18.羽角君と文化祭2
と、そんな幸せなこともありました。
なんて、枯れ果てているのはこの私です。
氷雨さんと久々に一緒に帰る幸せを噛み締めてから早1ヶ月。文化祭も翌週に迫ったある日。『メイド喫茶』に決まった私たちのクラスがその準備を着々と進める中、私は完全に萎びきっていた。主に、氷雨さん不足で。
文化祭が近づくにつれ実行委員の仕事も増えていくのは覚悟していたものの、氷雨さんの図書委員の仕事もどうやら忙しいようで、従業以外では顔を合わせることがないほどにすれ違ってしまっていた。
2週間、ただ一緒に帰れないだけで大打撃を受けていたこの私。1ヶ月も登下校、それどころか休み時間まで氷雨さんと会えないとなれば、私はもう瀕死も寸前だった。
「花竹さん、衣装って2種類だけ?もっと増やしてもいい?」
「あ、うん。いいよ〜」
「内装ってさーー」「看板のーー」「ここの色はーー」「配置をーー」
「あ、うん。いいよ〜」
飛んでくる質問の数々に実行委員として責任を持って答える。そんな意気込みはとうの昔に何処かへ消えた。あまりのハードワークに加えてこの氷雨さん不足。私の魂と脳みそはちょっと旅に出てしまったのだ。何て責任感……。
このままじゃダメだ……気合い入れないと……。
そうは思ってもなかなか立て直せなかった。
ただぼんやりと、質問に定型文で答える私。
流石に呆れた麻子ちゃんが冷たーいペットボトルを頬にくっつけてきた。
「随分枯れてんな」
「あ、お疲れ様」
力無く笑うと麻子ちゃんにペットボトルの底で頬を押し返される。
「そういうのいいから。とりあえずこれでも飲め」
言いながら押し付けられていたペットボトルをもう一押しされ、私は受け取った。
「ありがとう……」
お礼の言葉を口にすると、身体から我慢してたものがブワッと広がって、目からはボロボロと大粒の涙が溢れ出してきた。「な、何だよ!?」なんて戸惑う麻子ちゃんを差し置いて、私は心に溜まってしまったものを放流する。
「ありがとう〜〜〜麻子ぢゃぁぁぁん!」
私の真隣で麻子ちゃんがドン引きしているのが良くわかる。私だって自分自身、うわぁ痛いなぁ、とか思ったりした。それでも止まらなかった。
「ひっ……氷雨さんにさ!全然あえないんだよね!本当に!何か、図書室改装するらしくて、その準備があって忙しいんだって。しかも、クラスの準備だと氷雨さんは衣装合わせばっかで別室に行っちゃうし……。全然会えない……。氷雨さんに会いたい、氷雨さんとお話ししたい、氷雨さんに冷たい態度で優しくされたい……ぁぁぁぁ〜〜」
泣きつく私に麻子ちゃんはぎこちなくも宥めようとしてくれる。声や口調が少しだけいつもより優しい感じだ。
「そ、そうか……。でもさ、お前も実行委員で忙しいだろ?今頑張って、終わったら思う存分一緒にいればいいんじゃないか?」
「私も最初はそう思って頑張ったんだよ!でもっ、でもぉぉぉ〜〜〜」
「じゃ、じゃあ、お前の空いてる時間に会いに行けば?図書室に」
麻子ちゃんの何気ないその言葉が胸をギュッと締め付けた。
「空いてる時間はいつも覗きに行ってる……けど」
私の影の差した表情に、麻子ちゃんの表情もまた引き攣る。
「……な、何だよ?」
「…………なんか綺麗な先輩と仲良さそうなんだよね。氷雨さんとお似合いで、難しい本の話とかしてるし」
「まぁ、図書委員なんだから本の話くらいするだろ」
「……」
そう言うことじゃない。でも、だからといってどうなのか自分でもよく分からない。
「とにかくさ、氷雨不足も分かったけど、お前も自分の仕事もうちょっと頑張れよ。流石にあいつも不憫だろ」
そう言う麻子ちゃんの目線の先には、皆んなからくる質問の波を、ちょっと胡散臭い爽やかな笑顔でテキパキと捌く羽角秋季がいた。
「あいつ、最近ずっとあんなだぞ。お前が適当返事したやつとか、後から全部フォローしてんだよ」
少し前までは、女子に囲まれてキャッキャッ楽しそうな羽角秋季を横目に黙々作業するというのは私だったのに。私が氷雨不足を深刻化させていく傍で、その立場がいつの間にか逆転していた。
思えば、私の適当な指示で全く問題なく準備が進んでいると言うのがおかしかったのに。
「知らなかった……」
そう言ってふと思うのは、私は羽角秋季の帰る姿を見た事がないと言うことだ。
垂れ流した涙を袖でぐしぐしと擦って前を向くと私は真っ赤な目を麻子ちゃんに合わせた。
「麻子ちゃん、ごめん。ありがとう。私、行ってくる」
