第41話:超変身(中編)
荒い息を吐いた。
身体が熱い。無理な変身をしたせいで熱いという感覚以外が消えている。立っているのかすらわからない。今俺はどうなっているんだ。
もう何も見えない。セカンド・アイがその効力を発揮しないどころか、光すらかんじられない。力を使い過ぎたのだ。自分の身の丈に合わない力を使った。
「うるせえよ」
吠える龍の咆哮だけが、鮮烈に鼓膜を刺激する。
無理だったか……俺は何も出来ないで死ぬ。それが俺の限界。
滑稽だな。哀れだな。でも、やれるだけのことをして生きてきたつもりだ。俺は器ではなかったのだ。
トップヒーローは強い。きっと誰かが倒してくれる。
俺は目を閉じて全てを諦めた。俺のような凡人が龍に勝てるわけなかったのだ。
……会長
「ああああああああああああああああああああああ」
何かが叫ぶ声が聞こえた。
そのまま、腕を掴まれて引きずられる。
「あっつっ」
何だ?
何が起きている?
目が見えないので、他の器官に全神経を集中した。
そうすると、臭ってくる。これは人の身体が焼ける臭いだ。
「何を諦めてますの。しゃんとしなさい」
「…………」
アゲハ先輩?
何でここにいる?
「何故、俺を助けた?」
俺はお前らの敵のフェイカーとして戦っているのだ。
「馬鹿ですの? あなたなことくらい、分かってますわよ。仮面でその素顔をいくら隠そうと、いくら正体を偽ろうとも、その生き方があなたですから……」
何を言ってるんだ?
「クロス・セイバー」
再びの龍の咆哮。それが何を意味しているのか分かった。やつもいるのだろう……
『何で来たんだ』という言葉を飲み込んだ。俺はフェイカーで、三ツ星ではないのだ。
「誰かと勘違いしているんじゃないのか?」
「ヒーロー三ツ星でしょ?」
「三ツ星……あいつは逃げたさ。いの一番にな」
「あの人は……仲間を置いて逃げるくらいなら死にますわよ。だから、ここで戦っているなら、あの人しかありえません」
俺はそんな人間ではない。買い被り過ぎだ。
「……でも、あなたは違うと言うなら好都合です。お逃げなさい」
「何?」
「あなたはもう十分やりました。ここは生きて逃げてください。私はそう言う覚悟でここに居ます。あの人もです」
あの人もと言うのは、新次郎のことだろうか?
冗談じゃない。あいつらには未来があるんだ。悪の組織の人間の俺にはできない輝かしい未来があるんだよ。
もうそう言う未来を潰したくなかった。
燃え盛る火炎が、目は見えずとも、その忌々しい匂いがあの日を思い出させる。
仲間も燃やされたあの日を……灰を握りしめて泣くしかなかったあの時の無力な自分を……
あの日もそうだった。
何のために一人で戦ったのか……神などおらず……仲間だけが犠牲となった。
「貴様らは邪魔だ。とっとと逃げろ」
「あなたはいつもそうですね。誰かのために生きてる。それなのに、周りを遠ざける。そのためなら平然と嘘を吐く。心にもないことを言って、自分が悪者になるのも厭わない」
俺はそんな高尚な人間ではない。いい加減買いかぶるのを止めて欲しい。
「だから、先輩としてあなたに言ってあげたい言葉がありました。仲間を信じなさい。あなたの周りには信頼できる仲間が自然と集まるはずです。その仲間と、今度こそ、ヒーローになって」
「…………」
そこで言葉を途切れた。
遠ざかっていくのが気配で分かった。龍の鳴く声が聞こえる。
どれだけの時間がたっただろうか、永遠のように感じられるけどきっと数秒の出来事だ。
それでも、何の抵抗の音も聞こえなくなるには十分すぎる時間だった。
俺は何をしているんだ?
仲間が死にそうなのに、何をしているんだ?
あの忌々しい馬鹿女が死ぬぞ。あのくその役にも立たない男も死ぬぞ。新しくできた仲間も死ぬぞ。
俺にとって一番大事なものは何だ?
街の平和か?
