第8話:フェイカー
「お嬢様、その男どうしますか?」
アモンと呼ばれた悪魔が俺を指さした。
俺は、アモンを睨む。仮面越しなので、相手は睨んでいることはわからないだろうが、それでも威勢をはることにした。だいぶ消耗しているがやるならやってやる。要は気持ちで負けたくなかった。
「子供を助けたのは確かです。ルシファーを倒す助けもしてくれました。今回は見逃しましょう」
「……お嬢様がそういうのなら」
見逃すだと、聞きづてならない。俺はここでやってもいいんだぞ。後、倒したのは俺だからな。何、都合よく改ざんしてんだ。とどめ刺しただけじゃないか。あの状態だったら、子供でもとどめさせるわ。
「お嬢様に感謝しろよ」
……感謝を強要されたよ。笑えない。
「怪人の癖に偉そうなことを言うなよ」
「何だと?」
「何だ、文句あるのか?」
アモンと対峙した。一歩も引く気はない。こんな鳳凰院先輩のような糞の役にもたたないカスの駒使いみたいなやつに舐められたとあっては、俺のプライドが許さない。
「おやめなさい」
「お嬢様……しかし」
「しかしも糞もありません。気を失った子供がいるんです。今はこの子供をたすけるのが最優先です」
どの口が言うんだ、コイツ?
俺がずっと逃げろと言っていたのに、逃げなかったくせに、生きてて恥ずかしくないのだろうか?
死ねよ。
「そうですね。流石ですお嬢様」
「あなたもです。怪人だからと言って差別するのはおやめなさい。ヒーローになる怪人もいるんです」
怪人がヒーローになる。別におかしなことではない。怪人タイプのヒーローも決して多くはないが存在している。
でも、そんなこと関係ないんだよ。俺はこいつを知っている。鳳凰院先輩は仕事しないから、知らないだろうけど、俺はこの街の事件のファイルには全て目を通しているので、知っている。
「お前の黒い炎、見覚えがあるぞ。3日前、街はずれにあるマンションで火事があった。第13ブロックだ。お前だろ?」
「……ええ、私ですよ。あそこには悪の組織のアジトがあった。正義を執行したまでです」
喜々として、そんなことを言うアモン。
ああ、そういうことか……殺すなという銀子さんの言葉が蘇る。こういうことか……胸糞悪い気分になるな。
「あんたも関わっているのか?」
「ええ、まあ」
「……何故だ?」
声が震えた。
「更生プログラムを知っていますか? アモンさんは悪の組織の一員でしたが、改心して、ヒーローとしての仕事をわたくしの監視のもと行っているのです」
「お嬢様には感謝していますよ。こんな私を拾ってくださってね」
更生プログラムの存在は知っている。悪の組織の一員は様々な理由で悪の組織に入る。中には親に売られたと言う可哀想な子供もいるのだ。そんな子供を救済するために生まれ、誰も救えなかった悪法だ。
「あなたも……あなたも根は悪い人間じゃないんでしょ。こちら側に来なさい」
驚いたことに、鳳凰院先輩が俺に手を差し伸べた。どこまでもズレた正義感が、一体何をもたらしたのか、この先輩は理解できていないようである。授業中、ずっと寝ている俺だって知っているぞ。更生プログラムで更生したものはいない。
それに、大事なことはそこではない。
3日前の事件では、子供も死んでいるのだ。ヒーローの仕事としてレポートを見たが、どうして十分な捜査がされないのか疑問だった。しかし、更生プログラムのせいだと、今分かった。更生プログラム中の活動は隠匿され、報道規制がかかるどころか、低い権限しか持たないヒーローには記録の閲覧を許されないのだ。
そして、それがいけない。
敵のアジトを潰すために、敵の家族ごと皆殺しにする。良くあることだが、世間では報道されないようにされている。どうしてそうできるかと言えば、更生プログラムのような制度のためと答えるしかない。
更生プログラムによって、更生されるまでの活動履歴は極力世間にでないように操作される。そのため、合法的に事件をもみ消すことが出来るのだ。
鳳凰院先輩にそんな頭脳があるとは思えない。裏で糸を引いているやつがいるのだ。鳳凰院先輩のバックに居るのなら、学校関係者だろうか?
