第54話: 交差する運命
全く意味が分からなった。
基本スペックは間違いなくこちらが上なのに、押し負けるのだ。
理解の範疇を超えている。そもそもどうして人間がここまで強い。
それは悪魔が見た悪夢とでも言えば良いのだろうか。
黒の炎と紅蓮の炎がぶつかり合う。紅蓮の炎は黒の炎に焼かれて負ける。
当然の結果だ。魔女化したとしても本家本元である悪魔の炎に打ち勝てるはずがない。
しかし……
ここだ。
あの氷の騎士が、紅蓮の炎が作った一周の隙を見逃さない。
黒の炎は魔王の魔眼によって完全に石化されてその勢いを失う。
そして、その結果が当然というように突っ込んでくる。
接近戦は望むところである。パワーもスピードもこちらの方が上だ。
私は炎で形成した傘を開き、それを振る。傘からでた風は炎に変わり、目の前の2人に降り注ぐ。
「ガード」
魔女がそう告げると氷の騎士が、氷の盾を展開する。
もちろんそんなものに負ける私の炎ではない。無傷ですむわけがないのだ。だが、そんなもの関係ないと言ったように、最小限のダメージで突破してくる。
眼前で氷の騎士が鋭く硬質化した氷の刃を振るった。
「舐めるな」
口汚くののしりながら、その攻撃を閉じた傘で受け止めた。
パワーもスピードもこちらのほうが上だ。まともに受けたら、氷の騎士が態勢を崩す。その隙に追撃の蹴りをいれる。
それで人間の首など簡単におちる。
「スイッチ」
足を魔女の腕に捕まれた。
ここからどうしているか分からない。気付いた時には天地が逆転して地面に倒れている。
悪魔界の侯爵といえど、500年しか生きていない若い悪魔である彼女は知らなかった。これが人間の技というものであった。
そもそも爵位とはそのまま強さである。強すぎる彼女にとって、熟練の悪魔からその存在を聞いても信じられるものではなかった。技とは、ある程度実力の近しいものでないと意味がない。圧倒的に優れているものに技など効かないのだ。
だからこそそれは、魔女が、既に人間の枠を超え、人外たちの領域に入ってしまったことを意味した。
「轟く波紋・剛」
態勢を崩した私に対して、氷の騎士は顔面にアイアンクローをかますと、そのまま水の流れを形成する。引き裂かれ砕かれる私の顔面。
この身体は私の本体ではない。ゆえに痛みはそこまでの問題ではなかった。しかし、レディの顔を掴んで、そのまま切り刻んで吹き飛ばすとはどういう了見だ。
顔がなくなっても何も見えなくなるだけで、私は死なない。
そのまま起き上がって、氷の騎士を蹴り飛ばす。それで終わりのはずなのに、再生した顔半分で見たのは、それでも起き上がってくる騎士の姿だった。いつやったのか分からないが、軸足にした足に鈍い痛みがあった。
「魔女め」
だが、これは好機でもある。
私は再び傘を広げた。接近して魔女に対して。炎の一撃を与える。
「ブラック・アウト」
圧倒的炎の力、いかに魔女化した人間と言えどもこれなら。
「やったか……うっ」
鳩尾に一撃をお見舞いされる。
吹き飛ばされながら見ると、氷の騎士が何かしたようだ。
何故だ?
おそらく、1秒も連携のタイミングがずれていたら死んでいただろう。
なのに、どうして何でもないように連携を取れる。どうしてこうも息が合うんだ。お互いがお互いを信頼していると思えない。
「ガード遅いんだけど」
「お前こそ、追撃が遅いから俺が攻撃食らったんだけど」
「私のせいだって言うの……」
「黙って俺に合わせろ」
「何様よ。あなたが私に合わせなさい」
舐めているのか?
