クマ2:魔法です。まずは基本を覚えましょう
「それでこれからどうすればいいんだ?」
『さっき言ったクマ。自由に生きていいクマ』
「取り敢えずどこに行けばいいでしょうかね?」
そう、ここはただの草原で見渡す限り何もない。いや、草くらいは生えているし遠くに森らしきものも見える。幸いなことに俺らを餌と間違えて襲ってくるような猛獣やモンスターも見当たらない。
『先ずは街に行くのがいいクマ。そこで生活の基盤を作るクマ。そのくらい言われなくてもわかるクマ?』
「その街はどこにあるんでしょうかね?」
『そんなの知らないクマ。自分で探すクマ』
「……案内人がそれでいいのか?」
『僕は地球生まれの地球育ちクマ。この世界の地理は知らないクマ』
もっともな事を言っている。しかしいきなり路頭に迷ってしまったではないか。
再び周りを見渡すが風になびく雑草しか見えない。森の向こう、はるか遠くに山は見えるがそこに街があろうはずもない。あってもそこまで行く気はないが……
こんな時はきっと盗賊に襲われそうになった馬車がこちらに向かって走ってきて……通るはずもないな。道すら見える範囲にはない。
せっかくの異世界ライフが第一歩目から躓いてしまった。せめて事情通のヒロインくらい登場してもいいだろうと思う。
『仕方ないから魔法について教えてやるクマ。それでなんとかするクマ』
「何! 魔法があるのか? それでどうやるんだ早く教えてくれ!!」
別に驚く必要はないのだが先程驚きが少ないと注意されたからな。
『やっと驚いてくれたクマ。まあ魔法のない世界にいたなら仕方ないクマ。それでは基本から説明するクマ』
クマあらためベアはドヤ顔でこちらを見ているが驚いてやったのがそんなに嬉しかったのか? 短い腕、じゃない前足を腰に当てて踏ん反り返っている。
『まずは基本クマ、体の内側に意識を向けてみるクマ。力の流れを感じるクマ? それがいわゆる魔力だクマ』
ぬいぐるみのクマさんに偉そうに指導されるのも癪だが、体の内側には確かに今まで感じたことのない流れを感じる。血液の流れを感じているわけではなさそうだ。
「おう、なんとなく分かるぞ。これを外に向けて放出するんだな」
そう言って誰もいない草原に向けて力を解き放つ。右手を前に突き出すと小さな光の玉が放たれ地面に激突する。爆発音とともに小さなクレーターを作り土煙を上げている。
ちょこっとだけビックリしたぞ。
『僕が説明する前に試し打ちするとは何事クマ! 普通そんなに簡単にできないクマ』
「いや、生前色々と参考文献を読んだからな。なんとなく力の流れとイメージでできただけだ」
できた理由を説明してやると、顎が外れるのではないかというくらい口を開けている。人に驚けと言いながら自分がそんなに驚いてどうする。せめて開いた口くらい塞げ。
『……1番大変なステップをあっさりクリアされると僕の立場がないクマ』
「よーし、次行ってみよう。先生お願いします」
先生と呼ばれたことに気を良くしたのか少し照れている。単純なやつだ。
『それならユウキよ、ベア大先生が次の講義をしてやるからありがたく聞くクマ』
「調子にのるな」
頭に軽くげんこつを落としたが非常に柔らかい。痛くはないのだろうが頭を抑えて痛がる様子が可愛らしい。
『それじゃ次クマ。今使ったのが純粋な魔力クマ。魔法の基本でこれが使えないと応用が効かないクマ。単純だけどもっとも奥が深いクマ』
勉強も運動も基礎が大事だからな、魔法も基礎をおろそかにしてはいかんのだろう。
『この世界には魔素というものがあり、世界のいたるところに存在していて普通は感じることができないクマ。これを体内にとりこみ魔力にする事で魔法が使えるクマ』
そう言われても何も実感がない。
『普通の人は食事や呼吸で少しずつ体内に取り込み魔法を行使できるクマ。過剰に取り込むと魔力酔いを起こすから気をつけるクマ。それじゃあやってみるクマ』
「どうやるんだ?」
『参考文献を読んだんじゃないクマか?』
「そんなものは載っていない。大体最初からステータスMAXで無双している資料が多いからな、先人の知恵には触れていないのだ」
参考文献がラノベやゲームなどとは口が裂けても言えない。
『いい加減クマ。それなら教えてやるから耳の穴かっぽじって有り難く拝聴するクマ』
どうでもいいが喋り方が雑だな。
『魔力が体全体に行き渡っているのは分かるクマ?』
「ああ、意識して感じれば全体に流れているな」
『どこでもいいけど今回は手のひらを使うクマ。そこの魔力を移動させて空白地帯を作ると勝手に魔素が流れ込んでくるクマ。止めたいときは空白部分に魔力を満たせば勝手に止まるクマ』
ベアは簡単そうに言うがやってみると意外と難しい。波打ち際で穴を掘ってもすぐに埋められてしまうそんな感じだ。重機でも持ってくるか? 腕がもげるだけだな。
「ベア先生、できません。コツを教えてください」
『ふっふっふー、できないクマ? そんなに簡単にできたらみんな魔導士になってしまうクマ』
ちょっとムカつく。右手を前に出してベアの頭上に向けて魔力をぶっ放してみるとはるか後方で爆音が響き渡る。ちょっと大人げないな。
「せんせい、すみません。うまくできずにまちがえて魔力をときはなってしまいました。もう一度やるのでみててもらっても良いですか?」
