クマ8:困ったぞ、金があっても使えない
金貨を持ったまま凍りついたおばちゃんも正気に戻ったのかいきなり文句を言われた。
「お客さん、できれば銀貨まででお願いしたいんだけど」
「エーテル持ってる?」
「ありませんよ。大銅貨1枚と銅貨なら2、3枚ありますけど、もしかしてお金持ってないんですか?」
「人聞きの悪いこと言うなよ。金貨があったから大丈夫だと思っただけだよ」
なぜかエーテルとおばちゃんが頭を抱えている。もしかしてお釣りがないとか?
「ユウキさん、普通の食堂では金貨のお釣りなんかは用意してないんですよ」
「私らは早い、うまい、安いをモットーにやっているんだ。お金があるのはわかったけど困ったね」
まずいな、迷惑な客になってしまった。両替のため何か買ってくるか?
「すみません、私も今手持ちが1,400しかなくて……」
「わかったよ。それじゃあサービスにしておくからまた食べにきておくれよ。今度はお金を用意してくるんだよ」
うーん、悪いことをしてしまった。
「ほら、落ち込んでないでいいから早くお食べ。せっかくの料理が冷めちまうよ」
俺が気落ちしているのを見越しておばちゃんが気を利かせてくれた。本当にすみません。
「ごめんなさい。私もうっかりしてました。あとで買い物したら不足分を持ってきましょう」
「そうだな。それじゃあいただきます」
教えられた通りパンに挟んで食べると濃いめの味付けの肉とパリパリのレタス、肉汁を吸ったパンが絶妙なバランスで非常に美味しかった。それだけに迷惑をかけたことが悔やまれる。
食事を終えておばちゃんにお礼を言いに行くと先ほどの宿の場所を教えてくれた。店の繁盛は味だけでなくおばちゃんの人柄もあるんだろうな。
店を出て教えてもらった宿屋に直行する。通りを1つ越えた先に目的の建物があった。豪華な感じはなく木造建築の3階建てだ。
扉を開けると俺と同年代くらいの娘が出迎えてくれた。少し垂れた目尻からどことなく優しい雰囲気を感じる。ダークブラウンの長い髪を一つにまとめて掃除をしている姿がさっきのおばちゃんに似ている。体系はだいぶスリムだが娘さんかな?
「いらっしゃいませ。お泊まりですか?」
慌てて掃除道具を置きカウンター越しに対応してくれた。
「すみません食堂のおばちゃんに教えてもらったのですが、部屋は空いていますか?」
「ああ、母さんね。よくお客を紹介してくれるから助かっているのよね。待ってて、えーとお二人ですよね。部屋は別にしますか?」
「別でおね……」
「一緒でいいです。ベッドはダブルで」
エーテルさん?
「はい、ダブルですね。空いてますよ。素泊まりでお1人様1泊2,000サクルです。食事は朝が500、夜は1,000サクルで別料金です。あと連泊されますか? 前金になりますけど」
さてどうしよう。取り敢えず10日くらいでいいかな。
「ユウキさん、しばらく滞在しますよね?1ヶ月くらいどうですか?」
「30日ですね、割引しますが素泊まり料金で98,000になりますが……」
「それじゃあそれでお願いします」
懐から金貨を取り出し支払いを行う。今回は驚かれることなく普通にお釣りが帰ってきた。大銅貨だしな。
「それではお部屋にご案内しますね。こちらです。母さん元気にやってましたか?」
「ええ、すごくパワフルな感じでした。手持ちが金貨しかなくてご迷惑をかけてしまいましたが」
「……もしかして貴族様じゃないですよね?」
貴族ってもっと豪華な宿に泊まって、大衆食は食べたりしないのではないだろうか?
「ただの旅人ですよ。たまたま手持ちが金貨だけだったので」
「そうですよね。貴族がこんな宿に来るわけないですよね」
自分の職場を悪く言わないようにね。
案内された部屋は3階の奥で広さは10畳くらい。通りと反対側なので比較的静かだ。真ん中にベッドがありソファーとテーブルも容易されている。冒険者の利用を前提にしいているのか武器を立てかける場所も用意されている。
小さいけど木窓もあるし掃除もしっかりされている。白木の壁が温かみを出していて非常に落ち着くなかなかいい部屋だと思う。
「それではごゆっくりおくつろぎください。お出かけの時は鍵を預けて行ってくださいね。あと黙って部屋に入ることは致しませんが、掃除が必要な時は言ってください。貴重品は盗難にあっても責任は取れませんので自己管理でお願いしますね」
さて、拠点もできたし街の散策に出発するか。エーテルは疲れたのかベッドに寝転がっている。
「すみません一つ言い忘れましたが、夜はお静かにお願いしますね。行為自体は構いませんが清掃は別料金になりますので」
業務なのだろうが可愛い子に言われると気にしてしまう。
「……わかりました。ご迷惑をおかけしないよう気をつけますね」
「えーとユウキさんとエーテルさん、私セミーと言います。年も近いと思いますのでよかったら仲良くしてくださいね」
「ありがとう。よろしくね」
なぜか自己紹介をしてからセミーさんは一礼して仕事に戻って行った。もしかして俺に気があるのか?
