第20話:天才VS神童
片桐新次郎は、自他ともに認めるエリートである。
幼少のころから、絶対的な剣の才覚があり、道場の師範だった父に持たされた木刀をおもちゃ代わりに振り回していた彼は、小学生に上がる頃には既に中学生にも敵がいなかった。
普通の人間なら天狗になり、努力を怠ってもおかしくなかったが、それでも、彼は目標を失うことなく剣の道を進んでいく。それは道場に通うヒーローという絶対的な強者の存在があったためだ。
ヒーローへの剣術指南を行っていた彼の父の道場には、若手ヒーローが多く出入りしており、彼にとっての強さの基準は大きく一般とは乖離していた。
彼にとっての強さの指標は常にヒーローであり、道場の門下生の中でトップヒーローが出たのも大きかった。彼は目標を常に高く設定できたのだ。
また、彼には剣術以外の才覚もあった、彼の周りには人が集まったのだ。彼は頭も良く弁もたった。嫌味のない爽やかな性格に容姿。人気が出ない理由はなかった。
そんな才能にあふれた彼であるが、高校生になっても、ヒーロー学校にスカウトされることは無かった。残念ながら当時の彼はスキルを1つも持っていなかったのだ。それは当初は致命的な欠点であり、完璧な彼にとって唯一の悩みであった。しかし、それは後に彼を彩るエピソードにもなる。
18歳の春。スキルに目覚めたのだ。それもとりわけ凶悪で強力なスキルであった。
ヒーローになる障害は消え去った瞬間だ。剣道の大会で無敗の高校3連覇を果たし、剣術会の超新星と言われた彼だったが、もはや剣の道に興味はなく、さらなら高みを目指し、ヒーローの道を選ぶのに何の躊躇いもなかった。
優勝インタビューで「ヒーローになる」と宣言したのも有名なエピソードの1つである。
スキルは強力なほど身体にかかる負担が大きい。ゆえに強いスキルほど身体が出来ていない幼少期ではなく、ちょうど第2次性徴が終わるくらいには目覚めていることが多い。
ゆえに、片桐新次郎のスキルの目覚めは比較的遅かったといえるが、齢60歳を超えてから覚醒し、ヒーローをやっている男もいるので、あくまで平均値でしかない。人の成長や才覚は人それぞれである。
高校を卒業した彼は、表のヒーロー学校に入学した。入学した時から有名人だったため、重い期待が寄せられた彼だったが、その期待に潰されるどころか、まるで使命であったかのように結果を出した。
初陣で悪の組織を完膚黄な気ままに叩き潰し、初戦を飾ると、異質な才能を遺憾ともなきままに発揮し魚が水を得たがごとき勢いで、ヒーローの世界にのめり込んだ。
フェイスに抜擢されたのも、ヒーロー学校に入学してわずか1年での出来事である。
そして、トップヒーロー候補の1人となっているエリートである。
それと比べ、青田泰裕は対照的な男だ。。
物心ついた時からスキルが使え、スキルが使えるようになるのが異常に早かった。それも早熟なものは外れスキルを引くことが多いが、融通の利く便利なスキルを持ち、トップヒーローの息子と言う肩書もあり、神童と呼ばれた男である。そのこともあり、早い段階でヒーローにスカウトされ、裏のヒーロー学校に入学することになる。
たが、入学したヒーロー学校で泰裕は挫折することになる。融通が利くスキルとは言え、決して最強とはいいがたいスキル、黄金世代と言われた上の世代の存在、環境が悪かったと言えばそれまでだが、かつての神童は天才でなかったことを痛いほど味わったのだ。
天才はエリートの道を行き、フェイスとしてヒーロー活動をしている。
神童は悪の道を行き、スパイとしてヒーロー活動をしている。
そんな2人が1人の少女を巡って、バチバチの戦いを繰り広げようとしていた。
ただ、皮肉なことにエリートのヒーローは少女を守る気などなく、落ちこぼれたはずのヒーローは、悪の道を進もうとも、少女を守るために戦うつもりだった。
どちらかが間違っている?