どうしてこの私を前にして、喧嘩しながら戦える。ぎりぎりなのはお前たちだろう。一歩間違えれば残機のない人間はあさっりと簡単に死ぬ。
悪魔の考えは間違っていない。
しかし、格上の相手とギリギリの死線をたった1人で超えて来た青田泰裕にとって、一歩間違えればという状況はさほど問題ではなかった。むしろ、1人ではないという状況が彼の背中をおし、さらに高みへと押し上げていた。
青田美涼も同様である。宿敵とも言える相手との奇妙な連携が、実戦経験の少ない彼女のレベルを戦いながら引き上げていた。元々実戦の中で伸びていくタイプの天才である彼女にとって、この場は絶好の経験値をえる舞台となりコツをつかみ始めていた。
傷つき、体力を失っていくのは人間の方である。
長期戦は悪魔にとって、圧倒的に優位なはずだ。悪魔はちょっとやそっとでは死なない。
だが、そんな常識を覆すほどに戦えば戦うほど連携が取れて行った。
言葉を交わしながらだった連携も、いつしか短い言葉を交わすだけでお互いの意をくみ、合わせてくる。それに巧みに隠され、悪魔は気づかない、それ以上に個としての力が上がり続けていることに。
炎と氷(水)の共演はクライマックスへと加速し、さらなる高みへと押し上げていた。
*
やばい。楽しい。
戦いながら、まさかそんな風に感じることがあるとは思わなかった。
言葉を発さなくても、目で見なくても、あっていく呼吸。これは美涼とだからだろうか。
これは麻薬だ。頭がどんどんクリアになっていく、視界は白くホワイトアウトして、余計なものはもう見えない。
来る。最後の攻撃が……
黒い炎が傘に集まっていく。黒と白のゴシック風の傘。その中心に炎が扱っていった。黒い炎が火の粉のように舞い、いつしか黒い羽へと姿を変えた。
「ダークフェニックス」
黒い不死鳥が傘の中心から放たれる。それは今まで食らったどんな攻撃よりも、一線を画すほどの威力があった。
触れたら即死だろう。炎といいうよりも、もはやプラズマに近い。太陽に巣をつくり星が終わるまで生きると言う不死鳥、それを模するだけの力が確かにあった。
躱すことは叶わない。為す術はない。ただ、それは1人の場合だ。
「「行くぞ(わよ)」」
先ほどの悪魔の攻撃を防いだ時に気付いたことがある。
水の力はこう使えば、さらに高みへと昇る。
轟く水の波紋の力を、そのまま貫通力に変えて、一本の決して折れない槍を形成する。炎を物質化して使っていたあいつのおかげで分かった技だ。
例え、氷になったとしても水は水だ。その動きを自由にコントロールできる。
そしてきっかけをつかんだのは俺だけではない。
美涼も同様に、炎を槍へと変えていた。色んな選択肢の中で槍にしたのは偶々だろう。だが……それが勝敗を分けた。
俺の左で高速回転する槍を構えて一回転して投擲の態勢に入った。
2人の槍が交差する。
『氷炎無双』
2本の槍が絡まりながら飛び不死鳥とぶつかる。
槍は不死鳥など意に介さなかった。不死鳥の身体を貫き悪魔の身体に深々と刺さる。
「行けー」
眩い光を辺りを照らした。悪魔の身体はその力に当てられて消えて行く。
槍の力?
もはや創造主である俺の手を離れ、炎の槍とともに化学反応を起こしたその槍に何が起きたかは分からない。しかし、眩い閃光とともに起きた風の爆弾が俺と美涼の身体を吹き飛ばす。立っていられない爆風の中で、悪魔の身体は細胞レベルで分裂し、かき消えていくのが見えた。
「はあ、はあ」
荒い息を吐いた。身体に力が上手く入らない。
それほど全力だった。だが、休んでもいられない。爆風でどこかに飛ばされた美涼を探さないといけない。
これくらいでくたばる女でないのは分かっているが、それでも不安に足と緊張が足に伝わったか、ふらふらとしか前に進めない。
俺も相当がたが来ている。もう一度温泉に入りたいが、温泉はどこかの馬鹿に奪われないように、凍り付かせてある。
俺が使ったのはほんの上澄みだ。貴重な源泉を無駄にできない。
「良かった」
ふらふらと探していると美涼が倒れていた。頭でも打ったのか気を失って倒れている。だが、それだけだ『セカンド・アイ』で外傷を見たが大したことない。内出血もしてないようだ。
決して、エロいことしたくて透視したわけではないぞ。ちゃんと美涼のことを思って……
「塵芥風情が……」
「!」
後ろから声が聞こえて振り向くと、やつが立っていた。
「嘘だろ?」
その手には黒い炎が灯り、俺に向かって撃ち出される。
……しかし、炎は空中で霧散し俺まで届かない。
「魔力の限界か……人間、今回はお前の勝ちのようだ。だが忘れるな。私は本体ではない。このかりそめの身体を使ってやっているに過ぎない」
「そう言うの、負け惜しみって言うんだぜ」
「……ワルプルギスだ。もうすぐ1000年ぶりの夜が来る。そうすればお前の相手は本体である私がしてやる。覚えておくんだな」
そう言うと、悪魔の身体は今度こそ霧散して消えて行った。
最後に残ったリングが地面に転がり、そしてはめ込まれていた石が割れる。
「素晴らしい」
そう言って、一人の男が躍り出してきた。
誰だ?