手をうたなければいけないと思った。嫌々とはいえ、2個上の先輩からバトンを渡されて以来、俺がずっと嫌々ながらも学校を守ってきたのだ。どこのどいつか知らんが、俺以外に、あの場所を汚す奴は許さない。
鳳凰院先輩を一瞥した。この糞トラブルメーカーが、一難去ってまた一難とは、ぶっちゃけありえないぞ。
「ヤス君、悪い顔してるけど、今戦うのは得策じゃないよ」
どんな顔していたか分からないが、ローリー博士から通信が来た。
「分かってますよ。ここは引きます」
「以外に素直だね」
「力で解決するだけが能じゃないでしょ」
俺は鳳凰院先輩のおかげで冷静になっていた。この2人の相手をしている場合ではないのだ。
「あっ、待ちなさい」
鳳凰院先輩の間の抜けた声が響き、俺は目の前の2人には何も言わずに、その場を後にした。
背中から、アモンの鋭い視線を感じる。いつかこいつとは戦わなければならないだろう。
「ヤス君、そろそろいいかい?」
少し離れたところまでくると、ローリー博士がそう切り出した。
「良いですよ」
「君は、自分の正しいと思ったことをやると言ったね。でも悪の組織にもいたいと言った。それは矛盾していることに気付いているかい?」
「……分かってます」
予想通りの質問だった。そして……
「僕にも噛みつくと言ったね」
「はい」
「……それで周りが敵だらけになったら君はどうするんだい?」
「それでも俺は戦います」
ローリー博士はため息を吐いた。
「20点。赤点だよ、ヤス君」
それは珍しく呆れたようなそんな感じだった。
「珍しく僕は怒っているよヤス君、頭の悪い回答だ。戦って、敵ばかり作っていたら君は自分の道の半ばで死ぬよ。犬死にする典型的な人間だ」
酷い言われようだ。だが、事実なので何も言い返せない。
「良いかいヤス君。、敵を作るなら、その分、味方も作りな。何かを為した人間は敵もたくさんいたけど、その分、味方にも恵まれていたんだ。歴史に例外はいない。どんな天才でも1人では何もなせないんだ。そして、彼らには明確な目標があり確固たる信念があった」
「信念?」
何も言い返せない俺に対して、ローリー博士はそうまくしたてた。そしてにこっと笑った。
「だから、僕がその最初の手助けをしてあげる。君をプロデュースするのは僕の役目だからね」
「何をするつもりなんですか?」
「……君は何者だ? 何をして、何を為す?」
「……分からない……です」
ローリー博士はにこりといたずらっぽく笑った。
「僕は……今日の君を見て良く分かったよ。君はヒーローだ。心も身体もね。でも、ヒーローをしていてずっと苦しかっただろう。君は今のヒーロー本部には染まらない人間なんだよ。そして、君は染まってもいけない人間だ……だから、僕が道を作る。君のヒーローとしての道をね。準備があるから、ヤス君は、今日はゆっくり休んで、朝は必ずテレビか新聞を見るんだよ。じゃあ、また明日」
意味深なことを言い残して、ローリー博士は一方的に通信を切った。何をするつもりか全く分からない。
……考えるのを止めよう。ローリー博士みたいな人は、俺の傍には今までいなかった。行動を読むのは不可能だし、あの人のやることなら信頼できる、そう感じたからだ。
そう思うと、自然と笑みがこぼれた。
翌朝
「大変だよ、起きて、ヒロ君」
そんな声とともに、布団を剥がされて起こされた。騒がしい朝である。目を開けると制服姿の美涼がいた。
「どうしたんだ?」
目をこすりながらそう聞くと、美涼は新聞の一面を広げた。
『偽物のヒーロー? その名はフェイカー』
信じられない光景だった。俺の変身した姿が新聞の一面を飾っている。フェイカーという名をつけられて……
「来て」
美涼にそう言われてリビングに行くと、朝のニュースでも、フェイカーなる人物について報道されていた。
「このフェイカーは、何者なんですかね?子供を助けたようですので、野良の無所属ヒーローなんでしょうか?」
「それは早計でしょう。このフェイカーですが、この事件の前にヒーローとも争っている様ですよ」
「しかし、先ほどの映像では怪人から、子供だけではなくヒーローも救いましたよ」
「……映像?」
映像という言葉が気になった。
「美涼、映像って?」
「これだよ」
そう言って、美涼が大型動画サイトにアップロードされたフェイカーの動画を見せてくれた。再生数を確認すると、100万再生にとどきそうである。
動画を見てみると、作為的な編集がなされており、鳳凰院先輩を助けて、子供も救い、ルシファーを格好良く倒す姿が、BGMを交えながら、映画のワンシーンのように映し出された。
これは人気になるは、ヒーローの戦闘をショーとして配信している時代だ。みんな、スリリングなものが好きなのだ。それに、自分でいうのも何だが、俺ってこんなに格好良かったのかと思ってしまった。それほど、演出が素晴らしい。
コメントを見てみると、好意的な意見ばかりだ。
普通、こんな動画は直ぐにヒーロー本部が圧力をかけて消してしまうのだが、報道規制さえもすり抜けて、新聞とニュースでフェイカーという、ヒーローでもない人間について語られている。
おそらく、ローリー博士がやったのだろう。恐ろしい人である。
ヒーロー本部は本気になれば、ハッキングしてでも情報規制する。それを完全にブロックして、今もこの動画は生き続けている。
フェイカーか……有名な悪の組織の一員は、自分で名乗らない場合、そうやって勝手に名前を付けられて呼ばれることが多い。しかし、初日で名前は付けられるのは珍しいことだ。それだけ世間のインパクトが強かったと言うことだろう。
そして、これがローリー博士の俺に示してくれた道だ。世間を味方につけろと言うことだろう。何かを為す為に、悪であろうと、人気者になることは有効だ。例え悪いことをしていようとも、人気があれば、それで多くの人を騙すことが出来る。
正義か悪かなど関係ないのだ。要は支持者が何人いるかだ。過半数を抑えられればそれは正義と何も変わらない。悪と正義はひっくり返る。
味方を作るか……俺にも出来るだろうか?
俺はローリー博士にもらったデバイスを握りしめた。