第42話:超変身(後編)
流麗な水の流れを、その生き物は意に返さない。
人間なら押し流される水の中を、その生き物は流れに逆らって向かってくる。抱いたのは恐怖。こころに恐怖心を抱き、たまたま後ろに下がったときに鼻先に拳が掠った。
後ろに下がらなければ、死んでいただろう。
そんな心を擦りへらす攻防が続いている。
連撃の数々は、お手本のようで美しい。始祖の拳と言われれば確かにそうなのだろうが、それでも完成度はうちの糞親父のほうが上である。
代を重ねて進化してきた青天の技に比べれば、まだまだ甘さが残っている。それでも、俺のほうが押されているのは、俺が偽物だからだろうか?
どうして押し負ける?
銀子さんの言う通り、俺の技はコピーでしかないからか?
どれだけやっても、技の完成度で後れをとっている。
何とか競り負けていないのは、水の能力をフル活用しているからだ。手数を無数に増やしている。囲い込んだ水が、その龍を覆い尽くすように襲う。
だが、身軽になった龍の前には余りにも無力だ、辛うじて、動きをを変えるだけで彼女の動きを止めることは出来ないでいる。速過ぎて捕まらないのだ。
活路が見えない。持久戦何てやっても先に負けるのは俺だろう。
ならば……
水を集めた。自分の周りを分厚い氷で覆っていく。
「何をするつもりだ。無駄だぞ」
厚く覆った氷は、それでも龍の拳に砕かれていく。
だが、厚みのある壁はそうそう貫通できない。俺のところまで届くまでに時間がかかるだろう。水が太陽を覆い尽くすまで……
今の自分に出来る全てを込めた。既に水で覆い尽くされているフィールドに、さらに水を呼んだ。まさに災害だ。ここに人がいたなら何人死んでいたかわからない。
スコールのような雨が降る。
それら全てを刃へと研いでいく。水はその形を変える。
たった1人を攻撃するには殺意が高すぎるだろう。それでも、その殺意をそれに向けた。
何万、何十万もの氷の弾丸が、たった1匹の生き物に飛んでいく。
その数は、もはや暴力とは呼ばず虐殺というのが相応しい。
死ね、死んでくれと願った。そうでなければ、俺がやられるからだ。なりふりなど構っていられなかった。
何分間続いたかはわからない。街はボロボロだ。正に災害の後の用で、ビルは倒壊し地面には無数のクレーターを作っている。
それはこの技の破壊力を示していた。これで生きていられるやつなどいないだろう。正に俺の全身全霊で放った一撃だ。
「良い技だ」
「!」
そんな……どうやったら倒せるんだよ?
「腐っても、龍山青王の血を引いている。流石のわらわも、今のはヒヤッとしたぞ」
完全に無傷ではなかった。
ところどころ、傷を負っている。血が流れていた。でも、致命傷にはなっていない。一体何十万トンの水を食らったと思っているんだ。
「意外という顔をしているな。いい加減悟れよ人間……お前は人間でわらわは龍だ。種族として圧倒的な隔たりがあるんだ」
そう言って、一拍おいて龍は言った。
「身の程をしれよ人間、お前ごときは幾度となく葬ってきた。お前は特別でも何でもない、童の時代にはお前ごときは何人もいた」
悔しい。文字通り命をかけた。
リスクをとって変身した。それでも届かないのか?
ベルトに侵食された身体にはもう感覚がない。
スーツの奥で俺の身体がどうなっているかはもう分からない。身体の感覚が目以外は全くないのだ。しかし、見た限り俺の身体は意思通り動いていた。
それでも、膝を折ったのは俺の心が折れたからだ。
折れてしまった。分かってしまった。俺は決して勝てない。龍の言う通り俺は特別でもなんでもなかったのだ。
ヒーローの寿命は短い。俺はここまでだ。
龍がゆっくりと歩いてきた。
俺を見ている。でも、俺は別の物を見ていた。
「隙を見せたな」
龍の背後からの一撃。深々と刺ささる魔法剣。龍が始めて吐血してひざを折る。
「師匠」
魔王だった。魔王が来てくれた。
背後からの完璧な一撃深々と刺さり、龍が倒れている。
「よくやったな。お前のおかげでようやく隙が出来た」
「どうして……」
「何故、来たかか? こいつとは私も少なからず因縁があってな」
そう言って、魔王は龍の頭を踏みつけにする。
「止めろ」と叫びたくても声が出なかった。その程度で死ぬ相手ではないのだ。魔王は強い、そんなことは分かっている。でも、この場にいるのは場違いすぎる。
「今日は厄日だな」
「何……あれで死なないのか?」
龍が立ち上がる。身体が震えた。もう一度立ち上げるために力を込めた。
「殺してやりたいほど憎い血を引く人間に3人もあうとはな」
「3人?」
疑問符をみせた魔王の顔面を龍がはたいた。それだけでその身体が吹っ飛んでいく。
俺は何もできなかった。ビビって何もできなかったのだ。
笑えない。死ぬ覚悟で戦っておいて、ここでビビって何もできなかったのだ。