そう告げて立ち上がると「おう」と活気の良い返事が返ってくる。そんな声に背中を押され、私は羽角秋季の元へと足を進めるのであった。
ようやく落ち着いて、私の周りもすっかり視界良好になった頃。ふと、教室の隅で黙々と何やら可愛らしいものをこしらえる羽角秋季を見つけた。
「お花、まだ終わってなかったんだね」
実行委員に課された任務、フェルトのお花1人100個。正直、作り方自体は簡単で、決められた型紙通りに素材を切って貼り合わせるだけ。それも、花びら五枚の花形の真ん中に小さい丸を貼り付ける、それだけだから私は確か3日間くらいでぱっぱと終わらせてしまった。だから、皆そんなものかと思っていたけれど、男の子には結構厄介なものだったのかもしれない。
目の前の羽角秋季の顔は過去最高に引き攣って、机には失敗したのであろう努力の数々が散りばめられていた。
「……やっと二十個」
ははっと笑う笑顔に力は無い。
ちょうどひと月前に出された仕事の進捗度としてはあまりに遅い。
多分、こう言った作業が苦手なのもあるかもしれないけれど、時間がなかったと言うのがきっと大きい。自然と胸がチクリとする。
そう思えば、やる事は決まっていた。
私はいつかの日のように、机を挟んで羽角秋季の目の前の席に腰掛けて、筆箱からハサミを取り出す。
「一緒にやろう」そう伝えてから、近くのフェルトに手を掛けた。
「え……何!?ていうか、今隣の教室で氷雨さんが衣装合わせしてるらしいけど、行かなくていいの?」
随分な動揺っぷりだ。サボりがちだったとは言え、ここまで動揺されると少し癪な気分になってくる。
「いい」
「き……気持ち悪い」
「失礼な。ていうか、そんなことばっか言ってると手伝わないよ。ちゃんと手、動かして」
「あ、ごめんなさい」
そう言って、羽角秋季は急いで作業に戻る。そんな彼を少し眺めてから、私も少し手を動かす。けれど、直ぐにその手を止めて、前を向く。
「……私こそごめん。ごめんなさい」
「いや……、本当に何?どうしたの?」
笑いながらも戸惑いがよく現れて、そんな彼に構わず私は続けた。
「仕事、羽角君に任せっきりで。それどころか、沢山迷惑かけたよね。本当にごめん」
「別に、こっちだって毎回ちゃんとやってた訳じゃないし。流せるやつは適当に流したし。大した事はしてないよ」
下を向いて手を動かす彼の顔は笑っている。こう言うのが器が大きいって言うんだなと思うと、彼への『そこそこイケメン』という評価も修正が必要に思えた。
「……ありがとう」
「別に」
それからはただ黙々と2人で作業を続けた。合間にくだらない雑談なんかを交えながらも、ひたすら手を動かして、結局羽角君の残していた八十個のお花は時間は掛かったものの、その日中に完成させる事ができた。
そしてその日から、私は氷雨さんの追っかけをやめた。勿論、文化祭までの限定ではあるけれど、私は自分の仕事に精一杯注力する事にしたのだ。とは言っても、文化祭という学校中を使った催しの実行委員という役割のせいで、図書室に行かずとも氷雨さんと図書委員の先輩ーー刈谷先輩が一緒にいるのを其処彼処で見かけてしまうのだった。そして、それが全く気にならなかったと言えば嘘になるのだが、それでも気にしないよう努めてがんばった。
その結果と言う訳ではないけれど、羽角君が意外にも話しやすい奴だったという事を発見することになり、また羽角君も私への呼称で『さん』が取れる程には気を許してくれた様だった。そういった事もあり、文化祭、私たちのクラスは予想を上回る大盛況で、一年生でありながら人気出し物投票で三位入賞を果たすまでとなった。
私と言えば、結局、クラスの手伝いと実行委員の仕事で慌ただしく時間は過ぎ去り、回って遊ぶというほどの時間は取れずに高校最初の文化祭は終えることとなった。
本音を言えば、氷雨さんを誘ってクレープ食べたり、お化け屋敷で抱き着いたり、とかしたかった。何より黒いロングのメイド服を、これこそが正しいあり方だと言わんばかりに着こなした異次元級の美しさを誇る氷雨さんとの記念撮影をしたかった。
けれど、その全てを逃してしまったのだとしても、まぁ……この文化祭で気兼ねない友人が一人でもできたのだから、この思い出は楽しかったということになるのだと思った。
そんな文化祭の最終日夕方。
片付けも大方終わり、外から軽音部のライブと物凄いテンションの声援が聞こえる校内の廊下で、私達は最後の実行委員の仕事をこなしていた。校内の装飾を片っ端から取り外して段ボールに詰め、職員室へ持っていく途中だった。
