クマ7:まだ早い?今は我慢だプロの技
入ってくるなりジロジロと見られてエーテルも少し怯えている。俺も怖いのですが。
「マークさん、その子が例の子だね。お嬢さん私がここの管理人のシヅカよ頑張って客を楽しませて稼ぐんだよ。お兄さんは引率かい?」
「はじめまして。ユウキと申します。実はエーテルがここで働くことを勝手に決められたみたいで、本人の意思に反するようなので確認に来ました。本人は冒険者として生計を立てたいそうです」
予想に反する内容だったのか管理人のシヅカさんも面食らっているようだ。
「それは困るね。もうすでに支度金として金貨20枚をマーク氏に渡してあるんだよ。それで借金を返してうちで働くことになってるんだから」
「その金貨、エーテルは受け取っていませんよ。おっさんが使い込んだみたいなので」
「なんだって、どういうことだい?」
おっさんすでに冷や汗がダラダラ出ていますが大丈夫かな?
「そもそも私借金なんてありませんよ。身寄りはなかったけど村長に大事に育てられましたから。17になったので街で働きたいと言ったらここに就職が決まったとか言われたので」
「というわけでこの契約は無効ですよね。ダメならそこのおっさんと話をつけてください。ではこれで」
そう言って立ち上がると隠し持っていたナイフを突きつけられた。これで正当防衛が成り立つな。
「敵対するなら娼館ごと灰にしますよ。そのくらいの魔法は使えますので」
テロには屈しない。いやそもそもテロなのか? 流石に灰にするとまで言われたらナイフを引っ込めてくれた。そのままソファーに倒れこむように腰掛ける。
「あー!! 今日は厄日だよ。なんだって魔導士が乗り込んでくるんだか」
魔導士に敵対するつもりはないようで頭を抱えこんでしまった。この人も被害者だし悪いことしたかな?
「それで提案なんですけどいいですか?」
「なんだい?」
「 今回シヅカさんはこのおっさんに騙されたわけですよね。それで金銭的な被害が生じた。回収の見込みもなくエーテルに無理やり客の相手をさせるとお縄になる可能性があると」
「全くその通りだよ」
「ですのでこのおっさんに働いて稼いでもらいましょう」
あれ? 皆さん呆けていますけど大丈夫ですか?
「お前はバカか? ここは男が金を出して女を買いに来るところだぞ。そんなことも知らないのか?」
先程までビビって冷や汗を流していたのにケタケタ笑っていやがる。ムカつくな。そもそもお前が原因だろうが。
「坊や、その男の言う通りだよ。見たところまだ若いけど、ここで何するかわかっているんだろ? それに裏方の仕事じゃ金貨20枚を稼ぐのにどのくらいかかるかわかったもんじゃない。それにそいつは一度私を騙している。そんな奴に温情はないよ」
「そのくらいは分かりますよ。ですから客取りをして稼いでもらえばいいじゃないですか。世の中には女性より男性に興味がある男がいると思いますけど……それにそういう人は世間体を気にしたりして苦しんでいるんじゃないですか?」
シヅカさんは黙って考え込んでいる。予想外の提案だったらしいが考えているということはやはり需要があるのだろう。
「ちょっと待て、それは何か俺が男どもに…………嫌だー!!!、頼むなんでもするからそれだけはやめてくれ。なっ頼むよこの通りだ」
泣いて土下座しながら俺に懇願してくるがそれを決めるのはシヅカさんだし、頼む相手を間違えているぞ。
判決のお時間です。
「よしわかった。マークさん今すぐだまし取った金貨20枚と私への慰謝料として同額の20枚。エーテルさんへの迷惑料とユウキ殿への交渉代理の手数料として50枚。すぐに用意できたらこの話はなかったことにしよう。できないのならユウキ殿の提案を受けることそれでいいな」
地獄の裁定が下ったようだ。
当然のことながらそれほどの大金をすぐに用意できるわけなく俺の意見はそのまま採用になった。自業自得だし仕方がないね。シヅカさんは部下を呼び、抵抗するおっさんを黙らせて連行していく。めでたしめでたし。じゃないや合掌。
「しかしユウキ殿、なかなか面白い提案だったぞ。最初はどうなるかと思ったがこれなら損失の穴埋めはできそうだ。それにな、実はその手の客から男はいないのかと結構打診があるんだよ。いやーこれで新規の顧客もつかめそうだし何かお礼でもしないとな。どうだうちのNo1を呼んでやろうか? サーヤを連れてこい」
よっしゃー、と思ったが後ろから冷たい視線を感じる。それを見てシヅカさんも大笑いしているので少し恥ずかしい。
「いえ、とっっってもありがたいお話ですがご遠慮させてください」
「……そ、そうか。泣きながら言われても説得力がないが、睨みつけられているので事情を察しておこうか」
「……ありがとうございます」
用事も済んだので席を立とうとすると再びシヅカさんに呼び止められ皮袋を渡された。中には金貨が……これは?