違うだろう……
ここで終わっても良い。目を見開け。
身体がどれだけ痛みにさらされようとも、立ち上がれ。
ヒーローだからじゃない。青田泰裕として立て。
ベルトに触れる。
2つあるボタンのうちの一度も押したことがないボタンを押した。この力を使ってしまったらどうなるか分かっている。
「エマジェンシーコール」
「声紋確認・声紋確認」
ベルトにはリミッターが付いている。それは俺を守るために着いているものだ。
今その枷を外す。
「キャストオフ」
俺の声とともに、フェイカーのスーツから黒いネジのようなものが表面に飛び出してきた。そして、それを虚空へと消えていく。
「サードフェイズへの移行を確認。コード:ディザスター」
この変身だけはしたくなかった。
ディザスター(災害)と名付けられるだけあって、この力は全てを滅ぼしてしまう。この街を、美涼と育ったたこの街を、この力は破壊し尽くすだろう。
今までやってきたことは全て水の泡だ。街興しなど不可能。ここは人の住めない街になる。
どうか許して欲しい。それでも、仲間の命のほうが重かった。思った以上に、新しい仲間のことが好きだったようだ。
いつもそうだ。今さら気づいても遅い。
感覚がなくなったと思った全身に痛みがはしる。
この力を使うと言うことはそれ相応のリスクが伴うのだ。ベルトが身体に侵食してくるのを感じた。装着者はベルトに食われて死ぬリスクを伴う。
龍の咆哮が聞こえた。全てを滅ぼそうと大きく息を吸っている。
ブレスが来ることは誰の目にも明らかだった。
「トカゲめ。見せてやるよ」
ベルトは俺の力を増幅させる。
俺の3つ目の能力は、水を操る力だ。神通力とよばれるその力はせいぜい100メートルが限界である。
100メートル圏内にない水をコントローツすることはできない。でも今の俺なら……
青い波紋は空気中をはしった、。青い粒子のような粒が俺の身体の前に放出される。
今は目が見えるようになったせいで、はっきりと見えた。
それは氷の結晶のような形を作り、宙に輝く紋章のようにキラキラと輝いた。
水はどこにでも存在する。
この世界を形作るもっとも大きな物質の1つだ。それが大きな波のようになって、おしよせてくる。あらゆるところから水が噴き出した。
それは災害と呼ぶにふさわしい。陸地だと言うのに、ビックウェーブが街中で発生して覆い尽くしたのだ。
火球など届かない。
龍の放った閃光は。発射した水の勢いに食われたと言っていいだろう。水は炎などかき消し、勢いをとどめることなく貫通し、龍に飛んでいく。そのスピードは凄まじい。
水の流れに人が勝てないように、龍であれど例外ではなかった。
水の刃は、始めて龍の……その鱗を切り裂き鮮血が勢いよく噴き出した。
今までと全く声音の違う咆哮。
龍は初めて認識したように、俺を見ていた。
「でかい身体はただの的だぞ」
両の腕を天高く掲げると、大量の水が龍めがけて飛んでいく。
龍は水相手に噛みつこうともがくが、実体のない液体を捉えることは不可能。生き物のようにからみついた水は龍を締め上げた。
「ほうら、凍れ」
拳を龍を握りつぶす勢いで握り込む。水はその動きに反応して凍り付いていく。凍り付いた龍はそれでも宙に浮いていた。
それが何を意味するかは分かっている。この程度で死ぬような生物ではないのだ。
追撃するなら今であるが、俺は別のことに意識を集中した。
大量の出血で今にも死にそうな新次郎を水の力で周りに引き寄せる、。それだけではない。倒れている残り2人も引き寄せた。
見るも無残である。アゲハ先輩に至っては、顔に大きな火傷をしている。怒りでどうにかなりそうだ。
余裕などないことは分かっていたが、今が最後かもしれない。
少しだけ戻った魔力で3人を回復させる。その身体に一つの傷も残さないように……
「今までありがとう……こんな俺に着いてきてくれて」
水にのせて、街の外へと3人を運んでいく。
眼前に凍ってしまった龍を見た。その身体を赤く変えて燃え盛る炎が氷を溶かしていく。当然のことだがこの程度では死なないようである。
身体がふらついた。スーツの中はどうなっているのだろうか、変な感じだ。意識がもうろうとしてきたのに、身体には力が溢れている。
「食い尽くせよ。その代わりあれに勝てる力を俺にくれ」
龍の身体に張り付いていた氷がはじけ飛び。龍は天を舞った。
龍の舞は華麗で、そしてその姿を別の生き物へと変えていくのが分かった。あれは?
人の姿である。龍はその姿を人へと近づけていく。
出てきたのは、巫女装束の1人の女性の姿だ。
といっても完全に人ではない。目は蛇のように鋭く光り。頭には角が生えている。見える肌にはところどころに鱗があった。それでも、人の形をしている。
「デカイ的だといったな。これならどうだ」
喋っただと?
龍は知能が高い生き物と聞く。だが、喋る何て聞いたことがない。あっけにとられる。
「その瞳、かつての魔王と同じ目だ。やつの子孫か?」
俺は警戒しながら首を横に振る。
「では、誰の子だ? このわらわに挑むとは誰の血を引いている?」
「龍山青王」
少しの期待をもって答えた。知性があれば戦いを回避できるかもしれない。今なら街へのダメージも。
「……そうか、あの方の子孫か……そうとは知らずに失礼したな。余りにも弱すぎるものでな」
棘のある言葉……しかし、先祖の名前を言うと明らかに雰囲気が変わった。ニコニコと笑っている。孫でも見る祖父母のようだ。
「俺たちの間には誤解があったんだ」
「そうかもしれないな」
龍は身構えていた拳を下した。冷静な声音だ。
「おっと、念のため聞かせてくれ、お主、名は?」
それに意味があるのだろうか?
迷いながら口を開く。
「青田……泰裕」
「青田……そうか、そうか、青田か……あの女の子孫か……だったら」
ヤバいなと思って身構える。
笑顔が崩れていく。声も冷ややかだ。
「あの泥棒ネコの穢れた血か……ははは、ここで恨みがはらせるとはな。神もおつなことをする。全力で殺してやるぞ。恨むなら先祖を恨め」
悪い意味で、雰囲気が変わったのだ。
小さくなったことで、的が小さくなっただけではない。あの巨体が小さく圧縮されたことで、力が凝縮され、また別のヤバさを感じられる。
「わらわの卵を盗んだことは先祖に免じて許してやる。だが、あの方の血を汚して生まれて来たことが許せない」
滅茶苦茶なことを言っている。
しかし、許せないか……それは俺も一緒だよ。
龍は構えていた。あの構えは良く知っている。父の構えだ。
「嘘だ」
「青天……」
一瞬で消えて、懐に入られた。
鈍い痛みが身体を襲う。身体が宙に浮いていく。
「空撃」
衝撃が身体の中にはしった。構えだけではない。威力も本物だった。とっさに張った氷の壁を龍の剛腕と技でやすやすと突破される。
そう、人間の武術を龍が使ったのだ。これは……危険すぎた。こんなコンボがあっていいのか。
相手は今になっても、はるか格上だった。




