聖女さんは悪魔だと思う
【前回のあらすじ】
魔王(仮)討伐!!
↓
宴会やろうぜ!
↓
(モブ)お前ザッコwww(主)ゆ゛る゛ざん゛!!
↓
(モブ)ばぶー
「あうー⋯あー!」
「「「「おえぇぇぇぇぇぇ⋯」」」」
「勇者サマに投げたらどうにかなるか?部屋に放り込んでおけば適当に処理してくれるかも⋯」
オリガーがハイハイしている中、俺が考えていたのはどうやってこいつを誰かに押し付けようか、という事だった。
というか、30過ぎのおっさんが野太い声で赤ちゃん言葉を喋ってるのをずっと聞くのはキツいな、こっちまでおかしくなりそうだ。
そんな事を考えていると、決闘開始時に俺に十万も賭けた⋯⋯名前が分からん、これからこいつの事は、一旦『十万の男』と呼ぶことにしよう。
「えっ⋯おまっ⋯おいサイン!!これどうすんだよ!?オリガーって男爵とはいえ一応貴族の息子だぞ!?」
「はあっ!?」
え!?こいつってこんなナリしておいて貴族だったのか!?いや、武勲とかでできた家ならまだありえるか⋯?
どこの誰がこの指をしゃぶりながらあーうー言ってるおっさんを見たとしても、ただの精神異常者としか思わないだろう⋯⋯原因は俺だけど。
「これってもう一回 "ナニ" 爆破したら戻ったりしないかね?」
「じゃあやってみろよサイン、お前の葬式では花くらい供えてやるからよ」
「こいつの葬式じゃなくて俺の葬式なんだな⋯」
十万の男が頭に血管が浮き出た、迫力のある笑顔でそう宣告してきた。まあ当たり前だがもう一回爆破したところで何も⋯⋯ちょっと興味が出てきたな。
いや、男爵とはいえ、貴族を精神崩壊させたとなれば死刑の可能性もあるだろう、というか確実に死刑だ。ハァ⋯やっぱり治すか⋯
「で?サイン、お前だったらどうにかできるんじゃないのか?というかできなきゃお前がヤバいぞ⋯?」
「考え中、少し待て」
「おっおう⋯ってさっきまでお前がふざけてたんだろ!?」
さて、そろそろ真面目に考えてみよう。思いつく限りでは、こいつを戻す方法は2つある。
一つ目は、聖女さんに任せる方法だ。この方法なら十中八九治るだろうが、まず俺が聖女さんには何かを頼みたくないっていうのが本音だ。
聖女さんに頼み事をするとその分何か持ってかれるからな⋯⋯四天王戦をして、《ヒール》じゃ治せないレベルの大怪我の回復を頼んで、買い物の財布役にされたことがある。
二つ目は、俺の魔法の内の一つだ。そんな魔法があるならもうそれを使えばいいんじゃないか?と思う輩もいるだろう。
だが、今の擬態している姿での使用は多分無理だ。だからどこかで真の姿に戻ってコソコソとやらなきゃいけない。そして更に見つかったらとても面倒なことになる。
まあ背に腹は変えられないな⋯
「よし、じゃあこいつに俺の秘伝の魔法を使うから少しの間だけ俺ら2人にしてくれ」
「⋯安全なんだろうな?」
「ああ、けど一族秘伝とかそんなやつだから⋯」
「ああ分かってるーーお前らっ!!サインが広範囲魔法使うらしいから離れろ!!オリガーみたいになっても知らんぞ!!」
「「「うおおおおおおおおおおおおおっ!!!」」」
どうしてもオリガーみたいにはなりたくないのか⋯
まあオリガーは後でこれをネタに、色々と要求されそうだしな。魔水晶持ってる奴もいたからこの姿とか行動も撮られてるだろうし⋯ご愁傷様。
二つ目にした理由は、やはり聖女さんに貸しを作るのは怖いからだ。
さっき "買い物の財布役“ なんて生優しい表現をしたが、それは間違いだった。
聖女さんは俺の事を無限に金が出てくる財布としか思っていない。
だってあの時何を買わされたと思う⋯?
