第16話:魔王様は語りたい(前編)
深紅の瞳が俺を値踏みするように見ていた。
そして、ニコリと笑って俺の方に近づいてきた。
「良く帰って来たな泰裕よ。褒めて遣わす」
そのまま抱き着かれる。予想外の対応だ。
隣で銀子さんが憎たらしそうに睨んでいる。せっかく綺麗な顔で生まれたのに、歯ぎしりまでしているよ。美人が台無しである。
「なあ、ローリー、これ余にくれないか?」
「駄目だよ、僕のヤス君だからね……おかえり、ヤス君」
魔王の後にローリー博士が続いて現れた。
「ただいま、ローリー博士」
「ローリー、私もいるぞ」
「見れば分かるよ?」
たぶん、銀子さんも「おかえり」って言って欲しかったのだと思われる。
銀子さんの手が俺の肩に触れ、凄い力で掴まれている。悔しいのは分かったから、止めてくれ。
「泰裕、お前は英雄王には似ても似つかないな」
「…………」
魔王のその言葉に俺はどう返して良いのか分からなかった。
「悠久の時の中で、ヒーローも大きく変わってしまった。これを見て英雄王のやつは何というのだろうな。進化と呼ぶか、退化と呼ぶか……」
「ヤス君、歴史の真実を聞く気はあるかい?」
「歴史の真実?」
「そうだ。魔王の時代の最後の話。語り手は余だ」
そんな話を聞いて意味があるのだろうか?
少なからず俺は……歴史に興味がなかった。過去がどうであれ、大事なのは今だ。
「聞いてやれ、ヤス」
「銀子さん?」
「お前は聞いてやったほうが良い気がする」
銀子さんはすっかりクールモードに戻っていた。しかし、だからこそ分からない。本心から言っているのか、彼女に気に入られたいから言っているのか、一体どっちなのだろうか?
「僕からも頼むよ。あの時代に何があったのか知りたいが……ご先祖は僕には話してくれない」
「余のことを『ご先祖』と呼ぶな」
「じゃあ、他に何て呼べばいいの?」
「魔王陛下と呼べ」
「それは嫌かな」
「何を」
2人が話している姿は、見てくれだけなら同い年くらいなので微笑ましく見えた。
ご先祖と呼ばれた魔王から、尋常ならざる魔力を感じて、それをローリー博士が受けて立とうとしていなければであるが……
「魔王陛下」
「おお、泰裕なんじゃ?……後、お前は余に敬意を払うんじゃ……」
「何故、俺に聞いてほしいんです」
俺はご先祖を制して問いかけた。
「それはな……お前がヒーローだからだよ。余は生前やつと約束をした。余が現世に蘇った時、誰でも良いから、自分の話をして欲しいとな」
「だったら、俺でなくても」
「余は約束したが、誰でも良いと言う部分には納得していない。話す相手は、余が決めようと思っていた。そして、泰裕、余はお前が良いと思った。フェイカーと名乗る矛盾したヒーローのお前がな」
「…………」
フェイカーのことがばれている。俺はローリー博士の方に視線を向ける。ローリー博士は首を振った。それは話していないと言う意味だろう。
「余は、真実を見通す英知の目を持っている。余に嘘は通じぬ。ゆえに、お前の秘密は誰も喋っていない」
見透かすか……その通りだ。正体がばれるよりも、正体をばらされることを恐れていることも分かっているようだ。
「余の話を聞くことは、魔法少女を知ることにも繋がる。興味があるのだろう、魔法少女に」
……全部お見通しという訳か?
「聞くしかないみたいですね」
俺はローリー博士の方を振り向いた。歴史の真実を知りたくて仕方ないと言う顔をしている。ローリー博士は、好奇心を抑えられないのだ。
なら、いつもお世話になっている上司のために、一肌脱ぐのが部下だろう。
「ありがとう、ヤス君。ご先祖が意地悪して僕には教えてくれないと言った時は、どうやって口を割ろうかと悩んだものだよ」
「また……ご先祖と、そんな風に呼ぶな」
「えー、でもご先祖が名前を言わないから仕方ないじゃないか、蘭ちゃんだったらおかしいでしょ」
「余は自分の名前があまり好きではないのだ」
「好きじゃないか……」
ローリー博士が意味深な顔で呟いた。
「なんじゃ、文句あるのか?なら話してやらんぞ」
「ええ、ごめんね。あっちにケーキとお茶を用意しているから食べない?」
波長があうのだろうか、今日のローリー博士は見た目相当の態度である。魔王も魔王である。恐ろしい人物を想像していたが案外チョロイぞ。
「ケーキに免じて許してやろう。あれは美味だ」
そんな風に笑顔で返答している。これがあの……選民思想の元、人類の半数以上を間引いた魔王なのだろうか?とてもそうとは思えない。
「我々は、もっと彼女を知らないといけないと思わないか?」
「……クールな表情で、盗撮するの止めてもらえません?」
こうして、俺たちはケーキを食べ、お茶しながら魔王の話を聞くことになった。
「どこから話して良いか……余の知っている英雄王と言う男……少なからず、余が知っているまでのやつは、今言われているような聖人君子な男ではなかった」
いきなりぶっ飛んだことを言いだしたな。それが本当なら、英雄王の印象が根底から崩れてしまう。英雄王は、あらゆる人間に手を差し伸べた人だと聞いている。
魔王の一族も例外でなかった。だから、今のその血が生きているわけだ。
「じゃあ、敵であった、魔王の血族を何故生かしたんです?」
「やつは聖人君子ではなかったが、馬鹿でもなければ鬼畜でもなかった。それにあいつと私は仲が良かったからな。私の処刑に最後まで反対したのもやつだし、結果、私の魂を聖剣の力でこの時代に残してくれているくらいだ」
仲が良かった?
