第19話:無力なヒーロー
口の中がやけに乾いていた。
自分でも情けないくらい膝が震えている。ヒーロー本部は世界そのもの、この世界の最高権力であり、最高戦力なのだ。どんなに強大な悪の組織も正面切って喧嘩などしない。
こんな時、ローリー博士ならどうするかいつも考えるが、それは意味のない問いだ。今、守ってくれる上司はいない。俺が決断しないといけないのだ。ここのトップとして……
昨日、あんなしんどいことがあって、今日はこれとか……神様がいるならそいつはよほど俺のことが嫌いらしい。
ヒーロー本部は彼女を助けないと決めたのだ。俺の決断は決まっている。迷う必要なんてない。ヒーロー本部なんて糞食らえだ。
俺は悪の組織の一員なのだから、失うものなど何もない。
「こと……」
「君には2人の部下がいるね」
「!」
2人の顔が脳裏をよぎった。何を言うつもりだ?
「それがどうした?」
「彼らには彼らのキャリアがある……青いな。握った拳を解きなさい。君は私には勝てないし、奇跡的に勝てたとしても、周りに迷惑がかかるぞ。それは君の望むところではないでしょ?」
俺はどうすれば良いか分からなった。
世の中はそんなにシンプルに出来てない。こいつをぶっ飛ばせば全て解決なんてそんな結末はないのだ。
「大人になれ。ヒーローの仕事は1人でも犠牲を減らすためにあるんだ。たった1人の少女を守るなんてのは、馬鹿馬鹿しい英雄譚だ。フィクションだよ。現実ではありえない」
「…………」
俺はその言葉を聞いて、冷静になっていく自分を感じていた。熱が冷めていく、全てを諦めた、そんな心境だ。大人になれか……そうさせてもらおうかな。
俺の知っている大人と言えば、元理事長だ。汚いやり方しか知らないことになる。
「片桐さん、俺にもヒーローとしてのプライドがあります」
「まだ分か……」
「だから」
俺は片桐の言葉を制した。
「今回の件は全てお任せします。俺はもうこの件には関わりません。後はあなたの責任で好きなようにやってください」
「……安いプライドだな……君ならあるいは……いや何でもない」
侮蔑と軽蔑のこもった言葉。何故か失望されている?
しかし、俺は笑顔で返した。
「ご指導ありがとうございます。あなたのおかげで決心がつきました」
そう言って、俺は生徒会室から出て行く。自分の部屋から出て行くと言うのはどうも変な感じだ。
「どうなった」
「守り切ったんでしょうね」
俺が部屋から出ると2人がまっていた。光と鳳凰院先輩だ。
俺は一瞬言葉に詰まった。2人もヒーローなのだ。ある程度の事情をしっていればさっしているはずだ。
「俺はこの件から手を引く」
「それがどういう意味か分かってますの?」
「見捨てるってことだろ」
「分かっているなら、どうしてですの?」
そんな泣きそうな目で縋ってきても、俺には何も賭けてやる言葉がない。
「もう決めたんだ」
「どうして……あなた」
「鳳凰院先輩!」
鳳凰院先輩の言葉に、光が割って入る。
「どうせ、俺たちのことを考えてしぶしぶ折れたんだろ」
「……そうなんですの?」
鳳凰院先輩がハッとなって、質問してくる。
「違うぞ。お前らのことなんて俺が知るか」
「目を逸らすってことは、そうなんだな」
光はため息を吐いた。
「前の仲間でもお前は同じ選択をしたか?僕達だから、遠慮しているんじゃないのか?だったら、そんな無駄な気遣いやめろよ」
確かにそうかもしれない。死んでしまった前の仲間のことを気にして、2人と俺はちゃんと向き合ってなかったのかもしれない。
この2人は決して俺に対して『YES』と言わない。それに甘えていたのかもしれない。
俺は未熟なリーダーだ。よく間違える。だから、正面切って『NO』と言ってくれる人が隣には欲しかったのだ。
だけど、今はそれではいけないことくらい俺には分かっている。
