第9話:最凶タッグ結成
「これは一大事だよ」
美涼は興奮気に言った。こいつはヒーローオタクなので、こうなっても仕方ないだろう。
「何がだ?」
分かっているが、一応聞いてやることにした。
「ヒロ君、分からないの?」
「全然分からんな」
「力のある人間が多い世界で、ヒーローが世の中のバランスを保っているから、平和なんだよ。ヒーローが負け、悪がもてはやされていたらバランスが崩壊する。悪側にスターは要らないんだよ」
言っていることは正しい。スキルを始めとする能力と心は決して比例したりはしない。強い能力をもつものの心までが強い訳ではないのだ。強い力を持った人間は、早計に道を踏み外し、どれだけの事件が起きたことか分からない。歴史がそれを証明している。
そんな時代にヒーローは必要だったのだ。行き場のない力のはけ口として、未熟な心を育てる場所として、世界の調和の立役者として、必要な存在だった。かつては……
しかし、そんなヒーローも長い歴史の中で、利権が集まり、未熟なものが増えた。かつて、英雄王が掲げた平和への理想は何処にもない。
ヒーロー学校の先輩だってあんな風になったのだ。
だから、俺はヒーローがあんまり好きじゃない。中にいれば分かるけれど、尊敬できるヒーローが少なすぎるのだ。
うちの理事長ももっと自覚してきちんとヒーローを育てて欲しいものである。あの人は学校のトップなんてやっているが、気に入った人間しか育てない。
ヒーロー学校は育てる場所ではなく、見つける場所だと思っている節さえある。
その結果、多くの人間がふるいにかけられ死んでいった。
それでも、ヒーローが世界の秩序を守っているのは確かだ。多数の人間の中から生き残ったより優りのエリートで中央を固めることもできた。まるで蟲毒だ。
だが、失った才能も多い。強い人間が生き残り、人助けはいつしか、効率化され、戦うことが仕事になっていった。
そしてもう一度いうが、強い人間の心まで強いわけではない。
腐っていった。それも確実に……そして唯一残った悪を倒すという、唯一の利点が崩壊しようとしている。主柱が崩壊すれば建物は倒れる。
それに連なる全てのものが崩壊するだろう。
ヒーローが世の中の中核になっている世界なら、それはこの世界に住んでいる人々だ。ヒーローに負けない悪は世界の敵なのだ。ヒーローを脅かしてはいけない。例え、ヒーローが何者であったとしても……そんなのが正しいと思うか?
俺は……不自由極まりないと思う。
「そうだな。お前の言う通りだ」
だから、俺は俺の正しいことをしようと思った。学校に行くのが楽しみだ。美涼には悪いが、ヒーロー何て、俺がぶっ潰してやる。そのために、まずは学校からだ。俺はスパイとして、上を目指すことにしたのだ。
それに、あのアモンとかいうやつは害虫だ、排除しないといけない。
あの腐った先輩もだ。
その後、美涼は、フェイカーのことが嫌いなようで、正体が分かっているのかというくらい、ディスってきた。なので、腹いせにおやつのプリンアラモードのクリーム部分を、マヨネーズに変更しておいた。
吹っ切れると楽なもので、いつも憂鬱で仕方なかった学校への足取りがやたら軽く、教室に着くと生徒はまだあまり着ていなかった。
「お前、どうしてこんな時間に登校しているんだ?」
教室に着くと、そんな失礼なことを言われた。
「俺が早く来たら駄目なのか?」
「駄目じゃないけれど、いつもギリギリだから珍しくてな」
光である。相変わらずヤンキーみたいな見た目の癖に、今のところ皆勤賞で、登校時間も早い。お前何なの?
ギャップ萌えでも狙ってるの? 燃やしてやろうか?
