8、大華
「もう非日常を楽しむしかない。それ以外に気にせずにいる方法なんてない気がする。多分これから今まででは考えられない事に巻き込まれるんだろうけど、もうそれさえ楽しむしかない。」
私は拳を握りしめて言う。
「そう、その意気やで怜ちゃん!偉い!」
朔が嬉しそうに笑う。何をわろとんねん!お前のせいやぞ!とは言わずにちゃんと口を抑えた。
「じゃあ寝ようかな、今日は泣き過ぎて疲れたし。」
「うん、そうし。おやすみ。」
「おやすみ。朔。」
バタン、ガタン、コツコツ。
「何の音?」
小声で呟く、スマホを見ると深夜2時だ。音の主はまだ廊下に居る。朔は出てこない、こんな時に限って…役立た…。
「おい、静かにしろ。女が起きるぞ。」
おっとっと、稜ではない声の主。冷静に考えたら隠れるべきだよね?
私はそっとベッドの下に。スマホをマナーモードにして音も振動もならないようにした。息を殺すが狭い部屋だし隠れるところはベッドの下だけだしすぐに見つかる気がするし。
バタン!と大きな音を立てて男が3人入ってきた。とにかく息を殺す。手で口を覆い時が過ぎるのを待つ。3人はバタバタと歩き回り扉やクローゼットを乱暴に開け始めた。
「大人しく来てもらおうか!って居ねえな。」
「いや、居るな。探せ。」
「俺に命令するな!お前も探せよ!」
「うるせえ!」
どうやら仲良くないご様子。いや撤回、やっぱり仲良しだわ。
「おい。」
「ああ。」
「うん。」
3人が並んでベッドの前に立っている。あ、バレたなと思った瞬間ベッドが無くなった。本当に私の頭上から無くなった。どうやら2人で担ぎあげたらしく、それに見とれていると残りの1人に薬を嗅がされ意識を失った。
やっぱり非日常を楽しむなんて真面目で誠実で大人しい私には無理だったんだ。
「ちょろかったな。」
「そりゃそうだろ、一般人だしな。」
「本当に支配人の娘か?」
「ああ、それは確かだ。」
意識が覚醒してきて目を開くとスキンヘッド、赤スカジャンとモヒカン、紫派手シャツとパンチパーマ、ピンク派手ジャージが椅子に縛られた私を囲んでいる。色の渋滞をおこしているぞ、目がチカチカする。
目を開けた私に気が付いて少し近寄り審査しているみたいに上から下までジロジロと見られる。居心地が悪い…パジャマだし寝起きだし。見終わると3人は顔を見合わせて意見を言う。
「普通の女だな。」
「ああ、まあ普通だな。」
「ああ、別に普通だ。」
殺すぞ。誰が普通だ。ボケ。ちなみに口をガムテープで塞がれているので文句は届かない。
「まあいい。とりあえずこれで支配人の弱みを掴んだな。俺達の出世の第一歩だ!」
「「おう。」」
「アンダーグラウンドは俺達の手に!」
まあ嬉しそうに手を叩いて喜んでいる。ガタイのいい、顔が怖い男達が子どものように。支配人とは父さんの事だろう。
なんてこったい!そのまますっ転んでしまえ!馬鹿どもが!
その時、ガタンと重い扉の音がして、もう1人男が現れた。黒髪、オールバッグ、3ピースの黒スーツの眼鏡君だ。ちなみに3ピースのスーツは私の大好物だ。しかも中のシャツまで黒で本当に鼻血ものなのに、こんな状況じゃなければきっとご飯3杯は食べられたのに。好き。吊り橋効果かな?ストックホルム症候群かな?
3人の動きが止まり空気も変わった。明らかにピリついているし怯えている。蛇に睨まれた兎ちゃん達だ。眼鏡君は顔が狐っぽい、蛇なのか狐なのかキャラが渋滞しているゾッ!
