クマ4:村娘、テンプレ展開ありません
村長の家に案内されたが警備のおっさんは早々に立ち去ってしまい、対応していた村長の娘(仮)も家に入ったまま出てこない。
お客さんですよー、お茶の準備は後でいいので誰か出てきてくださーい。
『誰も出てこないクマ。さっきから村人その1からその20位までがこっちを見ているクマ』
「村人の扱いが雑だな。名乗られても覚えるつもりはないが。それよりももっと大事なことに気が付かないか?」
『極めて平凡な村人にしか見えないクマ。あそこの女の子は僕を見て可愛いクマさんって言ってたクマ』
「連れて行ってやろうか?遊んでくれるかもしれないぞ?」
『やめてほしいクマ。あいつらガキンチョは僕たち愛らしぬいぐるみを平気で踏みつけ噛みつき振り回すクマ。仲間たちがどれほどひどい目にあったかユウキは知らないクマ』
ベアの知り合いのぬいぐるみがどうなったかは知らないが確かに小さな子は手加減を知らない。気に入っても自分の物にならないと大泣きしてなんとかしようとする事もあるから危険だろう。
「すまんベア。奴らガキンチョは魔獣より危険な存在だったかもしれない」
『わかってくれたクマ? 意外と僕のことを大切に思ってくれているクマ?』
腹わた、いや中綿? むき出しのクマのぬいぐるみを抱えながら移動したくないだけです。
しかしいつまで待たされるのだろうか。魔導士様とか呼ばれたので好待遇を期待していたのだがあてが外れたか?
『ところで大事なことって何クマ?』
「そうだ忘れてた、今後の事を考えると非常にまずいかもしれない事だ。この村には若くて美人のお姉さんがいない」
『……何を言っているクマ? 女の子ならちゃんといるクマ』
「ベアさん、よく聞いてくださいね、「若くて美人の」ここが重要です。若すぎるのもダメだぞ、それに概ね最初に訪れた町や村でヒロイン役が出てくるのが基本だろうが」
『そんな基本なんて知るかクマ!』
人口もそれほど多くないだろう。家の造りも長屋を空いている場所に無理やり建てたようなものが多く、期待は薄いと思ってはいたが残念でならない。
まあ転生前も彼女がいたわけではないし、ここでモテ期が急に来ても対応がわからずに困っていただろうから別にいいといえばいいのだが。
「あのう、お待たせいたしました。ご準備ができましたのでこちらへどうぞ」
『ユウキ、ようやく準備ができたみたいクマ』
「あ、ありがとうございます。突然の訪問でもうしわけない」
先ほどおっさんと話をしていた娘が出迎えてくれた。近くで見るとおっとりした感じの可愛い娘だった。残念だが美人ではない……個人的に好感度は高いのだが。旅のパートナーはやはり美人がいい。3日で飽きたらどうしよう。
『ユウキあまりジロジロ見るのは失礼クマ。お嬢さん、僕の連れが失礼をしたクマ。気を悪くしないでほしいクマ。野獣のような目つきで見ていたので襲われないように気をつけてほしいクマ』
ベアは声のトーンを落として話しているが格好をつける必要は全くない。
「おい、俺をそういう風に見ていたのか? それになんだその喋り方は」
『僕は紳士クマ』
「いつの時代だよ。それにダンディーな喋り方をしたいのは構わないが、語尾の「クマ」が全てを台無しにしているぞ」
ベアも自覚がなかったらしい。若干ショックを受けているようだ。
ガーン! とか効果音でも出してやろうか。
俺とベアのおバカなやり取りを見て出迎えてくれたお嬢さんもクスクス笑っている。
「ほら見ろバカなことやっているから笑われてしまったじゃやないか」
「も、申し訳ございません」
『謝ることないクマ。緊張してたみたいだけど少しは取れたクマ?』
まさかこの娘の緊張を取るためにわざとやっていたのか? ベアのくせになかなか気がきくじゃないか。
案内された家も村では一番立派に見えるが、二階建て以外は転生前に見た一般的な住宅の大きさと同じくらいだろうか。
俺は施設で育ったから一戸建てには非常に憧れがあった。同級生が自分の部屋があるとか自分の机があるとか普通に話しているのを聞くと、子供ながらに羨ましさと悔しさ、寂しさに苛まれたものだ。
『どうしたクマ』
「いや、昔を思い出してな。気にしないでくれ」
中に入り応接間に通される。家の中はシンプルながら掃除も行き届き嫌な感じは全くない。
お茶を用意されくつろいでいると、程なくして白髪の男性が入ってきた。村長だろう。
「これはこれは、遠いところをお疲れ様でした。この村の村長をしております。何もない村ですがおくつろぎください」
「こちらこそ急に押しかけてしまい申し訳ありません。旅の途中なのですがこの辺りには不慣れなので色々と教えていただけると助かります」
村長さんも何か警戒しているようだが、しばらく雑談でもしていればそのうち緊張も取れるだろう。
「早速なのですが嘘をついてもいけないので正直なところをお話ししますね」
「やはり、村の視察でございますね。特に隠し事をするようなことはございません。農作物の収穫量も正確にご報告しておりますゆえこれ以上の増税はご勘弁くだされ。村の者が冬を越せなくなってしまいます」
はて? なんの話だ?
「実は少し記憶が混乱しておりまして、気がついた時には森の向こうの草原にいたんですよ。それでこの辺りの地理など教えていただければありがたいのですが」
「左様でございますか、しばらく前に領主様が交代になったと伺っております。その後はじめてのご訪問でいらっしゃいますから当然でございましょう」
領主? 何を言っているんだ?