否、2人とも自分の行いを正しいと信じていた。2人とも信念があるからこそ、その道は並行線であり、決して妥協という接点を持つことは無い。
ここまで来れば、小賢しい理論など通じるわけはなく、ただただ、獣のルールが適用される。シンプルイズベスト、強い方が勝つ。
蘭を載せた車が、校門を出たところで俺は行動を起こした。
水道料金など一切払うことなく水道から拝借した大量の水の弾丸が、雨のように降り注ぐ。弾丸サイズの雨粒など、脅威以外の何物でもない。水は車を掴まえ、暴徒のようにガラスを突き破り、中の人間を飲み込んだ。
水は腕のように変化して、車の中から蘭を巻き上げ霧散すると、俺の腕の中に落ちて来た。
ちょうどお姫様抱っこの態勢をとっている。
「フェイカー?何で?」
「…………」
当然のことであるが、蘭は俺の正体などしらない。その目に失望の色が一瞬見えたのは、あの男ではなかったからだろう。
話したいことが色々あるが、今はそうは言ってられない。目つきの悪い男が睨み殺す方法を知っているのではないと思えるほど睨んでいる。
「……助けて」
「…………」
その声は酷く小さくて、風に流されれば聞こえないほどだった。だけど、俺の耳にははっきりと聞こえた。
「俺の背中を見てろ。必ず助けてやる」
ヒーローとしては言えなかったセリフ。最初から言えれば良かったけど、色んなものを背負っているヒーローの俺には言えなかった。嘘の仮面は必要なのだ。
そう、俺はフェイカー、悪の組織ミステイクのフェイカーだ。俺は今だけは俺でいられる。
片桐と対峙する。
「どこで聞きつけて来たか知らんが、悪の組織の癖にヒーロー気取りか?お前はヒーローを何も分かっていない」
「ヒーロー気取り?冗談だろ?悪の組織の俺がヒーロー気取りに見えるのなら、眼科行った方が良いぞ?それとも、俺の姿に理想のヒーローでも見たか?少女1人助けられない無能なヒーローさん」
「救う意味もない人間もいる」
「救われないやつだな」
お互いが殺す気満々だった。言葉で何といようと、どれだけクールに振る舞おうと、お互い滾っているのがわかる。片桐は既に抜刀しているし、俺もスーツのガントレットを剣状に変えて、それに向かい合った。
お互いの信念をぶつけるように、剣と剣が交わる。そして、お互い痛いほど感じるのは剣の重みだ。それは一朝一夕では身につかない。鍛錬なんて次元の話でもない。人を切って来た重みだ。
「素人ではないようだな」
「お前もな」
あえて剣で、お互いがスキルを使うことなく、打ち合いをしていた。
様子見をしているわけではなく。互いの力量を読んでいる。達人同士の戦いでは必要なことであると、銀子さんが言っていた。
フェイカーのスーツはローリー博士の特別性である。俺の身体能力は常人の比ではなく向上している。それと互角以上に打ち合っている片桐の剣の腕は恐ろしいほど洗練されていると言える。
そして、それは決して技術だけではない。その剣事態も特別製のためだ。
魔剣ガイアス。ヒーロー本部が聖剣を元に開発した劣化コピー品だ。だが、それでも魔剣の加護が力が、所有者に常人ではありえない動きを可能にさせる。
だけど、それだけである。聖剣特有の強力な能力は再現できていない。所詮劣化コピーなのだ。本当に恐ろしいのは……
より強い殺気を感じて後ろに退く。
その瞬間、地面がえぐれて消えさった。噂通りの能力。
片桐の周りだけ、歪に空間が湾曲しているのだ。そのことから分かることは1つしかない。空間ごと切り裂いたのだ。
「光刃」
眩い光を放つ剣。それを横に払うとまるでビームかのように、光の刃が飛んできた。
それを上体をそらして躱す。その不完全な状態に片桐が切り込んできた。
切られる?
本能的にこの攻撃がやばいことは分かった。セカンド・アイさえ使えれば、どうにかなったかもしれないが、発動させられない。
俺はとっさに地面を凍らせて片桐の攻撃をアイススケートのように滑って躱す。こういう時、スーツの形を自由に変更できるのが便利だ。
「甘いな」
後ろからそんな声が聞こえた。
剣を頭の上に振りかぶり、光が集約されていく。
俺思うんだけど、剣でビーム撃つなんて詐欺だと思うんだよね。だって、可笑しいじゃん。それじゃ、銃使う奴馬鹿じゃん。
自分を抉りながら光の刃が放たれた。それは見る人間にはビームにしか見えない。全ての水を集めて氷の壁を作っていく。それは何十メートルもの厚みをもつ氷だ。
しかしそれらを貫通して光の刃が進んでくる。
俺に出来たのは致命傷を避けることだけだった。身体が数十メートル吹き飛ばされていく。
「これが剣戟の極致だ」
しかも、そんな決め台詞のような言葉を放たれる始末だ。
もう勝った気でいるらしい。
「ビームで攻撃ですか?」
「ほう、良く生きているな」
「お前は剣士の風上にもおけないやつだな」
「……何だと?」
剣士を名乗るなら、ビーム何て撃つんじゃないという話である。
「あんたの剣は、高校生の時から止まっている。停滞しているな」
「……君には分からんらしいが、私の剣はスキルと合わせることで完成した完璧な剣だ」
明らかに苛立った声でそう返される。
「あんなもの、剣術でもなんでもない。ただのビームだ。そんな能力じゃなければ。あんたもっと剣士として高みに行けたのにな」
「よほど神経を逆立てするのが上手いらしいな。ヒーローの真似ごとの次は、剣士気取りか、お前みたいな悪の組織の人間が剣を語るなよ。説教するな」
セカンド・アイが使えない今、スキルだけで勝つのは無理だろう。
俺が勝つなら、剣という土俵に落として無謀な勝負をしないといけない。高校3連覇の剣の達人に、碌に剣の師匠がいない俺が挑む。舐めていると言っても良い話だ。
ただ、そもそも俺に師匠何ていなくても良いのである。見た技は大抵スキルのおかげで覚えることが出来るからだ。銀子さんがおしえてくれるのも、技術ではなく戦う上でのインテリジェンスである。
そして、有利なことに、俺は片桐新次郎の剣を何度もビデオを再生して、覚えたことがある。あの時と変わっていないなら、俺にも勝機が僅かでもあるだろう。
俺は腰に巻かれたベルトに触れる。行くぞ。
「ソードフォーム」
そんな電子音が鳴り響いた。