「おやおや、本当に捕まえてしまうとは…。お前ら3人命知らずですね。」
眼鏡君はニヤニヤしながら3人に言う。丁寧なのか荒いのかよく分からない口調。3人は怯えながらゴクリと唾を飲み込んで怒鳴り始めた。
「なんだ大華!新入りのくせに!」
「そうだそうだ!若に上手く取り入ったみてえだが、俺達の目は誤魔化せねえぞ!」
「そうだ!そうだ!」
「はっ。揃いも揃って馬鹿ですね。3つも脳味噌合わせといて私にかなわないんですか?」
眼鏡を中指であげながら笑う。て、手袋もしている!私の性癖に刺さりまくっている。ってそんな場合では無い。この3人も充分に恐ろしいのにその3人が怯えてる人間が出てきたんだゾッ!しっかりしろ怜!
「なんだ!なんだ!もったいぶって!」
「そうだそうだ!何も知らないんだろう!」
「へっ。お前なんて怖くないやい!」
「おやおや、私は怖くなくても組長は怖いでしょう?その女を捕まえたと言ってみればいい。責任とって指詰めるじゃすまねえぞ。」
眼鏡君が話す度に空気がビリビリする。本当にこえーよ。組長というワードからここはそういう事務所のようだ。ていうか私に何があるってんだよ?この眼鏡君何を知っているんだ?
「なんだよ!言えよ!」
「そうだそうだ!」
「本当は知らないんだろ!」
3人は泣きそうになりながら言う。眼鏡君はまたニヤリと笑った後、少し近寄ってより低い声で言う。
「無料っていうのはちょっと…。ねえ?」
足元を見れるくらい余裕がある。この話し合いは眼鏡君の勝ちになるな。3人は声を震わせて言う。
「な、なんだよ。」
「何が欲しいんだよ。」
「金ならないぞ。」
「嫌ですねえ、そんなに怯えなくても。私が悪者みたいじゃないですか。ふふふ、ねえお嬢さん?」
と私を見る。ひぃっ目が笑っていない。怖い。
「悪者だろうが!急に組に入りたいって1人で事務所に入ってきたかと思えば10分で組の半分を壊滅させておいて!若が笑って許しても俺達は許してねーぞ!」
スキンヘッドが怯えながら言う。眼鏡君はまた笑って、
「嫌だなぁ。素手だったじゃないですか。それにちゃんと謝りましたし。こちらの組が実力主義と聞いていたので示して見せたんですよ。」
ジリジリと近付いて来る。こえー。
「と、とにかくお前何しに来たんだよ!」
「そうだそうだ帰れよ!」
「そうだ!帰れ!この女は俺達のものだ。」
「だから、分からない人達ですね。」
呆れたように首を振りながら言う。そしてそっと3人に耳打ちすると、3人はみるみるうちに顔を青くさせて終いには体を震わせ始めた。
「う、う、う、う、う、嘘だろ。」
「ま、ま、まさか。」
「い、い、嫌だ、俺は、か、か、関係ないぞ。」
「だから組長にバレる前に教えてあげたんです。どうです優しいでしょう私?」
こ、怖い。何を言ったの?私にどんな秘密が?体に爆弾が仕掛けてあるとか?解除して!私の恋の爆弾解除して!
「ふふ、ほらこのお嬢さん謝って。終わったら消えろ。」
「「「すみませんでした!!!」」」
3人は綺麗に90度のお辞儀をした後、我先にと部屋から出て行った。私はこの眼鏡君と2人きり。
ひーん。ひひーん。私はここでーーーす!!助けてー!
「さあ送ってあげますよ。お嬢さん。」
送るってどこへ?地獄?それとも天国?それか病院?
また目が笑っていない、そしてゆっくりと近付いてくる。私はあまりの恐怖から気を失った。
「うぅ、頭が痛い…。」
なんだか頭がズキズキと痛む。頭痛と共に目覚めるのはとても不愉快だ。もしかしたらあの3人に嗅がされた薬のせいか?ていうかここ何処?
