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ヒーローやってたけど、悪の組織に寝返えってみたら天職でした!  作者: 9
その名はフェイカー~偽物のヒーロー~
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第4話:ヒーロー(ヒロ)の日常

 俺の胸に飛び込んできた少女。それはシールド・ピンクこと赤木桃である。男女の違いがあれど、俺と同じ星華学園高等学校の制服を着ていることからも分かるように、俺の一個下の後輩にあたる。


 星華高校は男子は学ラン、女子はセーラー服となっている。俺と桃ちゃんは、ヒーローをやっているので、特別仕様の防護機能付きの制服となっていた。

 星華学園高校は、ヒーロー関係者の集まる学校という側面があり、裏で実際にヒーローをやっている学生も在籍している。そういう生徒には特殊仕様の制服が配られるのだ。


 まあ、そんなことはどうでも良く。こんな姿を美涼に見られるわけにはいかない。裏でやるにはもちろん全く問題ないのだが、美涼の前でやると俺が怒られるのだ。良く分からんが、この程度のことが不純異性交遊だと言うのだ。堅物なのも困ったものである。

 逆の立場だったら、俺はその男殺すと思うけど、それは男女の貞操観念の違いだろう? 異論は認めない。


 俺は、このまま抱きしめて家も目の前出し、お持ち帰りしたい気持ちを必死に抑えて、桃ちゃんを俺の体から引き離した。


「先輩?」


 そんな顔しないで欲しい。この子自身に不満なところは一個もない。どちらかと言えば、地味な美涼とは毛色の違う、派手な感じの見た目は、決して行き過ぎてはいない。男が引くレベルを絶妙に超えないように抑えている。ギャルと清楚系の良いとこどりしたような美少女なのだ。

 これでレッドの妹で、ちょっとヤンデレ入ってさえなければといつも思う。


「心配かけちゃったね。あの後、皆の命を見逃してもらう代わりに連れてかれてね」


 嘘は1つもついてないぞ。


「それでどうなったんですか?」


 興奮気味に桃ちゃんが聞いてきた。何も考えてないよ。


「……何とか上手く逃げ出せたけど、逃亡には体力も気力も相当使って、限界が来てたから報告する余裕もなく寝てしまったんだ」


 苦しいか?俺の中でそんな疑念がわく。


「そうだったんですね。良かったです」


 どうやら信じてもらえたらしい。少しほっとした。

上にも後で、この適当な言い訳をメールしておこう。どうせ、末端の人間のことなんて興味がないだろう。たとえ疑われても、親父の名前を出したら黙るだろう。俺は利用できるものは何でも利用する。


「本当に良かったです。私、先輩が死んじゃったんじゃないかと思って、心配で心配で」


 見ると、桃ちゃんが涙目になっていた。


「いつも言っているだろ。レッドより先に死んだりしないって」

「兄の棺にゴキブリ入れるんでしたっけ」

「そうそう」


 笑い声が響いた。お互いレッドが嫌いなので言い合えるブラックジョークである。もちろん、本気でゴキブリ何て入れる気はない。そもそも出席しないからな。香典代が勿体ない。

 気を取り直して、学校まで一緒に歩いていく。レッドは無視して、残り2人の状況を聞いて見た。


「イエローさんは、一番の重傷でしたが、回復もはやくて今ではぴんぴんしてます」


 流石イエローである。いつも無駄に筋トレばかりしていると思っていたが、意味はあったようである。耐久力ならチーム1は伊達ではない。盾にした引け目もあるし、今度、プロテインでも差し入れしてやろう。


「グリーン君は、まだ目を覚まさないのですが、3人の中では一番軽傷だったので、大丈夫でしょう」


 グリーンは雑用ばかりやらせていたので、普段の過労もあったのだろう。元々、精神面に難があったし、ブラック企業も真っ青のヒーロー生活は合わなかったと思われる。

 ただ、やつは1個下だが優秀なので、辞められないようにお見舞いにでもいってやろう。

 