もう本当に七三訳のメガネにでもすればいいのに。
「フェイカーの件で、呼び出しでもあったのか?」
「フェイカー?」
「知らないのか、今、フェイカーの噂で持ち切りだぞ」
「……ああ、そういうことか」
当の本人だったので、その発想にいたらなかった。名前が出されると、正体がばれたのではないかと勘ぐってしまう。
「動画では、子供を助けていたが、うちの先輩達がボコボコにされたって噂もある。あの黄色い突風が負けたらしい、お前はこの状況をどう思っているんだ?」
その光の言葉に、教室のクラスメイトたちが良くいったと、視線を向けて来た。
この学校を仕切ってきたのは、俺だと自負している。事務仕事にはじめ、下級生の指導まで全部やってきた。その結果、リーダー的なポジションにおさまってしまい、そのせいで、さらなる激務におぼれた日々。そんな日々と今日おさらばしよう。
「聞きたいか?」
ちょっと、もったいぶってみる。
「早く言えよ」
相変わらずノリの悪いやつだ。俺がため息を吐くと不満げな顔をしている光に対して、俺はそろそろ答えることにした。
「無能な上を排除して、俺が生徒会長になる」
「はっ、そういう話じゃないだろ? 今は、フェイカーの話をしてるんだぞ」
「悪に負けるような無能なら、強いだけしか価値のない3年生たちは要らないって言ってるんだよ」
「それで、お前がトップにたつって言うのか? 黙ってないぞ。誰もお前を認めない。2年生で生徒会長になったやつなんていないんだ。それに……」
「勝てないか?」
俺は自嘲気味に笑った。
俺は別にリーダーになりたかったわけではない。でも、自分が弱いリーダーだという自覚はあり、ずっと変わりたいと思っていた。
必要なのは、ほんの一握りの勇気と背中を押してくれる人だった。
「前例がないなら、作れば良いんだ。黙ってないなら、口を聞けないようすれば良いんだ」
「うん?」
怪訝な顔をされる。
「俺のいうことを聞けないなら、脅せば良いんだ」
俺は光に熱く語った。こんなに熱くなったのは、ツインテールとポニーテールとサイドテールのどれが最強か男3人で語りあった時以来だ。
「お前……本当にヒーローか?」
「光……俺はな」
「何だよ?」
「人の弱みにつけ込むのが好きなんだ」
「何でこのタイミングでカミングアウトした。一生しまっておけよ。それにお前は、朝は低血圧だから、だるいわとかしか言わない男だっただろう」
光が大声で騒いでいると登校した生徒たちが徐々に集まってきた。良い反応するやつである。
舞台は整ったな。
この前は失敗したが今度は違う。暴力だけで解決することなんてこの世の中にはほとんどないのだ。大事なのは立場とシチュエーションである。
今はそれらがほとんどそろっている。最低条件はクリアしたといえるだろう。あと必要な駒は1つである。
「俺はあの糞ったれどもをぶん殴ってやりたいとずっと思っていた……」
今度はあとくされなく気持ちよく殴れそうだ。
「今日がその日だ。我慢は美徳だというがそれにも限度がある。お前にわかるか、激務で家に帰ったら日付が変わっていた男の気持ちが……買ってきた対してうまくもない弁当をレンチンする悲しみが……これもあれも全部、俺たちに仕事を押しつけ、ヤンキー漫画のボスざるのようにはびこる上級生……否、屑どもが悪いんだ」
それは俺の魂のシャウトだった。
目頭が熱くなるものを感じる。心の中にため込んでいたものが沸々と漏れ出してきた。何かに目覚めそうだ。
こうなってしまったら、何故もっと早くやらなかったのかと後悔するほどである。
皆が俺を見ている。革命とは1つの強力な個性があれば起きるという。先導者が光っていれば市民は虫のように集まってくるものなのだ。
「さあ、労働者たちよ、反撃の狼煙を上げる時が来た。あの辛かった日々を思い出せ、怒りに震えろ、決して風化させるな。臆すな、立ち向かえ、立ち上がらずして何がヒーローだ」
教室の中で歓声が上がった。良く分かっている、辛かったよな。俺達世代はヒーローとしてはゴミ屑虫けら世代と呼ばれ、ヒーローとしての活躍が全く期待されていなかった。そのせいで、いつもヒーローとしては優秀な上の世代に、雑務を申し付けられて、苦しめられる屈辱の日々を送った。
