第43話:超越者
「お前が誰だと……」
龍は泰裕だったものを見ていた。
圧倒的なただずまいで立っているそれは、もはや人間のそれではなかった。普通の人間だったなら、その空気を、同じ空間に居合わせた不幸を呪うだろう。
まともな精神でそれを観れない。それほど圧倒的な力をそれはもっていた。
吐き気を催す邪悪。否、悪という言うには、性質が少し違う。
それはどういう訳か、神々しさすら併せ持っていた。
「覇王か?」
龍は、幾百年の経験から口を開く。
しかし、それはその言葉を否定するように、龍の顔面を殴りつけた。
不可解で理不尽。
それ以上に、龍には全く分からなかった。
その目に映らないのだ。気づいたときには既に殴られている。それは1度の偶然ではない。2度の殴打の両方が視認不可能だった。
それは、大きなため息を吐いた。
「弱すぎる。この程度なのか? いささか拍子抜けだぞ」
その言葉は、龍のプライドを傷つけた。まるでゴミでも見るような瞳。それをあろうことか、人間に向けられているのだ。
最強と言われる生物は、大きく息を吸う。そして、空気を火球となって吐き出した。そのブレスは今までの物とは違う。龍の魔力を加えたアップグレードされたブレス。
吐けば三日三晩、対象を焼き尽くす死の業火。今までこの炎を食らって生きていたものはいない。
必殺ゆえに、弱点として撃つまでのインターバルがあった。しかし、泰裕だったものは悠然とその時間をくれた。
どう受けるつもりだ?
そんな疑問を持ちながらも、龍はブレスを撃ち出す。魔力で成形されたそのブレスは、今までのブレストは違う。龍の形をしていた。
空気を燃やし尽くし、それでも一切消える気配すらみせず、飛んでいく。
直撃だった。避けるそぶりも受ける素振りすら結果見せない。
紅蓮の炎が渦となって、それを掴まえて燃やし尽くす。龍は己が勝利を疑わなかった。その声を聞くまでは……
「良い技だ。この器なら3回は死んでただろうな」
「は?」
それは炎の中から悠然と出て来た。
それどころか、それが指を打ち鳴らすと青い粒子が炎をかき消していった。龍にとっては全く理解できない状況だった。脳がそれを拒んだ。
最強の炎は何一つとして燃やせていなかったのだ。
「……わらわは最強なんだ」
その言葉は龍のプライドからでた言葉だった。
「井の中の蛙大海を知らずか」
それに対して嘲笑で返される。
「……お前は、お前は何だと言うのだ? どうしてそこまで変わった?」
「先ほどの奴と何も変わらんさ。俺はただ、出来ることを当たり前にしているだけだ。もっとも、この器はそれすらできていなかったがな」
それはため息を吐いた。
「これほどの能力に恵まれて、どうしてこれはこんなに弱いのか? 理解に苦しむ。なあ、そう思わないか?」
「知るか」
龍は牙をむき、爪を尖らせた。
鋼鉄の20倍の硬度をもつとされるアダマンタイトすら切り裂く一撃。それが泰裕だったものに向けられる。
「馬鹿な」
しかし、後1メートルと迫ったところでそれは視界から消える。
「一瞬だ。戦闘において相手を完全に石化させる必要はない。不完全で良いんだ。一瞬だけ不完全でも石化させられれば、必殺の時間が出来る」
それは、誰かに教えるようにつぶやくと。手に青い粒子を集めていく。
「轟く波紋・剛」
小さな竜巻、否、それは渦潮と形容した方が良いだろう。小さな手の平に形成された渦は、龍に当たるとその皮膚を鱗を肉を円形の渦となって抉った。それだけでとどまらない、恐ろしい水の貫通力は、その体内を完全に素通りし背中からしぶきとなって排出された。
龍は膝をおっって、吐血する。
影響は外傷よりもむしろ内部。その一撃は、龍の内臓をボロボロに破壊しつくし、自己治癒不可能な深刻なダメージを与えたのだ。