それに聖剣って……
「聖剣ゼクスかい?失われた1本の1つ、実在してたんだね。おとぎ話の中の一本かと思っていたよ」
「全て実在しているよ」
英雄王は45本の聖剣を操ったと言われている。そのうちの半分以上は、戦いの中折れてしまったが、伝説は残っているし今でも何本かはヒーロー本部で管理され、聖剣は特区にいけば見ることが出来る。飾ってあるのだ。
聖剣はトップヒーローでも操れるものが少ないためだ。使えるなら、積極的に与えられるが、残念なことに使い手がいない。仮に使えたとしてもそのうちの1本だ。歴史上3本以上扱えたのは英雄王その人だけと言われている。
「泰裕、英雄王が掲げたヒーロー本部の理念は何だ?」
魔王は話を続ける。
「ワンフォーオール・オールフォーワン」
ヒーローは皆のために、皆はヒーローのために頑張ろうと言う意味で使われる。ヒーローの教育で何度も言わされた言葉だ。子供のうちに理念を刷り込んでおくのだ。
「ふっ、あいつなら言うだろうな。反吐が出るってな」
「……英雄王が掲げた理想でしょ?」
おいおい、俺は何度も言わされたんだぞ。
「まさか……確かに、あいつは他人のために頑張る奴だった。だが、あいつは人類何て大きなもののために戦ってはいなかった。たった1人、惚れた女のために頑張るそんな小市民的な男だった。だが、結果、間違っていても人類すべてのことを願っていた我が父を打ち破ったのもやつだ」
「ご先祖の父ってことは……」
「そうだ第12代目の魔王だ」
ローリー博士の質問に、魔王はそう答えた。そろそろ否定するのに疲れたのか……「ご先祖」と言われても、何も言い返さない。
「父は多くの人間を根絶やしにした。だが、その結果、お前たちは能力が使える」
「魔王式進化論だね」
魔王式進化論……より優秀な血族が生き残ることで、人間はさらなる高みに進めると言うものだ。人間も同じことを家畜にしてきたし、何も魔王式なんて本来は着ける必要などないのだが、その結果、人類の半数以上が死んだのだ。
だからこそ、異物なものと腫物扱いしなければならないのも確かで、忌み嫌われる魔王の名前を冠している。
「その結果が、今の世の中なら成功と言えるのかもしれんな」
確かに、優秀な遺伝子だけが残り、この世界の人間は何かしらの能力が使えるようになった。ただ、俺はそれが正しかったとは思わない。どんな理由があれ、虐殺何て許されない。
「その魔王の暴挙を止めたのが、英雄王だと聞いているけど」
ローリー博士が質問を続ける。
「止めたね……あいつは辞めただけだ。あいつは父のお気に入りだった。実行部隊にいたあいつこそ、父よりも手を汚していただろう。父の部下だったからこそ、私と奴には接点があり、仲が良かった」
「は?」
変な声が出た。
「分かるだろう『ワンフォーオール・オールフォーワン』何て、間違っても言うやつじゃないんだ。奴にはその資格がないからな」
これは予想外だぞ。どう受け止めればいいんだ。
「へー」
ローリー博士は怪しく笑った。
どうしてそんな余裕があるのか分からない。俺からすれば信じて来た全てがひっくり返るような話だ。この時代を作った男は紛れもなく英雄王だ。その話は伝説として受け継がれ、子供の時に母に何度も聞かされた。そんな人物だ。別に好きでもなかったが背筋が凍り付いた。
それは何故か?
知ってしまったからだ。この気持ちをどこにぶつければ良いか分からない。ただただ、うす気味悪いのだ。英雄王も歴史も大して興味はなかったが、確かにこの世界の人間の中で根底にある人物である。例えるならそう、自分の崇拝している宗教の教祖が、どうしようもない人物だったと知ってしまった、そんな最低の気分だ。
「だから、なんだね、彼の英雄譚は数多く残っているけれど、英雄になる前の彼の物語は歴史に残っていない」
ローリー博士がそう言って目を輝かせ、銀子さんは難しい話のせいで既に寝ていた。この2人のように肝が太かったらどれだけ良かったか……今、開けてはいけないパンドラの箱を開けてしまった気分だ。
「都合が悪かったんだろうな。そして、あいつは祭り上げるのに都合の良い男でもあった。もともと魔王の腹心だったやつに友などおらず、あいつは常に孤独だった。父と戦ったのも、惚れた女への罪滅ぼしのつもりだったのだろうな。世界何て、あいつにはどうでも良いことだった」
魔王は俺の方に振り向いた。
「あるいは、お前と同じ時代に生きたなら、あいつは孤独でもなく、本物の英雄になれたかもしれないな。もしくは魔王になっていたか……」
どうして俺に振るのだろうか?止めて欲しい。そして、今さらながら何で俺に話したのか憎たらしく思えて来た。完全な逆恨みなのだけど……せめて理由が欲しい。何故、俺にこんな話をした。
「あいつは超越者だった」
「うん?」
超越者?確か、この前の戦いでもそんな言葉を聞いた。正直、もうお腹いっぱいなので何も聞きたくないのだけど。ただ、魔法少女や魔王のことを聞かなければいけないのも事実だ。
「そしてお前も英雄王とそして父と同じ超越者だ。だから、お前に話した。お前は英雄王と似ても似つかない男だが、父にそっくりだからな」
「え?」
……そういう流れ?




