第46話:夢のヒーロー
「何て顔してるんだ?」
「……どんな顔してますか?」
「情けない顔だ」
辛辣である。夢の中の俺はスライムのような姿をしていない。人間の姿に戻っている。そのため、表情もわかる喋ることもできる。
夢の中でその表現はおかしいかもしれないが……
ここは夢の中だ。何でもできる。
魔王と言えば、掘りこたつに入りながら、ワインを飲んでいる。
「…………」
「何だ、悩みがあるなら言ってみろ。黙ってじろじろ見てるんじゃない」
魔王は夢の世界では元の姿をしている。蘭とどことなく似てはいるも、すらっとした大人の女性だ。
「……正直しんどいです。俺にどうしろって言うんですか? 無理でしょ。やってられませんよ」
俺は心の声をシャウトしていた。ここには聞かれて困る人間はいない。
「だいぶ疲れているみたいだな。こっちにきて一緒に飲もう」
「俺、酒は……」
「ここは夢の中だ。ここで飲んでも何も問題ないさ」
そう言って、赤紫色の液体をなみなみと入れられて、魔王から進まれる。
それを一気に飲んだ。
「美味い」
「そうだろう」
魔王はにやりと笑った。
「この美味さが分かるとは、お前は真の戦士になったと言うことだ」
「……どういう意味ですか?」
「勝利の美酒というものだ。これは戦士でなければ味わえない。お前は今回本当によくやった。完全勝利だ誇って良い、龍に勝って誰も死なせなかった」
「勝利の美酒ね」
思えば、俺が勝った後祝ってくれる人は、誰もいなかった。
サタンに勝った後も、とてもそんな雰囲気ではなかったし、今までもずっとそうだった。
もう一口、ワインを流し込む。
「美味い」
「そうだ、それで良い。肩の荷を下ろせ」
「…………」
魔王の言葉に、俺は彼女を見つめた。
「……色々頼まれたけど、俺、黒色魔法少女のこと助けてやりたいとはこれっぽっちも思わないんです。どうすれば良いですかね?」
そして、本音を零した。
それは嘘偽りのない言葉だった。助けてやりたいとは全く思っていない。
あいつらが何を勘違いしているかは知らないが、俺は聖人ではないのだ。誰でも助けたりしない。
「なるほど……」
魔王は口元に手を持ってきて、少し考え込んだ。
「それで?」
返ってきたのはそんな言葉だった。俺はアドバイスが欲しいのに、もっと話せと言うことだろうか?
「……俺、こんなんですよ。夢の世界で人間だけど、現実世界では化け物だ。何の力も使えない。なのにあいつら、俺ならどうにかできると思ってんだ。嫌、無理だろ。現実を見ろよ」
俺は、また酒を飲んだ。
「俺は悪の組織の人間だから、相手が悪の組織の人間でも、助けるときは助けます。でも、今度のやつは助ける価値があるとは思えない。だから、何をモチベーションに頑張れば良いか分からないんです」
「助ける価値はないということか?」
「ええ、そうです。なのに勝手に期待されても困ります」
「じゃあ、それで良いじゃないか。無理だと言っても誰もお前に失望したりしないさ。元々無理な話なんだ」
「本当ですか? 失望されませんかね?」
「? されないさ。何故そう思う?」
「……ヒーローだから」
「はっははははは」
何が可笑しいのか魔王は笑った。
「すまない。ツボだった」
「…………」
「そんな憎らしい顔をするな。きっとお前の中の理想のヒーローは、あんなどうしようもない悪も見捨てないんだろうな」
それは違う。俺は心の底から助けてやりたいと思ってない。それは嘘ではないのだ。
「何んだ、違うのか?」
「……助けてくれって言われたんです。でも、相手は助ける価値も助け方も分からないんですよ」
「……ああ、助け方が分からなくて困ってるのか?」
「!」
「そうだろ? 筋金入りだよお前は……そして素直でもない」
「俺は理想論者じゃない。話し合いなど通じない相手がいることも知ってる。相手は悪の組織のボスだ。誰からも操られたり命令されたわけではなく、彼女が選んでそうなったんだ。なら、彼女の意思は固いだろう。それに、ボスなら責任を取らないといけない……彼女だけわ」
「ふむふむ」
魔王は何故かニヤニヤしていたので、俺は酒を飲んだ。
「お前は皆の期待にこたえたいんだ。なのに、応え方が分からないで困っている。なのに、相手がどうこうで言い訳している。お前は自分に自信がないもんな」
「…………」
俺はしばし無言になって酒を飲んだ。
「そうですよ、俺は自分に自信がないんですよ。いつも強がって自分を大きく見せようとする。本当、嘘吐きですよ」
「嘘もつき続ければ真実になるさ」
「……それは、このままずっと誰かの期待に応えてはいけない」
「違う。出来なくてもいいんだ。ただ、今は嘘でもいいから何たい自分を演じ続けろと言ってるんだ。それがいつかお前を凄いやつにするだろう」
「俺には無理ですよ」
「皆、最初はそういうんだ。あいつも……英雄王だってそうだった」
「え?」
英雄王はヒーロー本部を作った過去の偉人である。そんな彼もそうだったというのか?
「王なんて柄でないと言いながら、皆を導いた。よく、私に弱音を吐いていたよ。今のお前と何も変わらない。誰だって失敗するし、悩むんだ。完璧な人はいない」
「…………」
「だから、今日弱音を吐けたのは凄いいいことだし、その相手が私だったのは凄く嬉しい」
「……師匠」
酒のせいだろうか、視界がかすんでいく。俺は情けないな。これくらいで酔ってしまうなんて……
「良いか、泰裕。馬鹿で不器用だったあいつが王になれたのは、あいつが勝者だったからだ。勝ち続けてきたから、未来が開けた。だから、どうやって救えばいいか分からないなら、まずは勝て、そこから始めるんだな」
結局それか……勝てないと何も得られないか……
「強い人間だけが幸せになる世界か……」
「それは少し違うぞ泰裕。そういう世界にしないために、英雄王はヒーロー本部を作ったんだ。今はどんな思いで運営されているか知らないが、強い人間は理不尽なことでも通ってしまうし、通せてしまう。だから、あいつは弱い人間を助けるために、自分が一番強くなって、自分の理不尽を通そうとした。それは強者が弱者を虐げない世界だ。それを実現するために、自分が誰よりも強くなることを選んだ」
「それって……」
「強者とは奪うだけじゃない。誰かを守って助けてやることも出来るんだ。その力の使い方を間違わなければな。それにお前はきっと間違わないさ。そんな姿になっても、他人のことを思ってる」
「…………」
その言葉は自然と勇気をくれたし、心が軽くなった。きっと弱音を吐けるだけ吐いたからだ。嬉しかったからではない。きっとそうだ。ここらで終わりにしよう。
「師匠、俺はどうすれば黒色魔法少女に勝てますかね?」
「龍に勝ったお前は強かった。あの時のことを思い出せ。余が見せてやろう、あの時のお前の記憶を」
そう言って見せられた記憶は、まるで、理想のヒーローの姿だった。
あまりにも強すぎた。
「ヴェルト」
そう名乗ったもう1人の俺は、俺に道を示してくれたようだ。どうやって力を使えば良いのか。それが手に取るよう教えてくれた。こいつは戦いの天才だ。あまりにも違い過ぎた。
泰裕は魔王の記憶を夢中で見る。しかし、それは少し改ざんされた記憶だったことには当然気づかない。
大事な記憶を全て覆い隠していた。それは彼女なりの優しさであったが、ローリーに対する言葉を伝えなかったことは、大きな意味をもつことになった。