冷や汗を流しながらコクコク頷いている。
『僕が悪かったクマ。コツは体の中心に魔力を集めるだけクマ。手の魔力が薄くなったらその部分だけ中心に引っ張るようにすれば簡単にできるクマ』
なるほど、全体のバランスを考えて行うわけか。
コツを教えてもらい、いざやってみると思いのほか簡単に魔素が集まってくる。何度か試してみるがやり方さえわかれば大変な作業ではない。自転車や水泳と同じだな。
『ちなみにこの方法だとほぼ無制限に魔法が使えるクマ。この世界の人は知らないから、他の人に教えたらダメクマ。とっぷしーくれっとクマ』
「そう聞くとバラして一儲けしたくなってくるが……」
『話してもいいけどみんなが同じことできれば特別な存在になれないクマ』
それはまずい。それでは平民と変わらなくなってしまう。貴族になりたいわけではないが人より恵まれた環境は手に入れたい。
「先生、これは一子相伝の秘法ということにさせていただきます」
『コロッと手のひらを返すのは良くないクマ。お主も相当の悪クマ』
「いえいえ、ベア先生には遠く及びませんよ」
『「ほーっほっほっほ……」』
何やってるんだ俺。
『それじゃあ次のステップクマ。次は属性クマ。火は危ないから風でやるクマ』
「属性魔法か、他には何があるんだ?」
『魔法の系統は 光・闇、火・水・土・風・雷・金 の8種類が基本クマ。大体イメージがつくと思うけど金だけは異色クマ。金属の加工などに使う事が多いクマ。これと最初に教えた魔力単体が無属性クマ』
なるほど、一般的だな。あとは得意分野を伸ばしていく感じか。
「それで俺はどの属性が使えるんだ? 何か調べる方法でもあるのか? ステータス画面が出るとか」
『ユウキはゲームのやりすぎクマ。そんな画面が出てきたら困るクマ』
それじゃあレベルやHP、MPがわからないじゃないか。アイテムの一覧とかはどうする気だ。
『ちなみに魔素の取り込みが自由に出来るような人は、ほぼ全部の系統が使えるクマ。それにフィジカル面は一般人よりもかなりハイスペックになっているはずクマ』
「それはさっき聞いたぞ。それでどうやるんだ?」
『今度は簡単クマ。 光・闇、火・水・土・風・雷・金 の順に、白・黒・赤・青・茶・緑・紫・灰の色が対応しているクマ。魔素を集める要領で色を集めるようにイメージするとわかりやすいクマ。あとは放つ時にどういう形にするか決めればいいクマ。まずは矢の形でやってみるクマ』
では早速。緑の力が集まる感じにして……おっキタキタ。あとはこれを下から上に突き上げる突風をイメージして……ベアに向けて解き放つ。
「フライベアー!」
いや、別に名前はいらないんだけどなんとなくね。
『クマ!! 何するクマー!!』
地面から突き上げる突風に煽られて声が遠くに流れていく、意外と高いな。軽いだけあってよく飛んだと言えるだろう。あとは落下地点に風のクッションを作ってと……
『たーすーけーてークマー。落ちるクマー!!』
落下中でも語尾は変えないんだな。なかなかのこだわりようだ。
ボヨヨーン、ボヨヨーン。
落下地点はあってたようだな。風で流されて地面に激突という展開も期待したのだが……まあ何度かバウンドしてたが……
「無事に着陸できたようでなによりだ」
『何よりだじゃないクマー!! いきなり吹っ飛ばすとか信じられないクマ』
「それで街は見えたか?」
『それどころじゃなかったクマ!』
「じゃあ今度は一緒に行くか。多分風魔法で飛べるだろ?」
そう言い自分の周りに風を集めて球体を作ってみる。もちろんベアは抱きかかえているのだがよほど怖かったのだろう。しっかりと俺にしがみついている。
「そういえば魔法を使うのに言葉は発したほうがいいのか? ファイアーボールとか」
『どっちでも良いクマ。イメージができていれば発動するし言葉にしてより明確にすることも出来るクマ。ただしファイアーボールをイメージしながらファイアーアローとか叫ぶと齟齬が生じて力が霧散するから気をつけるクマ』
そんな器用なことはしないができたら面白いかもしれない。
それではそれの旅へ……名前何にしよう……
名称未定魔法を発動して上空へ移動を開始する。風の魔法で結界を作っているためさわやかな風を感じることはできないが……
「えーと街は……森の向こうに集落があるな。とりあえずはあそこに行くか。ベア大丈夫か? もしかして高所恐怖症か?」
『つい先ほどそうなったクマ』
「ついでにお約束のネタは……ないな。なぜ馬車が通らない」
しばらく空の上からの街道を見ていたが人の往来すら無い。時折鷹だか鷲だかわからないが俺たちを獲物だと思い結界に激突してきて地上に落下している。腹も減ったし焼き鳥にでもするか。
風の結界をコントロールして地上に降りる。先ほどの鳥さんは落下の衝撃に耐えきれず無残な姿になっていた。流石にこれを見ると食欲が湧いてこない。
「それじゃあ森の向こうの村に向けて移動するか。ベアは歩いていくのか?」
『わざと言ってるクマ? 僕は歩くと移動が遅いから連れて行ってほしいクマ』
まあそうだろうな。抱きかかえるのも面倒なので肩に乗っかってもらう。
空から見えた街道まで移動して村を目指し歩き始める。ようやく異世界ライフの第一歩を踏み出したといったところか。先は長そうだな。