指輪だぞ指輪!!しかもペアで1億ぐらいはした!!ペアで買わされたという事は、今頃勇者サマとつけてるんだろうな⋯
あと、さっきのごまかし方についてだが⋯
実は魔法系統の職業が主流な一族では秘伝の何々、などというものは結構ある。
それも各々の家の研究対象が違うという理由からだろう。《イグニション》といった自然系、《シャットアウト》などの人体系、その他にもまあ色々な種類があるしな。
だから広範囲魔法と言ってくれて助かった。わざわざ広範囲の魔法を使うと言われて疑問に思っている奴もいるだろうが、これで覗こうとする輩はそこそこ減っただろう。
⋯全員いないよな?《ショックウェーブ・10m》
「「「「ゴハッ!!」」」」
「全員見てんじゃねえか!!」
周辺の瓦礫の裏、木の上、果てには酒樽の中からもドサドサという人が倒れる音が聞こえてくる。
ってか十万の男までいるじゃねえか⋯これはもういっそのこと全て覆った方がいいな、《マイルーム・アース・3m》
そう頭の中で唱えると、周りの土が一斉にそそり立ち、俺とオリガーの周りを覆った。
「久しぶりだな⋯戻るのもいつ以来だ?」
思い出せる限りでは、勇者チームの初期⋯いや中期⋯昨日⋯めっちゃ戻ってんな俺。
そういえば勇者サマと天騎士が突っ込むしか脳が無い、それと聖女さんが面白がってそれを止めない、という感じだから俺がしょっちゅう後処理してたんだった⋯
「まあ、もう解放されるんだしいいか!ってそれよりも今は早くこいつを治す事に集中を⋯《サイン・ジャックリーフ・レースチェンジ・デーモン》」
そう唱えると、俺の体が褐色になり、鋭く尖った角や尻尾が生え、白目と黒目の色がそれぞれ黒と赤色に染まった⋯まあつまりは今日倒した魔王のヒョロいバージョンだと思ってくれればいい。
これが俺の『魔王』としての姿だ。因みに本当は名字もある。
そしていつもよりも少し低く、濁った声で魔法を唱えた。
『ふう⋯これでどうにかなるか?《ソウル・リバース・アンド・プロテクト》』
この魔法は、まず心の修復、それから修復中にまた精神が壊れないよう守る、という二つの効果が込められている。
しかし起きた時にこの姿を見られたら面倒だな⋯《スリープ・1s・5min》
俺の手から白い煙が出てオリガーの顔に当たった。これで、今から5分は起きないはずだ。
『《サイン・ジャックリーフ・レースチェンジ・ヒューマン》』
あー怠い⋯今日だけで何回魔法使ったよ⋯
3節とか4節とか使いまくったからなぁ⋯しかも俺の変身って魔具とかも欺くために種族自体を変えてるから魔力バカ食いするんだよ⋯
俺はまず、周りに作った壁を叩き壊した。全体を覆ったと言ってもこの状況を予期して薄く作っておいたの⋯だ⋯⋯
「サ⋯サインが⋯悪魔⋯?⋯⋯は⋯え⋯?」
「待て、落ち着け、話をしようか」
なんと十万の男が覗き見をしていた。
確実にあの魔法で気絶をさせたと思っていたのに、こいつ実は結構強いな?
実は十万の男は実力者だったのか、と変な考えを巡らせて現実逃避をしていた中で、十万の男は覚悟を決めたような顔で俺に長剣を向けた。
「行っ行かせねえぞっ!!俺はこれでも国の戦士だ!!みんなを⋯みんなを守るんだ!!」
「覚悟決めたところ悪いが話をしよう。俺に戦う意思は一切ない」
使えるのは3節を一回、2節は二回ギリギリってところだろう。自然回復は遅すぎるし魔力回復薬なんてものは持ち歩いていない。
ま、今の状況程度なら大丈夫そうだがな。
「《パワード》ッ!!」
筋肉倍化、ねえ⋯まあ単純な剣士だったら強いんだろうけど、俺相手なら全力で素早さをあげた方がいい気がするなッ!?
「速度変化の魔剣!?この国の兵士は魔剣持ちが多すぎじゃねえか!?」
「よくもッよくもオリガーをォォォォォォ!!!」
話なんてできねえなこれは!!いや、どうにか刀身に触れられれば⋯無理!!