レッド? 病室が隣でも、お見舞い何て行くわけない。むしろ、お見舞いのフルーツでも横取りしてやりたいくらいである。

何せ、俺のわが身を顧みない、勇気のおかげで命があるんだからな。感謝されても非難される言われはない。


「今日、一緒にイエローとグリーンのお見舞いにでも行こうか」

「はい」


 俺がそういうと、桃ちゃんが笑顔で返してくれた。あまり心配はしていなかったのだが、本当に兄貴のことが嫌いなようで、ショックもあまりなさそうである。

 俺が美涼に裏でこんな態度取られたら、ショックで寝込むので、嫌いなレッドであるが少し可哀想にも思えたが、やっぱり気のせいである。見舞いには絶対に行かないぞ。


 2人で楽しく話をしていると、いつの間にか学校についていた。


 星華学園高校。表向きは普通の共学の学校であるが、校内にはヒーロー育成の施設が多数揃っている。

 もちろん、それは裏の話で、ヒーロー、もしくはヒーローの卵である学生は1割にも満たない。ヒーロー関係者の子息も3割ほどで、親がヒーローであることを知らない生徒も多い。

 比較的、金持ちの多い坊ちゃん、お嬢様高校であること以外は本当に特徴のない学校だと世間では思われている。


 ただ、今の世の中、噂はどこにでも流れているもので、中にはヒーロー養成機関だと言う真実を語った投稿もSNS上にある。あまり信じられていないので、本当にあるだけだけどな。

 これはヒーロー専門の学校が別にあるためだ。わざわざ裏でヒーローを育成する必要がないと世間では思われている。

 しかし、これは大きな間違いだ。本当に強いヒーローを育てるなら、子供の頃から仕込む必要がある。義務教育を終えてからの専門教育では遅い場合がほとんどだ。そのため、世間の目をごまかして、非人道的な教育で強いヒーローを育成する、本校のような学校が必要だったのだ。

 心の底から廃校になって欲しいけどな。そしたら俺は自由になれると思うんだよね。


「御機嫌よう」


 学校の校門の前には、朝の挨拶をしている鳳凰院先輩がいた。相変わらず、派手な見た目をしたお嬢様である。関わり合いになりたくないので、俺は無視するぜ。


「あら、御機嫌よう」


 あっちから挨拶してきたよ。美人ではあるので、嫌いではないのだが、面倒臭い女なんだよな。


「げっ、鳳凰院先輩」

 

 桃ちゃんが余計なことを言う。からまれたらどうするんだ。あいては狂犬だぞ。 


「げっとは何ですか? 桃さん」

「すいません、つい……」


 そう言いながら、桃ちゃんは俺の後ろに隠れた。鳳凰院先輩は表向きは笑顔であるが、切れていることは良く分かった。器の小さい嫌な先輩なのだ。レッドよりはマシだけどな。

 てか、桃ちゃんは何をやっているのかな? 俺が相手する流れになってるんだが……でも、後輩を庇うのが、先輩の仕事だよな。決して、チャンスとばかりに、背中に押し付けられた2つの膨らみの魔力のせいではないぞ。


「顔が怖いんですよ。か・お・が」


 俺に矢印が向くように、あえて本音を口から洩らす。だって、ただでさえツリ目なのに、睨んでくると怖いんだもん。俺、どっちかといえば、Sだし全然嬉しくない。

それに、うちの美涼みたいな垂れ目が良いよな?


「何ですって」


 案の定、俺の発言に、今度は怒った顔を隠すこともなく、鳳凰院先輩が俺に迫って来た。顔は猿みたいに赤い。


「何か文句でもあるんですか、親父に言いますよ」


 圧倒的な三下感。こんなカッコ悪いセリフをいうヒーローがいるか?

だが、仕方ないのだ。ヒーローは縦社会、そして、学生のうちは実力以上に学年で、上と下が決まる。本当は先輩にたてつくことは許されないのだ。だが、後輩を守ってやるには、使えるものは何でも使わないといけない。むしろ、立ち向かう勇気を褒めるべきだろう。


 ちなみに、こんな人でも、鳳凰院先輩はヒーローをやっているので、ヒーローの先輩でもある。


「……あなた、ちょっとお父様が偉い人だって調子に乗っていませんか?」

「乗ってますが、それが何か?」

「…………」


 人間、嫌味をそのまま返されると何も言い返せないものである。


「くっ、優しいわたくしは特別に許して差し上げますわ」


 睨み合いを続けると鳳凰院先輩が折れた。とても、人を許す人間の顔ではないが、鳳凰院先輩は押しにとことん弱いので、こっちが一歩も引かなければ折れるのだ。レッドよりずっと可愛げのある人だと思う。美人だしな。