『ユウキ、多分社交辞令だクマ。俺に気があるのか、とか考えたらいけないクマ』
「そうですよ。私より先に手を出したら許しませんよ」
ベアのやつ心を読む力でもあるのか? まあ悪い娘じゃないだろうからそのうち話でもしてみようかな。
「さて、じゃあ日用品の買い出しにでも行こうか。帰りにおばちゃんのところで飯でも食べて今日は休もう」
『まずはギルドじゃないかクマ?』
「そうですよ。早いところ登録しましょうよ」
もうじき日も暮れる時間だぞ。クエストを終了した連中が集まってきたら絡まれるだろうが。
「それは明日でいいだろ。それに武器も持たない冒険者っておかしいだろ」
「それもそうですね。それじゃあ買い物ですね。ところでいくら持っているんですか?」
そういえば金貨が入っているのは確認したが枚数は数えていなかったな。ずっしりしているが金は比重がでかいから少なくても重いんだよな。
「取り敢えず1枚は使ったけど……」
ベッドの上にジャラジャラと出して数え始めるがエーテル様子がおかしい。
「全部で49枚だな。490万サクルだ」
「……ユウキさん、ものすごい大金です。そんな大金持ち歩くのは危険ですよ」
そうなのか? ポンと貰ったからそんな大金に感じないんだけど……まてよ1サクル1円で考えても490万円だな。そう考えると無一文から一気に小金持ちだな。
聞き耳を立てられて強盗に惜しいられると困るので探査をかけるが周りに人はいないようだ。
「ベア先生、何かいい方法はないですか? 」
「あるクマ。収納魔法を覚えるクマ」
?!収納魔法だと。
「……それだー!!」
『びっくりしたクマ。突然どうしたクマ?』
「いや、最初に森で魔獣を倒してから何か忘れている気がしたんだけど、それだよそれ。収納魔法、別名アイテムボックス。それがないと旅が大変になるじゃないか。流石は困った時のベア先生!」
探査、鑑定、収納魔法は異世界生活の3種の神器じゃない3種の神技だろ。習得しないわけにはいかない。
「それでどうやるんだ?」
『簡単クマ。エーテルちゃんもやってみるクマ?』
「私もできるんですか?」
『わからないクマ、人は魔法を使えるようにできているクマ。できるかどうかはその人のセンス次第クマ』
最初に魔素がどうこう言ってませんでしたっけ?
『それじゃあ教えるクマ。まずは収納する空間をイメージするクマ。その空間を魔力で仕切るようにするクマ。これで収納空間の出来上がりクマ。倉庫に放り込むというより1種類を1か所にしまうイメージクマ。あとはそこに出し入れするための入り口を作るだけクマ。どうクマ? 簡単クマ?』
それが簡単にできたら苦労しません。軽く殺意が湧いてきたぞ。
「ベア先生、全くわかりません。魔力ってどう使うんですか?」
『エーテルちゃん、申し訳ないクマ。これがわからないと使えないクマ。今度時間があるときにゆっくり教えるクマ』
とっぷしーくれっと。じゃなかったのかよ。まあ旅の仲間が強くなるのはいいことだが今は習得が先だな。
「無属性で空間をこじ開ければいいんだな? 収納サイズは変えられるのか?」
『話が早くて助かるクマ。最初にかなり魔力を消費するから気をつけるクマ。それと一度作るとサイズは変えられないクマ。大きくしたい時は一度作ったものを壊すクマ。広くても取り出すときは魔力を使えば欲しいものが出てくるからなるべく大きく作るクマ』
よしわかった。100*100マスの大きさでいいだろう、全部で1万種類の収納ができるぞ。それだけあれば十分すぎるだろう。
ベッドの上に座り込んで精神を集中させる。
ベアの説明でなんとなくわかったが自分に合ったやり方に直した方がいいだろう。
『できたクマ?』
やかましい。
『まだできないクマ?』
邪魔するな。
「ベアさん、くすぐってみたらどうですか?」
『こちょこちょクマ』
エーテル後で説教な!
「キスしちゃおっかな? チュッ」
「ぬおー!! 邪魔するな。失敗したじゃないか」
『エーテルちゃん、しばらく静かにするクマ』
ベアに怒られているがもともとお前が話しかけてきたんだからな。
静かになったところでもう一度作り直す。なんとなくコツは掴んだので2度目は比較的スムースに作業が進行してようやく入れ物が完成した。あとはアクセスする入り口をつなげるイメージで……
「できたー!!」
なんかものすごく疲れた。
「と言われても私にはわからないですがベアさんはわかりますか?」
『エーテルちゃん。これはユウキが作った空間だから僕にもわからないクマ。あとは実験してみるクマ』
いきなり金貨で実験するほど勇気はないので大銅貨を使用して収納実験を行う。異空間収納にアクセスするため魔力を放出すると空中に黒い靄が発生した。手を入れると先程作った収納に吸い込まれるように銅貨が消えていく。ベアたちにはただ消えたようにしか見えていないようだ。
取り出しの際も銅貨をイメージするだけで手に触れるのでそのまま引き出す。間違いなく使用できているようだ。
『うまくいったみたいクマ。それじゃあお金は閉まっておくクマ』
「後でわたしにも教えてくださいよ。絶対ですからね」
俺は教える約束をしていないからな。ベアに任せよう。
余計なことで時間を食ってしまった。暗くなる前に買い物に行かなければ。