今は、トップとして自分の決めたことを貫き通さないといけない。決して『NO』と言わせていけないのだ。
「理由は言わない。何をするかも言わない。だけど、今は俺を信じて静観していてくれ」
「……それは命令か?」
光はわざわざ聞いてきた。
「そうだ」
「そうだって、あなたね、もう少し説明をしなさいよ。どうして自分1人で抱えこもうとするんです。私は先輩ですよ。少しは頼ったらどうなんです」
そう言って、鳳凰院先輩はぷんぷん怒っているが、それ以上は何も言わなかった。
「ありがとう」
去っていく2人の背中を見ながら、俺はそう呟いた。
今からやる一番しんどい仕事をするのに、少しだけ勇気をもらった気がする。
俺は蘭のところに向かう。
蘭は学校の来賓室でソファの上に座っていた。
「あたしのせいで、8人も死んだんですね」
俺は拳を握った。
8人とは狼男に殺された人間の数だ。片桐が話したんだろう。訓練も受けていないこの歳の女の子にそんなもの耐えられる訳ないのに。
「君のせいじゃない」
「私が生きていたら、ママにも迷惑をかけるかもしれない。ねえ、泰裕さん、あたしのこと哀れで可哀想な女の子だと思うでしょ?同情してくれるなら、あたしが死んだあと、ママのことお願いできないかな?」
「……悲劇のヒロインを気取るのは止めろ」
「じゃあ、どうすれば良いのよ……あたし……あたし」
彼女を見ていると、かつての自分を思い出した。どうして良いか分からなくて、迷って意味もなくヒーローと戦った自分と一緒だ。自暴自棄になっているのが良く分かった。
俺は彼女の手を引いて、強く抱きしめた。かつて男嫌いの銀子さんがそうしてくれたように。
「いつか、今日のこの日を笑って話せる日が来るさ」
そう言って、耳元で囁く。
俺は一流のペテン師のように、彼女を騙さないといけない。
「一度だけ、たった一度だけ俺を信じて欲しい」
自分で言っていて思う。
こんな無力な男の何を信じろと言うのだろう。やっぱり俺は半端者だ。もう少し俺に力があれば、選べる未来がいっぱいあったのかもしれない。
でも、今の俺にはこんなもとしか出来ない。俺は蘭の言葉を待った。
「何で守ってくれるの?お金をもらったから?それならもう良いよ」
「君と約束したからだ。君を魔王の血を引いているなんてつまらない理由で殺させたりしない。生まれてきたことは罪なんかじゃない。誰の子供だって祝福されるべきなんだ」
その後、蘭は時より嗚咽を漏らしながら静かに泣いていた。
目が真っ赤になっている彼女は、愚かなことに俺のことを信じている目をしていた。
そんな彼女に俺は……今は助けられないからと、片桐と行くように告げた。
それでも馬鹿な女は、最終的に片桐の所に1人で歩いて行った。俺を信じるなんて本当に馬鹿だ。
青田泰裕の仕事はここで終わったのだ。
学校の屋上で、嫌そうに片桐に連れられ車に乗せられた蘭を見て、心からそう思った。学校から去っていく蘭に、ヒーロー青田泰裕は何もできない。
無力な……本当に無力な男だ。
「さあ、行くぞ、フェイカー」
ヒーローと戦うのは、あのとき以来だ。
悪の組織の一員の癖に、悪の組織とばかり戦っていた。おかしな話だ。
あの時とは違う、俺は覚悟が出来ていた。
築いてきたフェイカーの評判が地に落ちようとかまわない。強いヒーローに狙われて、終わることのない戦いの連鎖の中に身を置くことになっても構わない。
俺は、ああいう子を助けるためにヒーローになったのだ。
「変身」
お前は正しいよ片桐。その他大勢のために戦うヒーローはお前がやれよ。俺は偽物としてその他大勢から切り離された人たちのためにヒーローをやる。
そういう人たちだって、誰かに手を差し伸べられて救われてもいいはずだ。幸せになる権利があるはずだ。誰かの犠牲になるために生まれて来たんじゃないんだよ。




