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ヒーローやってたけど、悪の組織に寝返えってみたら天職でした!  作者: 9
その名はフェイカー~偽物のヒーロー~
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第7話:マスターフォーム

「誰だ?」


 俺は、ゆっくりと歩いた。なるべく格好つけて堂々と、そのまま怪人の前に出る。目の前に立ってみると良く分かる。人を怖がらせるのに特化したような不細工な面をしている。漆黒の硬そうな表皮は、もはや鱗のようにみえる。長くとがらせた耳、横に割けたような口には牙が生えている。ギョロッとした目で俺を見ている。


「誰ですの?あなたは?」


 そんな鳳凰院先輩の馬鹿な質問に笑顔で答えよう。なるべく邪悪に見えるようにな。


「悪」


 そう言うと、絶望し顔を曇らせた鳳凰院先輩。


「何だ、同業者か、何をしに来た? ヒーローどもは僕が狩った。お前の獲物はいないぞ。それとも、僕を称えにでも来たのか?」


 そう言って、怪人は笑う。『僕』という部分をやたらと強調していた。自己顕示欲の現れ、小物臭がするやつである。


「その子を寄越せ」


 怪人の手に持たれ、相当衰弱したのだろう。まるでこと切れたように何も言わなくなった幼女を指さした。鳳凰院先輩はついでだ。その子を助けに来たのだ。


「この幼女か、駄目に決まっているだろう。こいつは僕のおやつだからな」

「その子供には、手を出さない約束でしょ」


 鳳凰院先輩がそう叫ぶ。そんな約束していたのか。古今東西そんな約束守られるわけないだろ。


「うるさい。運動したら腹が減ったんだよ」


 そう言って、怪人は幼女を一舐めした。これは光が言っていた、ぺろぺろというやつだろうか、噂以上に気持ち悪い。


「お前、ロリコンの風上にも置けないな」

「……誰がロリコンだと?」

「鏡を見たことないのか? 見てみろよ、ロリコン性犯罪者が映ってるぞ。小悪魔君」

「黙れ」


 ダンプカーにでも引かれたような衝撃に、踏ん張ることも出来ずに吹っ飛ばされる。殴られたと分かったのは、後ろの壁に激突した時だった。早くて全然見えなかったのだ。小物の癖に強いじゃないか……しかし、今の俺ならば。


「よっと」


 さすがは、ローリ博士のスーツだ。身体は何ともない。生身だったら、今ので死んでいただろう。


「何だお前、生きてたのか?」


 俺は再び、怪人の前に歩いて戻ると、そんな言葉を吐かれる。舐めるのは幼女だけにしろよ。このくらいで死ぬわけないだろ。俺を誰だと思っている。


「あなた、平気ですの?」

 

 お前もか?何故か、鳳凰院先輩は俺の心配までしている。そんな暇があったら戦えと言う話である。俺が必死でやっているのに……学校に居る時と一緒だ。この人は、結局他人任せで糞の役にも立たない。そのくせ、正義感だけは強いらしい。

 手に負えないポンコツという称号が一番よく似合うだろう。無視しよう。


「まさか、その程度か?」

「6割だ」

「…………」


 煽ってみたら、まさかの回答。勘弁してほしい。身体は無事だったけど、スーツから変な煙が出ているんだよね。これ、スーツがおしゃかになっているんじゃないよね?


 深く息を吸って、大きく吐き出す。格好つけている場合ではない。先輩ヒーローに勝って、天狗になっていた。相手は小物のようだが、強さは本物なのだ。集中しないと死ぬ。集中するんだ。目を凝らせ、音を聞け、身体全体をセンサーとして使え。


 動いた。それだけがかろうじて分かった。

 それは、刹那の出来事。相変わらず、攻撃はほとんど見えない。でも全く見えなかったわけではない。俺のスキルが発動するにはそれで十分だった。

 拳が大きく空を切る。動きをコピーできると言うことは、相手の動きを読むことも可能だ。読む方がコピーするよりも、容易なくらいである。


 僅かに視界に残る相手の動作1つをとっても、次の動きを予想するには十分な材料になった。

 再び、攻撃が空を切る。今までだったらこんなリスキーな戦い方は出来なかったし、しなかっただろう。

 でも、覚悟を決めた、今なら出来る。しかし、困った。避けるばかりで、活路が見えないのだ。インパクトスポットを使いたかったが、リーチの違いで、そこまで間合いに入ることが出来なかった。


