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「いたぞ!あの猫だ!」
試しに外に出てみると、王子が行方不明になった時と同じくらい兵士が動員されていた。早速見つかってしまい、そそくさと退散する。
〈えー!外出できないじゃん……〉
何が辛いかと言うと、食事を摂れないことだ。ただでさえ朝食を食べていないのに、このままでは昼食も抜きになってしまう。体の調子の悪化がより速くなってしまいそうだ。
〈困ったな……速く対処しないと自分がしんどくなっちゃう。とりあえず今日は何も出来そうにないから籠っておこうかな〉
有言実行し、夜になった。まず人の体になったあと手紙を書く。内容はこうだ。
「少しの間、記憶を取り戻す旅に出掛けます。無責任で本当にごめんなさい。すぐ戻ります」
シンプルだが、これなら捜されることも無いだろうと考えた。これを服に忍び込ませると、いつも通り店へと向かった。
ーーー
「今日なんか様子が変よ?」
まかないを食べていると、ディアナが私の前の席に座った。机に肘をついて覗き込まれる。
「大丈夫ですよ!全然元気ですって」
「そう?アタシには何か隠してる気がするわ」
おでこをピンと弾かれる。さっき書いた手紙は、今日は気づかれないような所に隠す予定だった。変に心配されるよりは良いと思って。だが、いざ置こうとすると、タイミングよく誰かが入ってきたりして、まだ置くことが出来ていなかった。
「アンタは記憶喪失で、他の人よりもずっと大変だと思うの。でもアンタはいっつもニコニコしてさ、明るく接してるのを見てると、何だかこっちが悲しくなってくるのよ。この子は何も話してくれ無いのかなとか、手伝ってあげることが出来ないなかなって……迷惑かもしれないけどね」
思いがけない優しい言葉に、声が出なかった。こんなに心配されているとは思ってなかったのだ。突然来た全然知らない人に、こんなにも優しくしてくれるディアナやクラウス、そしてカミル君。私は本当に良いところに来たのだと実感する。
そして私は決心した。
「今まで嘘ついてました。本当は……本当は記憶喪失なんかしてないです。私は村上美雪、この世界の人間じゃありません。信じてもらえないかもしれないけれど……」
なんとなくディアナの顔が見られなくて、うつむいてしまう。すると、頭を優しく撫でられた。
「ありがとう、言ってくれて」
そう言われた瞬間、涙が溢れた。机に雫となって、ポタポタと落ちていく。
「騙してて……ごめんなさい……」
私はどうやってこちらの世界へ来たかや、朝は猫になって行動している事も全て話した。わだかまりのあった心が、晴れ晴れしている。
「正直頭が追い付いてないけど……アンタが嘘つくようには見えないし、信じるよ。でも本当の事を話してくれてありがとう。まさか他にも隠してること無いでしょうね?」
「まさかもう無いですよ」
数秒見つめ合ったあと、同時に笑う。
「心の底から笑ってる感じがするわ。今まで遠慮してるように見えたからね……よし!じゃあこれはアタシとミユキの二人の秘密って事にでもしときますか。とりあえず顔洗ってきなさい、あの二人は私が泣かしたって言いそうだから」
涙をあわてて拭うと、洗面台へ向かった。
〈ごめんなさい、私はまだ隠してる事があるの〉
洗面台の戸棚に、朝書いたシンプルな手紙をひっそりと置いた。そして何事もなかったように顔を洗うと、先程の部屋に戻る。ディアナが居なくなる代わりに、クラウスとカミル君がいた。
「おや?顔を洗ったのかい?」
「目、赤いけど……もしかして泣かされた?」
心配そうに覗き込まれ、思わず笑ってしまうのだった。