「それは良かった。それではさようなら、お優しい鳳凰院先輩」


 だからと言って、仲良くしたいとは思わない。美人だけど好みのタイプではないのだ。許してくれるそうなので、これ以上からまれないように、教室にむかうことにした。


「お待ちなさい。許してあげましたが、話は終わってないですよ」

「嫌です」


 俺はそう言って、何か言いたげな鳳凰院先輩に背を向けて立ち去ることにした。


「何なんですの。この私が心配して話あけてあげてると言うのに……」


 俺が聞いたのは、そんな捨てセリフだった。

 少し罪悪感を感じるが、日ごろの行いが悪いので仕方ないだろう。


 その後、桃ちゃんとも別れて2年生の教室を目指す。俺のクラスは特進クラスだ。もちろん、俺の学力で特進クラスに入れるわけがないので、ただ単に、ヒーロー及びヒーローの卵たちが、皆このクラスに集められているだけである。

 ヒーローに学力は要らないし、学歴何ていくらでも偽装できる。誰にでも苦手なことはあるのだ。勉強が出来くても良いじゃないか。


「ヒロ君」

「ヒロ」

 

俺が教室に入ると、朝のニュースを見たのか、俺がヒーローであることを知っている学友が男女関係なく集まって来た。


「心配したんだよ。大丈夫だった?」

「お前がいないと、俺、俺……」

「学校来ても大丈夫なのか?」


 クラスメイトに囲まれて、次々と言葉を投げかけられる。正直、鬱陶しい。だけど……


「心配かけたな。大丈夫だ、問題ない」


 心配かけたのも事実なので、ここはそう素直に言っておく。


「辛かったら言えよ」

「仕事変わってやるからな」


 クラスメイト達の言葉は、やけに優しかった。本当に良いやつらである。ヒーローになろうってやつは、俺のような一部の例外や上の連中を除けば、性格がいいやつらが集まるものなのだ。

だからこそ、哀れなヒーローでさえなかったらと切に思う。


「分かった。半分、期待しておく」


 その言葉だけ残して、自分の席に着く。それで終わりにしたかったが、クラスメイト達に囲まれ、質問攻めにされる。

 俺を解放してくれ、俺は今から昨日の始末書を書かなければならないのだ。登校中に、メールを出したら始末書を出すことで不問にしてくれると回答がきていた。やはり、ヒーロー本部の管理はずさんである。


「おい、うるさいんだけど」


 そんなとき、空気を読まずに誰かが助け舟を出してくれた。それは後ろの席で、机に脚をおいてふんぞり返っている男だった。髪をオールバックにして、改造学ラン、いかにも悪ぶっている。

 そいつをみると、皆蜘蛛の子散らしたように離れていった。クラスの嫌われ者はこんなときだけ役に立つな。


「助かったよ。七光り」

「七瀬光だ。いい加減にしろよお前、それに七光りはお前もだろ」


 的を得たもっとも意見である。しかし、甘いな。


「俺は七光りじゃないぞ。俺は虎の威を借りる狐だ」

「一緒じゃねえか」

「違うぞ。俺は親父以外も使えるものは、何でも使うからな。親だけにおさまるスケールじゃないんだ」

「最低な奴じゃないか」


 光は、俺の友人で後ろの席である。お互い、親がトップヒーローという共通点があり、1年の頃から、何かとよく一緒にいることが多い。

 しかし、光は俺と違ってヒーローではない。それは才能がないと言うことではなく。むしろ、こいつの場合、変に才能が有ったので、望みもしないヒーロー志望の集まるこのクラスに入れられているのだ。

 クラスにもなじめない可哀想なやつである。これも全部理事長のせいだ。


「否定はしない」


 非難してきた光に、笑顔でそう返答した。


「……ヒーロー何て、辞めちまえよ。向いてないぞ、お前にヒーロー何て」


 俺が一生懸命、始末書を作り始めると光がそんなことを言う。こいつなりに、俺のことを心配してくれているのだろう。僅かばかりの友情を感じる。


ヒーローは華やかな仕事ではあるが、生存確率は良くて5割というところだ。ヒーローの半分は定年までに死ぬ。そして、3割はほかの業界に行き、生き残るのは良くて2割といったところなのだ。

 あくまで確率でしかないが、このクラスの半分は、近い将来死ぬのだ。そう思うと、いたたまれない。昨日死にかけた俺としては余計そう思ってしまう。

そういうヒーローを哀れだと思うのは、俺の性格が単に悪いからだけではないだろう。


「高校を出たら、あの家から出ていきたいんだよ。だから、定職は必要だ。嫌いなヒーローだったとしてもな」


 俺は、本音を吐露した。ヒーロー仲間には言えない。俺の真実だ。才能のない人間が聞いたら、ふざけんなという話である。

 そのことは分かっているからこそ、仕事は一生懸命やることにしているし、クラスメイト達のことは、なるべく応援したいと思っている。良いやつばかりだからこそ、ここは俺にとって居心地が悪かった。