そんな時である。


「ヤス君、何やってるんだい?」


 風呂上がりに、上気した頬、髪も乾かす時間がなかったのだろう。ローリー博士からの通信が入った。

 

「ローリー博士?」

「避けてばかりじゃ勝てないよ」


 マスクに、寝間着姿のローリー博士が映っている。


「リーチが違い過ぎて、懐に入れないんですよ。それに下手にぶっ飛ばしたら、人質が死にますしね」

「人質を気にする悪が、どこにいるんだい?」

「俺は気にするんですよ。ほっといてください」

「ほっとけないさ。僕は君の上司だからね。だから君を助けてあげる……本当はもうちょっとたってから解放するつもりだったけど、ベルト君もお怒りのようだしね」

「……何か言いました? 最後の方が聞こえませんでした」


 難聴ではない。戦闘に集中しながら話を聞くのは難しいのだ。


「ヤス君、ベルトにボタンが2つあるだろう。その1番上を押すんだ。ベルトの真の力が解放される」

「!」


 何で隠していたのか分からないが、まだ上の力があるらしい。詳しく聞いている暇はない。俺はボタンを押した。


「ファーストフェイズ終了。マスター青田泰裕を認識……承認完了します。セカンドフェイズに移行、セカンドフェイズに移行」

 

 そんな電子音とともに、スーツは姿を変える。禍々しく無駄に尖っていた今までのデザインとは違い、スリムに、より人間的なフォルムに変わっていくのが、マスクに映し出された。


『マスターフォーム』


 最後に、そんな電子音が響いた。


「スーツは、君に最適化された。それによって、新たな機能が使えるようになっ……危ない、ヤス君」


 流石は悪と言ったところか?俺がフォームチェンジをしている最中にも関係なく、振り下ろした拳が迫る。お約束を守らないやつである。何とかガードしなくては。


 金属音だけが響いた。左腕にナノマシンが集まり、盾を精製し相手の攻撃を真正面から受け止めたのだ。


「何だ、盾が出たぞ」

「ヤス君、それが本来のベルトの力だ。ナノマシンと液体金属によって構成されたスーツは、自在にその姿を変える。それが……」

「マスターフォーム?」

「そう、それがマスターフォームだ。イメージしな。そうすれば、スーツは君の思ったように変化する」


 イメージした。やつを倒せる武器を……明確にイメージした。イメージが現実に現れる。俺の右手の拳を覆っていたナノマシンは、その姿を変え剣を精製していた。


「剣(笑)。何だそれ、馬鹿かお前は? 切れると思うのか? 僕の体が、そんな鈍らで」


 余裕満々で何か言っているが、そんなことは知るか?

 相手は早くデカい。拳の間合いには入れなくても、剣の間合いには入っているんだよ。それなら攻撃あるのみだろう。


 一閃。それだけで、十分だった。怪人の腕は人間のそれとは違う。そんなことは分かっている。だが、だから何だと言う話だ。能力に頼った馬鹿が、人の御業を舐めるなよ。


「は?」


 血しぶきが飛んだ。


「嘘だ。嘘だ、僕の、僕の腕が」


 余裕満々の馬鹿は避けることもしなかった。おそらくできただろう。 その結果がこれとは情けないが、ありがたい。

 幼女を持っていた方の腕を切り落とし、腕をキャッチした。幼女はかろうじて息をしているようである。良かった。


「おい」

「はい?」


 俺は鳳凰院先輩を呼んだ。偶には役に立ってもらおう。


「こいつを連れて逃げろ」


 腕ごと幼女を投げ渡す。それを鳳凰院先輩がかろうじてキャッチした。


「あぶな……あなた……どうして、助けてくれるんです? 悪なんでしょ?」


 色々な感情をかみ殺して、鳳凰院先輩がそう質問する。


「悪人が良いことしちゃ駄目なのか?」

「そういう訳ではありませんが……」

「質問はそれだけか、だったら、さっさと行け、愚図」


 俺は日ごろの3年への恨みを込めて、鳳凰院先輩を蹴り飛ばした。そうするとよろけたが、何とか踏みとどまったようである。

 死んでも、もっている幼女を離す人ではないと知っていたからだ。


「危ないでしょ。あなた……後ろ」

「よくも、僕の腕を」


 認識した時には、既に怪人の腕は振り下ろされていた。油断した。これも全部、鳳凰院の馬鹿が悪いのだ。俺は何も悪くない。


 断末魔のような悪魔の叫びが響いた。


「痛い、痛い、痛い」

「ごめんな。両腕とも切るつもりはなかったんだけどな」


 肘の先から刃を作って、もう一方の腕も切断した。別に後ろを向いていても切れる。油断はしたがこれくらいは計算済みだ。


「何なんだ、お前、どうして……鋼鉄よりも固いんだぞ」


 それは、自分の硬度の話をしているのだろうか? 

