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この日、私は人生最大のミスを犯した。
「で、私と美雪を呼んだということは、進展があったということよね?」
足を組んで勇ましく座る美月先輩の横に、珍しく人間の姿の私は大人しく座った。目の前に、ニヤニヤして腕を組みつつ立っているエメリヒが居る。絶妙に腹が立つ顔をしている自覚がないのだろうか…。
「いや~ようやく解決の糸口が見つかったんだ!どれだけ長かったか……これにはお涙頂戴の物語が、噓です話します」
美月先輩に睨みをきかされて軌道修正するエメリヒに笑いをこらえる。
「とりあえずミユキが猫から戻れるかどうかについてだけど、本人から説明する?」
私がこの前猫と話したことを伝えると、美月先輩は胸をなでおろしている。よく考えるとこんな話を当たり前のように信じている自分たちの方が怖い。
「それで君たちが来た世界との時間差をいろいろ頑張って調べた結果、およそ一週間ほどしか事故の日から経ってないらしい。君たちが事故に巻き込まれたのに消えた!みたいな事はささやかれていたようだけど既に忘れ去られているようだよ。ただ、身近な人や勤めている所には多少の変化があったかもしれない」
一週間無断で欠勤しているのは恐ろしい。隣で同じ事を思っていたのか美月先輩の顔も青白くなっている。
「よし、じゃあ風邪ひいて身動きできなくて気を失ってたことにしよう!よしそれで連絡しといてねエメリヒ!」
美月先輩は勢いで乗り切ろうとしていたが、いざ他の案があるかと言えば思いつかない。私もそれでお願いしますと言った。
「え、僕が?まあ確かに巻き込んだのは僕だもんね…やっておくよ。それで帰る方法なんだけど」
そう言うと、何か布を被せた細長いものを運んできた。布を捲ると、古めかしい鏡が出てきた。
「君たちの世界と、鏡を使うことによって繋げられるようになる方法を見つけたんだ」
エメリヒは鏡面に手を付けた。するとみるみるうちに手が中に入っていく。そして上半身を入れて足まで入ってそのまま消えた。二人してキョロキョロしていると、部屋の扉が開いて普通にエメリヒが戻ってきた。
「ね?こうやって繋ぐことができたんだ!あとは君たちの家にアクセスできる鏡さえあればいつでも帰れるってわけ!」
「すごいわエメリヒ、私たちが帰ってから一緒に働かない?私が席を準備させてみせるから」
急な勧誘にオコトワリシマス…と後ろに下がってしまった。確かにこのまま帰ったら美月先輩に信頼されると同時にこき使われる未来が見える。
「で、美雪はどうするの?私はこの世界でやらないといけないことは全て終わってるけど、美雪は全然終わってないでしょ?」
「…そうですね。私はまだここに残ります。全てが終わってからそちらに帰りますね」
美月先輩は鏡に手を触れた。
「エメリヒ、ここから私の自室にある姿見に繋いでちょうだい。じゃあお先に」
私の顔を見てから手を振ると、ぬるりと飲み込まれるように鏡の中に入ってしまった。しばらくすると、鏡が硬くなるのがわかった。私が試しに触れてみると、ただの面に戻ってしまっている。
「うん、これで完了だね。あとはミユキのやりたいことが全てできたらもう一度ここにおいで。
じゃあとりあえず今回は解散だ。僕が部屋まで送るから」
あっけなさすぎて言葉も出なかった。ただ帰れることが保証されたのはかなり大きい。美月先輩と比べて自分のやる事の多さを実感してただため息をつくことしかできなかった。
ーーー
せっかく今日は休みを取っていたのに思っていたよりも話が早く済んだので、シュネーとして過ごしている部屋で一人になった。改めてこの部屋の広さを実感する。普通に自分が暮らしている部屋よりも広い気がする。
「いや猫として過ごしてて広いと思っていたけど人間でも広い部屋だな」
ベッドに倒れこむ。本当はライナルトもこのベッドで私(猫)と一緒に寝る予定だったけれど、王様が猫アレルギーだからやめることになったと、誰かが噂しているのを思い出した。好きであると自覚している今だからこそ、一緒に寝ていなくて本当に良かった。
「あーあ、私も何とかしないと。どうやって説明したら良いんだろう…ふぁ~あ」
大きなあくびをすると、大の字で伸びた。そしてあろうことか鍵をかけることなく人間の姿の状態で寝てしまったのだった。
美月先輩退場までまだあるので安心してください