4、優勝賞品
ピンポーン
稜が帰って10分程経った後、玄関のインターホンが鳴った。
稜は鍵を持ってるし、まさかまた他のキャラクター?
「はーい!」
モニターを見ると父さんだった。なんだか見慣れた顔で安心する。月に1度か2度、母さんと2人で会いに来てくれるのだ。
「よお怜、ティラミス持ってきたぞ!」
「今開けるから。」
ラッキー!今日はティラミスが1日に何個も食べられるぞ!玄関の扉を開けるとケーキの入った箱と何やら大きな紙袋が2つ。
「怜、邪魔するぞ。これティラミス。」
実家のケーキ屋の箱を渡して父さんがズカズカと上がり込んでくる。1人のようだ、いつもなら母さんと一緒に来るのに。それに何故か父さんはスーツを着ている、いつもならラフにワイシャツとジーンズなのに。だけど体から甘い匂いがするのはいつも通りだ。でもそのちぐはぐさに今から何かが起こるのではないかという恐怖がおそった。
「珍しいね1人?」
「ああ……その大事な話があるんだ。とにかく今は何も聞かずにこれに着替えて一緒に来てくれないか?」
私でも知っている高級ブランドの紙袋を目の前にずいっと出した。珍しい、いつもニコニコの父さんがえらく真剣にしかも切羽詰まったご様子。私が紙袋を受け取ると父さんは頭を下げる始末。
「分かった。」
私は何も聞かずに着替える為に洗面所へ向かう。親に頭を下げられたんじゃあこちらからは何も言えない。
紙袋の中には黒いキャミソール型の膝上の丈のワンピースと10cm以上あるだろう足首にストラップの付いた黒のハイヒール。
「これはこれはいよいよきな臭くなってきやがったな。」
アンダーグラウンド…。まさか父さんが巻き込まれるなんて。地元の小さなケーキ屋さんだぞ。
「着替え終わったら美容室に行くからそのまま出てきてくれ!」
遠くから声がしたどうやら既に玄関で待っているようだ。私は仕方なくヒールを持って出て行く。
「本当にすまない。でもこれが最良の選択だから。」
父さんは目も合わさず、玄関先で私にコートをかけたっきり美容室へ行くまで車を運転する間ずっと黙ったままだ。
「じゃあ入ろうか。」
美容室と言うにはなんというか…入りにくい。どうしてこんな場所を父さんが知っているのか。
表に看板のようなものは無く、父さんに連れられて入った店内は壁は真っ白で中の家具は全て黒、カウンターにはスーツに身を包んだメガネの男性。
「英様ですね。メイクアップとヘアセットをさせていただきます。」
「ああ、頼む。」
父さんが先に代金を支払うが数枚の万円札。父さんが美容代に数万も?散髪代がもったいないから自分で切っている位なのに…。
「では怜様はこちらへ。英様2時間程で終わります。」
「頼んだよ。」
慣れた様子で返事をした父は店から出て行ってしまった。置いてきぼりをくらったようで急に不安になる気持ちを抑えて男性の指示に従う。
「怜様、こちらのお部屋で始めさせていただきますね。」
男性が立ち止まりたくさんの扉の中からライオンの紋章が付いた扉を開ける。中にはマスク姿の白衣の女性が立っていた。
それから私はフェイシャルエステを受けてメイクをしてもらい髪を軽くカットして整えてもらってセット。鏡に映る姿は、ド偏見だがマフィアの女だ。赤い唇、抜け感のあるアイメイク、かきあげの前髪、初めて見る自分の妖艶な姿に心臓がバクバクしている。これはいよいよだぞ。
「はい、お疲れ様でした。お父様がお待ちです。」
男性の後をついて行く。父さんは私の姿を見てもさほど驚く事なく男性にお礼を言って店を出てしまった。私も慌てて頭を下げて父さんを追いかけた。
車中で父さんはまた黙りで、どこに行くのかさえ分からぬまま。仕方なく私はなるべく顔も頭も触らないようにじっと座っていた。
父さんの運転する車が入っていくのは大きな背の高いビルの地下駐車場のそのまた下のフロア。
そこに車を停めてエレベーターでまた下へ。
「怜、これを目を覆うように着けてくれ。」
手渡されたのは黒いレースのリボンだった。目隠しかと思ったがそれなりに前は見えるので歩く分には問題ないだろう。
「父さんなんなの?」
「ああ、それが…。」
その時エレベーターが目的の階に到着し外にいた女性が父さんに声をかけてきて、話が中断する。
「マスター!準備完了しました。皆様お待ちかねです!」
マスターだと…。ケーキ屋さんだぞ。
「ああ、よくやった。娘を頼む。」
「ははっ!怜様どうぞこちらへ。」
父さんは私と離れて歩き始めた。私は女性に連れられて真っ暗な部屋の中央のソファに座らされる。
部屋の外に誰かがいるのかザワザワと小声で話したり何かが動く気配を感じる。
「さあお集まりの諸君!人生を変えたくてこんな地下まで堕ちて来てしまったんだね。」
父さんの声…。嘘でしょ。
「さあ、今期の優勝賞品は2つ!1つはこのアンダーグラウンドの権利だ!」
父さんの言葉に叫んだり怒鳴ったりする声が聞こえ始める。遠くに歓声のようなものも。
「そしてもう1つは!」
その瞬間ライトがつき私は光に順応できず目を瞑る。また一段と大きな歓声が上がる。
「私の娘だ!」
「はあ?」
目を開くと眼下には人、人、人、人。たくさんの人達がいて私を見ている。査定するような目で見ている者もいれば呆れたように目を逸らす者も。
目をこらすと私は透明な壁で作られたボックスのような部屋の中央に座らされていたようだ。
「さあ挑戦者達よ!アンダーグラウンドの権利と娘を手に入れる覚悟はあるかな?」
父さんの声が響きその後、大きな歓声が上がる。私はもしかしてとんでもない事に巻き込まれたらしい。
「拳一つで成り上がれ!ここでは誰もが挑戦者だ!」
「うおー!」
「マスターの娘!」
「アンダーグラウンドの権利!」
「全員潰す!」
「やってやるぜ!」
慣れてきて皆の声も聞こえてくる。
「私、どうなっちゃうの?主人公ってこういう事?」
「怜、嘘だろう。本当だったのか、そんなどうして。さっきまで一緒に居たのに。」