マジで知らない男がそこにいた。1つだけわかるのは、白と赤を基調とした軍服のような見た目をした、ヒーロー本部の制服を着ていることだ。つまり、ヒーローというわけだ。
「コレクターズは壊滅し、フェイカーは満身創痍、しかも、ポーションその源泉たる温泉さえも手に入るとは……これほどの僥倖があるかな。否、ない」
「……今頃、現れるなんて遅いんじゃないのか?」
「ヒーローとは遅れてやってくるものだよ」
「…………」
遅れてやってくるだと……
「怯えて、どこかでことの顛末を見てただけだろ」
「敵同士が戦っているんだ。出てくる理由はあるかね?」
「この子は、一般人だろ」
「本部への申請もせず、勝手にヒーローをやっている少女など知らんね。それに、何が起きても責任は全て三ツ星がとるんだ」
は? 何で俺が……
「何でやつが責任をとるんだ?」
「愚問だね。街は壊滅しフェイカーに好き放題やられている。無能の極みのような男だよ」
「……あの男は、お前と違ってちゃんと戦ってたぞ」
「そして、負けた。ヒーローは負けてはいけないんだよ。フェイカー、君のように勝者になってはいけない」
なるほど分かったぞ。
ヒーロー本部が俺を、ヒーロー三ツ星を潰しに来たのだ。そもそも片桐の件をはじめ、裏工作しまくりだ。ヒーロー本部も馬鹿ばかりではない。不穏分子である俺を潰して、金の卵である温泉を生んだこの街の自治権を奪う。さらに、悪の組織を潰した功績までかすめ取ろうという絵図だろう。
また、Aランクの悪の組織を潰したとなると、三ツ星はヒーロー本部内で確かな実権をもつことになってしまう。
それをお偉いさんたちは良しとしないのだ。こんな掃除屋みたいな男を寄越しやがって。
「君には感謝するよ。私の出世の糧になれ」
「!」
何をやられた分からない。
身体が動かない。こいつ……もしかして……超能力者か?
それか拘束系の超能力。
万全ならどうにかなるだろうが、今は力が入らない。俺の戦いはここでは終わらないのに、糞が力が入らない。
「俺をやったら、ミステイクが黙ってないぞ」
みっともないが今はこれしかない。
「ミステイクは出てこないさ。出てくるならもうマッドクイーンが出てきている。あの組織にとって、末端は切り捨てて良い存在なんだ」
糞。脅しも通用しないし、前みたいにローリー博士が助けてくれることはないだろう。だけど、間違っているぞ。
「偽物のヒーロー、フェイカーはここで死ぬ。公開処刑と行こう」
そう言って、ドローンが飛び出し俺の姿を全世界に流した。趣味の悪い悪の組織の公開処刑だ。それでも、一定の人気があるらしい。
「止めろ」
ヒーロー本部の男の後頭部に思い切り拳が振り下ろされる。
「誰です。私の邪魔をするのは?」
「俺だが、文句あるのか?」
「ベル!」
また、訳の分からない能力で変身している。後で教えてもらおう。
「大丈夫」
アルルがそういうと、俺の拘束が解除される。
また、こいつもこいつで訳わからん、能力を手にしているようだ。一瞬、色の薄い蛇のようなものが走ったのが見えた。
「何だお前たちは?」
「「ミステイク」」
2人がそう答えた。
「馬鹿な、ミステイクの人間が徒党を組むだと?」
俺たちの組織って、そういう印象なのだろうか?
他にも支部が何個かあって、ローリー博士のような最高幹部が指揮しているらしいが、リーダーによって組織の在り方も自由だと聞いたことがある。
「残念だったな、もぶ男、お前じゃ俺達には勝てないよ」
「ふざけるな、怪我人が」
「ベル、美味しい所もっていけ」
そう俺が言うと、ベルがヒーロー本部のもぶ男君をぶっ飛ばした。ヒーローの面汚しめ。ヒーロー本部にはああいうどうしようもないやつが何人かいる。
自分の出世や権力しか求めない狸たちだ。
ため息が漏れた。
たぶん、そういうやつらとこれから戦わないといけないのだろう。
だが、今は……どれだけ敵を作ろうとも最後の仕事をしないといけない。タイミングの良いことに、公開処刑用のカメラがまだ回っている。
全世界に向けて、俺は宣言した。
「この街は俺の縄張りにする」
この発言の意味は分かっている。ヒーローに向けての宣戦布告だ。そして、ヒーロー三ツ星の首を絞める行為でもある。どんな責任をとらされるか分からない。
それでも、この街を温泉をヒーローたちの食い物にしてはいけない。金の卵はこの街の人たちに還元されないといけないのだ。
それは偽物のヒーローである俺の仕事であり、責任をとるのはヒーローである俺の仕事でなければいけない。
その覚悟を俺はずっとしていた。
次回が2章、最終話になります。