「ああ、起きましたか?」
声の方を見ると、スポーツブランドのロゴが入った白いTシャツに同じブランドの黒いジャージのズボンを履いたお兄さんがお風呂上がりなのかタオルで髪を拭きながらこちらに歩いてきた。えっ事後?いや服は着ています!
私は白いシーツの清潔感のあるベッドに寝かされていたようだ。枕も硬すぎず柔らかすぎず心地良い。少し起き上がり部屋を見回す。何もない。部屋にはこのベッドと天井から吊るされた裸電球、のみ。嘘でしょ?ミニマリスト?
「ここは?」
「私の家です。お嬢さん。」
「はっそうだった。」
誘拐されたんだった。ということは眼鏡君か?随分と雰囲気が違う気がする。オールバッグじゃないし眼鏡じゃないからかもしれないけど。タオルを置いて前髪を邪魔そうにかきあげる。いや色っぽいな、って言うてる場合か!
「初めまして、斎藤大華です。職業は…ふふ、秘密です。」
今度はちゃんと笑っているのに私はこ、怖くて震えています。お母さん、お父さん、私はここで…い、嫌だ!まさか…手篭めに…。
「か、勘弁してください!私は、全然、あれです!胸もお尻も大きくないし!別に特殊な技能も持ってないし!本当に!全然!楽しくないです!手篭めにしたってアンダーグラウンドの権利は得られないですよ!」
大華は目を見開きその後、何かに気が付いたようにジリジリと距離を詰めてくる。おいおいおいおい。私はとうとうベッドに押し倒される。ひーん。
「お嬢さん。可愛い人ですね。本当にイタズラしたい位です。」
と耳に囁かれる。ぐっいい声…。と大華は私の頭の横に置いてあった自分のスマホを取っただけのようだ。
「ふふふっ。大丈夫、何もしませんよ。あなたをお家まで送ろうとしたらあなたが眠ってしまったからここへ連れてきたんです。」
良かった。冷静に考えてみればこんなイケメンで危ないお兄さんが女性に飢えているわけないか。セーフ。
「優しい私から忠告です。相手があなたの事を支配人の娘だと知っていても最後まで相手を騙そうという気概でいないと。本当に手篭めにされますよ?支配人は娘に甘いと評判ですから。権利を得る為なら手段を選ばない人間もいます。」
大華が隣に座り言う。私はブルブルと震えている。
「あ、あは、は、は、は。」
「可哀想に、私が怖いですか。まだあなたには危害を加えていないのに。」
ぴえん顔で言う。殴りたい。
「まだ……。」
「まだ。」
ああ、また気を失いそうだ。しっかりしろ怜!全国大会に行けないゾッ!
「あ、あ、あ、あ、あの、か、か、帰っても?」
「送りますよ。怜さん。」
名前を知られている…。そりゃそうかあの3人は住所も知っていたんだから。引っ越ししないと……。
「ひ、い、いえ。一人で帰ることができます。」
なんだこの口調、英語を日本語にしたんか。
「ふふ、そんなに緊張しなくてもいいのに。」
「まああさか、緊張なんて…。」
「そうですよね。あんな堂々と優勝賞品としてチャレンジャーの前に座っていたんですから。」
見ていたのか。
「あなたもあの中に?」
「ええ、それにエントリーもしましたよ。」
頼むー!勝ち上がらないでくれー!
「試合は来週からです。楽しみですね。」
「は、はあ。」
「そうだ!良い事を教えてあげましょうか!絶対に勝てる方法ですよ。」
「はあ。」
私は困惑を隠さずに相槌を打つ。
「私以外を全員潰します。1人ずつ、アンダーグラウンドとは関係ない場所で。そうすれば僕の1人勝ちです。ふふっ怯えないでください、冗談です。」
何故、無駄に色気をだして言ったのか?声の息の漏れ方と反比例した色気のない暴力的な内容に私はまた意識を失いそうになった。
「あれ?また眠るのですか?」
と顔を近付けてきた瞬間、頭突きをかました。
「いったぁ。でも今のうち!」
と部屋から逃げ出した。
「お転婆なお嬢さんだ。また近い内に会いましょうね。」