「何も流したり、飛ばしたり、凍らせたりするだけが水の使い方ではない。もっとも今のも一例にすぎないけどな」
「糞が」
龍が拳を振り上げた。
しかし、青の粒子の渦がその攻撃をシャットダウンした。むしろ傷ついたのは龍の拳の方だ。まるでミキサーに向けてパンチはなったような無意味な攻撃。
悲鳴をあげる龍。それは手を緩めるどころか龍の両腕に両足に氷の刃を突き刺し、動けなくするとその顔を水で覆った。
「うるさいんだよ。もうお前には飽きた。とるに足らん相手だった。全く恥ずかしいよ。おまえごときに勝てないなんてな。俺の顔に泥を塗りやがって」
侮辱ではない、それは憤りだった。
他人ではなく、自分自身への怒り。それは、龍にとっては……
これ以上ない侮辱だった。
戦った相手へのこれっぽちの礼儀もない。ただ、踏みつぶしたとそう言ったのだ。
龍は最後の手段に出た。己が姿を龍に戻したのだ。
そうすることで、拘束がとかれる。だが、それは泰裕の言った通り、的をでかくすることを意味した。これほどの相手である。それが死に直結することが分かっていた。
「見ることもしないのか?」
それは、視界にすら入れてなかった。どこまでも、どこまでも龍のことを舐めていた。
龍は円を描くように空を飛び、そして尾を剣に変えた。
加速をつけて振り下ろされる必殺の一撃。
「やればできるじゃないか」
「草薙剣」
それは、青の粒子を同様に盾に使う、しかし、龍の剛剣はついにそれを破る。そして、その肉体を縦に真っ二つに切り裂いたのだ。
「勝った」
こんどこそ、龍は勝利を確信する。確かな手ごたえとその目に映った光景を信じた。
「悪いな。これも俺の特質なんだ」
「何だと?」
切られた身体は、青いスライムのようなものが集まって再生されていくのを龍は見た。
「褒美だ。超越者の力の一端を見せてやろう」
「超越者だと?」
それは龍すら聞いたことすらない単語だった。龍の時代には少なからずいなかったのだ。
超越者と名乗ったそれは、始めて構えた。
強くこぶしを握り締めると、その右拳に黒い何かが集まっていた。黒い雷と形容するのが一番だろう。そういう見た目をしていた。
龍はそれをみて、躊躇いなく最高の技で迎え撃つことを決める。
身体を縦に回転させ、その尾に炎の力を込めて灼熱に輝かせた。それは小さな太陽を思わせる。発する熱量も人間が生きて行けるような生易しいものではなかった。
超越者と名乗ったそれが青い粒子によってガードしていなければ、蘭どころか地表は既に熱によってドロドロに解かされていただろう。
かつて、最強と言われた龍殺しの魔女を殺したその技に、龍山青王はこう名を付けた。
「天照」
灼熱に輝く尾が振り下ろされる。
本来なら人間が近づくことすら許されない。
「良く見ておけ」
超越者は、誰かに語るようにつぶやいた。
「お前はこの力をコントロールできないといけない」
拳を天に向けて振り上げる。
それは朝と夜がぶつかるような光と闇のぶつかり合いに見えた。
「画竜……」
拳が空間を切り裂いていく。龍が太陽のようなエネルギーなら、それもまた隔絶した力の塊であったのは間違いない。
「……点睛!」
それはまさに混沌。エネルギーのぶつかり合いに光すら一瞬色を失い。白と黒の世界を形作る。
だが、優劣は一瞬で着いた。あらゆる物理法則を無視して衝撃は上へ上へとだけ登っていったのだ。
「…………」
結果を見る必要すらないと言わんばかりに、超越者は後ろを向いて歩きだした。そして、水の中から蘭を優しく抱き上げた。
「一体、こんなもの守って何が楽しいのかね……」
蘭を一瞬見てそっぽを向くと、ため息を吐いた。
「人間のすることは理解できない」




