第36話:ヒーローの選択
雷は天へと昇って行った。
雲さえ割、天へと駆け上る様は竜を思わせる。轟く轟音を上げ、返さった青色の閃光の後には、『羅刹転生』とかいう訳の分からない技で取り込まれたマリを始めとした人間が降って来た。
割とシャレにならない音を立てて、地面に落下するが仕方ないよね。俺にはもう受け止めるだけの体力ないもの……
「甘いな。殺さないなんて」
隣にはいつの間にか片桐が来ていた。
今の落下見てなかったのだろうか、半分死んだようなものである。早く救急車を呼ばないと割としゃれにならないぞ。何も殺さなければ良いと言うわけではないのだけど……
何はともあれ、俺は疲れたので地面に膝を付いた。光はどこかに連れてかれたし、あの杖が何だったのか、21がどこに行ったかとか気になることが多いが、それは後でローリー博士と相談すれば良い。
考えても今は仕方のないことだ。大事なのは無事生き残れたことこれに尽きる。
「三ツ星」
「うん?」
早くしろという顔で、新次郎が抱えて来た花音を俺の方に寄越した。回復しろってことか?
俺も辛いんだけど……死ぬような怪我ではないだろうと言ってやりたいが、言ったら切れそうなので、俺の魔法で治してやるか……
魔力を右手に集める。吹き飛ばされて折れた骨も、ダメージを受けた内臓も、流れ出た血でさえも、全てがなかったように回復させることが出来る。
我ながら、中々万能な能力だと思う。人間の自己治癒能力を高めて回復させる能力ではなく、この能力は元の正しい状態に戻してくれる。
「助けて……」
「!」
そんなか細い声が聞こえた。
「助けてくれ」
そこには地べたをはいずり回るマリの姿があった。
こいつも俺の能力で元に戻ったのだろう、見たところ大けがしているが、今すぐ死ぬような状況ではない。マリはな……ウイはもう駄目だ。
「おい、三ツ星、何を見ている早く回復してくれ」
新次郎がそんな風に懇願している。
「なあ、新次郎、俺の魔力も底をつきている。もう一人しか回復させることは出来ないんだ。誰に使うべきだと思う?」
「……1回」
俺が聞こえるように大きな声でそう言うと、マリが絶望した顔をした。
「花音しかいないだろ」
「でも、花音は病院に行けば助かるぞ。バイタルも安定している。今すぐ死ぬような状況じゃない」
俺は救急車の手配をしながらそう答える。ヒーロー本部から支給されている緊急ボタンを押せば、救急車は何を優先しても来るようになっている。だから、花音はたぶん助かる。
「それでも、100%ではないだろ。お前は医者じゃない。何を考えている?」
何を考えているか、きっとヒーローとして間違った選択をするのだろう。
俺はマリの方に歩いていく。そして悪魔のように囁くのだ。
「助けて欲しいか?」
信じられないものを見る目で、マリは俺を見た。
それもそのはずだ。ヒーローのルールでは、悪の組織の人間なんて助けるのにあたらないとされている。助けられても見殺しにされることの方が多い。
それを誰も責めないし、むしろ正しい選択をしたと言われる。悪に人権などというものは存在しないのだ。
「馬鹿かお前は、ヒーローよりも悪の組織の人間を助けるのか?」
自分でも分かっている、折角出来た仲間の怒りを買ってまで、俺は何をしようとしているんだ。
「そいつらに同情しているのか? そいつらがどういうやつらか知ってるか、相手が助けを求めても無慈悲に奪って来たやつらだ。助ける価値なんてない」
新次郎が大声で叫んでいる。あれが普通の反応で可笑しいのは俺だと分かっている。
「どうせ死刑になる奴らだ。助ける意味すらないんだ」
それも分かっているさ、罪を許される可能性は薄い。間違いなく極刑だろう。
「……1つだけ聞かせてくれ、今までそうやって助けを求めた人間に、一度でも手を差し伸べたことはあるか?」
俺の問いに、マリは顔をしかめて迷った表情を取った。それだけで分かる。一度もないのだろう。
「……あるぞ」
「本当に?」
嘘を吐いているのは誰でも、分かった。だから、俺はそう問い返す。命の灯はもう消えそうになっているのが分かった。後、数秒もないだろう。
「ある、あるさ、本当だ」
「俺の目を見て、本当のことを言え」
「…………」
マリは観念した顔で、顔を下に向けた。
地面には何かがつたって落ちている。それを確認するのは余りにも野暮と言うものだろう。
「……ありません」
最後にはそう呟いていた。
俺はその言葉を聞いて、マリの肩を叩いた。
「だったら、今度から助けてやれ」
「え?」
魔力を集中して、ウイの身体に触れる。トールハンマーというよりは、これは悪魔の力の方だろう、滅茶苦茶な力の仕様で、体内の神経がズタボロになっている。切れている血管の数も細かいものをあげたらきりがない。
それでも有無を言わさず、治療できるのだから、この力に感謝しよう。
「何で?」
マリがそんな風に聞いてきた。
「世の中、奪う側と奪われる側だけじゃない。与えたり、作ったり、そういう人たちもいる。そういう生き方をするのが、例え損をしたとしても一番偉いんだ」
「青田泰裕」
「青田?」
新次郎が、俺のヒーローネームを呼ぶ余裕もないほど、激昂して吠えている。
「自分が何をしたか分かっているのか? その行為はヒーロー本部への反逆だぞ。あの時もそうだ、何を考えている」
あの時とは、蘭を連れ去られようとした時だろう。
「そんなことしてたら、お前は上の人間から目を付けられて、トップヒーローになる道を歩めなくなるぞ」
トップヒーロー? 上の人間……それは俺のことを心配しての言葉だった。
それでも俺は……
「例え、それで罰を受けることになったとしても、俺は自分の道を行くよ。損な生き方なのは、分かってるし、後ろ指さされる生き方かもしれない。でも、こういう世の中に見捨てられた人にこそ、俺は手を差し伸べたい」
かつて、俺が手を差し伸べられたように……
「…………」
新次郎は俺のことを真っすぐ見ていた。無言の時間がしばらく続くが、救急車の音がその静寂をかき消した。
「お前が助けたやつは、また人を襲うかもしれないぞ。そのせいで被害が出たらお前はどうする?」
「その時は、また俺が倒すよ」
「あくまで、倒すか……どうせ、極刑を免れないのにお前は馬鹿だな」
そう言って、新次郎は笑ったと思うと、マリの方を見た。
「良かったな。うちのボスが馬鹿で……」
「?」
今、何て言った。ボスって聞こえたぞ、そんなの光にも鳳凰院先輩にも言われたことない。
「新次郎、もう1回、『ボス』って言って」
「嫌だ」
そんな会話をしていた裏で、学校に21の魔の手が迫ろうとしていたことを、俺は知らなかった。




