私とかーーあ、だめだ、何も感じない。じゃあ、氷雨さんと私?いやいや、それも――……
ーーーーーーーーーーーーっっ!?!?!?
「えっ、何?顔真っ赤だけど」
隣にいる羽角君の声が遠くに感じる。
私は今、とんでもないものを開けてしまった。
「あ……、わ、私」
顔を上げた目の前には、今までとは似て非なる世界が広がっていた。よく言う、ピンク色だとかお花畑とかそういうのではなくて、なんていうか、世の中が少し遠くなった様な、壁が出来たような感じ。
いや……何となくは分かってた。けど見ないことにして、そういうのじゃないからって誤魔化してきた。
それは、最後のピースだけはめないで、ずっと取っておいたパズルを、うっかりはめて完成させちゃったみたいな心境で。
驚きと諦めと不安とでぐちゃぐちゃになる中で、私は自覚をしてしまったのだ。
震える唇をゆっくり開けていく。
「わ……私、好きなひとがいたみたい」
「だろうね」
羽角君の軽い笑顔で言われたその言葉は妙にしっくりくるものがあって。
「うん……だから、ごめん。ごめんなさい」
私は、氷雨さんが好き。
いつもお読みいただきありがとうございます!