「これさ、廃棄になるのかな?」
「これ?」
抱えている段ボールの表面をポンポンと叩いた。
「そう」
「うーん、使いまわすような感じじゃないしね。多分廃棄じゃない?」
「そっか」
そう言う羽角君の声にはどこか哀愁が感じられた。
「何か気になるものでもあった?」
「まぁ、うん」
何処か飄々として、物には執着しないタイプかと思っていたので、意外に感じた。だからこその興味本位だったのか、私はスッと立ち止まると箱を床に置いた。
「この中にあるかな?」
「あーー、盗めと?」
呆れた笑顔と目があった。
「大袈裟な。どうせ捨てられるんだろうし、いっぱいあるから大丈夫だよ。それに、元は私たちが作ったんだし」
言いながら、私は箱を開けて適当な飾りを手に持った。「これ?」と聞けば「違う」と返された。そんな事を何回か繰り返して、羽角君もようやく一緒にしゃがみ込んだ。
それから、迷いなくひとつを握りしめた。
「これ」
手にはフェルトのお花が握られていた。
「え?それ?」
「そう。結構気に入ってるんだよね」
「ふーん。じゃあ、私も1つ貰っとこうかな?思い出だし。忙しくて、結局写真の1枚も撮れなかったしさ」
なんて自虐的に笑った私は、「俺も」みたいな同調を予想していたから、次の言葉には結構驚いた。もしかしたら、同じ忙しさでも私と違ってモテる男子というのは撮ることはなくとも、撮ってもらうことが沢山あったのかもしれない。それ故の情けなのか優しさなのかは分からないけれど、羽角君の発した言葉は「じゃあ一緒に撮る?」だった。
私は「撮る!」と食いついて、夕方のちょっと薄暗い廊下、少しでも明るい位置を探して2ショットを撮った。今思えば、男子と2ショットなんて初めてのことだったし、「もう少し寄って」なんて言葉とか、人気のない廊下なんてシュチュエーション、そういった物に気がついたのは少し後だった。
写真を撮って、半目だの変顔だの一通り騒いだ後、さてと言うように私が箱を持ち上げた時だった。
「花竹」
呼ばれた声に目を合わせた。
「花竹のこと、好きになったみたい」
呑気に歩いてたら、いきなり違う星に投げ飛ばされたみたいな感覚だった。
もしかしたら、今しがた耳を通り抜けた言葉は、あたかも日本語に聞こえてしまう異国語だったのかもしれない。How much?が鰤に聞こえるとか、I need youが兄移住に聞こえるとかそういうやつ。つまり私は、何を言われているのか分からなくて、何をすれば良いのか分からなかった。
「あ……えっ……えうっ……うぅ」
気だけ急いて出たうめき声にも似た謎の言葉に、羽角君はパンパンの風船が割れたみたいに吹き出した。
「何それ!!」
「あっあの……、ちょっと何をどうすれば良いか分からなくて…………」
「だからってそれは無い」
羽角君の太陽みたいな大笑いに釣られて私も頬が少しだけ緩んだ。そうして、一頻り笑い終えてから羽角君がまた口を開くと、それは私の中の数ある告白の中でも初めて聞く言葉だった。
「別にすぐに返事とかいらないから」
「……そ、そういうもの……なの?」
「本当はすぐ貰えたら嬉しいけどね。でも、何だかよくわかってない花竹から返事貰っても仕方ないから」
「……あ、ごめん」
「いや、そこ謝るとこじゃないから。それに、その言葉、縁起悪いからやめて」
「あっごめ」
咄嗟に口を押さえて言い直した。
「す……すまぬ。かたじけない」
「武士かよ」
そう言って羽角君が軽く笑うと、また空気が軽やかに心地よいものに変わっていく感じがした。告白って、もっとピリピリしてて息苦しいそんなものの筈なのに、こんなにも温かさを感じさせてくれるのは、間違いなく羽角君のお陰だ。そんな彼に私がせめて今渡せる言葉は。
「ありがとう」
それだけだった。
「とは言っても大人しく待っているだけのつもりじゃないから。お楽しみに」
「え。それはどういう……」
狼狽える私を鼻で笑うと、羽角君も箱を抱えて歩き出した。
「あぁ、あと、打算的な事は何も無いから。これだけは覚えておいて」
振り返って言われた言葉。
分かってる。分かっているからこんなにも私の心はざわついて、どうしようも無く動揺をしてしまうんだ。
だって姉のことなんか、少しも過らなかったんだから。
いつもお読みいただきありがとうございます!
前回今回と百合と謳いながら、百合感なくて申し訳無いです。後日百合になりますので、ご辛抱いただければ幸いです。