「それは先ほど言った慰謝料その他だ。マークに借用書を書かせたので気にしなくていいぞ。あっさり借金を返されるとうちも顧客も困るからな、利息を高めにしてあるのでしばらくは儲けさせてもらうことにするよ」
そう言うことならとありがたく頂き、懐にしまい込む。祝、脱一文無し。
「それじゃあ今度はお客として来てくださいね。女の子たちには言っておくから」
「それより村に手紙でも送っておいてください。急にいなくなったら驚くと思いますので」
俺からの申し出にシヅカさんは一瞬驚いていたが……
『ユウキ優しいクマ。あんな奴でも最後には心配してやるクマ?』
「そうね、結婚も秒読み段階だったけど少しくらい遅れても……全然平気じゃないわね」
村に逃げ帰ろうとするのを阻止したい俺の意図を理解したらしく大笑いしながら背中をバンバン叩いてくる。痛いのでやめてほしい。
帰りも裏口から出してもらった。エーテルにへんな噂がついても困るし厄介ごとに巻き込まれたくない。入る時には俺たちを睨んでいたチンピラ風使用人たちもなぜか深々と頭を下げている。
一部の人には「アニキは俺たちの恩人だ」とか言われて握手まで求められた。きっとそう言うことなのだろう。
『なんかひどい展開だったクマ。僕はユウキが魔法を暴走させると思っていたクマ』
「私も暴れると思ったけど話し合いで解決したならよかったんじゃない?」
「一応丸く収まっただろ?」
終わりよければ全て良しだな。
『一人だけひどい目にあったやつがいるクマ』
「あれは仕方ないわ。私を売り飛ばそうとするからいけないのよ」
これでエーテルも村人たちも多分大丈夫だろう。
さて今度は今日の宿を探さないといけないので街中を散策しながら適当な宿を探そう。
エーテルによればジーニの街は王都から離れたところにあるらしい。規模はそれほど大きくはなく、目立った産業もないとのことだ。一応街道上にあるのでそれなりに賑わっているのでしばらく滞在するにはちょうどいいかもしれない。
「なあベア、やっぱり異世界の町並みは落ち着くな」
『意味がわからないクマ』
「石造りの建物だったり、石畳の上を走る馬車、食材や日用品を売る露天商、上を見上げれば家と家の間にロープが張ってあって洗濯物を干してるじゃないか。俺はこういう街並みに憧れてたんだよ」
別に日本の町並みが嫌いなわけではないぞ。RPGやマンガなんかでメジャーなファンタジー世界の街に住んでみたかっただけだ。快適さは……多少我慢しよう。
「ユウキさんも街に住みたかったんですね。私もあの村が嫌いなわけじゃないんですけど物足りなかったんですよね」
「おっ、前方に宿屋発見。取り敢えず行ってみるか?」
『2、3件見てから決めるクマ。空飛んできたから時間はたっぷりあるクマ』
街まで1日近くかかる行程を短縮しすぎたため、まだ昼を少し回ったくらいの時間だった。そういえばお腹も空いたし先に飯にしよう。
「ユウキさん、あそこのお店美味しそうですよ。お腹も空いたしご飯にしましょうよ」
「そうだな、俺もそう思ったところだ、店の人に宿のことを聞いてもいいだろうしな」
食事ができないベアはどっちでも良さそうにしているが、ここは食事が必要な人を優先してもらおう。
カラカラン
「いらっしゃーい、お二人さんだね? 空いてる席にどうぞ」
飯時だからか店内は比較的混雑している。客層を見ると鎧を着た人から魔導士風ローブの人まで様々だ。各自武器を携帯しているので冒険者かなんかだろう。
絡まれないように注意しないといけないな。
「お待たせね。何にします?」
「すみませんこの店初めてで、おすすめとかあります?」
「あいよっ! お嬢ちゃんもそれでいいかいい?」
食堂のおばちゃんはパワフルな人が多いな。エーテルは圧倒されて無言のまま頷いている。
「見たところ冒険者じゃなさそうだね? 旅かい?」
「はい、モーノ村から来ました。しばらく滞在しようか思っています」
「宿は決まったのかい? よかったらうちの娘が働いているところを紹介するよ。料金はそれほど高くないと思うから行ってみてちょうだいな」
話好きのおばちゃんなのかわからないが早速宿の情報をゲットできた。どさくさに紛れてエールと果実水まで注文させられたのでなかなか商売上手なのだろう。俺が押しに弱いだけかもしれない。
「ところでエーテル、一つ聞きたいのだが」
「なんですか? わかることにしてくださいね」
「金貨20枚ってどのくらいの価値があるんだ?」
村ではお金を使うことはなかったし、物価なんかもわからない。
「そうですね、金貨1枚が10万サクルです。あっ、サクルは通貨単位ですよ。その下に銀貨、大銅貨、小銅貨ですね。通常銅貨と言ったら小銅貨をさします銅貨10枚で大銅貨1枚、同じように10枚ごとに上の硬貨1枚になります」
「もしかして白金貨とかもある?」
「ありますよ。ただ貴族が使うような物なので流通はしていませんね。生活費は家族の人数とかにもよるのでまちまちです」
エーテルの通貨講座が終わるのを待ってかどうかはわからないが、待ち時間も少なく料理がやってきた。皿の上には煮込んだであろう肉の塊とレタスのような野菜、半分に切った丸いパンが並べられている。美味そうな匂いに食欲が刺激されお腹もグウグウなり始めた。
「お待たせ、うちの名物料理だよ。好みもあるだろうけどパンに挟んで食べておくれ。全部で1,500サクルだよ。うちは料理の提供時にお代をいただいているからね」
なるほど、食い逃げの防止か。会計する場所もなさそうだし、酔っ払いなんかだとトラブルの防止にもなるな。合理的だろう。
先程もらった金貨を取り出しおばちゃんに渡すとなぜか凍りついている。早く食べたいのでお釣りをお願いしますよ。