「いや、あの地理的なことが聞きたいのですが。それに森の中で魔獣に襲われました。警備の方もいるみたいですが魔獣の襲撃などは大丈夫なのでしょうか?」
「魔獣でございますか。幸い村への被害はございませんがたまに作物への被害が出ております。もちろん被害にあったものも収穫できる分として計上しております」
うん、確実に話が噛み合っていない。
『村長さん落ち着くクマ。僕たちは領主でもその使いでもないクマ』
「へ?」
「いや、ただの旅人ですと言ったと思いますが……」
そんなにポカンとした顔をされても困るのですが。村長さんと娘さん、いや孫か? は顔を見合わせている……
「エーテル、領主様がいらっしゃったと聞いたぞ」
「私は警備のジャックさんから魔導士様がいらっしゃったのでお爺様にお伝えするように言われたのですが」
なるほど村長さんの勘違いね。紛らわしい。しかし領主は魔法を使えるのか?
「それでは改めまして、通りすがりの旅人で、ユウキと申します。こっちはベア、ぬいぐるみですが何故か会話ができます」
「ベアクマ。よろしくクマ」
挨拶をしたベアに驚き2人とも腰を抜かしているが大丈夫か? それにさっきも話しているぞ。
その後落ち着いた村長にもう一度同じ説明をしてようやく理解してもらえた。村のトップが早合点するなんてダメだろう。
「それではユウキ様は旅の途中でたまたまこの村に寄っただけということでよろしいのでしょうか?」
「はい、領主とかは全く関係ありません。仕留めた魔獣も処理にも困っていましてお金になればと思っていたのですが買取みたいなことはされてないでしょうか?」
よく考えると手持ちが全くない。魔法が使えても衣食住に困るようでは話にならない。
「大変申し訳ございませんがギルドの支部もない村ですので買取は難しいところでございます。ただ食糧事情もよろしくないのが現状でして、もし処分に困っていらっしゃるのでしたら食べられる部分だけでもお譲りいただければ幸いでございます。もちろん魔石などは結構でございますので」
持ち歩くのも面倒だし解体もできないからそうしようかな。ベアも魔石は価値があると言っていたし。
「わかりました魔石だけいただいてあとはお譲りします。それで一つお願いがあるのですが、一晩泊めていただくことはできますか? このままだと野宿になってしまうので」
「そのくらいでしたらお安いご用です。エーテル、準備をしてきなさい」
「……はい。わかりました」
あれ、あまり歓迎されてない? そんな残念そうに返事をしなくてもいいのに。若干傷ついたぞ。
「しかし魔法の才能というのは羨ましいものですな。あの子にも才能があれば……」
「エーテルさんですか? 何かお困りごとでも?」
『ユウキ、あまり立ち入った事を聞いたらダメクマ』
「いや、いいんですよ。実はあの子は今年17歳、来年成人の扱いになるのですが、身寄りが無く街に働きに行かないといけないのでございます」
『ここには働き口がないクマ?』
「何分貧しい村ですので。税金を納めるのも大変なのでございます」
18で納税の義務か。結構厳しいな。
「他の子はどうなんですか?」
「親と一緒に農地を耕して穀物で税を納めております。あの子にはそれを行う土地もございませんので仕方なく……」
親の金で遊び倒している大学生に見習わせたいところだな。最近は奨学金でブラックリストに載ることもあるみたいだからそうとも言い切れないか。
『魔法が使えると違うクマ?』
「1属性でも使えれば冒険者として引く手数多ですし、2属性以上使えれば公的機関で働くことができますがどちらも難しいようですので」
沈黙が部屋を支配する。こう言った重たい空気は苦手なんだよな。
かける言葉も見つからず部屋にはお茶をすする音だけが響いている。
昔の自分を見ているみたいで放って置けないのだが今の俺にはできることがない。
「皆さまお食事の用意ができました。こちらへどうぞ」
エーテルさんの明るい声で沈黙は破られたが事情を聞いたあとだとやるせない。
『ユウキ、美味しそうクマ。これさっきの魔獣の肉クマ?』
「はい、村の皆さんに解体を手伝ってもらいました。あっこれは魔石です」
そう言って2cm大の赤く光る石を渡された。意外と大きいな。
「このサイズの魔石なら街でそこそこの値で売れるかと思います」
「そういえば一文無しだったな。忘れてたよ」
無くさないようにしまっておかないと……ってカバンすらないじゃないか。
「すみません、何かカバンのようなものはないでしょうか? 手ぶらの怪しい旅人なもので」
「それでしたらご用意できますよ。お待ちくださいね」
エーテルさんは食事の最中なのにカバンを取りに行ってしまった。田舎娘と侮っていたが情が移ってしまい可愛く思えてきたぞ。
食料事情がよくないと行っていた割にはパンにスープ、サラダと魔獣のステーキと豪華に振舞ってくれた。少し塩気が足りないが、塩が貴重なのかもしれない。村長に感謝だな。
酒も勧められたので少しだけいただくことにした。初の飲酒は控えめにしたつもりだったが、気がつくと結構な量を飲んでしまった。村長と愉快に飲み明かしてしまったが酔いが回ってきてしまいいつのまにかお開きになってしまった。
ごちそうさまも言わずにすみません。
ふらつく足で寝室に案内されベッドに横たわると1日の疲れが一気に押し寄せてきてすぐに眠りについてしまった。