もしそうなら、おかしな話である。


「達人は鋼鉄くらい切れる」


 当たり前だよね。少なからず、俺の親父はスパスパ切るぞ。


「……僕のスピードにも全然ついてこれなかっただろう」

「1撃目はお前が余裕満々で受けたんだろ。2撃目からは、腕をやられたせいで、もうスピードが感じられなかったぞ。戦闘で遊ぶからだ。素人め」


「くっ」


 怪人は悔しそうな顔をした後……

 狂った!

 怪人系の能力者は情緒不安定なのが多い。


「どうしてだ、僕は七つの大罪のルシファー様だぞ。負けるはずがないんだ」

「七つの大罪?」

「そうだ、僕は負けない。絶対に負けないんだよ」


 会話が通じている様で、噛み合わない。


「七つの大罪は、Aランクの悪の組織ですわ……そして」


 どうでも良い情報をありがとう。振り向くと、まだ鳳凰院先輩がいた。さっさと行けと言ったのに、この馬鹿女は何をやっているんだろう?

 もう良い。この幼女だけ抱えて帰ろう。鳳凰院先輩も助けてやる義理はないのだ。周りにヒーローたちが転がっているが、こいつらも助けてやる義理はない。それどころか、これっぽちも助けてやりたいと思わない。俺は正義の味方ではなく悪なのだ。


「やはり、七つの大罪がこの街に……大変なことになりましたわね」


 もしかして、俺に言ってるんだろうか?

仲間意識を持たないで欲しい。仮に独り言だとしたら、それはそれで、ちょっと怖い。


「はあはあ……後一回」


 ルシファーは薬でもきめたかのように、急に落ち着きを取り戻した。やっぱり情緒が不安定だ。


「後一回?」

「後一回、僕は変身を残している。見せてやるよ」

「何ですって、どうしましょう」


 これ、完全に俺に向かっていっているようである。俺の後ろに隠れながら、背中に片手で抱き着いて言ってくるもの。


「さっさと、子供を連れて逃げろよ」

「ヒーローの私が敵前逃亡など出来ません。それにあなたに助けられるわけにはいきません、私も戦います」


 馬鹿女、殺したい。どんだけ融通が利かないんだ。子供を助けるのが、最優先だろう。それに、押してるように見えるかもしれないが、相手の方が格上なのだ。助けてやれる保証はないぞ。


「ピンチだね。ヤス君」


 ローリー博士は分かっている様で、からかうように笑った。


「やめる?」

「やめませんよ。嫌なんです。一般人を巻き込む、こういうやから、敵と戦うことばかりに執着するヒーローも。だから、無能なヒーローの代わりに、助けられるなら俺が助けます」

「良い覚悟だ。だったらどうするんだい」

「もちろん、倒します。そんなに不安な顔に見えましたか?」

「ちょっとね。でも、もう安心だね。良い顔してる。生きてるって顔だ」


 どんな顔だよ。


 俺はヒーローと悪の組織の戦いで両親を失った少女を知っている。悪を倒すヒーロー、その裏でどれだけの被害者がいたか知っている。都合が悪いから報道されないだけで、ヒーローの解決した事件の裏で不幸になった人はたくさんいるのだ。

 大ヒーロー時代、そう言われているが、真の意味での正義の味方がどれだけいるだろう?ヒーローなんて世間の人気取りが仕事で、人命救助よりも敵と派手に戦うことが優先。タレントのようなものに成り下がっている。  


 現に、これだけ戦闘が長引いているのに、助けが来ずに、戦っているのは学生のヒーローだ。テレビで有名な強いヒーローはこんな小さな街の小さな事件で出張っては来ない。

 小さな命なんだろうが、見捨ててはいけないと俺は思う。俺はそれがずっと歯がゆくて、嫌だったようだ。

 ようやく分かったよ。俺は……


「ヘルフレイム」


 ルシファーがそう言うと、白い炎が地面から噴き出した。先ほどとは違う。白い姿へと変わっていくルシファー。否、白い炎をその身に宿している。切られた腕の代わりに炎が両の腕を形作る。


 火の粉が舞っているが、全然熱くはない。何だ、この炎は?