相手が強いから何も言えなかった。俺たちにとっては3年生は怪人みたいなものだった。
俺はそんな状況で正しいと思うことが出来ないでいた。今思えば、俺もビビっていたのだろう。そして覚悟も足りなかった。1つ上、たったそれだけでも逆らえないものなのだ。
嫌味は言えても、真向から逆らって引きずり下ろすまでリスクは負えなかった。所詮俺は虎の威を借りた狐なのだ。虎じゃなかった。
そして、今の俺ももちろん虎じゃない。じゃあ、どうするんだという話であるが、冷静に考えてほしい、人間たちは人間だ、武器を使えばよいのだ。
「おい、どうするんだ? 大変なことになるぞ。勝算はあるのか? 責任とれるのか?」
「大丈夫だ。俺を信じろ」
「そう言って、お前のことを信じて、振られた男がいた気がするが……」
「俺はお前みたいに勝てないケンカはしない」
「失敗すると思ってたのか? 俺はもてる男はワイルドな男だって、お前がいうからこんな頭してるんだぞ」
世界で一番どうでも良いカミングアウトをされた。
「俺は結構似合ってると思うぜ」
「え?」
心にもないことを言ってしまった。そしてどうして、顔を赤らめる。
気持ち悪い。
でも、情けない話だがどうしてもこいつの力がいるのだ。
ローリー博士は敵を作るなら、味方も作れと言った。その言葉を実行に移す。
「光、頼む、俺に力を貸してくれ」
「いや、俺はヒーローじゃないからな。巻き込むんじゃないよ」
「…………」
まあ、そういうと思ったし、光をヒーローにするつもりはない。でも、俺には協力してもらう。矛盾しているかもしれないけれど、俺は踏み込む勇気を手に入れた。
先人たちも言っていたではないか、やらずに後悔するよりも、やって後悔しようと。
「おい、何をする?」
俺は光の足をつかんで強引に持ち上げるて肩に担いだ。
「合意ということで良いな?」
「だれも合意してないぞ。ふざけんな」
「困ったときに助け合うのが友達ってやつだろ」
「俺とお前はいつもギブ&ギブの関係だろ。そんなことしていると、友達失うぞ」
「大丈夫。遠慮すんなよ、俺とお前は友達だ」
「それは与える側のセリフだ。そして、俺はそんなこと思ってない」
「さあ、3年の教室へ爆進だ」
「話を聞け……おい」
暴れる光を完全ホールドして走る。向かうは3年の教室である。それも、嫌な奴らが集まっている3年1組が良い。あの黄色い突風(笑)のいる教室である。
早くことを済まさないといけない。鳳凰院先輩がいない間にけりをつけたい。共闘されると面倒だからだ。
「おい、下せ、馬鹿やめろ」
「光、俺の命をお前に預けるぞ。いいな、即能力を発動させろ。失敗したら俺が酷い目に合うからな、わかったな」
「言っていることの意味も、その体制はなんだ」
俺は光の足をもって、回転した。
「これが俺たちの連携必殺技」
「頼む、やめてくれ、許してくれ」
「ヒーローに後退はない。行くぞジャイアントスイングだ」
そのまま3年の教室に向けてぶん投げた。
「投げる意味は?」
「演出だ」
3年の教室のドアが音を立てて吹っ飛んだ。
しばらく忘れていた感覚が戻ってくる。血が熱い。
付いてきていた1年生たちは俺を見てドン引きしている。こんな姿見せるのは久しぶりだからな。そう久しぶりだ。思えば俺はもともとこうゆうやつだった。飼いならされて牙を失っていたとしか思えない。
ああ、生きているって気がする。そのまま俺も教室の中に突入した。皆俺を見ている。
これは宣言しないといけないな。
「諸先輩方すいません、襲撃用のトラップがあったようなので、無理やり入らさせてもらいました」
ここはヒーロー学校だ。いつ襲撃されても良いようにトラップをセットされている場合がある。特に疑い深い3年生は特にな。
「だから俺のことぶん投げたのか?」
「当たり前だろ、俺は無駄なことはしない」
決まったな。
「青田……」
「どういうつもりだ?」
「ふざけてんのか」
「今日はトラップしかけてねえよ」
「…………」
何か、光がめっちゃ見てくるんだけど。熱い視線を感じて目を逸らさざる負えないぜ。
