番外編(3)美雪とライナルト
「あ、村上さんじゃん!」
挨拶くらいしかしたことのない人から話しかけられてうまく返すことができない。苦笑いをしていると、それに気づいたライナルトが私に小さな声で尋ねてきた。
「同じ仕事の人?」
「まあ、そうなんだけどそれほど話したことが無いと言うか…」
察してくれたライナルトは私を庇うようにさりげなく前に入ってくれた。ただ彼女たちの狙いは私ではなくライナルトだったのでむしろ好都合という顔をして彼を囲んでしまった。なお私はその輪から完全に外されている。
「あの、この後って時間ありますか?良かったら合流して一緒に遊びません?良いでしょ村上さん」
既に腕に絡みつくようにしてライナルトをガッチリと捕まえていた。先輩に言われて中途半端な声しか出せない。ライナルトも流石に困惑した表情をして私の方を見ていた。本当はライナルトと腕を組んでいるところとかくっついているのを見ているのを嫌と大きな声を出して言いたかった。でもそれを言う度胸が無かったので口をつぐんだ。
「あーでも俺は初めてのデートだから美雪と二人で一緒に過ごしたいんです。だからごめん」
さり気なく腕を外すと私の横に戻ってきてくれた。そして私の手を握ってこちらに微笑みかけてくれる。その表情を見てさっきまでの心のわだかまりが晴れるのがわかった。私も微笑みかけるとライナルトの表情がパッと明るくなった。
「え、彼が村上さんとお付き合いしている人なの?こんなに良い人と出会えるなんてどうやったのよ~」
明らかにウザ絡みされている。だんだん面倒になってきた美雪だったが先輩なので適当に返すことができなくて、答えるのに悩んでいるとライナルトがまた私の代わりに答えてくれた。
「むしろ俺の方がこんな素敵な人と付き合えて、日頃から嬉しいって思ってます。じゃあ失礼しますね、行こうミユキ」
挨拶を簡単に済ますと私の手を引っ張って皆のところから離れてくれた。振り返ってみるとポカンとした表情の皆が見えた。人ごみの中をスイスイと避けるといつの間にかフードコートの前に来ていて、私達はそのまま有名なハンバーガー店のハンバーガーを食べた。初めて食べる味にライナルトは驚いて物凄い勢いで食べている。それを見て笑ってしまった。一通り食べ終わるとライナルトは私の方を見て話した。
「さっき俺が囲まれていた時に、ミユキが嫌そうな顔してたのなんか良かったかも。嫉妬してくれてたの?」
「顔に出てた?なんか恥ずかしいな…」
自分で思っていた以上に顔に出ていたことを知って恥ずかしくなる。ライナルトは嬉しそうに頬に手を添えながら私の顔を見ていて更に恥ずかしくなった。しばらく休憩してから近くにあったゲームセンターに入った。ライナルトは音が大きくてビックリしたのか繋いでいた手を握る力が一瞬だけ強くなった。そっちのほうが断然可愛いに決まっている。歩き回っていると、何かを見てライナルトは立ち止まっていた。視線の先には特大クマ人形が入っているゲーム台があった。
「やってみる?」
「やってみる!」
軽く説明しつつ一度私がやってみたが、アームが弱すぎて人形を撫でるようにしかならなかった。バトンパスしてライナルトに任せてみる。一回目はズレていたようでクマの頭の上を掴んで失敗していた。恐らく傍から見ている人は、やたらと綺麗な顔をした海外の人が頑張って取ろうとしているなんて思っているのだろうな、と私はぼんやり考えながらライナルトを応援していた。そして五回目だった。
「ミユキ!取れたよ!」
特大クマ人形を抱きしめて嬉しそうに笑っているライナルトを見て私も嬉しくなる。従業員さんに袋をもらって人形を入れると、ゲームセンターを後にした。
こんな回数で取れるの?私は取れたことないのに……。
「うちの技術職の人に頼んで同じようなゲームをする機械を作ってもらおう。更に経済を回せるかもしれない!あ、そろそろ時間か…帰ろっか」
もうすぐサヨナラの時間、普段は本格的に王様の後継ぎとしての用事が増えているといきなり家に押しかけてくるエメリヒがぼやいていた。自分と遊んでくれる人が居なくて寂しいと言って仕事から帰って来た私に話しかけてくる。もうあの人は男性として見ていないので私はかまわないけれどライナルトが知ったら恐らく彼は可哀想な目に合うので言っていない。そんなことを考えながら、そしてライナルトとお喋りをしながら歩いているとあっという間に私の家に到着した。
「あっという間だったね、俺はすごく楽しかったよ」
「私もすごく楽しかった。今日は忙しいのにデートしてくれてありがとう」
私が言うとライナルトは頭を優しく撫でてくれた。その手が気持ちよくて目を閉じていると微かに布が擦れる音と共に頬にフワフワしたものが触れた。それがライナルトの唇であると気づいた瞬間動けなくなった。離れたライナルトが私の顔を見ておかしそうに笑う。
「アハハッ、本当にミユキは慣れないね…何だか帰るのが名残惜しくなっちゃうな」
名残惜しいのは私も一緒だった。だから服の袖をつかんで勇気を出して言った。
「もう少しだけ部屋でくつろいでいかない?私も一緒に居たいな」
そう言ったら次に動かなくなったのはライナルトの方だった。そして腕で顔を隠すとヒョロヒョロした声で「ありがとう」と言って一度もこちらを見てくれない。ライナルトは予想外のことに弱いとわかって嬉しくなった。このまま更に恥ずかしいことをしてやろうと思って抱き着いてみる。
「ち、ちょっとミユキ!それはダメ」
勢い良く抱きついたせいでライナルトは尻もちをついてしまった。抱きついた私も倒れ込むようになって至近距離で顔を合わせることになって。真っ赤になっているライナルトの顔も丸見えになってしまっている。お互いに顔を見合わせると先に笑ったのはライナルトの方だった。
「は~ミユキにしてやられちゃった。そうだ……ねえミユキ、絶対に予定をあけるから今度親御さんに御挨拶させてもらいたいと思ってるんだけど良いかな?」
結婚してくださいと言われてそれなりに時間が経っていた。付き合うというぼんやりとした期間をいつまで続けるのか不安に思っているとエメリヒに酒が入った勢いで愚直を言ってしまったこともあった。でも挨拶に行きたいとライナルトは言ってくれている。
「うん、予定が空いたら教えてね。お母さんに連絡しておくから」
しばらくこの姿勢のまま抱き合っていたが、やがて私はゆっくりと離れた。ライナルトも立ち上がると鏡の方へと向かう。
「頑張って片付けて、ご挨拶に行けるようにするね…じゃあ明日から仕事?も大変だろうから早く寝るんだよ。じゃあねミユキ」
ライナルトはそう言って鏡の中に入ってしまった。一人になって先ほどの自分の大胆さを思い出して恥ずかしくなる。しかしこれからお母さんに会ってもらうと思うと嬉しさ半分不安半分といったどうしようもない気持ちになって、居ても立っても居られない。
私はベッドに寝転がると大きくため息をついたのだった。
次回もしかして最終回!?の予定をしています