刀身に触れれば《ボムチェンジ》が使えたのだが、今の状態だと無理だろう。だったらここはーー
立ち止まる!!
「うおおおおおおおおおっ!!!」
これで相手は真正面から突っ込んでくる、しかも怯えなどで精神力も弱ってるだろう⋯
ーーああそれと、今ようやく分かった。
「《スリープ・1s・3hr》ッ!!」
人が戦うときに叫ぶのは、ただ相手への恐怖を無くしたいからということだ。
「グッ⋯オリガー⋯すま⋯ん⋯」
ーーバタン
結構早く終わったが⋯⋯周りにこいつの叫び声とか聞こえてないよな?
それと早く処理を⋯ああもう聖女さんに頼み込むか?さっき選択間違えた⋯
「やっぱり急いで聖女さんを呼んで来」
「もういますよ?」
「うおあっ!?⋯さっきの、見てましたか?」
「はい♪それにしてもこの人は一体どうしちゃったんですか?サイン様を悪魔呼ばわりするなんて⋯⋯ユルセマセンネ⋯」
あの中の光景は見られていなかったようだ。それさえ知られていないのなら、まだどうとでもできる
てっきり勇者サマと一緒に酒でも飲んでるかと思ってたんだがな⋯あ、勇者サマ下戸だっけ、というか20歳にならないと飲んじゃいけないとか言ってたな⋯なんでだ?
「ああそれで、私に何をして欲しいんですか?」
聖女さんがニコニコと笑いながら聞いてくる。
しかし俺にとっては財布を食い潰す悪魔の笑みにしか見えない。
「あー⋯はい、非常に不躾な願いなのですが、聖女様にお願い申し上げたいことが」
「ファラエと呼んでください。それと敬語も不要ですよ?」
「いや立場ってものが」
「ファラエトヨンデクダサイ。ソレトケイゴモフヨウデスヨ?」
「イエスッマムッ!」
聖女さんは人の台詞に台詞を被せる趣味でもあるんだろうか。
そういえばよく名前で呼べと言われた気がするけど、あんた俺のこと嫌いなんだろ?
腕吹き飛んだ時も一切俺の事は回復してくれなかったし⋯まず昔名前で読んだら虫を見る様な目で見てきたじゃねえか⋯
「ファラエ様、この男が酒の飲み過ぎで幻覚を見たらしく、先程うなされていたのでどうか治して頂けないかと⋯」
「⋯⋯⋯」
「⋯⋯ファラエ、こいつが苦しんでいたから治してやってくれ」
「はい♪サイン様♪」
あークソ、結局最初から聖女さん読んでた方がまだマシだったじゃねえか⋯これでも十万の男にも微かに情景がのこるだろうし、後の禍根が残る⋯
「⋯《生命の神ガトーファよ、我らが盟約に則りこの者の心を平穏で満たし給え。汝は生、汝は死、すべてを操りし神の力を今ここに顕現せん》」
聖女さんと十万の男の周りが緑色の光る魔法陣に囲まれ、上から一滴の滴が落ちてきた。
その滴は水に落ちたかのようにポチャン、と十万の男の体に沈み込んだ。
ああそれと、魔法職と回復職は詠唱とか呪文が結構違う。それは魔法職が使うのは自分の魔力、回復職が使うのは神の力だという違いからだろう。
「ウ⋯⋯ハッ!!」
「どうだい目覚めは?」
まずちゃんと忘れてるかを確かめるために、俺から話しかけてみる。
すると男は気まずそうに言った。
「あー⋯そのだな⋯さっきお前が悪魔になる夢を見て⋯酒を飲みすぎたか?」
「そうか!まあ、俺は人間だから悪魔なんてあり得ないんだけどな十万の男!!」
「待ってお前俺のことそんなあだ名で呼んでたの!?俺の名前ルーカスっていうから覚えとけよ!?」
都合よくごまかされているようで何よりだ。これで一件落着⋯ってところか?
「それでサイン様⋯ちょっとお願いがあるのですが⋯」
⋯⋯一番の爆弾忘れてた。