仕方ないので、俺は近くにいた3年生の顔を思い切り殴打した。
別に理由なんてないけど、あえて言うならこれ見よがしに高級時計をしてたから、イラっとしたくらいかな。
時計が壊れるといけないので、時計はもらっておいた。
それを人差し指で回して見せる。
「良い時計だ。ずいぶん羽振りが良い見たいですね。分けてくださいよ」
「ふざけんな餓鬼」
「何様だ、ああ」
そう言って、1人の大男が腕を思い切り前に突き出した。
しかし、何も起きない。明らかに能力を発動させたような動きだったが、何も起きないのだ。
「何様だと、俺様だけど何か?」
今日の俺は強気である。隣にこいつがいるからな。
俺は、光を見た。光はほぼすべてのスキルのを発動を完全に阻止することができる。それも本人の意思と関係なく、半径5メートル圏内のスキルは封殺できるのだ。
はっきりと言う、スキルを使えない人間は実に無力だ。
特にスキルに頼り切った人間に有効だ。
ちょうど良いので、この部屋で一番身体がでかくて、強そうな先輩の所まで歩いていく。まだ伸ばしたままの腕をつかむと、そのまま一回転させて地面に叩きつけた。
これは2つの意味がある。1つは、如何にも強そうな男を倒すことで、ここでは誰が一番強いのか教え込んだ。2つは、こいつは昨日黄色い突風(笑)と一緒にいるのを見たからだ。
人間は予想外のことが起きると案外静かになるものである。
そして、静寂は間を作り次の言葉の重みを何倍にも増してくれる。
「違っていたら大変申し訳ないのだけど、タレコミがあった、うちの3年生の中で薬の売人やってる糞がいるってな」
「本当かそれ?」
驚いた声を光があげ、俺が肯定するとあたりがざわついた。
「証拠は……証拠はないだろ?」
1人の上級生が焦ったようにそういう。
俺たちはヒーローだ。その声音が表情が真実だと語っていることくらいわかる。ヒーローなら誰が見ても明らかである。
「証拠なんているかよ。自白剤を飲ませる」
「違法だし、お前にそんな権限ないだろ?」
ああ、証拠も権限もないさ。だけどそんなものは必要ないんだよ。
俺が一体どういうヒーローかわかってないな。
「違法に権限か、フェイカーに負けた雑魚世代の癖に、まだ守ってもらえるとでも思っているのか? 権限何ているかよ。打って吐いたら俺が正義。吐かなければ、その時はその時だ」
いかれた演出もブラフだ。こいつはやると思わせるには、今までの俺は大人しい生徒過ぎた。
「桃ちゃん」
「はい」
呼んだら当然のように背後から這いよってきたぞ。何故かいつもいるんだよな。
たまに家にもいる。
桃ちゃんが渡したのは注射器である。
「自白剤は容量を間違えると頭が空っぽになるけど、その分夢詰め込めるから良いよな?」
そう言って近づいていくと、あの3年生たちがビビッて後ずさっていく。
俺は俺にぼこぼこにされたせいで、いたたまれないほどぼこぼこにされて早く動けない、黄色い突風(笑)のところまできた。
椅子をとってきて目の前に座る。
「一度だけチャンスをやる、全て自白するのなら勘弁してやる。司法取引にも応じてやるぞ」
ビビったような顔をしている。だが、俺の顔を見て少しだけ表情を変えた。
やはり、俺では恐怖が足りないようである。
「だれが……」
言い切る前に、手の甲に思いっきり注射針を刺した。
そのせいで針が歪んで肉に食い込んだのがわかった。苦悶の表情と悲鳴が聞こえる。
「チャンスは一度しかないといっただろ」
違法だが仕方ない。俺は自白剤の注中を始めることにした。
四の五の言っていて鳳凰院先輩がきたら面倒くさい。なんのために朝早くから行動を起こしたと思っているのだ。あいつらがいないからだ。
俺は迷いなく自白剤の注入を始めた。
「やめた方が良い。ヒーローの顔をしてないですよ」
注射針が破壊され、自白剤が体内に入ることはなかった。
そこにはあの悪魔のアモンがいた。
コイツ、俺がまったく気配を感じなかった。光の能力は発動していたはずだ。
「何をやってますの」
さらに五月蠅いのが来た。
怒った顔の鳳凰院である。
「邪魔すんじゃねえよ。下剋上だ」