 俺が光とつるんでいるのもその辺が大きい。少なからず、ヒーローでないコイツは死ぬようなことはないのだ。朝起きて学校に来て、冗談でもいたずらでもなく、机の上に花が飾ってあったのを見た学生の気持ちが分かるだろうか……普通のやつは分からないだろうし、分からないで欲しい、溜まったものではないぞ。


「お前がそれで良いなら良いんだけどな」


 俺はその言葉にイラってきた。


「仕方ないと思っているけど、良いとは思ってないぞ。馬鹿かお前、あほみたいに仕事が溜まってるんだよこっちは……学生気分でふんぞり返りやがって、ぐれる暇があったらお前も少しは手伝えよ。どうせ、友達何て俺しかいないんだから暇だろ」


 比喩でもなんでもない。新人ヒーローの仕事なんて雑務ばかりである。

 悪の組織に関するレポートを作ったりならまだ分かるが、ヒーロー本部の予算管理だったり、イベント企画、何でもやらされる。


「暇ですが何か?」

「…………」


 何か可哀想になって来たので、これ以上は止めておこう。こいつは似非ヤンキーで、気合い入ってないからな。

 こんなぐれた見た目で、俺はこいつが学校をさぼっているのを見たことがない。そのため、良くノートを写させてもらっている。これで、ノートは信じられないくらい綺麗なのだ。さらに、字が女みたいなで馬鹿にしたことがあるくらいである。


そんなことを思っていると、ホームルームを告げるチャイムがなった。


 そうすると、光は机の上に置いていた足を下ろした。本当になんちゃってヤンキーである。俺と違って、根は真面目で良いやつなのだろう。

 ここまでくると、何がやりたいか分からない。もうヤンキースタイルなんてやめて、七三わけにでもなれよ。


「ホームルームを始めるわよ」


 担任の先生が教室に入ってきた、この先生はまるで教室の前でスタンばっていたのではないかと思えるほど、チャイムと一緒に教室に入ってくる。30過ぎて独身なんだから、きっとこの人も暇なのだろう。

 ヒーロー学校と言っても、教員は普通の人ばかりだ。俺達学生ヒーローの苦労など知らない。


 そしてヒーローが校と言っても、放課後までは、普通の学校と差して変わらない。授業を受けて義務教育を全うする。もっとも、授業中寝ている不届きものもいるのだが……もちろん、皆良いやつらで真面目なので俺だけである。


「良く寝た」


 大きく伸びをすると、放課後になっていた。ヒーローの仕事はここから始まる。


「どんだけ寝てるんだよ」


 光が呆れた顔をしている。こいつ不良みたいな見た目なくせに、どうして放課後まで残っているのだろうか?

 授業何てサボって、パチンコ打ったりすればいいのにな。

 パチンコどころか、参考書開いて勉強している。ちょっと引くわ。


「最近、疲れがたまってるんだよ」


 疲れがたまっているのは嘘ではない。しかし、本当の理由はスキルのせいだろう。どんな能力かは分からないが、目の能力は相当燃費が悪いようだ。

 スキルに慣れればだいぶましになると聞くが、俺のもともとの能力は燃費がすこぶる良いので、実体験したことはなかった。


「働き過ぎなんだよ。お前……」

「……お前が俺の補佐をするか、俺がお前の補佐をすればだいぶ変わるんだけどな」


 光は見た目はこれだが、中身は優等生だ。一緒に仕事してくれれば心強い。だから、定期的にこんな話をしている。


「俺は普通に大学に行くから、ヒーローはやらない」

「そうか」

「悪いな」

「構わないさ」


 自分で誘っておいてあれだが、俺は正直嬉しかった。ヒーローはいつ死んでもおかしくない。仲の良い友達なら、ヒーローにならないで欲しいと願うのは普通のことだと俺は思う。でも、世間一般の考え方は、俺とは少しずれている、

 

では何故聞いたかと言えば、本当にヤバい時に手伝ってもらえるように、今のうちに種をまいているのである。

 急に頼んでもやってくれないが、こうやって定期的に言っていれば手伝ってくれるかもしれないだろ?