水と繋がっているからわかる。
魔王の身体から、蘭の弱い身体から血が水の中に溶けだしていく。早く塞がないと死んでしまう。俺は残った魔力を集めて、そちらに向かって歩いていく。
「あきれた奴だな。そいつは魔王の血を引いている。お前の先祖の仇だぞ」
「うっ」
そういって、歩いていた足の一本を切断させる。
それでも、歩みを止めることは無い。先祖何て関係ない。
「恥知らずめ」
2本目の足も切断された。
それでも身体だけ張って、俺は蘭の元に向かう。
何とか伸ばした手に魔力を込める。
「人など救うな、目障りな」
伸ばした手が切断され、残った片腕も龍に踏みつけられる。重くて全く動かない腕に、それでも力を込めた。
しかし、俺は無力だった。
「他人に施すなど、王の生き方ではない。曲がりなりにもあの人の血を引いているなら、他人に施しなど与えるな。その血は奪う側の人間の血だ。他人に助けられても、他人を助けるな、それが覇王の生き方だ」
何か言ってるな。
俺は残った左手に魔力を込めて水を伝って伝えていく。
「だから、止めろと言っているだろ」
それに気づいた龍に左手も切断される。完全に達磨にされる。でも、俺の魔法で蘭は助かった。
「お前は馬鹿か、どうせ、死ぬ女だぞ。どうしてそこまでする。人間なんてわらわが軽く撫でただけで死ぬんだ。お前のやったのは僅かに寿命を延ばしたにすぎない」
「それでも、助けたいって俺の魂が叫んでるんだよ」
「自己犠牲か……くだらんな。人間は自分を犠牲にして他人を助ける狂った生き物だ。そして、その狂気を美しいと感じる。馬鹿な生き物だよ」
そうかもしれない。でも、俺は助ける側が良い。奪うよりもそっちの方が良い。自分だけ豊かになっても、喜び合える人がいなければ、人生は空虚だから。
それに隣に誰かがいるっていいものだ。
「まだそんな目をするか、糞忌々しい」
折れた心をもう一度、奮い立たせてくれる。決して1人では無理だった。後悔はあるけれど、最後まで俺らしく生きたのだ。目を閉じる。
後は任せたぞ。
「そろそろ死ね、出来損ない」
「分かった」
そこから先のことは良く覚えていない。ただ、最後に聞いたのはそんな誰の声とも知らない声だった。
スーツがばらばらに砕かれて、俺だったものが水の中に溶けていったからだ。ここで人間青田泰裕は死んだのだ。
「はあ、はあ」
龍は荒い息を吐いた。
いかに最強の生物といえども楽な戦いではなかったのだ。身体にできた無数の傷がそれを物語っている。致命傷を負わせられないとも、無数の傷が龍を弱らせた。それはかつて一度もなかったことだった。
「腐っても、あの方の血だ」
言動も考え方も声も臭いも何もかも違う男だったが、それでも、間違いなく龍山青王の血を引いていることを龍には分かっていた。
決して認められないことだが、その威圧感だけは龍山青王と同じだったのだ。
「顔でも拝んでやるか」
龍は気まぐれを起こした。
フェイカーの仮面を拾い上げて、その顔を覗き見ることにしたのだ。
「うん?」
仮面の中には何もなかった。
人間の顔があるべきそこには何もない。最後に砕いた胴を見ると、そこからは赤い血が流れるだけで、人間に当然あるべきものがなかった。それは肉だ。そして骨だ。どこにもないのだ。あるのは赤い液体だけだ。
そして、その液体は水の中に入ると色を青く変え、一か所に集まっていく。
「何が起きている?」
龍には分からなかった。
今まで殺してきたどの人間とも違った。
「……フェイズ移行」
いきなりなりだしたその音に、びくりと龍の体が反応した。
「ファイナルフェイズ移行。ファイナルフェイズ移行」
「何だ?」
フェイカーのベルトだけが残り、その音を発していた。
龍はベルトの方に駆け寄って、そのベルトを踏み壊す。
龍は気づかなかったが、ベルトは空洞でその中身は既にそこにはなかった。鳴っていたのは、泰裕が変身に使ったスマホだけだった。
スマホだったデバイスは、最後の最後に音を発した。
「……ベ……る…………せ……ル…ク………フォーム」
その音とともに、何かが水の中から上がって来た音を龍は耳で捉え、そちらを向いた。
「何だ、お前は? 誰だ、お前は?」
龍はすぐさま戦闘態勢に入った。それほどの相手だった。
フェイカーとは色違いの青を基調としたスーツ。そのように形容するしかない。細部の形状が明らかに違っていたが、その仮面だけは変わることは無いからだ。青と黒をのコントラストが彩る新フォーム。否、ベルトの力が全て解放され、元に戻っていた。
それの手のひらがゆっくり握られ、拳が龍に向けられる。
「何だ? 実力の違いがまだ分からないのか? 肉弾戦でわらわとやろうとでも……」
「黙れ」
拳が龍の顔面を捉え、地面に叩きつけた。
「俺を誰だと思ってやがる」