「白の炎は、空間を湾曲させる」

「うっ」


 全く何も見えなかった。高速で動いたのではない。消えたのだ。鳩尾に突き上げるような一撃を食らい、上空に吹き飛ばされた。


「死ね」


 空でルシファーがまっていた。かかと落としで地面にむかってたたきつけられる。凄まじい衝撃が身体を襲った。

 今度はただでは済まない。口から血を吐き出す。


「ちょっと、あなた大丈夫ですの?」

「ヤス君、2撃目が来るよ」

 

 2人の女の子が俺を呼んだ。普通ならここで強くなってパワーアップといいたいところだが、そんな漫画のような展開は当然ない。

 第3スキル覚醒。そんな風に期待したいが発動する気配もない。


 思い知るのは自分の弱さだ。俺は弱い。こんなスーツを着ても中身の俺は弱いままだ。だから、変なプライドも今日で捨てることにしよう。現状を変えるには、全力で頑張るしかないんだ。俺はもうそこから逃げないぞ。


 イメージしろ。イメージするのは最強の……あの背中だ。


 目を閉じた。空間を捻じ曲げて、おそらく瞬間移動で攻撃してくる相手にたいして、視覚に頼る意味はない。それに、こうするとイメージが深くなる気がした。


「死ね」


 瞬間移動で現れた一瞬。相手の攻撃は幸い打撃。

 全てがかみ合った。技を借りるぞ、親父。


 確かにくらった相手の攻撃を受け流し、カウンターの要領で叩き込む拳、それがインパクトスポットによってさらに威力を跳ね上げた。


『青天・空流』


 そんな名前だった気がするその技は、親父の技だ。大嫌いな親の偉大過ぎる技は使えても使うつもりは今までなかった。でも、そんな小さなプライドは捨てることにした。そんなことよりも大事なことがある。

 親父の技は、相手の首を捻じきった。


「殺った?」


 しかし、鳳凰院先輩がそんなことを呟いた。変なフラグをたてるは止めて欲しい。でも、攻撃の威力で首が飛んで行ったので、流石に死んだだろう。

 ダメ―ジを受けた身体で、あんな攻撃を受けたのだ。受け流したと言っても痛いのは変わりないので、出来れば、死んでいて欲しいと言うのが本音だ。


「まだだ、僕は死んでないぞ」


 首だけになっても、ルシファーは生きていた。怪人系の能力者はゴキブリよりもしぶといとは、本当のようだ。


「覚えていろよ。お前、必ず殺してやるからな」


 けれど、満身創痍はあっちも同じだ。ルシファーの首を中心に白い炎が円になって燃え上がる。逃げるつもりなのだろう。止めるつもりも術もなかった。さっさと帰って欲しい。もう戦う体力がないのだ。


 だが、ルシファーは急に恐怖の表情を作っていた。その顔を見て後ろを振り向くと1体の赤い悪魔がいた。ルシファーとは違う黒い炎に包まれている。

 戦いは終わっていない。そう認識して直ぐに戦闘態勢に入る。


 俺の警戒心をよそに、ルシファーの白い炎は黒の炎で上書きされる。


「何をやっているアモン。冗談はよせ」

「冗談じゃないさ、ルシファー」

「親父が、サタンが黙っていないぞ、お前どうなるか分かっているだろ……うわー」


 哀れ、ルシファー。一瞬の出来事だった。黒い炎がルシファーを焼き殺したのだ。


「だから、お前は死なないといけないんだよ。ルシファー」

 

アモンと呼ばれた悪魔が俺の方を見る。

 殺らなければ殺される。そう悟った。


「アモンさん」

「へ?」


 鳳凰院先輩が、アモンのことをそう呼んだ。


「助けに来ましたよ。アゲハお嬢様」


 鳳凰院アゲハ。この先輩は確かそんな名前だった気がする。一体、どうなっているんだ、意味が分からない?



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