「じゃあ、俺は仕事に行くよ」


 そう言って、俺は教室を後にする。向かうのは生徒会室である。


「遅いですわよ」

「鳳凰院先輩、いたんですか?」

「いたら、悪いんですの」


 鳳凰院先輩は、眉を吊り上げる。だから、怖いって。1年生がビビってますよ。桃ちゃんくらいだよ、涼しい顔をしているは……


「正直邪魔です」

「何ですって、私は生徒会長、あなたは会計でしょう。不要なのはどちらでしょうか、お答えなさい」

「何てことだ、俺ですね。帰ります」

「ちょっと、お待ちなさい」


 俺が帰ろうとすると、一瞬で移動してドアを閉められた。鳳凰院先輩のスキルだ。


「副会長の赤木君も居ませんし、あなたにはこの溜まった書類を片付けていただけないと、いけませんのよ」


 おかしなことを言う、あの屑が居ても仕事の量は増減しない。どうせ、下に丸投げするしかできないデクだ。


「……分かりました」


 納得したくないが、俺がやらないと他の奴が被害にあうだけである。


「そうですか、それならわたくしは学内の見回りに行ってきます」

「どうぞ、目障りなのでさっさと消えてください」

「本当に失礼な人ですね。覚えてなさい」


 あんな人だが、3年生のなかではましな方である。でも、正直に腹が立つので、乳の1つでも揉んでやろうと思ったことがある。でも、可愛そうな胸囲だったのでやめてあげた。俺も楽しくないしな。

 

 悲しいことは、何も鳳凰院先輩のAカップだけではない。俺たちの上の世代は能無しの集まりである。しかし、戦闘技能という一点においては割と優秀な世代とも言われている矛盾。

 そして悲しいことに、ヒーローとしてもっとも評価される点でもあった。毎日、毎日、アホみたいに訓練をしている。本来は、3年生が1年生に教えるのが生業なのに、それすら放棄して、自分たちのことばかり……強いだけで評価の良い3年生たちは咎められることなく、こういった事務仕事を全て下のものに丸投げしてくる最悪の存在になっていた。

 裏でこそこそ何をやっているのか、俺も把握できていない。


「青田先輩」


 下級生の言葉にため息が漏れた。あんな先輩にはなりたくないものである。


「やるぞ。仕事持ってこい」


 悲しいかな。俺のポジションはここだ。

 中間管理職。上の無茶ぶりを引き受けて下の面倒も見る。誰かがやらないといけないポジションであるが、どうして俺なのだろうか……分からない。昔からこういうポジションになることが多い。


 うちの生徒会室は無駄に広く、生徒会のメンバーだけで使っているわけではない。1・2年生の特進クラスの生徒、つまりヒーローかヒーローの卵である。そんなメンバー50人ばかりが集まって、仕事にあたるための部屋でもあった。会社のオフィスと一緒だ。

 そんなメンバーの中心になって仕事にあたるのが、何度も言うが俺のポジションだ。


 今日の仕事は、昨日の戦闘で壊れた建物の修繕の手配や、ヒーローのイメージアップに伴う提案書の作成、ヒーロー本部の財務管理に、苦情メールへの対応、申請書の処理に、他多数……もう数えたくない。

 もちろん一人でやっているわけではないが、どうして学生の俺がやらないといけないのだろうか?ヒーローの歪な縦社会の膿そのものだ。


これで、給料が安かったらヒーロー何てやってない。


「先輩、ここはどうすれば……」

「ヒロ、資料確認してくれ」

「はいはい、分かったよ」


 そんな会話をしながら、時だけが過ぎていった。願いが叶うのなら、何もしない3年生たちをボコボコにしてやりたい。否、血祭が良いな。

 いかに親父の権力があっても、俺は虎の威を借りる狐、虎ではない。自分への攻撃を避けることは出来るかもしれないが、悲しいことにこちらから攻撃できないでいた。さらに、行かれたやつには、その虎の威も効かない。


「ちょっと、休憩行ってくる」


 そう言って、俺は自責を立ち自販機まで向かう。

 コーヒーでも飲んで、カフェインを摂取しないとやってられない。そう思って、とぼとぼあるいていると、気色悪い高笑いが聞こえた。

 見ると3年の糞どもが桃ちゃんにちょっかいをかけていた。


「俺、マジで桃ちゃんのこと好きなんだよね。どう、この後遊びに行かない」


 ため息が漏れた。世代が違うとこうも違うものなのか、学年が違うだけでこうもヒーローの質が落ちるとは、困り顔の桃ちゃんの方に歩いていく。


「俺のバイクでひとっ走りいかない。最高だよ」


 そう言って、その先輩はバイクのキーを見せた。チャラチャラしたやつである。着崩した征服からは、高級時計が見て取れた。学生にヒーローとは言え、過ぎたものである。後、壁ドンするんじゃないよ。


「おい……」

「あの……私、貴方みたいな人はタイプではないので、正直反吐が出ます」


 俺が何か言う前に、桃ちゃんがそう答えて壁ドンからすり抜けていく。


「……赤木の妹だからって調子に乗るなよ」


 その先輩は、桃ちゃんに対してそんな捨て台詞を吐く。随分お怒りのようでいい気味だと思っていると、空気が変わったのが分かった。

 これは風だ。風が集まって行く。見ると右の手のひらに小さな台風のようなものが集まっていた。


 そして、それを桃ちゃんに向けて放とうとした。もはや、静止をする余裕もない。俺はその間に何とか割って入ろうと身体を動かした。

 そして、感じる衝撃。身体に風がぶつかり吹き飛ばされる。


「先輩」


 俺のことに気付いた桃ちゃんにそう呼ばれたのが分かった。

 スーツも着ずに当たるには、少々威力が強すぎた。こんなものをぶつけ様としたのか?ふつふつと怒りが溢れたが、それ以上に……


「……駄目だ」


 俺は桃ちゃんの手を取って、そう静止させた。この子は切れると何するか分からないからな。


「ヒーローの癖に、振られたら切れるって随分安いですね、先輩」


 そう言って、精一杯の虚勢を張る。


「青田……ふっ、口だけの雑魚のくせにしゃしゃりでやがって」


 怒った表情から一転、格下を見下ろすような視線を俺に向ける。それは弱者でもみるような目であった。正直、腹が立つ。

 俺に力があったら、ボコボコにしてやりたいが、俺はそこまで強くない。それが悔しかった。


 この先輩のことは知ってる。上級生の中でも強い方に入る。希少な風のスキルをもった強者である。


「生意気だな」


 その手に、風が集まっていく。桃ちゃんが俺の前に庇うように出た。

 俺は立ち上がれるほどの力が出ないでいた。ヤバい……力がないのが悔しかった。


「お止めなさい」


 そう言って、鳳凰院先輩がその上級生の腕を取る。

 どうやら、真面目に見回りをしていたようだ。いつも馬鹿にしているがこういう時だけ役に立つとは……感謝すべきだろうか?


「くっ、鳳凰院」

「私とやりますか?」

「…………」


 上級生は悔し気にその場から逃げていく。


「大丈夫ですか?」

「大丈夫ですの?」


 そう言って、2人の美少女から手を差し伸べられる。

 手を取らなかったのは、ただの強がりだろう。


「大丈夫だ。保健室に行ってくる」


 そう言って、その場を後にするしか出来ないでいた。

 振り返ることも出来ない。どんな顔をしているか見たくなかったからだ。



「ピー、ピー、ピー、緊急放送、ヴィランが現れました。ヒーローは出動してください」


 警報が鳴り響いたのは、1人でとぼとばぼ廊下を歩いていた時だった。


「ピー、ピー、ピー、緊急放送、ヴィランが現れました。ヒーローは出動してください」


 スマホを確認すると、ヴィランの情報が出ていた。そこにはこの前見た被りものを付けた銀子さんの姿がはっきりとして映っていた。


 倉庫で火災発生。怪我人多数。

 そんな被害状況まで書かれていた。


 そして、俺はその時初めて気づいたのだ。遅すぎたともいう。

 俺は悪の組織の人間になったのだ。こんな時どうすれば良いのだろう?

 まだ、自分が組織の一員だという認識が、この時の俺にはなかった。それは、夢のようで、まるで、どこか他人事のようであったのだ。ここで初めて自覚した。俺は悪の組織の一員になったのだ。

 罪のない人に拳を振り下ろすのか? クラスメイト達と戦うのか?


 鼓動が高鳴った。何もかも嫌になった。きっとこうなるから、俺は考えないようにしていたのだろう。俺は悪の組織の一員だ。どうすれば良い?

 誰かに教えて欲しかった。そう思った時、スマホが再び鳴り響く。


 スマホの画面には、『ローリーちゃん』と映し出されたいた。


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